石造美術紀行

石造美術の探訪記

奈良県 奈良市佐紀二条町一丁目 二条辻弘法井戸板碑

2014-03-16 23:23:41 | 奈良県

奈良県 奈良市佐紀二条町一丁目 二条辻弘法井戸板碑
近鉄大和西大寺駅からまっすぐ東に400m余り行ったところ、平城宮跡の保存された区域の北西端に近い二条の辻交差点に、「西大寺道」と彫られた石の道標とともに小さい覆屋が二棟ある。03交通量の多い交差点の一角に小島のように取り残された場所で、北方の歓喜寺の境外地だそうである。東側の覆屋には立派な地蔵の石仏を中心にいくつかの石造物が集積されており、特に地蔵石仏は二条辻の地蔵として名の知れた石仏で、鎌倉時代後期の造立とされる。
 西側の覆屋は、俗に弘法井戸と呼ばれ、覆屋内部には今は枯れて半ば埋まってしまっているが井戸があり、傍らによく似たサイズの三基の板碑が東西に並んでいる。西側のものは不動明王を中心に坐像二体、立像二体を配したあまり例のない五尊板碑で天文一六年の紀年銘がある。中央のものは上部に、月輪内に阿弥陀の種子「キリーク」を陰刻し、その下に舟形光背形に彫沈め、蓮座に立つ来迎印の阿弥陀像を半肉彫している。これも概ね同時代、室町時代後期のものと考えられている。
 02_2東端(向かって右端)のものは、『奈良県史』第7巻石造美術にも記載がないので、あまり注目されていないようだが、珍しい刻銘を持つ板碑としてあえて取り上げたい。現状地上高約88cm、幅約34cm、奥行約23cm、花崗岩製で、頂部を山形に整形し、山形部分の正面に金剛界大日如来の種子「バン」を陰刻し、その下に、中央に稜を持たせた二重の突帯を鉢巻状に置く。背面は粗整形したままである。丁寧に平らに彫整した碑面は、輪郭を巻いたように縦約63cm、横約25cmの長方形に浅く彫沈めている。下端は地表下に埋まって確認できないが、粗く整形したままある程度の厚みを残しているように見える。おそらく当初から台座などは伴わず、そのまま地面に差し込むように据え置かれたものと推定される。形状自体は大和でよく見かけるスタイルのもので特に珍しいものではないが、枠取り内にある陰刻銘が面白い。訪ねたこの日は、光線の具合で肉眼では全文判読・確認できなかったが、文字のいくつかは拾い読みができた。『奈良県史』第17巻金石文()を参考にすると、中央にやや大きく「此井御作為法界衆生平等利益也」、向かって右に「天文十九年庚戌七月日」、左に「施主浄賢敬白」とのこと。表面にはそれほど風化・磨滅は認められず、文字の残り具合も良好のようである。01銘文によれば、16世紀半ばの天文19年(1550年)、おそらく勧進僧と思しき浄賢という人物が願主となって、法界衆生の平等利益のためにこの井戸を作った云々という大意である。16世紀半ばに井戸を作った際のモニュメント的な供養碑であることが知られ注目される。それこそ発掘調査でも行わなければハッキリしたことはわからないが、水が枯れてしまってはいるものの、現に目の前に井戸が残されている以上、井戸とともに天文の昔からこの場所にあった可能性が高く、非常に興味深い。
 上水道のない時代の井戸の効用は、今の我々が思う以上に有難いものであったであろうことは想像に難くない。この場所が当時どのようなシチュエーションだったのか不詳だが、もし、当時も今と同じように街道に面していたとすれば、文字通り公衆用に飲み水等を供給していたのかもしれない。想像を逞しくすれば、道を行く人馬の喉を潤して、おそらく若干の対価をとり、井戸の維持並びに井戸を管轄した寺院の管理費用に充てられていた可能性もあるだろう。井戸そのものの効用をそのまま衆生に供するというよりは、板碑の本尊が大日如来である点も考慮すると、井戸の水を仏に献じた、ないし井戸水の対価を喜捨として仏や寺院に献じた功徳によって法界衆生に平等利益がもたらされるようにという意図と見るべきかもしれない。いずれにせよ、井戸掘削の際のモニュメントとして板碑が作られた貴重な事例として面白いと思った次第である。
 
 

参考:土井 実『奈良県史』第17巻金石文()
   
清水俊明『奈良県史』第7巻石造美術

二条の辻の地蔵石仏をはじめとする石造はこれまでも前を車で通ることはあったのですが、情けないことに近くで見たことがありませんでした。幸いにして先日、有志の方々数人で訪ね、かなり駆け足でしたが、涎掛けや供花等を除けてさせてもらい近くで観察させていただく機会がありました。むろん興味の中心は地蔵石仏や五尊板碑にあったのですが、何気に慎ましく脇に控えたこの板碑に刻まれた銘を知って驚きました。あえてこちらをご紹介しておきます。むろん地蔵石仏は見るべき素晴らしい出来ばえで、五尊板碑もたいへん珍しいものですので、機会があれば改めて紹介できればと思います。
ちなみに、二条の辻を通りがかりの車の窓から、怪しい数人のおっさんたちが小さい覆屋に首を突っ込むようにたむろして写真を撮りまくっていたのを目撃された方がいらっしゃったら、それは小生たちでしたので悪しからず。