京都市右京区 嵯峨ニ尊院門前長神町 二尊院宝篋印塔ほか
夕暮れ迫る冬の二尊院を参拝した。拝観時間ぎりぎりにお願いしたがゆっくりして構わないとのこと。帰りは山門を閉めてしまうから木戸から出るよう案内していただいた。小倉山の山腹に、凛とした空気が漂う静寂な境内には時間帯のせいもあってか観光客はほとんどいない。本堂の北側、墓地に続く階段をいくと段々状に整地された山腹に近世の立派な石塔が累々と並んでいる。貴族や歴史上の有名人の墓も含まれるようだが、また別の機会とし、階段を登ると小堂があって扉が開いている。法然上人円光大師の廟堂とされる。実は湛空上人の廟所である。扉の中には空公行状碑が見える。羽目石を格狭間で飾る壇上積の立派な基壇上には反花座を葛石と同石で彫り出し、櫛形(に似た形状)の碑を据える。建長5年(1253年)の湛空の示寂から間もない頃の造立と考えられる。この碑に南宋慶元府すなわち明州、今の寧波出身の梁成覚なる石工の手になる旨が刻まれている。伊派石工の始祖、伊行末と同時代の同郷の同僚にあたる。東大寺再興に尽力し、大野寺の磨崖仏も作った宋人字六郎ほか四人の一人ないし関係者の可能性もある。湛空は法然の高弟であり、石工を宋から招いた重源は法然から推薦され東大寺大勧進職に就いたという説もあり、興味は尽きないが、非常に丹念に作られ、後世の手本にもなったであろう鎌倉中期の宋人石工の手になる意匠や作風を理解するためにも、ここの格狭間や反花はしっかり目に焼き付けておきたい。
墓地の西北端、一番奥まった高所、長方形に整地され低い石垣に画された一角に北から十三重層塔(現十重)、五重層塔、宝篋印塔の順で南北に古石塔が並んでいる。いずれも花崗岩製。案内看板によれば土御門、後嵯峨、亀山の各天皇のものとあるが土地柄から後世付会された伝承であろう。亀山天皇のものとされる宝篋印塔は一説に後奈良天皇のものとされ、やや崩れかけた切石基壇には五輪塔の地輪を流用している部分があり、当初からのものか疑問も残る。基礎は非常に低く、壇上積式で四方に端正な格狭間を入れる。基礎上2段は別石とし、塔身は蓮華座付き月輪内に金剛界四仏の種子を陰刻する。書体は端正だが文字は小さい。笠下2段も別石で、笠上は6段だが、厚めの軒とその上一段が同石で、2段目以上が別石となる。各隅飾も別石で、3弧輪郭付で内部に蓮華座付月輪を平板状に陽刻し内に種子「ア」を陰刻する。隅飾は5段目 の高さにまで及び長大で、直線的にかなり外反する。3弧にあわせた曲線が目に触れにくい背後にまで続いていく点は凝った意匠である。相輪は低い伏鉢に比べ下請花がやや大きく、蓮弁は摩滅して判然としない。九輪は凸凹がはっきり刻まれ、その上に水煙を付け、その先は欠損する。かつての写真では笠上に載っているが、今は傍らに置かれている。水煙付相輪を宝篋印塔が採用する例は少なく、通常は層塔に多い。現に層塔がそばにあるので、いちおう入れ替わっている可能性を疑ってよいと思う。鎌倉時代後期の中ごろのものとされる。川勝博士は石造美術発達の頂点の時代感覚を示すもので、“雄大整美”と表現されているがぴったりの形容表現と思う。相輪を含め高さ約260cmと大きい。北の十三重層塔は、現在十一重で相輪を欠く。基礎は2/3以上埋まっており、薄めの輪郭を巻いて格狭間を入れているようだがはっきり確認できない。塔身はやや背が高め、四方舟形に彫りくぼめ蓮華座に坐す如来像を半肉彫する。摩滅気味で少し彫りが平板ではあるが像容は優れている。初層から第四層目までと第五層目から第九層までは軒反の調子がやや異なるように見える。また、第六層と第七層の間、第九層以上がそれぞれ抜けているようで最上部笠だけに垂木表現がなく別物かもしれない。こうした不ぞろい感からか三石塔でこれだけが重要美術品指定から漏れている。軒反は総じて温和で力強さは感じられない。鎌倉後期から末ごろのものとされる。真ん中の五重層塔は、切石基壇上に四方輪郭格狭間入りの基礎を置き、背高の塔身四方を舟形に彫りくぼめて蓮華座上に如来坐像を半肉彫する。裏に一重に垂木を刻んだ笠の軒は厚く、軒反も力強くシャープな印象を受ける。第二層と第三層の間の逓減に違和感があり、恐らく第三層目と第四層目の二層分が抜けているとみられる。したがって元は七重であったのではないかと推定する。以前の写真を見ると上部を欠損した相輪が載っているが見当たらない。基礎の格狭間は、花頭曲線中央部分に幅があって伸びやかな曲線をみせ、ふくよかな左右側面の曲線と短い脚部の美しい格狭間である。亡失相輪を含め高さ約3.3m余というから現高3m程度。小さいがあなどれない細部を持つ石塔で鎌倉中期の造立とされる。
参考
竹村俊則・加登藤信 『京の石造美術めぐり』 157~159ページ
川勝政太郎 新装版『日本石造美術辞典』 196~197ページ
川勝政太郎 『石造美術の旅』 99~101ページ