質問 :
神霊がいて、寄りつかない方が良い神社って、
普通の人は見分けつかないので多分普通に行っちゃうと思うのです
が、、するとどうなるんですか?
「ありがとうございます。」だけお参りすれば問題ないですか?
返答 :
現代の平和な時代、神社や巨石遺跡などに対して私達は、
人間の願い事を叶えてくれる、優しい神々がいると考えがち
です。 本当に、そうでしょうか?
歴史を振り返ると、世界中の文明において、神霊に対しての
人間、動物の生贄や臓器の供物の風習、大工事に際しての
人柱の儀式の痕跡が世界中で長期間の時代で見られます。
これが、人間の発達途中の無知ゆえの所業で納得される
でしょうか? 空海さんは、日本の広範囲に神社創建の縁起
を残されてます。その多くは、実際には土地の人々を苦し
める霊的存在を、神として祭ることを条件に、封印したもの
が多いです。そのような、存在に我々は神社に行き、
・鈴をならして(おい、起きろ) ・小銭を投げて(小銭を遣る
から、願いを聞け) 自身のお願い事を神前で願います。
私は、幼稚園児の時に、大きな神社に行くと不思議でした。
牙が沢山ある怪獣に、人々が小銭を投げつけて祈る姿に。
現代風に言えば、△X組本部事務所のドアのチャイムを何度
も鳴らし、出てきた組員に小銭を投げつけて、私の希望を
頼むと涼しい顔してるようなもんです。依頼者がお金を持
ってると思われたら、優しい顔で希望が叶うよう動くでしょう。
だが、その後はただでは済みません。
霊的存在も同じです。しかし、もっと恐ろしいモノです。
お金など要りません。魂を要求してきます。
これが、今までの幽界が現実界に強く作用してる時代の
霊的一面です。私が、好きな神人 黒住宗忠 さんは断言
してます。 ”本当に 癖 のない神は 天照太御神 のみ”
どんな神にも組員にも、感謝の表現は問題に成りません。
私は、神社に参るとなお更、恐れ多く敬う気持ちで
生かして頂いて ありがとうございます のみです。
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