Dr. Jason's blog

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失敗から学ぶ,教訓から学ぶ「環境問題」

2005-10-09 | Environment
 賢人は「歴史」から学ぶといわれるが,我々のような普通の人は「失敗」から学ぶのがやっとだ.多くの場合,過去の「失敗」もうまく「教訓」として活かすことができない.

 本書は,欧州共同体(European Community)の独立行政庁として1993年に設置され,環境問題に関してEUの政策決定組織と加盟国へ客観的情報を提供することを目的としている欧州環境庁(European Environment Agency:EEA)による,教訓的な事例を集めた報告書集である.
 原題は「Lete Lessons from early warnings: The Precautionary Principle 1896-2000」という.

 以下のような構成となっており,20世紀で欧米を中心に問題となった14の環境問題の事例を集めている(2章から15章まで).
 また,16章では,それらの事例から12の「環境に関わる予防原則」の「遅ればせの教訓」を導きだしている.

 第1章■序
 第2章■漁業:資源の評価
 第3章■放射線:早期警告・遅れて出る影響
 第4章■ベンゼン:米国と欧州の労働規準設定についての歴史的考察
 第5章■アスベスト:魔法の鉱物から悪魔の鉱物へ
 第6章■PCBと予防原則
 第7章■ハロカーボン、オゾン層、予防原則
 第8章■DES物語:出生前曝露の長期的影響
 第9章■成長促進剤としての抗生物質:常識への抵抗
 第10章■二酸化硫黄:ヒトの肺の保護から遠い湖の回復まで
 第11章■鉛の代替としてガソリンに入れられたMTBE
 第12章■予防原則と五大湖の化学汚染に関する早期警告
 第13章■トリブチルスズ(TBT)防汚剤:船、巻貝、そしてインポセックスの物語
 第14章■成長促進剤としてのホルモン:予防原則かそれとも政治的リスクアセスメントか?
 第15章■「狂牛病」1980年代から2000年にかけて:安全の強調がいかに予防を妨げたか
 第16章■事例から学ぶ12の遅ればせの教訓
 第17章■結論

 各事例は,その分野の専門家が記述しており,章毎に独立したサーベィ論文風にまとめられている.文献リストも整備されている.
 6章のPCBの事例では,日本の「カネミ油症事件」についても言及されている.


 専門的な記述が少なくないので,内容をちゃんと理解するには,生物,化学,物理,環境等の予備知識が必要となろう.
 しかし,科学的な詳細の理解よりも,各事例での歴史的な流れ,その様々なポイントでの「我々の判断の失敗」,それがもたらした「結果」,さらにそこからえら得た「教訓」こそが重要だと思う.

 監訳者の言葉の冒頭に以下のようにある.
 「環境問題の対策に予防原則の適用を求める声は強いが、現実はなかなか進展せず規制の歩みはのろい。強い逆風すら吹いている現状である。他の先進国でも似た状況が起きているようだが、この本は欧州の環境庁がその遅い歩みを少しでも速めようとして出版した調査報告書である。事例研究として14の環境問題の歴史を概観し、新しい考え方も提案しているので、大学で講義している先生方にたいへん便利にお使いいただけると思う。」

 全体に,科学的論文調の内容なので,翻訳も正確さを重視してややスムースさにかける部分もあるが,このような内容の事例が日本語で読めるメリットは大きい.

 本書は,やや専門的な記述が多いが,環境問題について,「失敗」や「教訓」から学ぶことに興味のある方には,広くオススメできる一冊である.
 また,監訳者のいうとおり,環境問題等について学んでいる,大学生,大学院生,また,若手の研究者,技術者には,良い参考書になると思う.
 さらに,本書は,環境,食品,衛生,医療などにかかわる,行政にたずさわっている方,関連する問題に取り組んでおられる政治家の方々にこそ,必読書である.
 


レイト・レッスンズ―14の事例から学ぶ予防原則
欧州環境庁(編),松崎早苗(監訳),水野玲子,安間武,山室真澄(訳)
七つ森書館

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コメント
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