かつて私は、ガンで死の宣告を受けた若者と一時間ばかり話をしたことがある。
自分の病状についてすでに全部を知らされ、あと二か月の命であるとも言われた。
私は彼に、残された道は二つしかないと説いた。
私の治療によって治るか治らないかである。
もし治らなかったら、二か月先の死という大冒険の準備に取りかからねばならない。
いずれにしてもあと二か月すればその病気とは縁が切れる、と私は述べた。
もしあなたがこの青年と同じように余命いくばくもないと知らされたらどうされるだろうか。
かりに今夜死ぬとわかったらどうされるだろうか。
物的準備は簡単である。
財産家なら遺言状を整理することだ。
財産という財産を残らず記録し、執行者が間違いを犯さないよう、出来るだけ多くの情報を用意しておくことだろう。
もし財産がなければ、そんなつまらぬ面倒の手間も省けるというものである。
が霊的な準備はそう簡単にはいかない。
死ぬということは大変な冒険だ。
この世からあの世への旅立ちをあなたはどう準備するか。
仮りに火星へ旅行することになったとしよう。
まず誰もがするであろうことは火星について出来るだけ多くの知識を集めることだ。
図書館へ行って本を借りてくるかも知れない。
ガイドブック、天体写真集、専門書などで火星の状態を勉強するだろう。
あるいは火星へ行ったことのある人を探し出して、火星とは一体どんなところかを聞きたいと思うだろう。
が、火星へ行ったら二度と地球へ戻ってこれないと知ったらどうだろう。
多分その勉強にいっそうの熱がこもるであろう。
さらに、火星に着いた時から火星人になってしまうと知ったら、火星人とはいかなる人種かについても知ろうとするだろう。
実は、人間の全てが、こうした火星旅行など近くの海岸への日帰り旅行にしか匹敵しないほどの大旅行に向かって日一日と近づきつつあるのだ。
霊界への旅立ちである。
われわれはその旅行への準備をしなければならない。
ではどう準備をしたらいいのか。
一体何が準備なのか。
実は「死」と呼ばれている旅立ちまでの「人生」こそが準備なのだ。
その人生についてのガイドがほかならぬ霊的真理(スピリチュアリズム)だ。
これについては多くの本が出ている。
霊界旅行から一時的に地上に戻って、霊媒を通じて、霊界とはどんなところか、死後どんなコースを辿るのか、どういう心がけで生きれば良いかについて語ってくれたことが本になってたくさん出ている。
但し一つだけ分らないことがある。
いつ死ぬかということである。
実際には寿命は決まっている。
霊的にはそれがわかっている。
が脳を通じての意識(顕在意識)にはそれが分らないようになっている。
百歳まで生きるかもしれないし、今日中に事故で死ぬかもしれない。
霊界への旅立ちはいつ始まるか、誰にもわからない。
結局われわれが為すべきことは、いつ死んでもいいように心の準備をしておくことだ。
毎日を今日が最後かも知れないという覚悟で生きることだ。
過去はもう過ぎ去ってしまった。
過去に起きたことは何一つとして変えられない。
愚かなこともし、バカなことも言い、過ちを犯し、しくじりもした。
が今さらどうしようもない。
出来ることは、そうした体験から教訓を学ぶことだ。
悔んだり残念がったりして、あたら時間を費し心を痛める愚だけはやめることだ。
教訓だけを学んであとは忘れてしまうことだ。
成功から学ぶことなら誰にでも出来る。
難しいのは失敗から学ぶことだ。
過去はいろいろと教えてくれる。
過去の体験によってあなたは道徳的にも霊的にも成長した。
同時にあなたの間違っている点も教えてくれた。
因果律の働きも教えてくれた。
だから過去には大いに感謝しなければならない。
過去がなかったら今のあなたも存在しないのだ。
良いことや楽しいことも為になったが、失敗や不幸も為になっている。
が、その過去の出来ごとは一切忘れて、教訓だけを忘れないようにすることだ。
未来はまだ来ない。
どんなものをもたらしてくれるかは誰にも分らない。
果たして自分に未来があるかどうかも分らない。
未来についてわれわれ人間はどうしようもないのだ。
大いなる未知、すばらしき冒険、それが未来だ。
そのどこかで死が待ち受けている。
人生のどこかの曲り角であなたを待ちうけている。
わかっているのは現在だけだ。
今日は正真正銘の今日だ。
その今日という時を精一杯生きることだ。
明日のことを思い煩ってはいけない。
「神を信じ、一日一日を大切に生きよ」―死に備える現在の生き方の心得はこれしかない。
過去の教訓のもとに現在に最善を尽くすのだ。
一日が終ったら、無事に終った一日を神に感謝する。
二度と同じ日は来ないであろう。
明日はまだ来ない。
もしかしたら、あなたには明日という日はないかも知れない。
今夜でおしまいかも知れない。
それは分らない。
はっきりしていることは、いつかは死ぬということだ。
だから一日一日をこれが最後と思って大事に生きることだ。
悔いなくこの世を後に出来るように。
人生を達観すると、あなたの心身を蝕んできた挫折も蓄財も欲望も嫉妬も後悔も、ことごとく無意味であることに気づく。
今日かぎりそうした低級な感情と決別し、平静と愛と同情心と理解と寛容と笑いの人生に置き替えることだ。
心霊治療家としての経験から私は、永遠の生命に目覚めることこそ人生の万能薬であることを知った。
すべての心身の病を癒すだけでなく、予防にもなる。
全人類がこの事実に目覚めた時、病院のベットはガラガラになり、医者は時間にゆとりが出来、西洋社会の経済問題も解決されるであろう。
所詮、地上は宇宙学校の幼稚園にすぎない、せいぜい気ラクに明るく、心にゆとりをもって生きることだ。
そう悟った今夜から、あなたの霊的成長の旅が始まる。
自分の病状についてすでに全部を知らされ、あと二か月の命であるとも言われた。
私は彼に、残された道は二つしかないと説いた。
私の治療によって治るか治らないかである。
もし治らなかったら、二か月先の死という大冒険の準備に取りかからねばならない。
いずれにしてもあと二か月すればその病気とは縁が切れる、と私は述べた。
もしあなたがこの青年と同じように余命いくばくもないと知らされたらどうされるだろうか。
かりに今夜死ぬとわかったらどうされるだろうか。
物的準備は簡単である。
財産家なら遺言状を整理することだ。
財産という財産を残らず記録し、執行者が間違いを犯さないよう、出来るだけ多くの情報を用意しておくことだろう。
もし財産がなければ、そんなつまらぬ面倒の手間も省けるというものである。
が霊的な準備はそう簡単にはいかない。
死ぬということは大変な冒険だ。
この世からあの世への旅立ちをあなたはどう準備するか。
仮りに火星へ旅行することになったとしよう。
まず誰もがするであろうことは火星について出来るだけ多くの知識を集めることだ。
図書館へ行って本を借りてくるかも知れない。
ガイドブック、天体写真集、専門書などで火星の状態を勉強するだろう。
あるいは火星へ行ったことのある人を探し出して、火星とは一体どんなところかを聞きたいと思うだろう。
が、火星へ行ったら二度と地球へ戻ってこれないと知ったらどうだろう。
多分その勉強にいっそうの熱がこもるであろう。
さらに、火星に着いた時から火星人になってしまうと知ったら、火星人とはいかなる人種かについても知ろうとするだろう。
実は、人間の全てが、こうした火星旅行など近くの海岸への日帰り旅行にしか匹敵しないほどの大旅行に向かって日一日と近づきつつあるのだ。
霊界への旅立ちである。
われわれはその旅行への準備をしなければならない。
ではどう準備をしたらいいのか。
一体何が準備なのか。
実は「死」と呼ばれている旅立ちまでの「人生」こそが準備なのだ。
その人生についてのガイドがほかならぬ霊的真理(スピリチュアリズム)だ。
これについては多くの本が出ている。
霊界旅行から一時的に地上に戻って、霊媒を通じて、霊界とはどんなところか、死後どんなコースを辿るのか、どういう心がけで生きれば良いかについて語ってくれたことが本になってたくさん出ている。
但し一つだけ分らないことがある。
いつ死ぬかということである。
実際には寿命は決まっている。
霊的にはそれがわかっている。
が脳を通じての意識(顕在意識)にはそれが分らないようになっている。
百歳まで生きるかもしれないし、今日中に事故で死ぬかもしれない。
霊界への旅立ちはいつ始まるか、誰にもわからない。
結局われわれが為すべきことは、いつ死んでもいいように心の準備をしておくことだ。
毎日を今日が最後かも知れないという覚悟で生きることだ。
過去はもう過ぎ去ってしまった。
過去に起きたことは何一つとして変えられない。
愚かなこともし、バカなことも言い、過ちを犯し、しくじりもした。
が今さらどうしようもない。
出来ることは、そうした体験から教訓を学ぶことだ。
悔んだり残念がったりして、あたら時間を費し心を痛める愚だけはやめることだ。
教訓だけを学んであとは忘れてしまうことだ。
成功から学ぶことなら誰にでも出来る。
難しいのは失敗から学ぶことだ。
過去はいろいろと教えてくれる。
過去の体験によってあなたは道徳的にも霊的にも成長した。
同時にあなたの間違っている点も教えてくれた。
因果律の働きも教えてくれた。
だから過去には大いに感謝しなければならない。
過去がなかったら今のあなたも存在しないのだ。
良いことや楽しいことも為になったが、失敗や不幸も為になっている。
が、その過去の出来ごとは一切忘れて、教訓だけを忘れないようにすることだ。
未来はまだ来ない。
どんなものをもたらしてくれるかは誰にも分らない。
果たして自分に未来があるかどうかも分らない。
未来についてわれわれ人間はどうしようもないのだ。
大いなる未知、すばらしき冒険、それが未来だ。
そのどこかで死が待ち受けている。
人生のどこかの曲り角であなたを待ちうけている。
わかっているのは現在だけだ。
今日は正真正銘の今日だ。
その今日という時を精一杯生きることだ。
明日のことを思い煩ってはいけない。
「神を信じ、一日一日を大切に生きよ」―死に備える現在の生き方の心得はこれしかない。
過去の教訓のもとに現在に最善を尽くすのだ。
一日が終ったら、無事に終った一日を神に感謝する。
二度と同じ日は来ないであろう。
明日はまだ来ない。
もしかしたら、あなたには明日という日はないかも知れない。
今夜でおしまいかも知れない。
それは分らない。
はっきりしていることは、いつかは死ぬということだ。
だから一日一日をこれが最後と思って大事に生きることだ。
悔いなくこの世を後に出来るように。
人生を達観すると、あなたの心身を蝕んできた挫折も蓄財も欲望も嫉妬も後悔も、ことごとく無意味であることに気づく。
今日かぎりそうした低級な感情と決別し、平静と愛と同情心と理解と寛容と笑いの人生に置き替えることだ。
心霊治療家としての経験から私は、永遠の生命に目覚めることこそ人生の万能薬であることを知った。
すべての心身の病を癒すだけでなく、予防にもなる。
全人類がこの事実に目覚めた時、病院のベットはガラガラになり、医者は時間にゆとりが出来、西洋社会の経済問題も解決されるであろう。
所詮、地上は宇宙学校の幼稚園にすぎない、せいぜい気ラクに明るく、心にゆとりをもって生きることだ。
そう悟った今夜から、あなたの霊的成長の旅が始まる。