「原発」問題を考える(1)

今日、札幌・上田市長との「熟議」があった。参加者は主として市民運動関係の人たちだったが、熟議のテーマはふたつ。エネルギー問題と子育て問題。

エネルギーに関係する議論では、原発に伴うコストが途方もなく大きいことが話された。上田さんも長年の関心事項であったこともあり、詳細な説明をされた。発電による廃棄物(核のゴミ)処理は、地上で数百年の手当て、その後地下に埋めてさらに想像を絶する長期間の処理、などを計算したら、数百億の借金を子孫に残すのは困る、というレベルの問題でない。比較することすらできない重大問題ではないか、と指摘された。

世界的にはスイス、ドイツに続いてイタリアも脱原発の方向をはっきりさせた。核の被害をこれだけ受けている日本がどうしてまだもたもたしているのか解せない。必ず出てくる意見は、原発が受け持っている3割以上の電力をどうするのか、その代替発電を明確にしないでただ原発やめるというのは単純なヒステリーなどという政治家がいる。
ハラを決めて「原発に依存しないエネルギー政策に転換するのだ」という基本方針を立ててから、節電その他あらゆる方法を考えることがスジだろう。

ソフトバンクの孫さんが大きなラッパを吹いている。このラッパは昔の日本が言っていた「進軍ラッパ」として受けとめ、国民がどんどんこれに従うことにすべきだろう。
先日、札幌ファクトリーを見学したとき、天然ガス利用の発電の実際をみせてもらった。この方式は廃棄物がない、発電効率、資源が豊富にある、いろいろな点から非常に有望だと説明を受けた。
政治の方向が決まれば、可能性は多様に生まれるだろう。

日本でも国民投票という直接民主主義が国政レベルまで応用されないだろうか。

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