来し方、行く末に思いを続けて…
日記 … Kametarou Blog
森友問題と明治14年の政変
森友問題のきっかけは、周知のように国有地を破格の値段で森友学園(籠池理事長)に払い下げたことだった。この国民の資産を自分たちの仲間に特別に安い値段で売り渡すという一種のごまかしがまかり通ったのだが、どうもこれと似た事件があったような気がしていた。
「マスコミ市民」の4月号にこの問題の根の深さが掘り下げられている。例の国有地払い下げ事件についても説明があったが、これを一読して「あぁ、そうだった」と思い出した。それは「明治14年の政変」とされる事件。
この事件をきっかけにして、伊藤博文たちが牛耳っていた明治政府は国民の声を聞かざるを得ない状況に追い込まれる。つまり、自由民権運動を大きく発展させるきっかけになった事件だった。しかし自分たちの政治方針を貫徹すべく「帝国議会」開設の準備をしていく。
1881(明治14)年、当時北海道開拓のトップだった薩摩出身の大ボス黒田清隆(今も札幌市大通り公園の10丁目にアメリカから来たケプロンと並んでテレビ塔を見て立っている)は、巨額のカネでつくった会社・鉱山や北海道の土地を薩摩出の自分たちのお仲間にきわめて安い値段で払い下げようとした。これを知った人たちは黒田たちを批判し、おりからの「国会を開け」という自由民権運動がもりあがるきっかけになった。そしてこの払い下げは中止されたが、黒田や伊藤博文たちは政敵ともいうべき大隈重信らを政府から追放するということを行ったが、この一方において10年後に国会を開くという方針を発表した。
だから森友学園問題のきっかけが国有地の払い下げということであるから、その似た問題は130年以上前に北海道を舞台としておこっていたことになる。
明治期の官有物払下げ事件では、伊藤や黒田たちは批判を受けて一端は中止という態度をとったのだが、自由民権運動を発展させるきっかけになった事件でもあった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 書籍の処分に涙 | また「教育勅... » |