もう一年経ったんだ。
去年は母を亡くして、あちこち行き回った。
母が生きている間は、いつ帰省しないといけないかわからなかったから、
遠出を避けていたけれど、
その心配がなくなったのが大きかった。
それと、やはり母がいなくなった寂しさを紛らわせる目的もあったかもしれない。
生きているのといないのとでは大きく違う。
もう私のことをあれほど心配してくれる人は此の世にいない。
生きているときは、
あまりにも期待されるのがうっとうしいときもあったが、
それだけ私を愛してくれていたからこそだった。
私は、母の期待には、ほとんど添えなかったが、
母より長生きをしていることだけは親孝行だ。
兄のように親に先立つのが一番の親不孝だと思う。
ああ、それにしても上高地は気持ちよかったなあ。
こうして歩ける間にあちこち行っておいて、
寝た切りになったときに思い出すようにしようと思う。
*
★親孝行なにもできずに逝かしめて思ひだしをり折あるごとに
★思ひ出すことも供養と聞きしかばせめて思ひだして供養を
★思ひ出をblogに残し寝た切りになればアルバム開くやうにblogを
★子供らもかみなりblogでわたくしを思ひ出だしてほしいと思ふ