極限の生き方をした人の本を読むのもいいかもしれない。
私は、最近、吉村昭の小説にハマっている。
数日前に『三陸海岸大津波』を読み上げた。
この本を読んで、いま生きていることがいかに幸せなことかと思えた。
この小説は、最初、『海の壁』という題名がつけられていたらしいが、
津波は、まさに海の壁だったのだろう。
これは平成の津波ではなく、
明治29年と昭和7年の津波について書かれた本だが、
平成23年の津波も、おそらく同じようなものだったろう。
場所によっては、高さ50メートルまで押し寄せたという津波。
もう人の力ではいかんともしがたい。
その津波で、九死に一生を得た人は、たぶん、
ただ生きているだけでもありがたいと思えたことだろう。
家族をなくした人は、
一時は生きていることが辛いと思ったこともあったかもしれないが、
しかし、やはり生きているということは奇跡だと思うところはあっただろう。
この小説のあとで、江戸時代に、乗っていた舟が嵐に遭い、舵を失い流され、
陸の孤島である鳥島に漂着した人のことが書かれた『漂流』という小説も読んだ。
この本の主人公は、その鳥島で12年4か月生き延びて帰還した。
その12年あまりの生の厳しさ、苦しさと言ったら、
現代の私達が想像できないほどのものである。
鳥島は岩山で植物も動物も生きられない死の島である。
その島に、舟が難破して何も持たずに漂着したのである。
最初は飲み水を飲むことさえ満足にできなかったらしい。
食べ物も、もちろん何もないから、海岸で貝や海藻を採って飢えをしのいだ。
やがて渡り鳥であるアホウドリを食べることを覚えて、
12年あまりも生き延びられたのであるが、その艱難辛苦は、筆舌に尽くしがたい。
こういう極限の小説を読むと、現在、しんどいと思っていても、
そんなことは言っていられないような粛然とした気持ちになる。
現在、しんどい人に一読をお勧めする。