《慶應ミスコンまた不祥事》人気No.1ファイナリストがセクハラ被害「腰を触っていた手が下に降りてきて……」
という記事を見つけました。
美人の多様性の言われる時代です。
そんな時代に前時代的なミスコンなどをなぜするのでしょう。
それも天下の慶応大学で。
ネットのニュース(この記事の最初の部分をクリックしてください)で観た選ばれた女性は、
きれいかもしれないけれど、あまり知的な印象を受けません。
男性は、いくつになっても若い綺麗な女性を求めますが、
それは生物学的には理由のあることかもしれませんが、
しかし、時代には合っていませんね。
これだけ多様化した時代だから、
昔ながらの、ただ見かけだけがかわいい子より、
もっと内面の輝きのある女性を選ぶようにしませんか?
もちろん、そういう女性を選ぶには、選ぶ側にもその眼力が必要になってきます。
可愛いだけの女性を選ぶ男性には、その眼力がないと言えるかもしれません。
また女性も、見た目の可愛さだけで選ばれようとすると、
若い間は選ばれるかもしれないけれど、早晩すてられる憂き目にも遭います。
それより、選ばれるのを待つだけの女性ではなく、
選ばれようが選ばれなかろうが、
毅然としていられるような女性になりませんか?
そういう意味でも、
ミスコンなどは時代遅れです。
それが、しかも日本の私立大学の雄である慶応大学で開催されるとは
時代錯誤も甚だしすぎます。
それも、生まれつきの美醜で選別されるのなら、まだしも、
昨今は、整形してから、そういうコンテストに応募すると側聞するにつけ、
そのバカバカしさは、もう言葉にもなりません。
日本は、もうかつての経済大国ではありません。
しかし、これからは、せめて文化的には成熟した国でありたいものです。
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★ミスコンのバカバカしさは売女(ばいた)ゐし時代のごとし整形をして
★ジャパン・アズ・ナンバーワンであらねども矜持は今も持たむと思ふ
★大学は学問の府に戻るべし見境もなくするなミスコン
★可愛さを売りにするなら大学に入らず入れ花街修行に