うさぎとかえるの里

鳥獣戯画をこよなく愛する自分の日本文化や日常に関する想いをつづります。

街へ出る。

2016-11-30 13:56:43 | つれづれ


今日は朝から映画を観に池袋にいる。

そしてあいかわらずいつものパン屋でゴハンしてる。

考えてみたら9月にK君が亡くなってから、初めて「遊ぼう」(⁉)とう目的で街に出た。

それまでは用事とか誰かと会うためとかで、ひとりでぶらぶらするのはある意味本当に久しぶりだ。

K君の一連のことを終え、引越しの作業も、いろんな事務的なこともほぼ終え、これからやっと少しは落ち着いた生活に戻るのかな、という気がする。

6年前の独身時代の自分のことだけやればほぼオッケーな生活に。
(年齢的にそれじゃいけない気はすごくしているが、…)

でもそれはともすれば、また刺激のない引きこもりがちな閉ざされた世界に戻ってしまいそうでそれが怖い。

K君と出会った時、K君は外国人しかいないインド料理屋で働くわたしを「さびしがっている」と思っていろんな世界を見せてくれた。

K君と過ごした時間で教えてもらったこと、少し成長できた(と思っている)自分を台無しにしないようにしなきゃ。

K君と結婚した意義は本当に大きかったと思う。

それまで当たり前だと思っていた家族のことを改めて考え直したり、大切なひとがいる喜びを知ったり、ひとから大切にされる幸せを実感したり。

それにしても久しぶりに街をぶらぶらするのもK君の思い出がいたるところにあってその度に悲しい。

池袋もK君とはよく来たし、わたしたちは本当に目的もなく街を歩くのが好きだったからな。

本屋にいれば、本好きのわたしが気の済むまで見ていていいよ、とK君は車の雑誌や料理の本で時間をつぶしていてくれたし、服はいつもお互いのを一緒に選んだし、化粧品だって一緒に選んでくれた。

歩き疲れたら喫茶店でコーヒー飲んでおしゃべりして。

ゴハンも食べたいものが見つかるまで、飲食店を何軒も見て、結局コレだ!…というものが見つからなければ、家で食べよう!ってことになって。

結婚していたら当たり前だけど同じ家に帰ることがすごく幸せだった。

家にいても街に出てもやっぱりK君のことを忘れることはなくて、それってK君が一緒にいてくれているんだなって思い込む一方で、言葉を交わすことが出来ないのが死ぬほどつらい。
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