大学校の同窓生、関東在住の友人3人との珍道中。松尾芭蕉の足跡を訪ね回る風情あふれる旅日記をN氏の博学なタッチで紹介します。
4月5日。桜はほとんど散っていた。4月の初旬というのに6月のように暖かい一日だった。若い相撲取りを何人か見かけた両国駅から、3人でぶらぶらと歩いて回向院を通り抜け、通りがかりの蕎麦屋に入る。ちょっと暗い中にはいると無愛想な親父が一人立っている。「食券を買ってください」と最低限必要な言葉がかかる。他に客はいない。
隅田川に平行に走る清澄通りをさらに南下して、地下鉄の森下駅を過ぎ、小名木川にぶつかる少し手前を左折して、隅田川沿いにある芭蕉記念館に入る。入口の前が狭い築山になっていて、
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家の句碑がある。芭蕉が芭蕉庵を出て、杉風の別邸採荼庵(さいとあん)に移り、いよいよ奥のほそ道への旅に出ようとする時に、芭蕉庵の柱にかけ置いた句である。
記念館は2階と3階が展示室になっており、芭蕉の経歴や奥のほそ道の道程、「奥のほそ道」原本のコピーやその写本のコピー、芭蕉が着たであろうと思われる墨染の衣、頭陀袋、矢立などの模造品、渡辺崋山が描いた芭蕉図、そして深川近辺の古地図などが展示されていた。古地図を見ると、深川近辺は大名の下屋敷と町家が混在していたことが解る。大名屋敷の敷地に黒丸が描かれている点は門があった場所であり、その門の方向に会わせて○○家下屋敷という風に、地図上の字の向きが替る、ということをA君が教えてくれる。近現代の歴史が好きなA君は本好きなだけあって色々なことを良く知っている。
隅田川は明るい光をあびて輝いていた。ビルが林立し、鉄筋の橋がかかり、4mほどの高さの防波堤が築かれているが、河の形は古地図のとおりだ。記念館のすぐ近くに芭蕉庵史跡展望庭園があって、階段を登ると河を一望できる所に芭蕉像があった。M君がそこで写真を撮る。写真に凝っている彼は本体1kg、レンズ3kgのカメラを持参している。またすぐ近くには芭蕉稲荷という小さな神社があり、大正6年9月の台風の高潮の跡、芭蕉遺愛の石の蛙が見つかった所だと言う。
紀伊国屋文左衛門の別邸で、その後、岩崎弥太郎が所有したという清澄公園を覗き、深川江戸資料館で町家を再現した展示を見て、富岡八幡宮で歴代横綱の名を彫り込んだ大きな石碑と、重さ4.5トンもある大神輿を見て、いよいよ今日の閉めの会である。門前仲町の永代通りから裏に入ったところで「雷電」という我々向きの店をみつけた。絞めサバ、さつま揚げ、刺身、あさりの酒蒸し、そして「高清水」。いつもながらついつい飲みすぎてしまう。昔、幇間でもやっていたかと思うような白い手の垢ぬけた爺さんと、いかにも下町の元気の良いおばさん風が料理を運んでくれる。3時間ばかり歩いた後の酒は美味かった。
4月5日。桜はほとんど散っていた。4月の初旬というのに6月のように暖かい一日だった。若い相撲取りを何人か見かけた両国駅から、3人でぶらぶらと歩いて回向院を通り抜け、通りがかりの蕎麦屋に入る。ちょっと暗い中にはいると無愛想な親父が一人立っている。「食券を買ってください」と最低限必要な言葉がかかる。他に客はいない。
隅田川に平行に走る清澄通りをさらに南下して、地下鉄の森下駅を過ぎ、小名木川にぶつかる少し手前を左折して、隅田川沿いにある芭蕉記念館に入る。入口の前が狭い築山になっていて、
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家の句碑がある。芭蕉が芭蕉庵を出て、杉風の別邸採荼庵(さいとあん)に移り、いよいよ奥のほそ道への旅に出ようとする時に、芭蕉庵の柱にかけ置いた句である。
記念館は2階と3階が展示室になっており、芭蕉の経歴や奥のほそ道の道程、「奥のほそ道」原本のコピーやその写本のコピー、芭蕉が着たであろうと思われる墨染の衣、頭陀袋、矢立などの模造品、渡辺崋山が描いた芭蕉図、そして深川近辺の古地図などが展示されていた。古地図を見ると、深川近辺は大名の下屋敷と町家が混在していたことが解る。大名屋敷の敷地に黒丸が描かれている点は門があった場所であり、その門の方向に会わせて○○家下屋敷という風に、地図上の字の向きが替る、ということをA君が教えてくれる。近現代の歴史が好きなA君は本好きなだけあって色々なことを良く知っている。
隅田川は明るい光をあびて輝いていた。ビルが林立し、鉄筋の橋がかかり、4mほどの高さの防波堤が築かれているが、河の形は古地図のとおりだ。記念館のすぐ近くに芭蕉庵史跡展望庭園があって、階段を登ると河を一望できる所に芭蕉像があった。M君がそこで写真を撮る。写真に凝っている彼は本体1kg、レンズ3kgのカメラを持参している。またすぐ近くには芭蕉稲荷という小さな神社があり、大正6年9月の台風の高潮の跡、芭蕉遺愛の石の蛙が見つかった所だと言う。
紀伊国屋文左衛門の別邸で、その後、岩崎弥太郎が所有したという清澄公園を覗き、深川江戸資料館で町家を再現した展示を見て、富岡八幡宮で歴代横綱の名を彫り込んだ大きな石碑と、重さ4.5トンもある大神輿を見て、いよいよ今日の閉めの会である。門前仲町の永代通りから裏に入ったところで「雷電」という我々向きの店をみつけた。絞めサバ、さつま揚げ、刺身、あさりの酒蒸し、そして「高清水」。いつもながらついつい飲みすぎてしまう。昔、幇間でもやっていたかと思うような白い手の垢ぬけた爺さんと、いかにも下町の元気の良いおばさん風が料理を運んでくれる。3時間ばかり歩いた後の酒は美味かった。