術後3日目に起こった症状は、全身の掻痒感である。この掻痒感は、今までに知覚したことのない痒さであった。担当看護師経由で知った担当医の所見は、体質等によって現れる麻酔薬の副作用とのことであった。早速、掻痒感を除去する成分の点滴が実行され、併せて、自己麻酔を行うための薬剤の変更が行われた。この自己操作麻酔とは、手術前に背骨に針が刺され、チューブによって、手元で一定微量の麻酔薬が脊髄へ注入されるという簡易廃棄処理可能なポンプである(携帯型ディスポーザブル注入ポンプ)。術後に痛みが知覚したときに、簡易ポンプを押すことによって、体内へ麻酔薬が注入されるものである。術後5日目には、掻痒感も消え、痛みが治まったため、背中のチューブと針およびポンプ一式は取り除かれた。
麻酔が自己管理されるということ自体が驚きであった。確かに痛みを知覚するのは患者本人であり、痛みの程度も我慢できる範囲であれば我慢すればよいが、それ以上であれば、医師のご厄介となる。自己処理が利用できれば患者にとっても有効と思われる。この麻酔薬は即効性ではなく、装置操作後約10分後に効果が出てくるとのことであった。医師から許可が出て、歩行が自由となっても、この簡易装置はわずらわしさもついて回る。移動するといっても院内であり、そう長い距離を移動するのではないが、点滴棒を転がし、排尿チューブ、タンク、それに腹部からのドレーンが一緒に移動するため、今思えば、格好良い姿ではない。まるで実験中のロボットである。そのことと同時に、術後の歩行である。
手術の前日には、ふくろはぎを締め付けるストッキングをはかされる。これは、長時間同じ姿勢を保つことが強いられる手術時や、術後の安静期に血流の異常を防ぐ目的があるそうで、よく言われているエコノミー症候群の防止のためだそうである。まさかと思ったが、手術の翌日には、歩行練習があった。もちろん、看護師の介助が必要であることは、実際にその状況を経験するとよくわかる。始めの第一歩はまっすぐに立てないし、ふらつき感があり、自分の歩行はどうかしてしまったかと思える状態であった。歩行中しばらくは看護師の支えが必要であった。すぐに車いすのお世話になったが、自分の歩行がおぼつかないことを実感した次第である。
付け加えると、下の話で申し訳ないが、術後、7日目に尿道に刺したカテーテルとバルーンが取り除かれた後は、排尿のコントロールが全くと言ってできない。尿漏れのパットのお世話になる。この期間は人によって異なるそうであるが、月単位というから悩ましい。以上、初めての経験はあまり繰り返したくない心情である。避けて通ることができればよいのであるが、日頃の節制と健康第一ということをつくづく実感した次第である。
既に前立腺のがん化については、事前に行った各種の検査の結果で、判明していたのであるが、治療にはいくつかの選択肢があり、必ずしも前立腺や周辺組織の切除だけではない。切除に至るまでにはいくつかの条件があり、体力面を考慮すると、個人差もあるが、一般的に言えば、年齢が75歳以上では切除手術は困難ということであった。つまり手術によるリスクが高くなる。切除以外の治療には、例えば、放射線療法で放射線を一定期間照射することや、合わせて抗男性ホルモン注射による内分泌法、これは、前立腺肥大化を抑え、がん化した組織を死滅させる方法が用いられている。
実際、前立腺がんの知識がない者にとっては、医師からどうしますかと問われても、どの方法が良いのか返答に困る。特に重視した治療にまつわる各種の付帯条件を短時間で調べることなど、選択肢を絞り込むには困難が伴う。したがって、医師のアドバイスで数種の検査指標によって判断することとした結果、腹腔鏡下前立腺全摘除術を行うことにたどり着いたのである。
検査指標は、PSA、病理組織のグリソンスコア、X 線画像評価などの結果、前立腺がんの高リスクにランクされていたため、現在検査等にかかっている大学病院で行える摘出手術を行ってもらうように依頼した。実際には、気管支ぜんそくの持病があるためにできるだけ持病のリスクを下げることを医師から告げられ、約1か月後の手術が計画された。持病の検査は、スパイログラムという、簡易的なパソコンのソフトを利用した肺活量等の測定を行い、長年服用していた治療薬も見直すこととなった。治療薬のおかげで、数週間後に再度測定したスパイログラムの結果は病状の改善傾向がつかめた。
腹腔鏡下前立腺全摘除術は腹部にあけた5が所の穴から手術器具を挿入し、前立腺と精嚢を摘出し、合わせて周りのリンパ節を摘出した。手術は全身麻酔を行い、実際には麻酔から覚睡するまでトータルで9時間を要した。術後経過は良好であり、術後1日目には看護師の付き添いで歩行が開始された。術後7日目には尿道に入れたカテーテル及びバルーンを取り除き、切開した後に挿入された腹部ドレーン(排液管)も術後8日目には抜き去ることができた。因みに食事は術後2日目から摂取することができた。
手術には数名の専門医集団の綿密な連携があり、術後のケアは泌尿器科医師・看護師等の完璧といえるほど高い評価を与えることができる。しかしながら原因不明のハプニングともいうべき術後3日目に起きた症状は、特筆すべきと思われるので、次回にお伝えしたい。