人は、考える葦である。天は自ら助けるものを助ける。

戦後の混乱から立ち上がり、文化的平和な国に成長した日本が、近頃反対の方向を向き始めた。偉人の言葉を考え直して見たい。

人は考える葦であるー第5章  貫通しないトンネル

2021-03-19 21:18:53 | 随筆
 私は世界の国際関係についてはあまり触れようとは思いませんでした。それは、奥深い難しいことだからです。でも最近はそれがとても目立つようになってきたので、見聞きしたことで考えたことを書いてみようと思いました。

 私は、退職後の余生を国際交流等のボランティア活動をして過ごして来ました。それは、戦争で得た外国への偏見を訂正したいと思ったからです。国の政策で、日本が正しく敵国は悪いと洗脳された心を民主主義の考えで訂正しようということと、島国に住む日本人の「島国根性」をなくしていきたいという願いからです。でも今は国交と国際交流の間には大きなギャップがあることがわかり、国交はその国のトップの影響と、普通では分からない国の様々な事情による深刻な問題と思わせられました。

 日本は、戦後廃墟の中から戦争の反省をしながら復興してきました。そして新憲法により、国民のための民主的な政治が行われることにより、生活水準もある程度保てる平和を獲得しています。国内では戦争とは程遠い生活ができるのに、外国では戦争があちこちで起き、中には生活水準さえ保てない国があったりさらに内戦が長いこと続くという信じられない国もあります。日本は後進国や、自然環境の悪い国に援助をするほどの余裕国でもありました。

 最近困ったことには各国の生活水準が伸びると、国防費に多額の予算をかけ新しい武器を開発する方向に進んでいます。後進国とのギャップがますます開きます。それは、もとはと言えばイデオロギーの違いのようです。私たちは民主の傘の元、もとは敵国だったアメリカと同盟を結んでいますから、ある部分安定していますが、アジアの共産圏はとても私たちの相像の及ばない国になっています。トップに立つ人が人権を無視し粛清などという恐ろしいこともやります。言論の自由もなく、戦前の日本のように政府に反対すると牢獄に入れられます。それは、独裁の傾向の強いトップの独裁が許されているからです。わが国でも知らないところでそんな風潮が垣間見られますが、平和ボケから出る腐敗でしょうか。民主主義ではないので国民はその独裁者に従う他はなく、民主圏の国民はそこに生まれなかったことにほっとしています。ある国は自国の勢いを広げようと勝手に法律を作って国境を広げるような他国に恐怖を与えています。

 昨年から世界を覆っている新コロナウイルスも、ワクチンや感染者に四苦八苦しています。この新しい問題の終息も見通しがつきません。地球上の世界各国は、イデオロギーの違いから掘り始めたトンネルの方向を間違えたように、意思の疎通が取れにくい状態です。これからの未来、自然災害もあり、人的な災害の起きないことを誰でも望みますが、トンネルが貫通して両方向見通しの良い国交ができるように、今国際交流している各国の若い人からそういう力が生まれるよう願って止みません。










人は考える葦であるー第5章 ビッグな失言の後の ビッグなニュース

2021-02-26 15:20:28 | 随筆
 過日の高官の失言が全世界に知れ渡った問題がやっと下火になったと思ったら、今度はビッグな女性のビッグな公務員法違反のニュースが話題になっています。なんともはや、こんなビッグなことをする人が出世して、女性の地位向上の模範として教科書にも載るとは。これこそ日本の女性全部を敵に回していないでしょうか。

 出世というのは簡単にできるものではなく、ましてや男の競争の一つとなっていたところに、男女平等の理念のもと全国の管理職に女性の門戸が開かれました。男性のなかには、どんなにか悔しい思いをしている人が増えたことでしょう。その表れがこの間の失言に集約されていると思います。
 それでも日本はこの間も言われたように、女性の登用率は先進国でも下位です。女性雇用均等法が出来たのでさえ遅れ、しかも正式社員が増える元にはなっていないようです。ただ、職業の種類や門戸は大きく開き、各部門に女性の姿を見ることは、非常にうれしいことです。昔は男勝りという誉め言葉がありましたが、逆に使われることもあったかもしれません。

 女性の管理職は職種にもよりますが大いに広がっているように見えますが、初めの頃はもちろん、今でも評価は厳しいものがあることでしょう。何せ、競争社会の男性陣を押しのけて出世するのですから。そこで問われるのは、一人一人の資質です。管理職に選ばれた人の情熱や能力実行力は、それこそ同じ男性管理職に引けを取らないくらいに持ち合わせていないと低い評価を与えられます。少しの個人差は許容範囲ですが、衆目、同僚の目は厳しいと思います。やはり男性も評価は受けているのが当然ですが、女性は特に厳しいと考えられます。なぜなら、男女差の評価は厳しいと思いますから、何かにつけてやっぱり女はねえと言われかねません。そこに女性らしさなどというものはあまり望まれず(良い要因ではありますが)実行力、みんなに賛成される考察、納得される行動力などが求められることでしょう。つまり、重要な持ち場を受け持つ人は絶大な信頼を持たれなければいけませんし、ここに男女差はないのです。

 このような難しい坂を登って大切な肩書を持った以上は、信頼を受けることは勿論ライバルの強い力にも負けない行動を取らなければなりません。ところが管理職にならない職種でも、強い制約を受けている職業があります。それは公務員です。国家公務員から地方公務員まで、大きな仕事から位の低い仕事まで、公務員法という法律で国民の信頼を裏切ってはいけないことになっています。大きな会社や発展性のある収入の多い仕事に比較して、公務員を選ぶ人がいるのは、
収入が安定しているからだと思います。しかし、このような法律を守る義務もあります。

 最近は悲しいことに公務員のトップである重要な地位の人が、それを破って言い訳をしながら
すり抜けています。日本は、どうしてこんなに汚れた国になったのでしょうか。そして出世した女性が常識をはずれてことをして、1年前のことを記憶しないとは。その方は、大変な実力と信用でその位置まで上り詰めたそうです。そして、お呼ばれは断らない人間としてきているとか、それはつまり出世の道とも言われているとかいわれています。善良な国民、低所得の国民には到底理解できない世界のことではありませんか?

 全国の女性の管理職の皆さん、どうか、関係ないからがんばってくださいねー。女性の地位向上にお役に立ってください。

 コロナ関係のお医者さん看護師さん、保健所の皆さんお体お大切に。こういうところに予算をたっぷり使う良い国がいいのですが。

人は考える葦であるー第5章  国の行方 再び

2021-02-13 16:48:51 | 随筆
 聡明な皆さんは最近呆れて口が開いたままではありませんか?国の行方がこんなことになるとは想像できましたか?森さんの失言が世界に広がり、IOCまで前言取り消しとなっては決心せざるをを得ません。しかし森さんは自分の後継者を一生懸命考え、自分で指名し相手も承諾しマスコミに報道されました。私はあれ?こんな事個人で決めることかなと咄嗟に思いました。これが、日本のなあなあ政治なのです。今までの、高齢者が実権を握る自民党の習慣なのです。誰か不満を持つ人が出るだろう、こんな大事なことは会議に諮るだろうという民主主義の常識で私たちは考えるのです。

 果たしてまたまた政治の不介入やら、オリンピック憲章やら騒がしくなりました。森さんの辞任の挨拶は、真意は違うと言っても前の恥に上塗りしていることが理解できないのです。女性を芯から大切にしている人があんなこと軽々しく言うわけがありません。お嬢さんも難しい父の心情に困惑していました。言えば言うほど弁解で墓穴を掘ることがわからないのです。差別は男女のみならずすべてに渡るのです。人種ではまだまだ根深い差別が起きていますし、その他枚挙に暇がありません。一人の人がした失敗を以て~の国は何だと決めてかかること、一人の不祥事で、会社のトップが謝罪することなどが大きい差別です。誰でも幸せを求めて生きているのですから、それを犯すことが出来ない、困っている人がいたら助けるというのが基本です。それを芯から理解していないと自粛警察や嫌がらせなどをするのです。

 その反対に、権力が幅を利かせる社会を作ると、権力者に忖度し正しい判断ができなくなるのではないでしょうか。差別も何もおかまいなく権力者の考えで動いていきます。組織は何かというと必要に応じて作られます。それが、多くの意見反対意見を出し合い感情に走らず良心的な判断で目的を達成するのが当たり前です。忌憚なく意見を言い合う場は、男女の差はなく相手を認めながら信頼も生まれます。小さな組織も大きな組織も巧みな進行役で進められるのが理想です。日本全体を見ると必ずしもそれが多くなっているとは思いませんが、長い間をかけてこのような土壌を作ってきた現政権の責任は大ではないでしょうか。

 同じ党に属し、良心的に警告してきた議員が冷遇されていることに慚愧の念で一杯です。なんだかんだ理由をつけて首相を決め、全国区の党員の票を忌み嫌った(その時も海外では、日本の政治は少数の老議員で決まっていると評した)結果が、昔からの古い体制が刷新されなかった現在に至っていると思わざるを得ません。国の行方はやはり為政者とその周りの国民の代表が、国民の意思を吸い取ってより良い公正な方向に向けて欲しいと思います。先の大戦の反省がいまだに続いています。上皇天皇も戦争を知っていらっしゃるので、平和を願っています。その時代の政治が国を動かしているというのを忘れることはできません。

人は考える葦であるー第5章  ビッグな失言の結果

2021-02-05 21:26:12 | 随筆
 前回で、大統領級のスピーチについて書かせて頂き、結論に、発言は心にないことは出ない、と人格が影響すると申し上げました。そして今回難しい時代の東京オリンピック事業を代表する方が世界の人々を驚かす発言をしました。いつもこころに残っていたことを発言してしまいました。

 後で発言を撤回し謝罪して、役職の地位は変わりませんでした。しかし、一度口から出た言葉は世界を回り影響を与えます。今後注意すると言っても、差別の考えは根強く持っているので、いつどこで又失言するかどうかわかりません。今までも失言が多いとの評判がありました。更に広い世界には同じ差別の考えを持つ男性が多くいます。時代を問わず(封建時代も)男女差別をしない男性がわずかですもいたことを知っています。ところが日本はいつまでも女性を蔑視する国として有名です。ですから、女性の起用の多い国は、この発言に大きく反応しています。

 自分の責任の重さを考え辞任を頑なに断りましたが、そういう地位を自覚せず軽々しく発言しているのですから人格者とは言えないのではないでしょうか。ところが、日本の男性の集団はそれを簡単に認めるのです。世間の動静、世界の動きより留任が大事なのです。これからこの重責を果たしていけるのでしょうか。一時政治家にも定年を提唱し自ら実行した方がいらっしゃいましたが、
老害はごみだから掃けばいいでしょうとうそぶいています。掃いたごみは、捨てなければ、環境を汚すのは当然です。謝罪にも反論が出るのは当然ではないでしょうか?

人は考える葦である 第6章  スピーチに思う

2021-01-27 21:43:32 | 随筆
 選挙から長い長い月日を送りやっと新大統領が誕生しました。前大統領は、退任のその日まで駄々っ子のような行動で去りました。新大統領は、今迄とは全く方向転換し、政治を知らなかった前任者の失った本当の民主主義を構築しようとしています。選挙の中盤、もしトランプ氏が再選したらアメリカの民主主義は無くなってしまうという民衆の声を聞きました。私はその時ほんとうに国民も疲弊していたのだなと感じ、その声で政権が交代して欲しいと思っていたのです。日本の後継者は望まない人が出たので、せめてアメリカはより良い民主主義の理解者に当選して欲しいと願っていました。

 さて、大統領選挙に限らずアメリカは、スピーチの教育も進んでいる上に、スピーチの評価がその人の力を左右するところと聞いていました。ところが、立候補した時、勝利した時等のスピーチは側近に優秀なライターがいて、長い長い内容の原稿を書いているとも聞きました。政治家は元々言葉の番人と言われるくらい演説でも反対意見をいうのも得意の筈です。それが、ライターに書いてもらうというのは、どんなに多忙でも疑問に思います。下地を書いてもらってそれを自分の満足いくように校正するのでしょうか。自分の意図が正しく述べられているのでしょうか。

 私は、大統領を経験したオバマ氏が広島を訪れて演説をした時、そのスピーチに感動したのを忘れることはできません。新聞の翻訳文を読んだだけでも、オバマ氏の心情がひしひしと伝わってきました。その頃、日本国民は、原爆を落とした国の初めてのスピーチをしようとする人の内容に興味津々としていたのではないかと思います。ところが、それには触れないで、かつてこの広島の空に、普通の平和な生活をしていた小さい子供から大人までの人々の上に異状な光が光り、街のすべてが壊されましたと始めたのです。(記憶で書いていますから正確度には広い心で)

 次に、人類は、有史以前から争いはあり、文化が進んでからも大きい戦争が続いてきた。自国の領土や資源を増やすことを考え、平和に暮らしていた人々を不幸に貶めてきた。と言ったのです。反対派にとっては、逃げていると解釈するかも知れませんが、私はここ広島へ来て、平和の中普通の暮らしをしていた人々に祈りを捧げるために来た。平和な暮らしをしていた大勢の人々のため祈るために来た。というのは、被災地の人々を本当に追悼しているとしか思えません。有史以前からそういう平和な暮らしを壊された人がずっと続いているというのです。アメリカ合衆国ができた時も、祈りから始まったと言っていますが、今は多民族の集まりとして沢山の問題を解決して他国に引けを取らない国となっています。

 今度の就任演説を、アメリカ側の翻訳で読みましたが、日本人のニュアンスが加わった翻訳より硬い直訳に感じました。そして内容も、当選後から言っている結束と分断の終わりというスローガンは何度も何度も出てきているけれど、そのために言いたいことの焦点がぼやけたように感じました。日本には起承転結という文の原則があるのですが、そういうのはないのでしょうか。
自分が訴えたいことは何かを理解してもらうために、心から出てくる心情を吐露するというのが理解を得る手段になるのではないかと考えます。それは安易にライターに頼めないのではないでしょうか。

 大江健三郎氏が前に言ったことがあります。書く仕事をしていると、一生懸命夢中になって書いている中に自分の力以上の神通力のようなものが働く。(ひらめきというようなことでしょうか)誰でも自分の目指す仕事に没頭して自分の力を発揮すると神通力が加わり予想以上に良い結果が生まれるということではないでしょうか。発明や製品の生産、芸術あらゆる分野で活躍している方はそのような自分の能力以上の力を発揮しているのではないかと思います。ですからオバマさんは人に頼むのではなく、自分のこころからの心情を述べて日本人の理解を得たいと思ったに違いありません。

 スピーチの力に自信がなくても、その神の力が働くほど努力すべきだと殊にトップに立つ人々はそのような内在する力を伸ばすべきと思わざるを得ません。世の成功の山が大臣という中で、何と沢山の大臣が失言するのでしょうか。本音とお世辞と使い分けするのが日本人と思われがちですが、心にもないことを言うはずがありません。つい本音が出て失言問題になるのです。冷静な人は言っていいことと悪いことの区別がきちんとできるから尊敬もされる、つまり人格のありなしに行きつくのかも知れません。