人は、考える葦である。天は自ら助けるものを助ける。

戦後の混乱から立ち上がり、文化的平和な国に成長した日本が、近頃反対の方向を向き始めた。偉人の言葉を考え直して見たい。

人は考える葦であるー第五章   アラカルト

2019-02-05 21:21:41 | 随筆
 前投稿の「遊びをせんとや・・・」は、いつも楽しく過ごせたり、職場や家族の人々に恵まれ、前向きの考えで生活できたら、テロメアという長寿遺伝子が保持でき若さが保てるという
結論に達しました。これがクリアできるのはそう簡単ではないでしょうが、目標としては可能なことと思います。ところが、こんな理想を論ずることができるのは、国家が平和であればこそで、内乱や戦乱の続く国では程遠い話です。
 
 しかし、一旦世界に目を向けると、各国の軍備増強、輸出入等きな臭い政治のニュースが多くを占めていることに懸念を抱かざるを得ません。先進国では競ってそういう方向を向いていますが後進国の国民は、食料の貧困問題、非文化的生活にまだまだ苦しんでいることを忘れることはできません。

 日本でも、オリンピック開催年に憲法を改正しようという機運が高まりつつありますが、日本の平和を維持してきた憲法を、無理やり好戦的な方に改正しようとするのはどうでしょうか。私は戦争経験者として伝えたいことがあるので、是非耳を傾けて欲しいと思います。

 日本憲法は、何故アメリカのお仕着せというのでしょうか。戦争を知らない人は、戦争に負けたことが悔しくてそういうことを言うのでしょうか。敗戦時、天皇が終戦のお言葉を放送しようとした時に、それを阻止しようという軍人がそれを奪還することを計画したそうです。東京大空襲、沖縄本土戦争、原爆と続いても尚止めようとしない人がいたのです。そんな中で、戦前の日本を支えた軍国主義的思想の蔓延、人権を奪われた国民を救う良い憲法を作ろうと計画されたのです。その構成員の一人が、ベアテ・シロタ・ゴードンさんという24歳の女性でした。彼女は、戦前日本で生活し、日本の女性の権利が全くない現状に驚いていたそうです。そしてそれを改めるべく、世界の憲法を集めて検討したと仙台の141ビル5階ホールで講演なさいました。

 又、参考までにと日本人の作成した原案も検討されたそうですが、その原案は、旧明治憲法からそう違いはなく、民主主義を知らない日本代表の頭は一人一人の尊厳などは考えつかなかったに違いありません。先述の、戦争を止めたくなかった人しかりです。戦争がどんなに惨めで忌み嫌われることなのか、戦争してどんなメリットがあるのか考えただけでもわかると思うのですが、人類の為に平和をと考えるより、自国ファースト優先で他国の国民を犠牲にすることは考慮しないということなのでしょうか。

 今上天皇は、このほど30年の任期を全うしますが、その大きな業績は、旧戦地をまわり、他国への犠牲への謝罪と戦地で果てた同胞への鎮魂に精力を傾けられたことです。平和を希求する天皇の精一杯の意志表示ではないでしょうか。戦後70余年、外国からは、慰安婦問題、戦役問題をいまだに攻められてます。このように、原子の放射能のごとく何年たっても戦争の遺恨は消えません。戦争の為に軍備を競争する、一触即発の状態を作るのが自衛政策なのでしょうか。もっと人間らしい思考をしては頂けないでしょうか。