風のたより

電子計算機とは一極集中の現象が大であるが、その合間を縫って風の一頁を

八月(1)枕.序 国家 民族 

2021-08-15 18:37:27 | 世評
オリンピックが終わったと。無事にと言おうか、無事にとは何事もなく、平穏にではなく始めあれば、いずれは何時かは終焉するであろうな。形あるものはいずれは砕ける。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たける者も遂にほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ

平家物語の冒頭である。何時聞いてもいいな。昔の物語は声に出して、その声を自分で聞く。響きが良いので耳に残るんだな

しかし、海外から選手や役員、関係者たちはよく東京2020オリンピックに来たな。今回のオリンピックは色々な疑問符がついていた。曰く、誘致をめぐるJOC竹田恒和前会長の汚職疑惑から始まり、佐野研二郎のエンブレム盗作疑惑、森喜朗前組織委員会長の性差別発言、開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクターの佐々木宏の渡辺直美の容姿を侮辱する演出案、いずれも責任を取って辞職した。あるいは詰め腹を切らされた。とどめは開会式のショーディレクター小林賢太郎の過去の言動、ユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストをコントの笑いのネタにしたとか。この一件だけは組織員会が解任した。また菅義偉首相も言語道断だと。普段、菅義偉は後手後手に回っていたが、この件だけは、このホロコーストはオリンピックだけでなく、人権問題であろうな。下手をすると外交問題になりかねない恐れがあった

古来からこの国は海に囲まれていた。ヤマト民族が流入したが、北にアイヌ民族、南に琉球民族がいた。しかし、島国故単一民族と勘違いしてしまう。屋久島は南の孤島、あそこも外からの移住者が多いと、しかも移住者を受け入れ易いと。しかし、元々の住民と移住者は外から見ても顔が違うんだな。顔だけでなく喋り方も違うな。しかしお互い違う人種たちが共存している姿はいいんだな

このコロナ禍のさ中、小林賢太郎の解任は開会式直前、しかし開会式では何事もなかったように儀式は進行していった。そして参加した選手、参加できた選手だけで競技を行い、閉会式にこぎつけた。

報道によると、誘致をめぐるJOC竹田恒和前会長の汚職疑惑裁判で2億円も使って、まだ進行中であると。裁判費用はJOCが負担していると。竹田個人で無くJOCの組織としての行動であったな。この疑惑を晴らすためにもからバッハ商人も、政府当局も開会せざるを得なかったな

このオリンピックで感じたこととして、2,3点述べる

8月3日の朝日新聞朝刊記事から、セルビア旗に愛を 祖国に「金」を、の記事があった
テニス男子シングルスの世界ランキング1位、今季の四大大会無敗のノバク・ジョコビッチだ。
プロテニスプレーヤーにとって最大の勲章は四大大会の優勝だ。名誉に加え、数億円の賞金が懐に入る。一方、五輪に賞金はなく、世界ランキングに反映されるポイントももらえない。
それでも、彼は五輪に挑み続けてきた。
五輪の魅力とは何なのか。直接聞いたことがある。返ってきた言葉はシンプルながら、力強かった。
「五輪は独特な祭典だ。アスリートとして、祖国を代表して戦うことは、とてつもない名誉だ」
1990年代の旧ユーゴスラビア紛争で祖国セルビアは「悪役」のレッテルを貼られ、首都ベオグラードは北大西洋条約機構(NATO)軍の空襲を受けた。偏見を抱かれがちな国で生まれ育ち、愛国心が深まったと話したことがある。と

今一つは、ベラルーシ代表のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手の亡命である。無事隣国ポーランドへ亡命できた。と。亡命とは命を喪うことである。祖国から逃げる
マッチ擦る つかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや  寺山修司

東欧には色んな民族が生存している。民族と国家は一致していないが、国家の要である民は単一の民族の方がうまくいくのであろうな。東欧では国家が生まれては消えていく。国境も陸続きであるので紛争も起きやすい。清教徒が集まったアメリカなぞは多民族国家であるが上手くいっている。正式にはアメリカ合衆国である。50州からなる連邦共和制国家である。人種のるつぼであり、民族のるつぼである。るつぼとは種々のものが混じり合っている状態や場所であると。通常は異分子が混ざると摩擦を起こすが、それを防いでいるのは独裁者の台頭を大統領の任期を定めていることであろうな。任期は4年で3選は禁じている。このことは合衆国の知恵であろうな

どこの国でも権力者は、たとえ選挙で選出されたとしても長くいたいんだな。権力者とはそういうものだな。小生は権力者にはなったことはないが、人とはそういうものだな。曰くロシア連邦でのプーチン大統領、中華人民共和国での習近平国家主席、北朝鮮の金一族、ベラルーシ共和国のルカシェンコ大統領、ドイツのメルケル首相も長かった。本来なら民が国家を形成するのだが、逆だな。国家が民を統治している

世界を眺めても独裁者は減るどころか増加しているようだな。わが国でも安倍晋三首相は長かった。なぜ長かったかと言うと選挙に強かったと。結果に於いて選挙に強いと手下は追随してくる

日刊SPA!/2021年8月4日 前衆議院議員の福島信亨が記載した「赤木ファイル、公文書改ざんは万死に値する」というを拝見した
赤木ファイルは、赤木さんが改ざんの作業過程を記した「備忘記録」であると。

そして2017年(平成29年)2月17日の衆議院予算委員会で
○福島信亨委員 あえて言いますけれども、この小学校の名誉校長とされているのが安倍昭恵先生という方で、右を見ると、安倍晋三内閣総理大臣夫人と書いております。この理事長の籠池先生の教育に対する熱い思いに感銘を受け、このたび名誉校長に就任させていただきましたと。この事実、総理は御存じでしょうか。

○安倍内閣総理大臣 この事実については、事実というのはうちの妻が名誉校長になっているということについては承知をしておりますし、妻から森友学園の先生の教育に対する熱意はすばらしいという話を聞いております。
ただ、誤解を与えるような質問の構成なんですが、私や妻がこの認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所も含めて、一切かかわっていないということは明確にさせていただきたいと思います。もしかかわっていたのであれば、これはもう私は総理大臣をやめるということでありますから、それははっきりと申し上げたい、このように思います。

○安倍内閣総理大臣 いずれにいたしましても、繰り返して申し上げますが、私も妻も一切、この認可にもあるいは国有地の払い下げにも関係ないわけでありまして、なぜそれが当初の値段より安くなっているかということは、これは理財局に聞いて、もう少し詳細に詰めていただきたいと思いますし、認可においては、大阪府ですか、小学校、中学校ですから大阪市になるのかな。(福島委員「府です」と呼ぶ)ああ、府ですか、に確かめていただければいいことであって、私に聞かれてもこれは全くわからないわけでありますし、繰り返しになりますが、私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。全く関係ないということは申し上げておきたいと思いますし、そもそも、何かそういうことが動いているかのようなことを前提にお話をされると、この小学校に通う子供たちもいるんですから、こういうことはやはり慎重にちゃんとやっていただきたい、このように思います。

この安倍晋三総理の突然の「私や妻が関係していれば、総理大臣も国会議員も辞める」と繰り返し強弁したことにより大問題となったと。そこから決裁文書の改ざんが決定されたと。少なくても明恵夫人が関わっていたことは写真もあったし明白であろうと。赤木俊夫さんが土地取引の現場にはいなかったので値引きの交渉過程は分からないにしても、改竄過程だけは赤木ファイルで明らかになるであろうと

そして予算編成の時期だったので、当時身体を張ってでも、予算成立を担保にして「資料を出さなければ、期限までに予算を通さない」と交渉するしかなかったと。公文書は国家の歴史そのものだと。公文書は官僚や政府のものでなく国民の財産になると。「吏道」を廃れさせた、それが安倍政権の最も重い罪だと

惜しむらくは現役の時に声を大にして発言してもらいたかった。テレビ朝日はオリンピックの視聴率が高かったと。そのため閉会式後に打ち上げと称し、10人で飲み会を開き社員1人が誤って店外に転落したと。11日羽鳥慎一モーニングショーで社員の玉川徹が謝罪したと。玉川徹は単なるテレビ朝日の社員であり、この番組のディレクターではない筈である。責任者でなく、一社員、一出演者に謝罪させるとは解せない。羽鳥慎一モーニングショーでの玉川徹の発言はテレビ朝日の見解では無く、一社員の発言であろうと思うがな

どうもテレビ局とは番組によって、局の見解でなく、番組によって見解が分かれるようである。テレビだけでなく、新聞も社の統一見解があるのか疑問符がつく。朝日新聞は社説ではオリンピック開催を中止見解であったが、オリンピック報道はやってるんだな。もう一つ8月13日の社説ではふるさと納税とは官製通販であると真っ向から反対していた。ふるさと納税は創設されてだいぶ日が立っている。それとも目に余る、度が過ぎることであろうか。昨今は目に余ることが多いようだな


寝るが極楽 起きるが地獄

2021-07-31 10:48:50 | 世評
オリンピックが始まったと。緊急事態宣言下で安全・安心な東京オリンピック2020を開催したと。テレビでは大谷オオタニがオリンピックに代わった。テレビからは音声が聞こえてくる。数年前の郵政民営化と叫んでいた光景と同じだな

テレビとは画像である。スポーツや踊りが分かりやすい。外国で暮らしていけるのは画家と音楽家だと。言葉が分からなくても絵や音で共感を得やすい。それに昨今ではスポーツが加わった。オリンピックとは武器のない戦争とも言える。国家間の競い合いだろうな。特に団体競技では国家間の競争が観衆から国民から受け入れられる。国家を背にして国家の旗の下に競い合う

戦前軍国少年であった官僚たちの夏を記した城山三郎は、旗の下には集まるなと言ったが、オリンピックとは旗が好きなようである。国立競技場には五輪の旗と日の丸の旗が掲げられていると。画像からはメダルを受賞した者の郷里の学校では諸手を挙げている。もっとも関心の無い者は集まっていないだろうから、全員が祝っている。徳仁が開会式で名誉総裁として従来の「祝う」でなく「記念する」と述べたが観客はお祭りだ

テレビ画像では皆、祝ってる。テレビなぞは画面が小さい。小さい画像を大きく焦点を定めて見せる。相撲なぞは遠い升席からの動きは人形のようである。野球でも外野席からは全体の動きは見えるが打者とか投手の動きは鈍く通路でのテレビ画像の方に人が群がっている。オリンピックの開会儀式なぞは、観客席からは見えるだろうかな。無観客が幸いして、テレビ映像であるのでよく見える。一種テレビとは宣伝コマーシャルであろうな

ここに来て新型コロナの新規感染者が飛躍的に増大した。感染症の専門家は危惧を抱いている。政府分科会尾身茂会長は政府にはもっと強いメッセージをと言っている。菅義偉に言っている。人には分があるな。菅義偉には無理だな。菅義偉が官房長官時代は長いそして強かった。報道機関への会見でも記者からの問いかけに対して切り捨てていた。しかし首相になってからは国民にも眼を向けなくてはならない。強さは失った

その反対に無責任、人任せが目立った。曰く日本学術会議会員の任命で105人の名簿を見ていない。NHKの番組では任命拒否の説明は、説明できることと出来ないことがあると。口数も少ないからかな、致命的な本音が出てしまう。朴訥なら丁寧に話せば良いんだが記者会見でも一人一問に限り、時間制限もある。最悪なのは首相会見に尾身会長を脇に座らせている

テレビ画像で隣に感染症の専門家を座らせている。コロナに関することは尾身会長にと言っているようである。あれでは国民には伝わらない。質問を受けても尾身会長に向ける。どちらが首相か分からない。原稿を手放さず、眼もうつろだな。テレビ映像のコマーシャルでは下に「個人の感想です」と記載してある場合がある。記者会見では下部に「個人の感想です」と挿入する必要もあろうかな

自民党はどうしてこうなったのだろう。安倍晋三の路線継承だけで菅義偉を選んじゃった。小池の百合子のような国民への投げかけ、橋の下徹のような口数の多さはいらない。ただ質問にははぐらかせず、正面から向き合えば良い。その基は安倍晋三の国会での虚偽答弁を見習っている

元来、総理を辞したら退くのが筋であろうが、この国ではまだやり足らないのか居座るのだな。安倍晋三などは返り咲きを狙っていると。政党としてどうかな、疑問を通り越すな

外務省のHPによると、日本が承認している国の数は195か国であると。国連加盟国は日本を含んで193か国であると。今回の東京オリンピックでは206の国.地域が参加を予定していると。国連加盟国よりもオリンピックの参加数の方が多いな。今回の選手団には難民選手団やロシアの国家でなくロシアオリンピック委員会(ROC)として参加すると。しかし旗はあるようだな。個人で無くあくまでも団体や集団としての参加は認めるんだな

よくスポーツは筋書きのないドラマだと言われる。当然のことだな。勝負事だけでなく、人生そのものがシナリオなど無い。ドラマを作るのは記者たちだな。才能もあろう、努力もあろう、運もあろう、しかしドラマを仕立てるのは記者、書き手、第三者だな。筋書き通りなら八百長だな

第四版広辞苑によると、曲芸とは見世物の一種。普通人には出来ないさまざまに目利きをする離れ業。だと。因みに、尾崎士郎が山本周五郎に対して曲軒と称したが、広辞苑に曲軒は載っていない。言葉とは多くの他者に認知されないと言葉にならない。隠語とは特定な集団だけに理解できる言葉である。暗号とも言われる。多くの他者に認知されると隠語や暗号や符丁でなくなっちゃう

オリンピックを見ている。サーフィンとかスケートボードは元々アメリカ圏で発達したものだろうな。スポンサーがつきプロとして発展してきたものだろうな。体操やスケートフィギアと同様、得点を競う。規則はあるだろうが審判の眼に寄るだろうな。素人からは優劣を決めつけられない、曲芸や大道芸に見えるな。小沢昭一が紫綬褒章を受章した際に、永六輔から助平一筋で紫綬褒章を受けたと言われたが、大道芸を追求して日本の放浪芸を記した。オリンピックとはスポーツ運動でなく、お祭りとして曲芸もあるようだな。曲芸師は地方を渡り歩いて芸を磨いていく。歌舞伎役者も地方から地方へと。その地で家族も設けた役者もいたようだ

ひつじ年生まれで、羊の歌を記した加藤周一は親子二代の産とも言われる。このオリンピックを見て、選手を拝見して、親兄弟の血を引き継ぎ、あるいは幼児からの環境が重要であろうな。才能プラス環境プラス努力そして最後に運であろうな。それと楽しみ、遊びであろうな。国家を背負っても、プロ大会の賞金とは違って一種の遊びの要素、重圧を感じないことが知らぬ間の勝利に結びつくだろう

7月25日の朝日新聞の朝刊の一面に、「王者内村、失望と笑み」と言う見出しであった。新聞の一面は編集部で色々と議論があるだろう。一面とは新聞の顔である。その一面の第一に負けた競技で負けた者が記載された

「なにやってんだ、ばーかって感じです」。内村航平は自分にあきれていた。と。今までに一番うれしかったことは、鉄棒で「けあがり」ができたときだと。金メダルを取ったときの喜びですら、「けあがりを超えられない」と言ったと

出来なかった事が出来た喜びはあろう。知らなかった事が理解できたことは嬉しさはあるな。また老人になると昔出来た事が出来なくなることもあろう。反対に若い時に見えなかったことが見えることもあろう。人それぞれであろうな

ふと昔読んだことを思い出した。小生数年前に引越する際に本を引き払った。昔の古本屋は初版本や珍しい本は高値で取引された。昨今では売れる本か売れない本かで値段が決まると。株式市場と同様だな。需要と供給によって値は決まるが、どの世界でも共通だな。本は重い。藤原新也の本はエロ本のように軽いが、大抵の本は重量がある。立花隆の書庫の床はそのため厚くしてあるとか。渡部昇一なぞは庭の塀を書庫にしたと記憶している。発想だけは面白い

気になったのは五木寛之の弟の墓がどこだったかである。五木寛之は弟と仲が良かった。自分の作品の編集にも関わっていたかな。その弟が若くして亡くなった。五木寛之は悲嘆にくれた。墓はすぐには作らなかった。数年経って思い立って墓、碑を作った。奈良のどこの寺か気になった

インターネットで検索した。散々検索したが出てないんだな。ただ一つMixiユーザー2007年4月12日投稿、「風の王国(五木寛之)コミュの二上山の碑」に記載してあった。朝日新聞社“日暮れて道なお遠し”「みみずくの夜メール」から

おとといは奈良にでかけた。斑鳩の誓興寺さんのご住職にご挨拶をして、そのあと極楽寺の亡弟の碑に立ち寄った。極楽寺といっても、寺ではない。小高い丘の中腹が墓地になっている場所である。その丘に立つと、法隆寺の五重の塔が見え、天気がいい日には二上山、葛城、金剛の山なみが遠望できる。

インターネットとは恐ろしく詳しい者がいる。大抵のものはインターネットで検索できるが、インターネットとは立ち読み、覗きに似ている。フランス語で寝言を言っていたと言う、なかにし礼はがん治療をインターネットで見つけたとか。使いようかも知れない

誓興寺や極楽寺墓地には小生は行ってない。グーグルマップで見ると見晴らしの良い丘のようである。五木寛之に関するインターネット記事を見た。戒厳令の夜までは読んでいたが、それ以降はあまり読んでいない

風の王国は読んでいない。風の王国は休筆後の作品であると。松岡正剛の千夜千冊の五木寛之「風の王国」の解説がしっくりきた。松岡正剛は知らなかった。ウィキペディアの説明によると実業家、編集者、著述業だと。弥勒プロジェクトはともかく、こと風の王国の解説は読ませた。千夜千冊は同じ著作の本は2冊以上取り上げないと。

この物語の主人公たちは、明治維新に廃藩置県があったとき。葛城山系に住んでいた「箕作り」の一族の末裔たちだった。//最近は「山の民・川の民。海の民」ともいわれるが、そこに芸能や信仰が関与するときはしばしば「遊行の民」といった。声聞師・鉦叩き・遊行聖・白拍子・木地師・杜氏なども含んだ。ときに「化外(けがい)の民」も含まれていた。//古来、東の三輪山が朝日さす神の山で、西の二上山は日の沈む死の山とされてきた。//仏門の隠語に一のことを「大無人」(大という字から人を無くすという判じ読み)、二を「天無人」(天という字から人を無くす)、三を「王無棒」などと言い替えたことに因んで、「天武仁」で「二」を、「神」で「上」をあらわして、かれらは自分たちの講組織を「ふたかみ講」と名付けたのだった。//「風の王国」はそのような一群が、いっときの“国なき国”をつくろうとした動向に光をあてた作品である。//近代の国家というものが国民に要求することは、徴税と納税と義務教育であり、それを完遂するために国家が大前提にすることは住民登録を徹底することだった。//明治期の「ケンシ狩り」にもそのような事情が絡んでいた。住民調査、実は一斉摘発、その実は開発計画、なのである。//と

松岡正剛が五木寛之に関して「風の王国」を選択したのは、それと解説は良い。読んでみよう、読みたい気持ちにさせる。編集者冥利に尽きるだろうな

五木寛之は2002年に幻冬舎から「運命の足音」を出版している。この本はたまたま、とある老人ホームの図書館で拾い読みした。小説でなく、自らの実体験を描いた。敗戦して北朝鮮から逃げ帰った時の情景である。ようやくと言うか、書かずにいられないものだったろう。それを契機にして母は亡くなった

優しい人から先に死んでいった。//飢えた大人ほど怖いものはない//人間というものは、いつ何をするか分からないと

いつしか五木寛之は語っていた。丈夫な靴を履いていた者が生き延びたと。それ故に靴に凝っていると。ロシア兵が暴行した後にロシア民謡を歌って帰ったと。その歌が美しかったと。あれほどの暴力をする者が美しい音を奏でられるのかとも語っていた記憶がある

五木寛之は大学は露文科を目指した。シベリア経由でソ連に入った。少年の記憶を振り切ったからか、それとも少年時の記憶故にロシアを目指したか知らない。いつしか中央自動車を東京に向かってた折に、ラジオから聞き覚えのある声が聞こえてきた。NHKの深夜の友は真の友の五木寛之だった。父親は寝る際、布団に入ると、「寝るが極楽、起きるが地獄・・・・」といつも言っていたと。そして最後に大きくアーアとため息をついたと

俺は同乗のかみさんと大声で笑った。家と同じなんだな。小生の父親も同じことを言っていた。「寝るが極楽、起きるが地獄、浮世の馬鹿は起きて働く」と。そしてため息まで同じなんだな。笑っちゃったな

やはり時代なのかな。五木寛之と石っ原慎太郎は生年月日は同じである。同時代人とも言えるが、石っ原慎太郎が太陽の季節で芥川賞を受賞した折に、五木寛之は同じ生年月日で考えていることもタイプも違うと語っていた

今村昌平が分からなかったら、とことん議論する。相手が分かるまで議論すると。沢村貞子は分からなかったら首根っこを掴んでも分からせると。白隠禅師は「語らざれば、うれい無きに似たり」と。五木寛之は諦念とか他力とよく言っていた。倶会一処とも言っていた。いつしか箱根の七福神かな回った際に、墓碑に倶会一処と記していた墓石があった。地獄の沙汰も金次第もあり得るが、田舎の温泉では男女入り口が別でも中に入れば一緒・一処はあるな

戒厳令の夜は小生の記憶では既視感デジャヴュから始まり、何人だったかなパブロがいた。主人公は画学生、老人もいた。その老人は絵画の論理は分からないが良い作品にはアーと声を上げるんだな。終盤は武装蜂起。その延長戦に「風の王国」を描いたのかも知れない

八月や 六日九日 十五日
ハチガツヤ ムイカココノカ ジュウゴニチ

今日は晦日。来週から8月、また暑い八月になる。これは季語は八月であり、五・七・五であり定型的な俳句であろう。俳句界でも俳句としているようである。永六輔が土曜ワイドで語っていたが作者には触れていなかった。ネットではこの句の作者を調べた者がいたと。著者・小林良作、「鴻」発行所出版局だと。何人も詠んでいる。作者を突き止めたようだが、はっりとは分からないな

敗戦後77年に成ろうとする。1970年ベトナム戦争の真っ最中に北山修作詞、杉田二郎作曲で戦争を知らない子供たちを杉田二郎が歌った。戦争を語ったり知っている世代が少なくなってきた。内務省上がり警察出身の後藤田正晴はカミソリ後藤田とも言われた。その後藤田正晴は海外での武力行使を禁止していた。先日のNHKテレビで読売新聞社の渡邉恒雄は戦争だけは絶対にいけないとも言っていた。保守派からも戦争体験を引きずっている

2005年(平成17年)にALWAYS三丁目の夕日が上映された。舞台設定は1958年(昭和33年)安保前の街並みで全てセットである。好評だったので続編も作成されたと。しかし小生から見ると昭和の時代はもっと汚かった。懐かしさはなく、街並みや隅田川でも雑然としていた。映画は虚構であるが、整然として違和感があった。しかし映画はヒットした

昭和の時代は戦争へ戦争へと突き進み、その戦後の時代である。戦争を見て聞いた者たちが少なくなった。世はオリンピックで日の丸が高らかに掲げられている。西欧の学者だったかな。愛国とは西欧では声高らかに叫ぶが、日本では表に出ず秘めていると

戦争を認知している者がまだ残っている。日の丸や君が代によって戦場に駆り立てられ、亡くなった者あるいは図らずも生き残った者がいる。学校でも君が代の前で素直に起立出来ない記憶が残っている者もいる。政治家は「戦後は終わった」と。しかし引きずっている、曳航している者もいる


オリンピック・・・スポーツ

2021-07-12 10:22:29 | 世評
オリンピックを開催すると。東京オリンピック2020を無観客で開催すると。このコロナ禍のさ中に誰が決定したか、知らぬ間に当初の予定通りやると。東北地震の復興を目指して、コロナに打ち勝つという標語が安全・安心に変容して、緊急事態宣言下で無観客にてオリンピックを開催すると

予定では東京2020のHPの日程では、開会式に先駆けて7月21日午前9時から福島県営あづま球場にて女子ソフトボール、札幌ドームにて女子サッカーが行われると。そして23日20時から国立競技場にて開会式をやると。そのため22日は「海の日」として祝日、23日は「スポーツの日」として祝日にしたと。手回しが良いな。先手先手だな。戦後政治とは既成事実の積み重ねと言われたが、事実を規制の物として過去として過去を振り返らず前へ前へと突き進んできた

体育、スポーツとは何であろうな。スポーツを通して感動をとこの国の指導者、菅義偉は言う。スポーツによって感動を得ることもあろうな。運動とは身体の動きであり、他者との戦いである。そこには台本は、原稿はないな。筋書きは無い。一寸先は闇だな。その一寸先が分かれば八百長だな

60年安保、1960年(昭和35年)は戦後15年。節目だった。6月には日米安保条約を巡り国が割れた。中には当時渦中であった岸信介が声なき声と発したのは名言であった。いつの時代でも蚊帳の外に置かれている者はいる。国会前ではまさに軍隊を出動させようと政権首脳部は考えていたが、後楽園球場では満員の観衆がいるし、銀座通りは何事もないような人の流れである。岸信介には声なき声が聞こえたな。あるいは聞こえたふりをした。流石東大出の秀才であり満州帰りの官僚であり運も付いていた

1960年6月10日にはハガチーが逃げ、15日には樺美智子が圧死されたが、あれほどの運動も流れも19日に日米安保条約が自然承認されたら、潮を引くように運動は消滅した。盛り上がりが大きかっただけに、気の抜けたビールのようだったと。混乱の責任を取るかのように岸信介は退陣して、後継総理に池田勇人が選出された

池田勇人は所得倍増計画を引き下げ、私は嘘は申しません、低姿勢、忍耐と寛容を携えてこの国に躍り出てきた。11月の総選挙では自民党が圧勝し長期政権の礎が築かれた。そこには安保のアの字は無かった

10月12日には日比谷公会堂で開かれた演説会で社会党の浅沼稲次郎委員長が山口二矢に刺殺された。プロ野球ではセリーグ万年最下位だった大洋ホエールズが西鉄ライオンズを辞任した三原脩を監督に迎えて初優勝し、その勢いで日本シリーズでも四連勝して日本一に輝いた。投手に秋山登、捕手に土井淳の明大出を擁し、いわゆる三原マジックで世間をあっと言わせた

大相撲では3月場所に栃錦と若乃花が史上初の全勝対決となり若乃花が優勝した。敗れた栃錦は5月場所で初日から連敗すると引退した。若乃花は1962年5月に引退を表明した。軽量力士だった「栃若時代」から、次の「白鵬時代」に移った。柏戸と大鵬は1961年9月場所後横綱に同時昇進することとなった

夏になった。九州南部では梅雨が明けたと。高校野球が始まった。高校野球のメッカは甲子園である。真夏の風物詩とも言える。47都道府県から一校ずつ選出され甲子園で戦う。地方から上京した者にとっては、夏そのものであった

浅川マキが石川県の片田舎の町役場から上京した。1960年代後半に上京して寺山修司に見出された。寺山修司は人を発掘し育てるのが上手であった。「夜が明けたら」「かもめ」は一代ヒットした。ちっちゃな時から、ふしあわせという名の猫、赤い橋と続いた。名曲揃いであった。声、歌詩、耳に残る歌手であった。曲もよし、歌詩もはっきりしていた。1971年4月に発売した港の彼岸花には赤い橋が収録されていた。赤い橋は北山修の作詞

不思議な橋が この町にある/渡った人は 帰らない
いろんな人が この町を出る/渡った人は 帰らない
赤く赤く塗った 橋のたもとには 赤い赤い花が咲いている
いつかきっと 私も渡るのさ

地方出身者からは、高校野球が「赤い橋」と重なるんだな。三代続けば江戸っ子と言われるが、真夏は終戦もあり、高校野球は一服の清涼剤とも言えるな。誰か言っていたが、正月と盆ぐらいは亡くなった者を偲べと

高校野球はひと夏であるが、東京六大学野球は神宮球場で春と秋の二度ある。6チームの総当たりで優勝を決める。途中優勝が決まっても早慶戦は最後である。早慶戦で終了することになっている。これは早慶戦を起源としたことにより伝統的なものであろうな。1960年秋季リーグ戦は慶応8勝2敗で勝ち点4、早稲田は7勝3敗で勝ち点3、最終の早慶戦に優勝を持ち越した。慶応は早慶戦に勝てば優勝、早稲田が慶応に連勝すれば優勝、2勝1敗なら同勝ち点・同勝率で優勝決定戦となることであった

ここに歴史的な6連戦をやった。11月6日から11月8日までの3連戦で早稲田が2勝1敗で同率首位にて優勝決定戦に持ち込まれた。11月9日は延長11回で日没引き分け、11月11日も日没引き分け、11月12日に3対1で早稲田が勝って優勝した。早稲田の安藤元博は引き分けと勝った試合5試合を一人で投げ通した。まさに逆転優勝で後世まで伝えられた。いつもながら新宿の夜は沸き立ったであろうな

学生スポーツ界では4年が、4回が限度であろうが、学生運動家、政治については、裏表で8回生の猛者もいた。学生とはいっても様々である。高校の頃の応援部員は重い旗を持ち、いかつい顔が並んでいた。格闘技に長けた者が多い印象であったが、大人になってみて大学の応援団を先頭にした行進を見ると、応援団員の顔はかわいいんだな。年の差ばかりでなく、年代かも知れない。この1960年秋季の有様は、早大を中退した長尾三郎が「神宮の森の伝説60年秋早慶6連戦」に描いている。この作品が文藝春秋から単行本として発行されたのが1992年だと。1960年には色々あった

映画の黄金の七人だったかな、続編だったかな。刑務所にわざと入り、色々準備して刑務所を脱走して紙幣を刷って、アリバイのためまた刑務所に戻る。その画面でサッカーのテレビ中継を見入ってる間に犯行した。サッカー英国杯の決勝戦を利用した。看守も誰しもサッカー中継に仕事そっちのけで夢中になる。そういうことはあるのかと驚いたが、後年どの国民でも同じようなものとも言える

スポーツでもスケートやスキー、体操、陸上のフィールド競技などがタイムレースや得点で勝敗を決する。昔の中学生は対外試合を禁止していた。従って放送陸上と言って、各県の一つの競技場で開催して、全国で集計してタイムで競いタイムによって優勝を決めていた。タイムレースだと同じ場所での競り合いが無い。見ている者には結果がすぐには分からない。だから見る者には感動は薄くなる

オリンピックとは古代オリンピックでは戦争は休止にしたと。現代のオリンピックは武器のない国家間の戦争であろうな。だから黄金の七人のように皆で応援する。下手をすると肩を組んで応援する。ある時飲み屋で松尾雄治がいた。良く喋るんだな。ラグビーにはプロはあるかと聞いたらあると。細々とあると。プロスポーツとは見せる者を対象にしている。見せるし観衆も多いからプロとして成り立つんだな。国家間の競技の方がより観衆も増えるし熱狂する構造だな。それに昨今では商売が基底になることを露呈した。何をなしても商売上の利潤の追求が見え見えになっちゃった。国プラス商売の両輪がオリンピックと言える

無観衆での開会式ではどうなるか。儀式として成り立つかな。開会式だから役員のためでなく、兵士いや選手も参加するだろうな。開会宣言はどうするのだろうな。誰がどのように発言するのだろうかな

緊急事態宣言下では、飲食店での酒の販売は中止にすると。酒の卸売店も飲食店に酒を売るなと。大変な緊急事態宣言下でのオリンピックになった。酒とは人と人の潤滑油になる。ある法律事務所では酒場で面接をすると、信州には酒病院と言われた佐久病院がある。若月俊一は口の重い北国の農民たちと酒を通して農民の本音を引き出して懐に飛び込んだ。酒は口が滑らかになるんだな

菅義偉の記者会見の前に酒でも飲ませたら良い。下戸か。じゃパンケーキでも腹一杯食わせるんだな。お汁粉で酔っぱらう者もいると。菅義偉に任命拒否された日本学術会議の会員候補候6人が、政府に情報開示請求した自身の拒否理由に関する文書が不開示とされたことに対して、行政不服審査法に基づき審査請求する方針を決めたと。この菅義偉内閣だけでなく、安倍晋三内閣からずっと理由を言わない理由を言えない内閣だな。菅義偉が味方としていた心を許していたNHKのニュースウォッチ9で日本学術会議の会員候補任命拒否に対して「説明できることとできないことってあるじゃないでしょうか」と話したと。口が足りないだけあって突かれるとポロリと本音が出る。説明できない事は致命的な欠陥だな。致命的な欠陥を侵してもまだ政権が続いていることは異常だな。政治とは感情ではないな。論理だな。論理でやるべきだな。論理で説明出来なければお終いだな。山田風太郎の遺作は「コレデオシマイ」。感性を求める世界でも辞世はある。ましてや云々。記者会見でもはぐらかす。論点をずらす。政治家も変わったな

東京都議選があった。様々な政党から立った。その中に東京・生活者ネットワークがあった。議員は最長でも3期12年で交代すると。政党の綱領か不文律かは分からないが、3期12年で交代するとは本来の政治家のあるべき姿であろうな。当たり前のことが出来ない世になった。さいわい1名当選したようだが。政府の広報者の田崎史郎が、自民党は保守に弱いと。図星だな。大都市では大阪では維新、東京では都民ファーストが地方議会の選挙ではそこそこいる。中選挙区も幸いしているが、今の自民党では不安があるので亜流でも、まあ代わりになるんだろうな

世論調査がある。大抵世論調査に答えるのは半分だな。半分では世論調査にならないと思うがな。選挙に関して政党や政治家への支持率を調査する。特に政治家は世論調査の結果を重視すると。半分程度の調査では分からないと思うが、考えたら半分で十分だな。調査に答えない、選挙でいえば白票は、投票しないんだな。元々投票しない者の意識などは関係ないと。じゃ投票した者の出口調査、これも正直なんだな。素直に投票した者を答えるようだな。ひねくれ者、へそ曲がりは居なくなったな。尾崎士郎は山本周五郎に対して曲軒と称したとか。
山本周五郎はただ大衆の庶民の見解だけであったろうな

大坂なおみがオリンピックに出場したいと。記者会見の形式自体が時代遅れで、刷新が必要と。人生は旅だと。たまにはメディアの目を離れ、精神的な休息を取る権利をアスリートに与えるべきだろうと。選手が会見などを免除される病欠制度の導入を提案と。

人は話しながら考えるタイプと考えてから話すタイプがある。大坂なおみは典型的な考えてから話すタイプのようである。考えないと口を動かせないようである。内省的もあろうが、文章での発信は出来るし、テニスは人一倍出来るんだな。鬱病とは分からないが、他者から聞かれる質問されることが嫌いなんだろうな。人前で自分の考えが即座に発信出来ないようだ。それなら時間など気にしなくて無制限の記者会見を受けてみたら、鬱病も直るかも知れない

熱海市伊豆山が土石流でやられた。熱海は坂の町、坂の上に家屋が街が立っている。どこの市町村でも統計資料を公表している。熱海市のHPによると令和元年現在人口36,607人、21,517世帯である。その内伊豆山地区では人口3,404人、2,164世帯である。あくまでも住民登録している統計資料である。伊豆山地区で65歳以上の人口は1,847人である。実に54%の老人人口である。多分一人暮らしの老人も多いだろうな。尾道も坂の町。坂の町は老人になると辛い。ましてや一人暮らしだと

社会学者・大野晃は65歳以上の高齢者が人口の過半数を占める集落を限界集落と言うと。限界集落とは共同体の機能維持が限界に達している集落を言うと。高齢化により住民自治、冠婚葬祭などの共同体機能が急速に衰え、やがて消滅に向かうと。新宿区の戸山団地もその虞があると

共同体意識が無くなるか。薄くなるか。自治意識が無くなるか。年を重ねることには苦難の道が待ち構えてるな


記者会見・・・取材

2021-06-27 09:50:03 | 世評
「体育の日」の祝日が「スポーツの日」に変わった。内閣府のHPによると、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律(平成30年法律第57号)が平成30年(2018年)6月20日に公布され、国民の祝日である「体育の日」の名称が「スポーツの日」に改められ、 その意義は「スポーツを楽しみ、他者を尊重する精神を培うとともに、健康で活力ある社会の実現を願う」とされました。(施行日:令和2年1月1日)

昔からの外来語は日本語の造語を産んだ。スポーツの分野では、スポーツは体育、テニスは庭球、ピンポンは卓球、サッカーは蹴球、バスケットボールは篭球、ベイスボールは野球などだな。今じゃテニスを庭球とは聞かないな。言葉とは人々の伝達の手段であるので、いくら喋っても意味が分からなければしょうがない。昨今では体育とは言わないのかな。それとも体育のイメージが至極悪いのかな。ロシア文学では外套という語彙が多々見受けられたが今じゃデパートへ行っても外套売場とは意味が通じない

同じ体育でもスポー~ツマンでなくアスリートと言うようだな。アスリートとは陸上競技から発生したようであるが、今では運動全般を言うようだな。運動とは体育だけでなく物事全般を指す。例えば政治運動や学生運動や就職運動(活動)と幅広く使われるな

テニスの大坂なおみが鬱病であると。2021年5月の全仏オープン開始前に「選手の精神状態が軽視されている。試合後の記者会見を拒否する」と。その結果主催者は15,000ドル(約150万円)の罰金を課し、4大大会の主催者合同で、違反を続けると大会からの追放、4大大会への出場停止もあり得る」と

アメリカ西部劇に出てくる賞金稼ぎは一人が多い。二人で組む場合もあるが、大抵は一人で銃を持って、賞金首に立ち向かっていく。しかし今のプロフェショナルは大抵団体で、集団で、組織でやっているんじゃないかな。コーチ、栄養士、医者などが組んで選手を補佐していると思う。しかし、今回の記者会見の拒否は大坂なおみ一人での単独行動であった。誰か補佐する人間は居なかったのだろうか。それとも進言できる者はいなかったのかな

全米オープン優勝のわずか半年前、米国のインディアンウェルズで開催されたBNPパリパー・オープンで初優勝した折、表彰式でマイクの前に立った大坂なおみは別人のようだったと。人前でマイクの前では幼稚とも言える。今まで人前で話した経験が無かったので思ったように喋れないようである

大阪なおみはアメリカの「フォーブス」誌の調査による毎年恒例の各界の長者番付で、女性アスリート部門トップに輝いたと。収入は6000万ドル(約66億円)とか。そして収入の内賞金が占める割合はわずか1割とか。9割はスポンサー契約料であると。職業運動選手とは、テニスに関わらず消費者にとって良い印象があるらしい。スポンサーにとっては売上向上に大いに貢献するようだ

宮本輝は小説が巧みである。優駿を描く際に騎手に接したと。競馬とは優勝と二位との差がハナ差とかアタマ差とかクビ差とか小差である。宮本輝が騎手にあんなにわずかの差で勝つのは何かと聞くと、気迫だと。運動選手に限らず将棋や囲碁でも、勝負事は論理では解明出来ないこともある。気迫とは負けず嫌いや根性にも通じるかな

大坂なおみは記者会見拒否の単独行動が芳しくなかったため、ついにツイッターで打ち明けた。「こんにちは皆さん。数日前に投稿した時には、想像も意図もしなかった状況になりました。私は決して邪魔者にはなりたくないし、理想的なタイミングではなかったこと、メッセージが明確ではなかったことは認めています。何より、私はメンタルヘルスを軽視したり、この言葉を軽く使ったりは決してしません。真実として、2018年の全米オープンの時から長らくうつに悩まされていて、それに向き合うのに困難な日々を過ごしてきました。私を知っている人は、私が内向的な人だと分かっているし、トーナメントで私を見かけたことがある人は私が不安を緩和させるためによくヘッドホンをつけていることを知っています。」と発信した

大坂なおみは頭が回るし、芳しくなかった時にはすぐさま軌道訂正する術は持っている。鬱病と言うぐらいだから病気なんだろうな。病気ならば医者の診断で病と認定されたのだろうな。鬱病にも色々な症状があり、人によって様々だろうし、原因も分からないことが多く、薬も多種多様であろう

ひと昔前は精神病の一種であろうが、昨今の若者は心療内科の通院などは隠さない。気が滅入る、気が晴れない、気分が優れないことは日常茶飯事とも言える。精神科医でもあり歌人でもあった内省的な斎藤茂吉を父に持ち、自由奔放な輝子を母に持った北杜夫。家系もあろうが躁鬱病でもあったと。自らは精神科医でもあったが、躁と鬱が交互に訪れ、鬱になる時は、鬱の気配は事前に察知し、人とも会わなかったと

大坂なおみの鬱病とは分からないが、ただ単に人前で不特定な人前での話に苦労するだけなのかも知れない。コート上でラケットを投げつけるとか、有能と思われたコーチのサーシャ・バインの突然の解雇、黒人差別の抗議活動、ツイッターでの発信を鑑みてただ精神的にこなれていないだけなのかも知れない。病にならない鬱状態などはある程度、馴れも影響するであろう

古代ローマでは健全なる精神は健全なる身体に宿ると。あるいは健やかな身体に健やかな魂が願われるべきであると。そもそも精神と身体に語られたこと自体が、古代の時代から精神と身体の均衡、バランスは難しかったであろうな。昨今ではボケ老人のことを認知症と言うと。認知出来ないことだと。年をとると身体にも弱くなる。中には化け物のように丈夫な老人も見受けるが、概して肉体は衰えてくる。同時に頭脳も物忘れが増えてくる。肉体と頭脳がバランス良く衰えるのが理想的であろうな。健全なる身体には健全なる精神が備わっているのが良いんだが

全仏オープン大会の規定では、選手は必ず試合後に記者会見に出席しなければならないと。プロ女子選手だった誰だったかなテレビで話していたが、テニスの場合には個人的な取材には応じなくて良いが、大会後の記者会見は選手の義務であると。逆に言えば記者会見によって大会主催者は個人的な取材から選手を守っていると。現役を引退して初めて知ったと

記者会見には時と場所が定められて、報道機関も多分決まったマスコミであろう。従ってマスコミが聞いて、選手が答えることは出席したマスコミは皆知っている。そこには一社だけの特ダネはない。そこにはパパラッチもいない。会見場ではテニス競技だけでなく、競技を超えた考えやプライベートも問われることもあろう。自己の等身大を対等に語れば良い

沢木耕太郎がいる。1979年(昭和54年)に「テロルの決算」で世に出た。ニュージャーナリズムとも言われた。大学を卒業して富士銀行に入行が決まっていたが、日本を飛び立った。戦前に小津安二郎が「大学は出たけれど」を撮ったが、あの頃も大学を出たけれど云々であった

週刊誌で梶山季之などのルポライターが活躍していた。沢木耕太郎は後に小説は書けないがルポルタージュなら書けるかもしれないと日本から旅立った。その前にはインドを目指した藤原新也がいた。あの頃日本を出た者には足立倫行もいた。ああいうやり方もあったんだな

ルポルタージュとは取材を通して記述すると。いつしか沢木耕太郎は取材のやり方などを書いてみたいとも語っていた。無名な若者が、ある程度名の知れた者に聞く。話を聞く。写真を撮る。当事者にとれば面倒なことであろう。山口二矢はセブンティーンで自殺。それに比べ数寄屋橋で辻説法していた赤尾敏は91歳まで生きたと。沢木耕太郎は若いうちにやっておいたほうがいいことに、旅とスポーツがあると思っていますと。それはどちらも、思いがけないことが起きるからと。小生からは、無駄なことでもやっておけだな

取材を通して描くのはノンフィクション作家とも言われる。立花隆が亡くなった。文藝春秋に「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表したが、当時のジャーナリストからそんなことは誰でも知ってると。しかし資料とともに世に出すことが重要なんだな。知の巨人とも言われた。まさに巨人と言えるに相応しかった。司馬遼太郎が古本街に行くと買い漁るため書物が無くなったと言われたが、立花隆も2階の本棚は重いために、床は戦車のように厚く丈夫であったと。本は重いんだな。然れども藤原新也の著作本はエロ本のように軽い

6月9日に党首討論が行われた。首相と各野党との間でたった45分間の対話であると。討論とは意見と意見を戦わせて勝敗をつけることだと。つまり言葉による戦いなんだな。そこには法廷の場のように論理が元になる。先日の党首討論は議論の議もなく、演説のようなものだな。少々驚いたのは、菅義偉は話すことが出来るんだな。いつもは答弁書を読んでるだけ、抑揚なく棒読みの状態なんだが、演説が出来るのは驚きに近かった

菅義偉は面前では余り自らの考えや、主張や、感情を表に出さない。しかし、この党首討論では個人的な感じを表している。総理や自民党党首でなく、ごく個人的な感情を出している。いわゆる「思い出ボロボロ」である。想い出ぼろぼろとは内藤やす子を思い出す。歌は上手かったな。脳内出血や大麻汚染があったが、想い出ぼろぼろ一曲は後世に残る

実は私自身、57年前の東京オリンピック大会。高校生でしたけれども、いまだに鮮明に記憶しています。例えば、「東洋の魔女」と言われたバレーの選手。回転レシーブというのがありました。マラソンのアベベ選手も非常に影響に残っています。そして何よりも、私の記憶に残っていますのは、オランダのヘーシンク選手です。敗者である神永選手に対して敬意を払った。あの瞬間というのは私は忘れることができなかった。こうしたすばらしい大会をぜひ、今の子どもや若者が見て希望や勇気を与えて、伝えたい。そして、こうして様子をテレビで40億の人が見るということも言われています

個人の感想なんだな。昨今のテレビ画面。コマーシャルで「個人の感想です」と表示されていることが多い。それは効能とか味覚感は個人個人によって異なるから、見ている人すべてではないと、また視聴者からの批判に対する防御もあるだろう。しかし、三の鳥は酒のメーカーだったが、顔の売れた者を使って健康飲食品を頻繁に宣伝するな。開高健や柳原良平や後に山口瞳がいた洋酒天国は品が漂っていた。今は酒よりも健康かな

個人の感想にしても菅義偉青年にとっては、1964年東京オリンピックでは勝者の印象が強かったな。小生はあの時マラソンを走っている甲州街道にいた。アベベが先頭で走ってきて小生は沿道の歩道を一緒に走ってみたが早かった。40キロも走ってきても小生よりも早いんだな。42.195キロで2時間ちょっと、1000mに換算すると3分、100mでも20秒を切るんだな。確かに早い。沿道のテレビには視聴者がいた。小生も後ろからを見ていたが、国立競技場にアベベが先頭で走ってきて優勝テープを切った。その次に以外にも円谷幸吉が競技場に入ってきた。その次は英国の選手。円谷幸吉は後ろから追ってきても顎を上げずに、後ろを振り向かない。大観衆からは頑張れガンバレと声援が飛んだが、テレビの視聴者からは追い抜かれるとあ~あ~と呟きが聞こえた。円谷幸吉は気迫など関係ないかのように直立不動でじっと前を見つめていた。まさに後年の自殺を彷彿させた場面であった。しかし陸上競技において唯一のメダルである銅メダルを獲得した

格闘技は言うまでもないが、重量挙げの三宅義信を筆頭に、当時はプロッフェショナルがいなかったため、自衛隊体育学校は運動選手の源泉であった。円谷幸吉も自衛隊体育学校に在籍していた。心身ともに国を背負っていた。円谷幸吉は君原健二の影に隠れていたが、1964年東京オリンピックで銅メダルを取ったことにより、大衆の期待を受けた。本人は足の故障によりオリンピック時が成績の頂点であった。銅メダルを獲得した3年ほど後の1968年(昭和43年)1月9日の正月明けに自殺した

衝撃的だったのは、遺書であった。美味しゅうございましたと。7人兄弟の末っ子であったので、兄や姉に対して、ないしは父や母に対して何度も何度も美味しゅうございましたと筆をしたためている。日本語として忘れられた言葉を日常的に使っている。幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました。と。国家の重圧に押しつぶされたと言えた

先日の党首討論は嚙み合わなかった。政治の場、国会でも野党の質問に関して自民党は虚偽答弁はさることながら噛み合わない。記者会見でも記者会見がどういう形で行っているか分からないが、質問者の質問内容は総理に渡ってるようであり、一問一答弁では真実に辿り着くのは甚だ疑問である。どうしてこうなっちゃったんだろう。民主主義が壊れていくようである

選挙とは小選挙区制度では有権者の20%の強固な支援者、支持者がいれば勝てる。選挙区制度は議員が決める。投票でも開票前にもう当確が出る場合もある。そんなに早く当確が出るなら投票している最中に出してくれと小生は思うがな。どうも選挙投票とは八百長くさいな

首相とは行政における最高責任者である。内閣も組閣できるし、国会の議決を経るにしても多数の与党ではある程度は総理の権限で出来る。前総理の安倍晋三は総理を辞職した。国会では桜を見る会前夜祭ではホテルが一人一人に領収書を発行したなど、とんでもない嘘をこいていた。国会軽視も甚だしいな。唯我独尊だな。そして検察から指摘され謝罪していた

そんな男が総理の辞職はしたが、以前の総理辞職者同様国会議員には残っている。そして今では党の数々の集団の顧問になっている。総理を辞めてまだやりたいんだな。やり足りないんだな。総理の時に原発賛成で、辞めて原発反対を唱えている者もいるが、この国の政治をやってる者はどういう感覚であろうか。自民党もそうだな。選挙民は言わずもがな、そういう男を党の要職にする政党とは、まさに利権屋とか周旋屋の域を出ない

辻元清美も言っていたが、世論を二分する案件は国民投票をしない方が良いと。国民を分断してしまうんだな。世論が賛成や反対が拮抗する案件は指導者は動かない方が良い。今度の東京オリンピック。菅義偉は国家高揚のためにやりたい。何が何でもやりたい。個人的には若者にスポーツの感動を与えたいと言うが、国家民族のためにやりたいんだな。そのやりたい気持ちを土壇場まで抑えて、徐々にやる方向にもっていく

安倍政権から忖度と言う耳慣れない言葉が出てきた。幕末の世、得てして武士たちは無口であったと。江戸幕府との戦いで要人の警護に当たった剣の遣い手がいた。岡田以蔵、中村半次郎、田中新兵衛、河上彦斎は幕末の四大人斬りと呼ばれた。数々の暗殺事件にも関わったが中には要人の口が重いため、思いぱかって間違って暗殺してしまったこともあったとか。今でいう忖度だな。何時の時代でも指導者とははっきりと言わない場合がある

大阪に維新とかの政党があると。あそこも何だな大阪都構想の住民投票をやっている。これも世論調査によれば賛否両論あり、それも差が無い。2015年に否決され、橋の下徹は辞任。2020年に懲りずにまた住民投票をやったと。賛成だろうが反対だろうが小差なんだな。小差だから住民投票はやらない方が良い。しかもこの政党は党首であった橋の下徹が政治から足を洗ったが、マスコミには登場して政治的な発言をしている。この政党はどうなってるんだろうな。足を洗うとは退くんだな。世を退く、公の発言、民間でとは言えマスコミでの発言は影響力があるんだな。足を洗うのではなく、手を洗うに似ているな

どうも政治とは国民のためとは言ってるが、そんなことは露ほどもないんだな。同じ博徒でも昔の博徒の方がまだ良いかなとも感じてしまう。昔の武士は刑法がなかったと。過ちをすれば辞職でなく、切腹、腹を切るんだな。そして政敵には島流しをした。今では島流しも死語だな

数日前の新聞に藤原新也が記述していた。欧州の貴族文化に端を発した近代五輪が、華やかな祭りの影で世界の土着文化を破壊していった「裏の歴史」。それは今も、歴然と積み重ねられ続けていると。オリンピックが風景を人を変えてしまうと。さすが藤原新也は眼で見て、耳で聞いている。英語なら単純に、Olympic Flameと言うところ、「聖火」と神がかった語を使う日本社会を考えさせられたと

マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや   修司
巧いな。大橋巨泉は早稲田大学の俳句部にいた頃ズーズー弁の寺山修司が入ってきたと。巨泉とは俳号であったと。寺山修司に会って舌を巻いて逃げたと
今じゃマッチも死語かな


ギャンブラー 信じる者は救われるか

2021-05-31 16:40:36 | 世評
今年の市販のカレンダーは祝日が実際の祝日と変わっていることに気が付いた。オリンピックが1年延長されたことは知っていたが、祝日まで変更になっていたとは知らなかった。今更ながら官邸の力は強いことを感じさせられる

NHK東京オリンピックによると、1年延長に関しての経過が記載されている。

新型コロナウィルスにより、2020年1月22日中国の湖北省武漢で予定されていた東京オリンピックのボクシングのアジア・オセアニア予選が中止された。3月12日、ギリシャでは東京オリンピックの聖火の採火式が、観客を入れずに行われた。3月17日IOCは電話会議の形式で行った臨時理事会で「大会まで、まだまだ4か月あり、今は抜本的な決定をすべき時でない」と予定どおりの開催に向け準備を進めていく考えを確認して、各競技団体のトップとの会議でもこの方針が了承されましたと

この段階ではIOC(国際オリンピック委員会)は断行する決意であった。しかし、このコロナ禍では選手から練習の公平性が保たれないと開催に疑問の声が上がってきた。名もない国家でも選手を出場させているが、開会式を見ると選手よりも役員の人数が多い。しかしオリンピックとはあくまでも主体は選手なんだな。選手あっての大会なんだな

選手だけでなく、世界的なパンデミックになるおそれがある中での開催は無責任だと報道機関も中止を唱え出した。四面楚歌の中、急遽3月24日に開催国の安倍晋三首相とIOCのバッハ会長が電話会談で1年延長に合意した。3月30日にIOCは臨時理事会で大会の延期日程を決定したと。組織の頭の権限は強いな

国民の祝日に関する法律(昭和23年法律大78号)がある。法律とは立法府、国会で決められると。第3条までの短い法律である。昔の祝祭日は旗日と言った。学校ではお祝いと言うことで紅白饅頭を与えられた。短いが第2条の建国記念の日は国会で決められなかった。建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)で決め、昭和41年12月9日に公布されている

内閣府のHPによると、令和3年(2021年)に限り、「海の日」は7月22日に、「スポーツの日」は7月23日に、「山の日」は8月8日(※)になります。平成三十二年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法等の一部を改正する法律(令和2年法律第68号)が本年12月28日に施行されることに伴い、改正後の令和三年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法(平成27年法律第33号)第32条第2項の規定に基づき、令和3年(2021年)における海の日、スポーツの日及び山の日については、上記の通りとなります。と(※)国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)第3条第2項の規定に基づき、8月9日は休日となります。と
2020年11月27日に上記のように決定されたようだ。ついでに「体育の日」は何時の間にか「スポーツの日」に変更されている。何故かな。祝日を見れば国家が分かる。ブルーマンデイがハッピーマンデイに変更したように、どうでも良い付録と言える祝日は月曜日になった。残っているのは国家の成り立ちに欠かせない、日にちを移動できない祝日だけである。戦前からの祝日が名を変え趣旨を変えて生き残っている。降る雪や 明治は遠く なりにけり とカソリックの中村草田男は歌ったが、明治は遠いがまた間近とも言える
IOC(国際オリンピック委員会)が、東京五輪の参加選手らに対して提出を義務付けている同意書に「新型コロナウイルス感染症や猛暑によって死亡するリスクも自己責任」との文言が含まれていることが明らかになった。と。Yahoo!(ヤフー)スポーツが同意書のコピーを入手。それによると、過去の大会の内容から新たに新型コロナに関するすべてのリスクを選手が負うことが付け加えられており、感染して健康被害が出た場合のみならず死亡した場合も主催者は免責されることになると

IOCのバッハ商人は、ドイツの弁護士だと。弁護士らしい文書である。すなわちIOCは主催者だが、やるのは俺たちだが、実際に競技する選手や役員まで責任を持てないと言うことだな。バッハ商人は開催国である日本が緊急事態宣言下では予定の来日を止めたように自己保身は備えている

このコロナ禍の中では、小生はオリンピックとは、商売優先である感が強い。今まではオリンピック精神により、友情・連帯感・フェアプレーの精神・平和な社会の実現を目指しているが、このコロナ禍で商業的祭典の優先を暴露した。従ってバッハ会長をバッハ商人と称している。商売や商人とは相手がいることであり、売りと買いがいることでお互い半々であるんだが、アメリカのワシントンポストは小生の上をいっている。ぼったくり男爵と。開催国を食い物にする悪癖があると。流石アメリカだな。言うべき時には言うな。バッハ商人も立つ瀬が無いな。いや意に介さないかな。馬耳東風かな。何せ男爵だからな

しかも、弁護士だな。自分への責任を避けている。昨今の言葉を借りればセキュリティーは完璧だな。主催者からの同意書も選手たちが提出しなければ参加できないな。責任を逃れるための同意書なんだな。同意しなければ参加は出来ない。参加しなくても参加したい者はいくらでもいるな

ポンテレ、読売テレビがミヤネ屋を放映している。大阪だな。大阪とは大阪維新の会があると。名前から大阪の政治集団なんだろうな。ミヤネ屋で司会者の宮の根誠司と橋の下徹が放映中に、八代英輝はいいが、シマシマはダメだと他局の話をしている。内々の話を放映中にやってるんだな。森喜朗が弁えない女と言ったが、今のマスコミ人はわきまえない。シマシマとは何のことかと思ったが、コックリの玉川徹とか。そう言えば玉川徹は縞模様の背広が好きだな。大阪だな。60年安保の時に投石に使う石を売ったとか。大阪だな

弁えないとは森喜朗が称した女だけでなく、現代じゃないかな。今の時代を反映しているようだ。安倍晋三でさえ、自分の政権基盤や支持率を見ながらやっていた。安保法制にしてもモリカケにしても、これで大丈夫そうだなと思ってやっていた。しかし菅義偉は首相になった途端に文化功労者に滝久雄を選出した。律儀と言えば聞こえが良いが弁えないな

日刊SPA!で佐高信が語っていた。菅禍だと。菅は本質的に公というものが嫌いだと。安倍はヤクザで、菅は半グレだと。ヤクザはヤクザで問題だが、半グレはヤクザよりも凶悪凶暴だから、ヤクザが可愛く見えてしまうと。菅と比べれば、あれほど愚劣で悪辣だった安倍晋三が可愛く見えてしまうと。それほど日本は倒錯した状況になっていると。
言えるんだな

文春オンラインでプチ鹿島が書いてあった。勝負師とギャンブラーは違うと。菅義偉はギャンブラーだと。鋭い指摘だな。ブレないと頑固はどうかと。いかに信念のない政治家が多いことかと。どうも最大のここぞという総裁選には圧勝した。これが賭博で言う勝ちを拾ったな。それも総裁選の始まる前に勝敗は決していたな。だから博打じゃなくて計算した勝ちだった。博打で言えば勝負の前に結果は流れは決していた。博打では八百長と言うが、それほど勝ちは雪崩を打って勝ちが転がり込んできた

菅義偉は昨年9月に総理になってからは、負け続けている。それは支持率にも表れている。当初70%近くの支持率はどうして、何があんなに支持が高かったか分からないが、やはりマスコミ操作もあったんだろうな、コロナ禍の影響もあったが、支持率は転げ落ちた。菅義偉は俺は勝負師だ、俺がコロナなど抑えると思ったが、果てはウィズコロナなど、コロナと経済は一緒にと、仲良く手を繋いでと、いやまず商売が肝心だと

支持率の低下に一番こんなはずじゃなかったと思ってるのは菅義偉自身じゃないかな。ギャンブルとは高橋治も語っていたが一度はやってみるがよいと、あれほど興奮するものはないと。菅義偉はギャンブラーだけあって、その快楽は分かってる。一度の勝ちを忘れられない。beginner’s luckという言葉がある。外来語であるが、日本語では「初心者ゆえの幸運」だと訳すと。適当な言葉が無いな。ビギナーズラックとは。まあまぐれ当たりとも言えるかな

菅義偉は高校を出て、雪深い秋田から上京したと。そして「世の中を動かしているのは政治だ」と。民主主義とは主権者である民衆が様々なことを決めていくと。代議員の選出も我らの思いを一時的に政治家に託すんだな。本来なら政治とは色々議論を尽くして決めていく。しかし、今じゃ政治家が多数の議員集団が決めていく。菅義偉は政治を目指すうちに政治家が、権限を持った政治家が決めていく。行動していくことが分かったんだろうな。政治じゃなくて政治家が世の中を動かしているになっちゃった

27日のTBS系「ひるおび!」では五輪開催の是非について議論した。その中で、26日の朝日新聞が社説で菅政権に対し五輪中止を勧告したことがあげられた。これについてコメンテーターの弁護士・八っ代英輝氏「朝日新聞は社としての方針で中止を求めながら、オフィシャルパートナーは降りない。これは二枚舌に見えるが、このスタンスから、逆にオリンピックやるのは決まったんだな、と受け止めた」と私見を述べた。さらに「国民の中止を求める声を無視できないので、社説において菅総理に中止を求めておいて、開催されたらスポンサーとして経済的恩恵にあずかるという姿勢が見て取れる。これはどちらのスタンスに立ってもいいということなので、これはオリンピックはやるんだな、と思った」と話したと

朝日新聞もなめられたものだな。朝日新聞は足元を見られたな。確かに東京2020オリンピックオフィシャルパートナーには、読売新聞、朝日新聞、ニッケイ、毎日新聞の報道機関は名を連ねている。二枚舌、二足の草鞋はマスコミに共通しているようである。法律家としてはが口癖の八っ代英輝に返ってくるな。両刃の刃であるな。この法律家は分かってるかな。まあテレビ画像だからか、所詮お笑いの世界かな


大阪なおみが全仏オープンで記者会見を拒否して罰金を課せられ、あるいは今後の大会追放の警告を受けたと。プロスポーツとは難しいな、他のプロスポーツではこういう記者会見への拒否はあったかな。オリンピックも同意書の提出を拒否した選手は出場出来ないだろう

菅義偉はギャンブラーと考えれば、大穴狙いのばくち打ちだと理解するとすべてが分かってくる。仮定には答えられないも、そもそも仮定のことは、もしもは考えてないんだな。ただオリンピックの開催、そのためのワクチン接種の一点だけを考えている。オリンピックの開催によって感染拡大などは考えていないな。そういう仮定の話はないな。ばくち打ちを総理に持った国民は不幸であろうが、菅義偉にとっては後援会の支持だけだろうな

もしも、仮に間違ってオリンピックの開催による感染を防いで、無事に閉会したら支持率は飛躍的に伸びるだろうな。一発の大穴を当てれば、もう神だな。阿佐田哲也、アサダ テツヤ、色川武大、還暦で一関で没したが、博打が好きだった。博打好きだが9勝6敗なら良いと。含蓄深いな

高橋和巳に憂鬱なる党派がある。政党とは一種、宗教団体に教団にも似ている。丁か半か、丁か半なり決めたら、後は信ずるのみだな。張る賭博師のみは信じれば良いが、国民はどうかな。危なくて見ていられないが、ギャンブラーを持った総理の宿命だな。1960年代の映画にシンシナティキッドがあった。今は亡きスティーブ・マックイーンが主演だったな。ギャンブルは見ても面白いな

田中邦衛が亡くなった。追悼番組で「北の国から‘87初恋」を放映した。純は中学3年生。倉本聰はNHKを干され、敗南じゃなく、敗北して北の国へ行った。札幌の人々は暖かかったと。北の国からはフジテレビのヒット。フジに拾われた。当時演出をした杉田成道は日本映画に移ったんだな。作中、尾崎豊の曲が流れていた。聴くといいんだな。尾崎豊は若くして亡くなった。1960年代にも死んだ者が多かったな。岸上大作、奥浩平、高野悦子、皆早熟だったな

黒板純が富良野を東京へと立つ日、トラックの運ちゃんが父親からだと封筒を見せられる。中には新札の一万円に父親の手の跡がついている。俺は受けとらないと。旧札でなく新札に父親のなけなしの万札に手あかがついていた。金はおなじだが人それぞれの思いはあるな

田中邦衛は若い頃、若者たちに出演していた。君のゆく道は はてしなく遠い・・・ザ・ブロードサイド・フォーの主題歌。劇中では兄弟が殴り合いの喧嘩をやるんだな。田中邦衛は長男役。殴ると吹っ飛んでしまった。冥福を祈る

賭博や酒を飲むのは性格が出る。おまけに菅義偉はもう年だな。あのシンシナティキッドは最後に老人に負けた。今回のオリンピック開催の大穴狙いはどうかな。負けたら責任はどうするかな

新天地で満州映画協会の理事長だった甘粕正彦は敗戦後「大ばくち 身ぐるみ脱いで すってんてん」という辞世の句を残して逝った。内田吐夢は自決現場に立ち会い「人間が自分の股ぐらの中で死んでいくものは決していい気持ちのものではなかった」と