台風が来ていると。梅雨時の長雨、夏の厳しい暑さを過ぎ急に寒くなった。山の木々は紅葉を待たずに落葉している。夏枯れと言おうかな、木々の緑の生気が無い
昔、北に旅した。確か秋田だったかな。都わすれと。地元の人間に言わせると山の中の旅館を作っても来る人があるかと。都忘れと言う綺麗な名前だったので記憶に残っている。もう数十年にもなろうかな。もう一つ地元の新聞を見ていて、五木寛之の「親鸞」が連載されていた。不思議だなと思いつつ東京に戻り東京新聞に問い合わせた
確か共同通信とか時事通信とかが地方新聞に流していると。発信元は共同通信か時事通信だと。その時は詳しく調べなかったが、妙な現象だなと記憶に残っている。五木寛之でも発信元は一つで、それを各社に流しているとは
著作権でも一社じゃない。あるいは一社に独占して各社に流している。こういうやり方は疑問符が残った。著作とは一社との契約ではないかなと思いつつ、こういうやり方もあるかと疑問に残った
今回、柿崎明二が総理補佐官を受諾したと。共同通信社は一般社団法人共同通信社と子会社である株式会社共同通信社があると。その前身は戦前の国策通信社であった同盟通信社が1945年10月31日に解散して、解散させられて共同通信社と時事通信社とに別れたと
報道部門を一般社団法人共同通信社となり、出版業務を株式会社時事通信社となったと。戦後は終わったと、令和の時代だと、15年戦争敗戦より70数年経ているがまだまだ戦後を引きずっている感がある
テレビで「ひるおび」がある。報道のTBSと言われたお昼のお笑い番組である。司会は恵俊彰。お笑い出身にしては媚びを売らないし誰に対しても物おじしないから上手い司会である。政治関係の出演者は時事通信社出の田崎史郎。それに現職の共同通信社の柿崎明二が加わった。どういう経路で出演者が決まるか分からないが、田崎史郎は安倍晋三の応援者言わば手下であろうな。それに比べ柿崎明二は安倍晋三の陰部に批判していたんだな
どちらも母体は通信社である。共同通信社は一般社団法人であるため地方新聞に配信する。地方新聞であるため、外国からの情報は共同通信社から流れる。テレビとはインターネットと違い、映像をそのチャンネルなら一方的に流す。それも何度も何度も同じ映像を流す。時たま前後関係が分からなくなる。果てにはどのチャンネルでも同じ映像が流れることがある。映像には著作権は無いんだろうかな
政府の事業に深く関わっているのに株式会社電通がある。その株主に2019年末日時点で大株主に2位に一般社団法人共同通信が18,988,800株で6.86%、4位に株式会社時事通信社が16,178,680株で5.84%であると。いつ頃株主になったのかは知らないが、両方で10%も超えている。この国は分からない
柿崎明二は秋田出身であると。柿崎明二が、菅義偉が総理に任命された9月16日に一般社団法人共同通信社に退職願を提出したと。それ以降ひるおびに出演しないが、9月30日のひるおびに元TBS解説委員で流通経済大学教授の龍崎孝が出演した。
龍崎孝は柿崎明二が総理補佐官になり「がっかりした」と。龍崎孝と柿崎明二は毎日新聞入社で同期だったと。柿崎明二は早稲田大学の文学部出身だと。新人研修で販売店研修を行った時の思い出を披露した。新聞を積んだトラックに二人で乗って色々話をしたと。研修終了後の配属先について、柿崎明二は「政治部に入って、将来は政治家になりたい」と。龍崎孝は「ラグビー記者になりたかったから、すごい大人だと。ピカピカの時に言っていた」と
新聞社とはインテリが紙面を作成して、ヤクザが売ると。面白いと言えば面白い。ヤクザと堅気が入り組んでいるんだな
この龍崎孝の言葉が全てを物語っている。政治家を目指すなら、早稲田なら政治経済学部であろうな。間違っても法学部だな。文学を目指すなら文学部であろうな。文学部での政治家を目指すか。江藤淳がいた。「奴隷の思想を排す」で世に出た。新進気鋭の文芸評論家であったが、以後保守派に転じた。柿崎明二も若い頃から政治家を目指していたんだろうな
ただ、思想とか評論は言葉であったな。秋田県沖には山形県の飛島が見える。飛島と言えば深夜叢書社を設立した齋藤愼爾がいた。孤島の寺山修司とも言われた。普通は吉本隆明か埴谷雄高だが、両者に愛された。画風が違うと言えば、奇しくも生年月日が同じ五木寛之と石っ原慎太郎の両者に取り入った幻冬舎の見城徹とは違う。何が取り入ったかと言えば五木寛之と石っ原慎太郎では画風が違いすぎる
むしろ見城徹の人への取り込みは菅義偉のやり方に似ている。菅義偉は人の懐に飛び込むのが上手いと。これはと言う男には食らいつくんだな。自らの上昇過程で勘所の押さえ方が上手い。40年以上も政治の世界でいた。いや政治だけの世界だな。人とは悲しいものである
官僚の世界も階級社会である。政治もそうであろうな。弱肉強食である。その世界を泳いできた。人生の半分以上、40年以上である。垢にもまみれる。7年以上は安倍晋三の番頭である。安倍晋三の陰部を担ってきた男である
マスメディアの取り込みも上手いと。この新聞社にはこれを、あの報道機関にはあの情報をと、官房長官には、むしろ情報が首相よりも入ってくると。メディア操作はお手の物だな。出世と人事により操作は出来る、また出来得る立場だった
矢崎義久がいた。田中角栄への取材は木乃伊取りが木乃伊になると会うのを嫌っていた。それほどマスコミでは田中角栄とは魅力的な男であったと。ある時、意を決して取材したと。取材を終えたら秘書の早坂茂三が封筒をタクシー代だと渡したと。矢崎泰久は中を見て良いかと尋ねて数えたら一万円札が100枚入っていたと。タクシー代にしては多すぎると返したら、早坂茂三は返したのは、貴方が初めてだと
柿崎明二も政治記者が長いであろうから、菅義偉の横浜時代から知っていた。安倍晋三には辛かったが、菅義偉には甘かった。同郷人とは知らなかった。秋田には、たいまつ社を起こした、朝日新聞を見限って横手にて、たいまつ社を起こした、むのたけじがいた。そう言えば柿崎明二も横手市出身だとか
横手市は雪が深い。かまくらで売り出したが今は雪はどうかな。むのたけじも秋田県で衆議院選挙に出たが落ちたとか。政治家好きは共通しているかな。その柿崎明二の首相補佐官での最初の仕事が日本学術会議会員の任命であろう
10月6日の朝日川柳では、奈良県伊谷剛が「安倍麻生なんだか可愛く見えてきた」と。見ている世俗人はいるな。川柳とは世俗のものだが、拍手だな。アメリカでは商人が権力を持った。権力者とはどの国でも似たようなものだな。長くいると居心地が良くなるんだな。居心地とはその社会での、そのシマでだけだな。しかし、官僚を筆頭にして出世の欲求は強い。その社会での出世は権限が大きくなる。しかし、塀の中だけだな
自民党も菅義偉・二階建て政権だな。岸田文雄を追い落とし、次の標的は麻生太郎だな。政敵は抹消する。自らの長期政権を目指している
縦割り行政の打破だと、デジタル庁の設置だと、IR(総合型リゾート)の推進だと、菅義偉の目指すものは官邸への一元化だろうな。判子を無くすと。元々官僚での判子は責任の分散だ。判子を無くすと、責任の取り方はどうなるんだろう。判子に代わるものは何かな
菅義偉の映像を通しての話はメモを携えているんだろうか、チラチラと下を向いて話す。自らの主張をする場合もメモを見ているようである。メモ無しでは政見や主張も言えないのかな。説明なしに結論が出てくる。話は端的だがどうも思想も段々と分かってきた。ナショナルからかパナソナに商号を変更したが、いつの間にか会長になった竹中平蔵を筆頭にして、新自由主義が基盤になってるようだな
新自由主義とは言うが、まず官界に入ってくるんだな。官界を通しての規制改革なんだな。商人でも商売でも官界からの改革を訴えるのだな。今回の日本学術会議の会員任命拒否は菅義偉を筆頭にした政権の統制下だな。自民党を筆頭にした輩は、独立した政府機関でなく自らの配下に置きたい。それには官界と同様に人事から始める
会員の任命を端緒にして、日本学術会議のあり方を考えたいと。このことは取りも直さず政権の配下に置きたいことだな。そういう意味では正直である。本音が見えてくる。菅義偉は体育会での苦労人、たたき上げ、成り上がり者だと、文学や論理や倫理や学問の世は知らないだろう。おそらく異質の世界は分からないだろうな
いつも人を秤にかけ、競争してきた人間には権力に立ち向かってくる者を理解できない。いつかは転ぶと仕掛けてくる。権力とは人事と財政と軍事を握っている。今度の一件は人事・財政・軍事を盾に取った一種の喧嘩である。早稲田大学の岡田正則教授のように、喧嘩を仕掛けられたら逃げずに正々堂々と立ち向かわざるを得ない。そうしないと御用学者になっちゃう。御用機関になるかの瀬戸際だな
サヨリと言う魚がある。細魚や針魚とも言われる。見た眼は綺麗なんだな。しかも旨い。しかし腹を裂くと真っ黒だと。板前の世では見かけによらず腹黒い人を隠語でサヨリさんと言うと。菅義偉はサヨリの上を行くかな
昔、北に旅した。確か秋田だったかな。都わすれと。地元の人間に言わせると山の中の旅館を作っても来る人があるかと。都忘れと言う綺麗な名前だったので記憶に残っている。もう数十年にもなろうかな。もう一つ地元の新聞を見ていて、五木寛之の「親鸞」が連載されていた。不思議だなと思いつつ東京に戻り東京新聞に問い合わせた
確か共同通信とか時事通信とかが地方新聞に流していると。発信元は共同通信か時事通信だと。その時は詳しく調べなかったが、妙な現象だなと記憶に残っている。五木寛之でも発信元は一つで、それを各社に流しているとは
著作権でも一社じゃない。あるいは一社に独占して各社に流している。こういうやり方は疑問符が残った。著作とは一社との契約ではないかなと思いつつ、こういうやり方もあるかと疑問に残った
今回、柿崎明二が総理補佐官を受諾したと。共同通信社は一般社団法人共同通信社と子会社である株式会社共同通信社があると。その前身は戦前の国策通信社であった同盟通信社が1945年10月31日に解散して、解散させられて共同通信社と時事通信社とに別れたと
報道部門を一般社団法人共同通信社となり、出版業務を株式会社時事通信社となったと。戦後は終わったと、令和の時代だと、15年戦争敗戦より70数年経ているがまだまだ戦後を引きずっている感がある
テレビで「ひるおび」がある。報道のTBSと言われたお昼のお笑い番組である。司会は恵俊彰。お笑い出身にしては媚びを売らないし誰に対しても物おじしないから上手い司会である。政治関係の出演者は時事通信社出の田崎史郎。それに現職の共同通信社の柿崎明二が加わった。どういう経路で出演者が決まるか分からないが、田崎史郎は安倍晋三の応援者言わば手下であろうな。それに比べ柿崎明二は安倍晋三の陰部に批判していたんだな
どちらも母体は通信社である。共同通信社は一般社団法人であるため地方新聞に配信する。地方新聞であるため、外国からの情報は共同通信社から流れる。テレビとはインターネットと違い、映像をそのチャンネルなら一方的に流す。それも何度も何度も同じ映像を流す。時たま前後関係が分からなくなる。果てにはどのチャンネルでも同じ映像が流れることがある。映像には著作権は無いんだろうかな
政府の事業に深く関わっているのに株式会社電通がある。その株主に2019年末日時点で大株主に2位に一般社団法人共同通信が18,988,800株で6.86%、4位に株式会社時事通信社が16,178,680株で5.84%であると。いつ頃株主になったのかは知らないが、両方で10%も超えている。この国は分からない
柿崎明二は秋田出身であると。柿崎明二が、菅義偉が総理に任命された9月16日に一般社団法人共同通信社に退職願を提出したと。それ以降ひるおびに出演しないが、9月30日のひるおびに元TBS解説委員で流通経済大学教授の龍崎孝が出演した。
龍崎孝は柿崎明二が総理補佐官になり「がっかりした」と。龍崎孝と柿崎明二は毎日新聞入社で同期だったと。柿崎明二は早稲田大学の文学部出身だと。新人研修で販売店研修を行った時の思い出を披露した。新聞を積んだトラックに二人で乗って色々話をしたと。研修終了後の配属先について、柿崎明二は「政治部に入って、将来は政治家になりたい」と。龍崎孝は「ラグビー記者になりたかったから、すごい大人だと。ピカピカの時に言っていた」と
新聞社とはインテリが紙面を作成して、ヤクザが売ると。面白いと言えば面白い。ヤクザと堅気が入り組んでいるんだな
この龍崎孝の言葉が全てを物語っている。政治家を目指すなら、早稲田なら政治経済学部であろうな。間違っても法学部だな。文学を目指すなら文学部であろうな。文学部での政治家を目指すか。江藤淳がいた。「奴隷の思想を排す」で世に出た。新進気鋭の文芸評論家であったが、以後保守派に転じた。柿崎明二も若い頃から政治家を目指していたんだろうな
ただ、思想とか評論は言葉であったな。秋田県沖には山形県の飛島が見える。飛島と言えば深夜叢書社を設立した齋藤愼爾がいた。孤島の寺山修司とも言われた。普通は吉本隆明か埴谷雄高だが、両者に愛された。画風が違うと言えば、奇しくも生年月日が同じ五木寛之と石っ原慎太郎の両者に取り入った幻冬舎の見城徹とは違う。何が取り入ったかと言えば五木寛之と石っ原慎太郎では画風が違いすぎる
むしろ見城徹の人への取り込みは菅義偉のやり方に似ている。菅義偉は人の懐に飛び込むのが上手いと。これはと言う男には食らいつくんだな。自らの上昇過程で勘所の押さえ方が上手い。40年以上も政治の世界でいた。いや政治だけの世界だな。人とは悲しいものである
官僚の世界も階級社会である。政治もそうであろうな。弱肉強食である。その世界を泳いできた。人生の半分以上、40年以上である。垢にもまみれる。7年以上は安倍晋三の番頭である。安倍晋三の陰部を担ってきた男である
マスメディアの取り込みも上手いと。この新聞社にはこれを、あの報道機関にはあの情報をと、官房長官には、むしろ情報が首相よりも入ってくると。メディア操作はお手の物だな。出世と人事により操作は出来る、また出来得る立場だった
矢崎義久がいた。田中角栄への取材は木乃伊取りが木乃伊になると会うのを嫌っていた。それほどマスコミでは田中角栄とは魅力的な男であったと。ある時、意を決して取材したと。取材を終えたら秘書の早坂茂三が封筒をタクシー代だと渡したと。矢崎泰久は中を見て良いかと尋ねて数えたら一万円札が100枚入っていたと。タクシー代にしては多すぎると返したら、早坂茂三は返したのは、貴方が初めてだと
柿崎明二も政治記者が長いであろうから、菅義偉の横浜時代から知っていた。安倍晋三には辛かったが、菅義偉には甘かった。同郷人とは知らなかった。秋田には、たいまつ社を起こした、朝日新聞を見限って横手にて、たいまつ社を起こした、むのたけじがいた。そう言えば柿崎明二も横手市出身だとか
横手市は雪が深い。かまくらで売り出したが今は雪はどうかな。むのたけじも秋田県で衆議院選挙に出たが落ちたとか。政治家好きは共通しているかな。その柿崎明二の首相補佐官での最初の仕事が日本学術会議会員の任命であろう
10月6日の朝日川柳では、奈良県伊谷剛が「安倍麻生なんだか可愛く見えてきた」と。見ている世俗人はいるな。川柳とは世俗のものだが、拍手だな。アメリカでは商人が権力を持った。権力者とはどの国でも似たようなものだな。長くいると居心地が良くなるんだな。居心地とはその社会での、そのシマでだけだな。しかし、官僚を筆頭にして出世の欲求は強い。その社会での出世は権限が大きくなる。しかし、塀の中だけだな
自民党も菅義偉・二階建て政権だな。岸田文雄を追い落とし、次の標的は麻生太郎だな。政敵は抹消する。自らの長期政権を目指している
縦割り行政の打破だと、デジタル庁の設置だと、IR(総合型リゾート)の推進だと、菅義偉の目指すものは官邸への一元化だろうな。判子を無くすと。元々官僚での判子は責任の分散だ。判子を無くすと、責任の取り方はどうなるんだろう。判子に代わるものは何かな
菅義偉の映像を通しての話はメモを携えているんだろうか、チラチラと下を向いて話す。自らの主張をする場合もメモを見ているようである。メモ無しでは政見や主張も言えないのかな。説明なしに結論が出てくる。話は端的だがどうも思想も段々と分かってきた。ナショナルからかパナソナに商号を変更したが、いつの間にか会長になった竹中平蔵を筆頭にして、新自由主義が基盤になってるようだな
新自由主義とは言うが、まず官界に入ってくるんだな。官界を通しての規制改革なんだな。商人でも商売でも官界からの改革を訴えるのだな。今回の日本学術会議の会員任命拒否は菅義偉を筆頭にした政権の統制下だな。自民党を筆頭にした輩は、独立した政府機関でなく自らの配下に置きたい。それには官界と同様に人事から始める
会員の任命を端緒にして、日本学術会議のあり方を考えたいと。このことは取りも直さず政権の配下に置きたいことだな。そういう意味では正直である。本音が見えてくる。菅義偉は体育会での苦労人、たたき上げ、成り上がり者だと、文学や論理や倫理や学問の世は知らないだろう。おそらく異質の世界は分からないだろうな
いつも人を秤にかけ、競争してきた人間には権力に立ち向かってくる者を理解できない。いつかは転ぶと仕掛けてくる。権力とは人事と財政と軍事を握っている。今度の一件は人事・財政・軍事を盾に取った一種の喧嘩である。早稲田大学の岡田正則教授のように、喧嘩を仕掛けられたら逃げずに正々堂々と立ち向かわざるを得ない。そうしないと御用学者になっちゃう。御用機関になるかの瀬戸際だな
サヨリと言う魚がある。細魚や針魚とも言われる。見た眼は綺麗なんだな。しかも旨い。しかし腹を裂くと真っ黒だと。板前の世では見かけによらず腹黒い人を隠語でサヨリさんと言うと。菅義偉はサヨリの上を行くかな