エゴノキの幹に黒く動くものがありました。カミキリムシです。懐かしさを憶える虫です。初めて見たのは子供のころ、10歳位の時でした。
2階の部屋の窓に簾が掛けてあり、その簾に留っていたのがこのカミキリムシでした。紙を切ってしまうと言って母が心配していたことも憶えています。
今はその部屋はもちろん、家も解体され、残っているのは思い出だけになりました。
その部屋には最近ではあまり見られなくなった違い棚、床柱、長押、欄間、鈍い光を放つ漆黒の襖の枠、美しい山紫水明の唐紙、縁取りを施したガラス戸の建具等をしつらえ、父親は少し自慢げに私に説明してくれたことがあります。
“孝行しようと思う時に親はなし”という言葉が頭をかすめます。
今日、このカミキリムシは、そんな数十年前の懐かしい我が家と家族を思い出させてくれました。と言うより、このカミキリムシは、その数十年前の生活を思い出させるために、今日こうして私の前に現れたのかもしれません。