彼岸の中日に逝った母の墓参り。予報はずれの雨。それでもお参りの間だけ雨はやんでくれた。
54歳で逝ってしまったおふくろ。5人の子育てに追われた人生だった。子どもらがそれぞれ成人しやっと時間のゆとりができた母。自分のことでもと思っていたであろう矢先の余命宣告だった。
54歳で逝ってしまったおふくろ。5人の子育てに追われた人生だった。子どもらがそれぞれ成人しやっと時間のゆとりができた母。自分のことでもと思っていたであろう矢先の余命宣告だった。
1972年にリリースされた井上陽水の曲に「人生が二度あれば」という歌がある。
母は今年九月で64 子供だけの為に年とった
母の細い手つけもの石を持ち上げている
そんな母を見てると人生が だれの為にあるのかわからない
母の細い手つけもの石を持ち上げている
そんな母を見てると人生が だれの為にあるのかわからない
子供を育て家族の為に年老いた母
人生が二度あれば この人生が二度あれば
人生が二度あれば この人生が二度あれば
母が逝った日、この曲が何度も頭の中に流れていたことを思いだしていた。
短すぎるおふくろの人生だった。逝った母を想い「人生が誰のためにあるのかわからない」そんな風に思えたのだろう。親不孝だけで、親孝行の真似事も出来なかった自分の申し訳なさも込めてのことだった。
この前のリモートトークのとき、友人が拓郎の「今日までそして明日から」を歌ってくれた。
♪ 私は今日まで生きてみました・・・
明日からもこうして生きて行くだろうと♪
そのフレーズを口ずさみながら帰路についた。