内田樹さんによると、日本の高校までの学校教育は「査問形式」の場合がほとんどなのだそ
うです。そこでこんな問題を考えてみました、、、。
問題 次の文章の(A)の中にふさわしい語句を、1~4の中から選びなさい。
「自分たちだけによる、自分たちだけの為の、自分たちだけが正しい(A)。」
1 行政
2 組織
3 教育
4 家族
通常、試験問題の場合は、どれか1つだけが正解でないと具合が悪いのですが、出来れ
ば、こんな選択肢も増やして欲しい、、、
5 その他 (解答欄に正しいと思われる語句を記入の事。)
でも、これじゃ採点官は採点のしようがないし、マークシート方式では無理、、、。
建築教育の場合、高校3年の18歳まで、このような「査問形式」の問題を解く事ばかりに
習熟してしまっている学生相手では、これもまた、はなはだ具合が悪い、、、。できれば
「査問形式」の学校教育に、早々と見切りをつけて高校を自主退学してしまった、内田樹さ
んのような生徒が望ましいのですが、単に「怠学」して「退学」してしまった生徒との見分け
が難しそう、、、。ここでも学校教育は「必要悪」なのです、、。(©本田和子さん。「和子」
は「ますこ」と読むんですね、、、。)
建築を「査問形式」で設計するなんて、考えただけでも恐ろしいのですが、どうも「自主的」
にそうしてしまっている例も、なくはないようでトホホです、、、。「査問形式」の料理と
か、「査問形式」の絵画とか、他のものに置き換えてみると判ると思うのですが、、、。
僕は、このままだと、成田の飛行場にも行かず、「カラマーゾフの兄弟」も読まずに、人生
が終わってしまいそうです、、、。(実家に帰れば、本棚のどこかに兄達2人が読んだ岩
波文庫がありそうなんだけど、、、。)
追記 「査問形式」の語法って恐ろしい、、、。最初から相手が優位に立っているような
気がする、、、。しかも、相手は絶対に責められる事がない立場、、、無辜の
人、、、。
追記の追記 でも、この世の中に「無辜の人」っているんでしょうか?「無辜の設計」とか
「無辜の建築」も以下同様です、、、。ちなみに問題の答えの「5 その他」
は「設計」でも良いような、、、。
うです。そこでこんな問題を考えてみました、、、。
問題 次の文章の(A)の中にふさわしい語句を、1~4の中から選びなさい。
「自分たちだけによる、自分たちだけの為の、自分たちだけが正しい(A)。」
1 行政
2 組織
3 教育
4 家族
通常、試験問題の場合は、どれか1つだけが正解でないと具合が悪いのですが、出来れ
ば、こんな選択肢も増やして欲しい、、、
5 その他 (解答欄に正しいと思われる語句を記入の事。)
でも、これじゃ採点官は採点のしようがないし、マークシート方式では無理、、、。
建築教育の場合、高校3年の18歳まで、このような「査問形式」の問題を解く事ばかりに
習熟してしまっている学生相手では、これもまた、はなはだ具合が悪い、、、。できれば
「査問形式」の学校教育に、早々と見切りをつけて高校を自主退学してしまった、内田樹さ
んのような生徒が望ましいのですが、単に「怠学」して「退学」してしまった生徒との見分け
が難しそう、、、。ここでも学校教育は「必要悪」なのです、、。(©本田和子さん。「和子」
は「ますこ」と読むんですね、、、。)
建築を「査問形式」で設計するなんて、考えただけでも恐ろしいのですが、どうも「自主的」
にそうしてしまっている例も、なくはないようでトホホです、、、。「査問形式」の料理と
か、「査問形式」の絵画とか、他のものに置き換えてみると判ると思うのですが、、、。
僕は、このままだと、成田の飛行場にも行かず、「カラマーゾフの兄弟」も読まずに、人生
が終わってしまいそうです、、、。(実家に帰れば、本棚のどこかに兄達2人が読んだ岩
波文庫がありそうなんだけど、、、。)
追記 「査問形式」の語法って恐ろしい、、、。最初から相手が優位に立っているような
気がする、、、。しかも、相手は絶対に責められる事がない立場、、、無辜の
人、、、。
追記の追記 でも、この世の中に「無辜の人」っているんでしょうか?「無辜の設計」とか
「無辜の建築」も以下同様です、、、。ちなみに問題の答えの「5 その他」
は「設計」でも良いような、、、。