村武精一さんと言う方の『神・共同体・豊穣』(未来社)に、次のような図が載っていまし
た。沖縄本島名城というところ(「ひめゆりの塔」のすぐ近くです。)の民家の屋敷地の図
です。

図の右端(方位だと東側)に「神の道」とあります。ΦUN∫iとあるのは「屋敷神」の祠の
ようです。(この大きさだと「神アシャゲ」ではなさそうです。)この図を見たときは驚き
ました。この図の場合は東側で塀に囲まれて、実際には誰も歩かないような書き方です
が、仲松弥秀さんの『神と村ー沖縄の村落ー』には、祖先のお墓、または「御嶽(うた
ぎ)」からの道が、屋敷地の東側から南側をぐるっと周って、人の実際に日常に歩く道路
に「神の道」と書いてあって、祖霊なり神人が家に来る日には、「白い砂を撒く」と書い
てあったと思います。(海岸から白砂を持ってくるようです。前の記事の沖縄粟国島のハ
チウクシ行事前編にも海岸で砂を採っている人の写真があります。)
沖縄では、神様が日常の身近なものだったのです。
能がテープレコーダーよろしく、現代の私達に中世の人達の声を保存して聞かせてくれる
ように、沖縄は私達に古代の人々の暮らしぶりを今に伝えてくれる、大変ありがたい島々
です。
仲松弥秀さんの『神と村ー沖縄の村落ー』は家の中を探したのですが、出てきませんでし
た。なにせ、整理整頓がわるいものですから、、、。(部屋の中も、頭の中も、まるでこ
のブログのように、あちこち飛び散らかってグチャグチャです、、、。)見つかりました
ら、図版など、この記事に追加します。
すいません。『神と村』(伝統と現代社)探して見つけたんですけど、違ってました、、。
別の本だったようです、、。いくらブログとは云え、ダメですねー、、、。村武精一さん
の別の本だったかも知れません。また探してみます。
追記 名城
た。沖縄本島名城というところ(「ひめゆりの塔」のすぐ近くです。)の民家の屋敷地の図
です。

図の右端(方位だと東側)に「神の道」とあります。ΦUN∫iとあるのは「屋敷神」の祠の
ようです。(この大きさだと「神アシャゲ」ではなさそうです。)この図を見たときは驚き
ました。この図の場合は東側で塀に囲まれて、実際には誰も歩かないような書き方です
が、仲松弥秀さんの『神と村ー沖縄の村落ー』には、祖先のお墓、または「御嶽(うた
ぎ)」からの道が、屋敷地の東側から南側をぐるっと周って、人の実際に日常に歩く道路
に「神の道」と書いてあって、祖霊なり神人が家に来る日には、「白い砂を撒く」と書い
てあったと思います。(海岸から白砂を持ってくるようです。前の記事の沖縄粟国島のハ
チウクシ行事前編にも海岸で砂を採っている人の写真があります。)
沖縄では、神様が日常の身近なものだったのです。
能がテープレコーダーよろしく、現代の私達に中世の人達の声を保存して聞かせてくれる
ように、沖縄は私達に古代の人々の暮らしぶりを今に伝えてくれる、大変ありがたい島々
です。
仲松弥秀さんの『神と村ー沖縄の村落ー』は家の中を探したのですが、出てきませんでし
た。なにせ、整理整頓がわるいものですから、、、。(部屋の中も、頭の中も、まるでこ
のブログのように、あちこち飛び散らかってグチャグチャです、、、。)見つかりました
ら、図版など、この記事に追加します。
すいません。『神と村』(伝統と現代社)探して見つけたんですけど、違ってました、、。
別の本だったようです、、。いくらブログとは云え、ダメですねー、、、。村武精一さん
の別の本だったかも知れません。また探してみます。
追記 名城