自分が家族に 誰かに必要とされているのか?
問いかければ「必要に決まってる」と言われる。
今の私には それを信じる勇気が無いのだと思う。
どんなに大事だ、居て欲しい、居なくならないでと言われても
居なけりゃ居ないで 何とかなるもんだ。と 思う自分。
自分はポジティブだとか 悩みが続かないとか言いつつも
とてつもないネガティブで細かい事に悩み続けるしつこさ、不甲斐なさ。
こんな自分が 存在していて 本当に 家族の役に立つんだろうか?
迷惑にしかなってないんじゃないか?
嫌われてる。
本当はバカにされてる。
軽蔑されてる。
そう 常に思ってる自分。
死に損なって1日過ぎた。
何で 普通に生きてるんだろうって 不思議だ。
何も食べたくない。
薬を飲む為に インスタントの味噌汁を飲んで 朝夕の薬を飲む。
何を食べても味がしない。
目の前の食べ物 食材が ぼやけて行く。
こんな事 初めての体験だ。
生きてるけど 半分 死んでる。たぶん そんな感じ。
生きがいを 見つけなければ。
私の為の 生きがいを。
子どもが私の生きがいじゃない。
子どもは 子どもの生きがいがある。
私は何の為に生きるのか 死にたくないと思うための 生きがいを見つけなきゃ。
働こうか。
出来る範囲で。
必要とされてる。それを実感できるのは 外の世界で「自分」を持ててる人。
家の中に 閉じこもってちゃ、無理だ。
今日、半日 海〇がくっついて行動してくれた。
帆〇が 掃除や洗濯を手伝ってくれた。
私には子ども達が必要で、必要とされるんじゃなくて 必要なんだ。
「してあげてる」と思うからきついんだ。
「してもらう」と思えばいいんだ。
今まで してあげて来たんだから。
図々しくなろう。ますます 図々しくなる。
そして 自分の為に生きたい。
自分の為にだけ 生きたい。
それが 結果的に みんなの為になるなら それならそれでいい。
まだ ふらつきと 胃洗浄した後の薬の(胃に流し込んだ薬?)影響で 真っ黒な下痢が出る。
「JIN」のドラマで 仁先生が 毒入りお菓子を食べた御台様に炭を使って洗浄してたのを思い出して
江戸時代からこんな方法で洗浄してたんだよな~とか思ったら、違う違う、仁先生がタイムトリップしたから
あの方法があの時代に使われただけで 現代の洗浄方法がこれなんだとか
そんな会話を 真っ黒な便器を見ながら帆〇と会話した。(こんなの見せるなよと言われそうだ)
持病を抱えて いつかそう遠くないうちに 死ぬんだろうから
急いで死なんで、後始末 しながら したい事もしておいてからの方がいいよ。って
うたた寝してる時 自分が話しかけてきた。
それもそうだね、と答えてた自分。
もう一度逢いたい人もいる。
まだ逢った事ないから 絶対逢っておきたい人もいる。
そんな気持ちがあるから 生きてみよう。と思う。
ブログがあって 良かった。