あなたの毎日に楽しく実践!宇宙の叡智♪アーユルヴェーダドクターのブログ

アーユルヴェーダは、古代から人々を癒してきたインドの伝統医学です。おうちでできる簡単な免疫力アップ法!

インドのクリスマスイブ

2008-01-31 22:39:57 | ラッド先生の診察室
12月24日月曜日

半袖を着て過ごす年末は、まったく実感がわかない。
今日はクリスマスイブ。
インドでは、いつもと変わらない街の雰囲気。
よくみると、MERRY X'SMAS!と書いたキラキラした飾りやサンタクロースが店先に踊っているところもある。
ケーキ屋はそんなに目立たない。

今日は、ラッド先生のクリニックにアニーが診察に訪れる約束の日。
アニーの娘、アニータと軽い食事をして一緒に向かう。
アニーは2月のある朝突然からだが動かなくなった。
それから数週間昏睡状態で入院していたらしい。
西洋医学の治療とともに、近所のアーユルヴェーダドクターにかかっていた。
マッサージオイルなどを処方され、回復したものの、
右半身の手足が不自由なままだときいていた。

娘のアニーと息子の家を交互に滞在して、身の回りの世話を手伝ってもらっていることに、とても
気兼ねをしているという。
3年前よりもずいぶん、落ち込んだ様子のアニーだったが、椅子に腰掛けることもできるし、
左手を使うことができる。ゆっくりなら一人で歩くこともできる。

診察開始の時間には、待合室に並んでおきたかったが、アニーの動作はゆっくり。
食堂の準備も遅いので、あわてるのはやめて、ゆっくりすごす。

6時30分を回って、ようやく待合室についた。
案の定、10人くらい座っている。
この調子では2時間くらい待つことになるかもしれない。

私は、いつも通り診察室に入った。

日本人の女性がアメリカ人のだんなさんと女の子をつれて入ってきた。
彼らは今、インドネシアに住んでいるそうだ。
アメリカでラッド先生に会ったことがあるらしく、プーネにいるときいて
わざわざボンベイから診察に訪れた。

風邪のひき始めのような症状のある女の子に鼻水、咳などに良い薬をはちみつと一緒に服用するように処方された。
また、ラッド先生の占星術にも信頼を寄せている様子で、家族全員の占星術表をもってきていた。
女の子におすすめの宝石をたずねていた。
ラッド先生は16さいまでの子供には影響が強すぎるのですすめないという。
女の子はまだ7歳。

母親は、便秘気味で胃の左側が痛いと訴える。
彼女には、ピッタを緩和する薬と宝石がすすめられた。

父親も診察を受けて帰った。

次に入ってきたのは、近くの西洋医学の医学部の解剖学の教授。
彼女は、何度か診察に来ていて、見覚えがある。
今日は、友人のつきそいで来院。

何やら占星術表を出して、先生に相談している。
それから、橋本病と膝の痛みを訴え、マルマ療法を受けた。
数分間の施術後、とてもすっきりした表情で椅子にかけ、どれほどすばらしいか
笑顔で話す。

そんな、患者さん達は一人当たり最低でも15分はかかっている。
アニーとアニータの順番までに予想通り1時間半以上、かかった。

ようやく二人が診察室に入る。
アニーは糖尿病を持っていて、高血圧もある。
脈をきき、筋肉や反射能力をチェックする。
3ヶ月分の薬が処方された。

アニーも膝の痛みと肥満の薬を処方されて、診察室をでる。

なんとかよくなると良いなあ、と願いながら
メリークリスマス!といって彼女たちを見送った。

クリスチャンの彼女たちは、これから教会に行くそうだ。
すでに8時半をすぎていた。

ラッド先生の診察がすべて終わったのは9時半。
クラスメートの一人がMGロードのあたりでクリスマスのイベントがあるらしいから
行ってみないか、と誘ってくれたけれど、疲れたのでまっすぐ部屋に戻った。

明日は、プネー郊外のアーユルヴェーダ大学に行くため、朝早く支度をしなくてはならない。


おひるごはん

2008-01-30 22:46:51 | インド生活
12月23日日曜日

今日は、昼食をホテルの食堂で注文。

階段をおりてフロントの奥に入ると食堂。
左手が庭になっているが、食堂と庭の間には壁もなく、段差もない。
外から自由に行き来できる。
インドの冬はさほど寒くもないし、風通しがよくて夏の暑さにはいいのかもしれない。
石のフロアーはきれいに磨かれていて、白いテーブルが7つ置かれている。
椅子は白いプラスチック。
各テーブルに4つずつ。

テーブルにつくと、ウエイターがメニューを持ってくる。
水の入ったグラスも持ってきてくれるけれど、用心をしてペットボトル入りの水を注文する。
ここの食堂はベジタリアンメニューのみ。
ベジタリアンといっても卵と乳製品はOK.

ベジタリアンに対して肉や魚を扱うメニューをノンベジという。
インドのカースト制度は根強く、バラモン階級の人たちの多くがベジタリアン。

ここのホテルのオーナーもベジタリアンらしい。

私は、もともと小さい頃から肉が苦手だったのでインドのベジタリアンメニューは
うれしい。
ただ、辛いのが苦手なことが残念だ。

メニューはほとんど、カレー。
本当は、カレーではないものも含まれるのだが、私にとって辛いものはすべてカレーだ。

たとえば、ほうれん草とパニールという豆腐のようなカッテージチーズのはいったパラクパニールは緑色のカレー。
豆からできたさつまあげのような天ぷらが入ったカレー。
トマトスープに豆が入ったようなカレー。
などなど、

それからごはん。
プーラウという炊き込みごはんや、チャーハンもある。
私は、炒ったクミンシードの入ったジーラライスがお気に入り。

今日の昼食は、パラクパニールとジーラライスに決定。
パラクパニールに唐辛子を絶対入れないようにお願いする。

しかし、辛さを好むインド人コックさんにしてみれば、唐辛子を抜いては、味がたりないと思うのか、
やっぱり辛いカレーがでてくることが多い。

そこで、ヨーグルトでマイルドに調整する。
しかし今日は、もっと甘い味のマンゴージュースを注文した。
インドのマンゴージュースは甘ったるくて、初めて飲んだときはネクターのようで苦手だった。
それが、インドの暑い夏にはおいしく感じられるようになった。


料理を待っている間、プネーのガイドブックを読む。
昨日、近くの書店で見つけた英語版プネーガイド。
たいてい町の書店に並んでいるのはマラティー語の本が多くて、さっぱりわからない。
しかし、このプネーガイドはまるでデパートのようなきれいなビルの書店で発見した英語版。
町の小さな商店街のお店に対して、きれいなビルに入っているお店はたいてい英語が通じる。
置いてある商品も外国のものだったり、洋服やスポーツ用品、英語の本、外国のブランド品などだ。

 たった3年の間に知らない建物が増えていたのでガイドを購入した。
実は、一つ探している場所がある。
私の住む、岡山県の後楽園がプネーに建設されたのだ。
 山陽新聞で記事を見たときは本当に驚いた。
2006年に、建設された後楽園。
完成したという報道を岡山のテレビで見たときは、サリー姿のインドの女性が歩いていた。
今回、できればたずねてみたい。

プネーガイドブックによれば、プネー岡山友好庭園という名前で、2006年2月に完成したらしい。
今ではプネーの人気スポットになっているそうな。
写真も大きく掲載されていて、植えられたばかりの芝生があり、みたところ岡山の後楽園と変わりない。

。。
そろそろ、カレーが出来たかなあ、と思って顔をあげると、がら空きの食堂にもうひとりお客がいた。

インドではバスの中でも知らない人同士でも、すぐにおしゃべりを始める。

いつのまにか、そのお客ともおしゃべりをしていて、一緒のテーブルで昼食を食べた。

彼は、今、東京に住んでいるんだそうだ。
東京の大学に留学して4年になり、ずっと住みたいと思っているほど日本を気に入っているらしい。
 ”どこからきたの?”という私の質問に、”日本でもよくきかれるんだけど、アメリカで生まれたといっても、
覚えていない頃だし、すぐにイギリスに移って、今は、日本にいるし、、両親はインドとドイツからきているし、。。
なんて返答すればいいのか、いつも困る。。”と答えた。
 プネーには父方の祖父母とクリスマス、お正月をすごすために訪れているそうだ。

ようやく、注文したカレーがテーブルに届けられた。
そこへ、南インドに旅行していた友人が帰ってきた。

3人で、昼食を食べていると、彼の家族が戻ってきて、妹さんも同席。
なんと、妹さんは東京大学に3年間留学していたそうだ。
初対面とは思えないおしゃべりな4人で、楽しい時間をすごした。





インドの旅にあると便利なベスト5

2008-01-29 00:13:26 | インド生活
12月22日土曜日

電話局のそばの文房具屋をでて、横断歩道の向こう側に薬局があった。
アーユルヴェーダの薬用オイルを探していたのでたずねてみる。
残念ながら、ホメオパシー専門薬局だった。

部屋までリキシャで戻る。

今泊まっている部屋は清潔で、お湯のシャワーがついている快適なホテル。
朝食もついているし、食事もおいしい。

朝食は、できたてのオムレツのようなお好み焼きのような、米粉でできたパン(?)。
それに、サンバルとよばれるカレースープのような汁が食べ放題。

唐辛子が入っているときは辛くてあまり食べられないことがある。
今回は、3年前より辛くないメニューが増えたようだ。
以前の朝食は辛いものばかりで、あまり食べた覚えがない。

ここの朝食は朝10時まで。
たまに、食欲がないときなど、部屋でシャワーを浴びたり洗濯したり、のんびりすごしている。
すると、9時を回った頃に電話が鳴ることがある。
”朝食が待ってますよ~”と丁寧に呼び出し。
放っておいてくれても構わないところだが、まるでインド家庭にお邪魔しているような
アットホームさを感じる。

インド人のおもてなしは、とてもあたたかい。
食事をごちそうになるときは、おなかいっぱいになっても次から次へとおかわりをすすめられる。

インドに来たばかりの頃、断るのは悪いと思って、無理をして食べ過ぎてストレスになってしまったくらい。
器が空っぽになるまで食べると、まだ足りないのではないかと心配して、おかわりをすすめられる。
お皿に少し残すと満足になるまで食べた印になる、ときいて無理をしなくなった。

このホテルの食堂は一階の受付奥にある。
5階建てで、屋上には結婚式場がある。
ちなみに、インドでは一階を地階、2階を1階、3階を4階とよぶ。
このホテルは事実上6階だて。
エレベーターで1階に降りるときはグラウンドフロアのGを押す。
ときどき、停電になることがある。
非常用自家発電機が作動する。
心配はいらないが、できるだけ階段を使うようにしている。
プネーでは、電力を節約するために、毎週木曜日が停電の日だ。
アーユルヴェーダ大学のあるプーネ市郊外では、週に3日間停電の日があった。
郊外で節電をした分、市街地に電力を供給しているときいた。
このホテルは市街地にあり停電の時間も少ない。


コンセントにさしておくと充電でき、停電になると灯がともるタイプの非常灯がとても役にたつ。
インドの電気店で安く手に入る。
しかし、インドを訪れるならひとつ懐中電灯をもってきておくと便利。

プネーに旅する人の便利グッズベスト5かもしれない。。

ちなみに、ベスト5は、

1、マスク! これは、粉塵から守るしっかりとしたものがおすすめ。花粉対策のガーゼマスクでは、足りない感じ。 
       私は、ハンカチとガーゼマスクを二重にして使っていた。
       それでも、すぐ自動車の排気ガスなどで真っ黒になる。
        また、飛行機にのるときも乾燥防止になるし、となりに香水のきついおじさんがのっても眠れる。

2、アルコールジェル 手で食事をする機会があっても手をきれいに洗う場所がいつもあるとは限らない。     
           蛇口の水がでてこないときや、ちょっぴりしか水が使えないところで重宝する。

3、フリースジャケット 昼間は半袖でも暑いくらいの陽射しだが、夜は冷える。汚れても簡単に洗えるし、持って歩くのにも  
            軽くて便利。
4、BSNLプリペイドテレフォンカード 
            プネー市内の電話局で購入すると市内通話と同様、どこからでも国際電話が利用可能。
5、懐中電灯      宿泊先によっては全く必要ないけれど、持っていると安心。










国際電話をかける

2008-01-27 23:25:21 | インド生活
12月22日土曜日

インドから国際電話をかける。

インドでは街角に黄色い電話ボックスやインターネットカフェがあって長距離電話や
国際電話をかけることができる。
電話ボックスと言ってもテレフォンカードを挿入するのではない。
受話器をとると相手先の電話番号と通話時間、通話料金が表示されるデジタル表示のメーターが
動く。
通話を終えるとカタカタカタカタカタ。。。と後ろで音がする。
電話ボックスは雑貨店などの店先にあり、レジの横に電話ボックスと連動したレシートがカタカタと
出てくる。
そこで現金を支払うシステム。

インターネットカフェにはインターネット電話があり、同様のシステムで国際電話をかけることが
できる。IP電話は一般電話より安い。

宿泊先のホテルの部屋から日本に電話するときは、交換台を通さなくてはならないうえに、
料金も割高。

インターネットカフェのパソコンで日本に連絡をすることもできる。
カフェといっても日本のように飲み物などがでてくるわけではない。
ただ、パソコンが隣り合って並んでいる。
10分間数十円からの料金を払って使用する。
便利だが、日本語表示がされない所がほとんど。
外国人の多いコレガオンパークに行かなくてはならない。
今の宿泊先からちょっと離れているので不便だ。

日本とインドの時差は3時間半。
インドの夕方6時に電話すると日本の夜9時半。

私の部屋から国際電話をかける一番便利で安い方法は、電話局で
プリペイドテレフォンカードを買うこと。
市内の電話番号が書いてあり、そこへダイアルするとカード上に銀色で覆われた番号をスクラッチして
入力する。
するとプーネ市内への通話料金だけで国際電話がかけられるしくみ。


ホテルの近くの旅行代理店で両替をして、近くの電話局の場所をたずねる。

歩いても行けない距離ではないらしいので、手にしたメモを片手にきょろきょろ。。

どっちに進んでいいか迷っていると、自転車をとめて書類をもった男性がどこを探しているのか
声をかけてきた。

メモをみせると、リキシャで行ったらいいから、と近くの角で客待ちをしていた運転手に
行き先をマラティー語で伝えてくれた。

リキシャで約5分。

中へ入って、プリペイドカードを買う場所をたずねる。

何のプリペイドカードが欲しいのかあまりわかっていない風だったのでちょっと心配に思いながら、
人がたくさん並んでいる列に行ってみる。

並んでいる人に国際電話用のプリペイドカードを買うのはここかたずねる。
英語がわかる人はあまりいない。
携帯電話のプリペイドカードと勘違いされているのではないか、不安に思いながら並ぶ。
ようやく順番がきてみるとやっぱり違うカウンターにいくようにすすめられた。

隣の隣のカウンターで約1000円分のカードを購入。

電話局をでて、部屋にもどるためにリキシャにのろうとしたとき、文房具屋の
カード売り場が目に入った。
マラティー語の誕生日カード。
日本におくりたくて1枚購入。
店の男の子に、どこからきたの?とたずねられた。
ここでも、インドと日本どっちが好きか?と興味深そうにきかれる。
お店の写真を撮らせてもらった。





ラッド先生と患者さん

2008-01-26 23:19:39 | ラッド先生の診察室
12月21日 金曜日
 
今日も夕方6時からプラナウクリニック。

6時を少し回ってラッド先生が到着。
診察室に入ると最初にガネーシャの神棚にお線香をあげる。

それから、待合室で待っていた患者さんが入ってくる。

いつものように、患者さんの主訴をきき、診察台にあがってもらう。
●一人目の患者さんの脈をきいて、舌をみて、
”グラハニローガ”の典型だという。
グラハニとは十二指腸のあたりを主に示すが胃腸とも言える。
ローガとは疾患。すなわち胃腸の疾患。
例えば、吸収不良、過敏性腸症候群、クローン病など。
アーユルヴェーダでいうところのドーシャでは、ヴァータとピッタの関わりが重要視される。

このとき、患者さんの舌は白い苔で覆われていて、舌のふちは歯形がついてギザギザになっている。

ドーシャの乱れをととのえるとともに、腸から汚れをとりのぞく薬が処方される。

●次の患者はアーマヴァータ。
リウマチを持っている。
リウマチはアーウルヴェーダの得意分野のひとつ。
アーマという未消化物を排泄することで改善が期待される。

関節によい薬とアーマをのぞく薬などが処方された。

●パーキンソン病の患者は主にヴァータの乱れが原因。
ドーパミンの改善によいアーユルヴェーダのハーブがある。
3年前の研修のとき、数週間のうちに震えがみるみる改善した例をみた。

●”サルヴァンガクピタヴァータ”
全身にヴァータの乱れやこわばりがみられる。
ふくらはぎに痛みがあるのは甲状腺の機能低下によるカルシウム不足のせい。
ヴァータが筋肉組織で高くなっている。
今日の患者さんは、目の下のクマがみられ、腎機能の低下、カパの乱れがある。
ヴァータとカパをととのえる薬を2ヶ月服用するよう指示がでた。

ラッド先生は次々と来られる患者さんに、ひとりひとり、とても丁寧に診察される。
触診の後、ストレスの多い患者さんにナスヤ(点鼻オイル)とネトラビンドゥ(目薬)を軽いマッサージとともに
施す。
 生徒も先生と交代で行う。

血圧をはかったり、ナスヤ、ネトラビンドゥ、マルママッサージなど。。
先生の見よう見まねで学ぶ。

初めての頃、患者さんに怖がられてしまった思い出がある。

ラッド先生に指名されて、ひとりのおばあさんにナスヤ(点鼻)をすることになった。
張り切った私は、点鼻用オイルを片手に”にいっ”と笑っていたと思う。
きっと点鼻オイルが注射器のように見えたに違いない。
まるで凶器をもつ悪人だ。
おばあさんが手をふり顔を横に振る。
万国共通のイヤイヤを意味するジェスチャー。
言葉が通じなくてもわかることはたくさんある。

診察の合間にも、電話がかかってくる。
ラッド先生は手をとめて、必ず応対する。
今日も、一人の患者さんから電話がかかってきた。
ボンベイからはるばるプーネに向かっている途中のようだが、
あいにく診察時間が終わるまでに間に合わないらしい。
自宅で診察をすることになったようだ。
すぐに、先生の奥さんに知らせるべく電話をする。
先生が困った顔をして電話をきった。
奥さんは、家族の時間がもてないことに不満のようだ。
しかし、ラッド先生はアーユルヴェーダ医の資格を取得したときの誓いを
守るべく患者さんを決して断ることはできないという。
 実際、先生が休んでいるのをみたことはまったくない。










インドの卸売り展示会

2008-01-24 22:51:31 | インド生活
12月21日金曜日

友人の買い物につきあう。
インドの各地から日用品、食品、電化製品、衣類などが集まった卸売り展示会。
広い空き地にサーカスのような大きなテントの中にお店がでている。
今日から3~4日間ほどの期間限定。

アラディカ宅でチャイをごちそうになったとき、台所のガスレンジにもちを焼く網のような
何かがガスコンロに張られていた。
火をつけると金網が赤くなる。
熱が金網を伝わり、ガスの節約になるというものだった。
このような展示会でみつけたのだときいて、ちょっと興味をもった。

舗装のされていない空き地のテントの外が駐車場。
初日の午前中とあって、ほとんど車は停まっていない。
テントの入り口から30メートルくらい離れた奥に駐車して中へ入る。
陽射しは強いが、水を持って入らなくても大丈夫だろうと手ぶらででた。
まさか、2時間も3時間も歩くとは思ってもいなかった。

白い屋根のテントに入ると、ドライフルーツなどのお店。
パンジャビドレスのお店。
スナック菓子のお店。
カーテン屋。
家電などなど。


同行している友人プラギャがその辺の店員さんと親しげに話している。
知り合いなのかと思ったが、こういった展示会によく店を出しているのでよく顔をあわせる
という。
プラギャは雑貨店を最近オープンした。
まだ、私は彼女の店に行ったことがないので今回の滞在中に一度は寄ってみたいと思っている。
お店の品物はボンベイやプネーの市街地から仕入れてくるらしい。
今回の展示会でも何かいいものをみつけたいようだ。

神様の置物や小物を売っているお店で足をとめた。
笑って両手をあげているブッダの金色のおきもの。
こういったものは売れないかしら?とたずねられたけれど、
なんだかちょっと中国のおみやげっぽくて、ピンと来ない。
彼女のお店は外国人が集まっているコレガオンパークにある。

次に目にとめたのは、浄水器。
インドでは蛇口の水を浄水器に通してから飲む。
レストランでも浄水を出してくれる店であれば、たいてい飲める。
念のため、ペットボトルに入ったお水を買って飲むようにした方が安心ではあるけれど。
プラギャの姉が新しい部屋を買ったらしく、浄水器を探しているそうだ。

それから、トースター。
ふつうに食パン2枚を焼くだけのもの。
インドにも食パンはある。
しかし、サイズが小さい。
8枚か16枚?切りくらいの薄さにタバコの箱2つ分ほどの面積。
普段の食事はチャパティか、インド米が主食である。
チャパティは小麦粉に水をたして練って、丸く広げて直火で焼いたもの。
食パンをたべるのは、サンドイッチとして売られているときくらいが一般的じゃないだろうか。
外国人のいる町でなければ、ジャムもほとんどみかけたことがない。

プラギャの姉はロンドン在住なので、彼女の買った部屋は一時的に外国人に貸している。
まだ、トースターを買うことは珍しいと思う。
浄水器の売っているお店にトースターもあったので、セットで割り引いてもらっているようだ。

それから、お風呂の湯沸かし器。
インドのお風呂はシャワーのみが一般的。
シャワーを浴びるときは、前もって湯沸かし器のスイッチをいれてタンクの
水があたたまるのを待ってから入る。
タンクは、シャワールームの壁に設置してある。
大きいものでも、直径約30cm長さ50cmほどのものだ。
一回わかしたらせいぜい一人分。
髪が長いとちょっと足りなくなってくることがある。

そういえば、今回、滞在している部屋は以前より料金があがっていたけど、シャワーの
湯の出がよくなっていた。
たっぷりとあたたかいシャワーを浴びると疲れがとれて満足。

プラギャは、今日購入すれば設置料無料、という特典に惹かれて購入。

展示会の奥の方には、SONYやTOSHIBAの大型テレビが並んでいる。

まだ、展示会が開いたばかりなので、売り物を並べている途中のお店が結構ある。
洗濯機のブースには、あっちをむいたり、こっちをむいた洗濯機。
壁にそって一列に並んでいる訳ではない。
まんなかあたりに適当に置いてある。


その前にはプラスチックの椅子に座った男性が数人しゃべっている。
店員のようだが、あまり売っている気配なし。

ようやく展示場の出口についた、、、と思ったら引き返し。。
車の中に水を置いてきたことを後悔した。

プラギャが店員と長い交渉をしている間、各ブースの店先に
放置されている白いプラスチックの椅子に座った。

買い物にきている人たちはたいてい家族連れ。
本当にインドでは一人で出歩く習慣がないらしい。

男性同士でも手をつないだり肩をくんで歩いていたりする。

長い買い物が終わってようやくテントをでたのは、お昼時も過ぎた2時半を
回った頃だった。

今日はいつにもまして暑い気がする。
車に乗ると熱気がして、まるで夏のように思えた。

















診察室

2008-01-23 19:01:09 | ラッド先生の診察室
12月20日木曜日

ラッド先生のクリニック。

最初の患者さんは、新婚の医師夫婦。

奥さんのヴァータがあがっていて、心配や、不安がなんとなく多いらしい。
新婚11ヶ月。
舌をみると細かく震えている。
これは、ヴァータが多い証拠。
鎮静作用のあるハーブが主に処方された。

次の患者さんは、肥満が悩みの思春期の女の子。
両親とともに診察に入ってきた。
メーダダートゥ(脂肪組織)に変換するアグニ(代謝力)がおちている
と診断される。
散歩や運動などアクティブに過ごすことがすすめられるとともに、
メーダダートゥアグニ(脂肪の代謝)アップをはかる薬が主に処方された。

少女の母も診察をうけた。
下腹部の痛みがある。
食欲がない。神経質。

胃によいハーブとヴァータを鎮静する液薬、女性ホルモンをつくる薬が処方された。

次は、20歳。2週間前に来院していたらしい。
血小板値が少ない。
イライラする。
食欲の低下。
肝硬変。
ピッタが高い。

肝臓の働きを助け、ピッタを押さえる薬が処方されている。
インドで有名なリブ52という薬も。

ピッタによい食生活と呼吸法がすすめられている。
この調子で3ヶ月継続するようにとのこと。

他には、
PMSのなやみをもつ女性。
原因はホルモンの変化。
ヴァータがピッタをあおっている。

成人型糖尿病の母。
カパが高い。

透析患者。
血圧が高い。
ピッタが高いため。

糖尿病の老夫婦には、血糖値を下げる薬と呼吸法のすすめ。

風邪をひいた女性には症状を鎮める薬。

滑液嚢炎には、ピッタをさげる薬とマッサージ用オイル。

胸のしこりを訴える女性。
軟骨炎と診断。
薬と外用オイル。


このように、主に薬が処方される患者さんが多い。

しかし、インドでもストレスで肩こりを訴える人が多い。
ラッド先生のマルマ療法を目当てに来られる人もいる。

頸骨のずれを整え、マルマを結構強く押す。
私も軽く施してもらったことがある。

暑いところにいたせいか珍しく頭痛がしていた。
ラッド先生にマルマ療法を施してもらったのはほんの3~5分くらいだが、
とても頭がすっきりして、体が急に軽くなった。
視界も明るくなった。

全身のマッサージをうけなくてもこんなにスッキリするものかと
驚いた覚えがある。

インドの女性も家庭や仕事にストレスが増えているようだ。












患者さん?お医者さん?

2008-01-22 23:13:06 | ラッド先生の診察室
12月19日水曜日

ラッド先生のクリニック。

待合室から奥の診察室に入ると、新しいクラスメートが増えていた。

おととい、最後の患者さん”ジャイシュリ”。



彼女もアーユルヴェーダを学んでいたのかな。


と、思っていたら、膝の痛みを訴える女性の足をチェックするとき、
ジャイシュリがなれた手つきで女性の足をもちあげた。

患者の検査の値もスラスラと読んでチェックしている。

彼女はアメリカで育ったインド人医師だった。
アメリカの医学部を卒業して、カリフォルニアで環境と病気の関係を専門に
診療をしながら、大学の講師を勤めているらしい。


インドの標準語であるヒンディー語は話せるのでプネーの地元の
言葉であるマラティー語もときどきわかるようだ。

ラッド先生と患者さんのやりとりを時々訳してくれる。
また、現代医学の治療法や症例の経験談を話してくれる。

心強いクラスメートができた。

40代、伝統的インド人女性のサリーは着ていないし、英語のアクセントも
インドなまりが全くない。

名刺をくれた。

”ジャイシュリ 医師
カタックダンサー、ヨギニ、タブラ奏者、ジプシー、アシアツプラクティショナー、、”

カタックダンスはカルカッタのダンス。ヨギニはヨガを実践している人。タブラはインドの伝統的打楽器。
ジプシーは旅が好きな人なんだろう。

アシアツプラクティショナーとは、なんだろう?
足+指圧?

なんとなく日本語っぽい響き。

すると

ジャイシュリ”日本語、全然、わかりません。”

と、おちゃめな目で彼女がにっこり。

私”?????”

私”日本語、わかるの?”

ジャイシュリ”ニホンゴ、ゼンゼン、ワカリマセン”

私”すごい!わかるでしょ!?”

ジャイシュリ”。。。。。。。”

ニコニコ笑ってこちらをみる。

私”マラ マラティ サマスタ ナヒン(私は マラティ語 わかりません)”

ジャイシュリ”tW(0IRI#_???wwf"R`]J*Ff :fj;:lF+*J gg....."

どうやら、”日本語がわからない”という一文だけ、覚えているらしい。

私のマラティ語のうろ覚えと同じである。

と、思ったら

”まったく、一語もわかりません”という意味のヒンディー語を

教えてくれた。

ジャイシュリ”日本にいいアシアツのいい先生がいたら教えてほしい。”

どうやら、アシアツというのは、足圧らしい。

私が今までに出会ったインド人やアメリカ人は概して日本にいい印象を持っていた。

日本食はおいしいし、日本人も好きだという。

ジャイシュリはおとといの印象より人なつこい感じ。

それにしても、医者という感じがしない。

プネーに到着して約1週間。

ラッド先生のクリニックで出会った女医さん3人目。
























インドでお買い物

2008-01-21 23:18:20 | インド生活

日本で施術に使う布やシロダーラポットなどを買いに行く。

これには意外と時間がかかる。

まず、商店街にリキシャで向かう。

最近では、デパートやスーパーのような建物もあるけれど、ブランドものの時計や

ジーンズ、洋服などが置かれていて、インドの家庭用品などはあまりない。

商店街は宝石店街、金物街、生地屋街、薬屋街、などのように商品ごとに集まっている。

そのなかでも、信頼のおける店、品質の良いものをおいている店を地元の人はよく知っている。

ジャムをかうならここ、サリーをかうならここ、ドレスを仕立てるならここ。

一度、なじみになると、店の人もこちらの要望をよく覚えてくれていたりおまけをしてくれる。

今日の買い物は、倉敷光クリニックの同僚から頼まれたパンジャビドレス。

シロダーラポット、それから、ラッド先生に占星術表をみてすすめられたガーネットの指輪。

銀の舌みがき。

これらを1日で買うのは、まず、無理。

しかし、とりあえず、時間のかかりそうな指輪を作りに宝石店へ。

旧市街、ラクシュミロードの主婦が必要なものが何でもそろうという商店街の近くに

ラッド先生が信頼をよせる宝石店がある。

占星術上、身につける宝石にあわせて宝石のカット、大きさ、土台の金属など細かに

人によって違いがある。

また、同じ人でも時期によって変わる。

大切なのは、その石が他の誰も身につけていなかったものであること。

そして、欠けたり、ヒビが入っていたり、黒い点、穴があいているものは良くないとされる。

肌に直接石がつくように土台を支えるように指輪をつくってもらう。

 3年前にも訪れた宝石店。

店のドアをあけると見慣れた顔の主人がいた。

そして、知り合いのアメリカ人。

彼は、ラッド先生のプネーの研修をまとめている。

また、占星術にも詳しい。

アメリカにのこしてきた奥さんへの指輪を探していた。

占星術でおすすめの石を探しているらしいのだが、インドの指輪のデザインが
今ひとつ気に入ってもらえるかどうか心配の様子。

私に”君の金星はどこにある?”

ときいてきた。

私の占星術表をみせると、”金星に恵まれている君としてはどっちがいい?”

という。

つまり、生まれたときの星空あのどこに金星が輝いていたかによって

芸術、音楽などを好んだり、センスにつながったりということがあるらしい。

私は、たしかに音楽が好きだけれど、センスには自信がない。

彼が、ようやく決めて帰った後、ガーネットをみせてもらう。

どれも良さそうではあるけれど、今ひとつピンと来ない。

ラッド先生にすすめられた大きさより大きいものを、店の主人は大きいものはより良い効果があるのだ、といってすすめてくる。

納得がいかないので、ラッド先生に聞いてみると返事をして店を出た。

ここまでに約1時間。

次は、シロダーラポット。

シロダーラポットを売っているのは来た道を少し戻って、台所用品ならなんでもそろう

という商店街のど真ん中へ向かう。

とても人通りの多いところだ。

まるで、花火大会の歩行者天国のような人ごみ。

たしか、この辺にお寺に入る入り口があったはず、。。

久しぶりで、勘が鈍って通り過ぎてしまったようだ。

野菜や果物などがならぶ市場に出てしまった。

来た道を戻って、もういちど、よく探してみる。

あった、あった。

ここに、銅製品にいいお店がある。

シロダーラポットを購入。

3つ欲しかったのだが、思うような形、大きさのものがなかったので2つ。

あとひとつは、明日には用意できるということだ。

ここの店は置いてあるものの質がよいので銀の舌みがきも、おいてあるかどうかきいてみた。

ない、といわれるが、オーダーメイドできるというので、頼んでみる。

1週間もあればできるというので、連絡先をのこして帰った。

そして、パンジャビドレス。

とてもいい生地をそろえたお店の名前が思い出せない。

でもなんとなく、道を思い出しながらすすんでいくとあった。

既製品のパンジャビドレス、サリーの生地などシルク、綿、サテンなど

豊富にそろっている。

いい店には客も多い。

店員もなれたもので、ちょっとみてみようと入った私をすかさず捕まえる。

”マダム!これがいいよ!”

わたしが頼まれたのは、ピンクと白と緑のドレスを1着ずつ。

彼女の雰囲気にあうものが見当たらない。

他の店をあたろうとして出ようとしたところ、

”これはどう?”
といって、奥から数着見せてくれる。

まだ、今ひとつ気に入らないので、”もう他にはないの?”

と、いうと”ない。これいいよ”
といって、今ひとつ気に入らないのに清算にまわそうとする。

“ちょっと待って、他をみてくるから。”

といって、出ようをすると、

ないはずの、他のドレスを出して”これどう?”

素敵なのが出てきた。

しかも、値段も手頃。

”これこれ!こういうのないの?”

ようやく気に入ったものを見つけた。

自分の買い物もしたかったけど、もう疲れたので次にむかう。

と、なんとなく時計をみると3時半!

買い物にでたのが10時なので昼食も食べていなかった。

今日のところはこの辺で。

 6時からのクリニックに備えて帰ることにした。









アーユルヴェーダ病院

2008-01-20 23:08:02 | 浄化療法(パンチャカルマ)
12月19日火曜日
今日はアサンガの命日。

偶然、アサンガのドイツの友人"ハンス”と”ニハリカ”がプネー郊外でパンチャカルマ(アーユルヴェーダ浄化療法)
を受けている。

アサンガに縁のあるそのパンチャカルマの病院にアラディカと一緒に行く約束をしていた。

1時半にアラディカの家に車が迎えにくることになっていたので昼食をはやめにすませて、
急いで向かった。

ぎりぎり間に合ったかなと心配しながら、1時半に玄関のチャイムをならした。

しかし、アラディカはまだ着替えてないからゆっくりしててという。

そして、ソファでくつろいでいるうちに2時に。

2時になっても車の気配がない。

市内の交通渋滞がすごいので、そのせいだろうか、と話しながらお茶を飲む。

インドで遅れることは本当にしょっちゅうなのであらかじめ十分な時間を
見越して頼まないといけない。

それにしても遅いなあ、と思い始めた頃

1時間もすぎて、ようやく車がきた。


郊外のアーユルヴェーダ病院まで約40分。

 病院の敷地はかなり広い。

バス停から遠くに緑色の建物が見える。
アーユルヴェーダ大学だ。

一番、手前に食堂がある。

横には、牛小屋。

私が付属のアーユルヴェーダ大学に留学していたころは一頭しかいなかったが、今は牛小屋も
大きくなって牛も増えている。

食堂の裏に大きなニームの樹。

樹の下には、暑い陽射しから守られた黒いHONDAのバイク。

舗装されていない砂利道を10メートルほど奥にすすむと、オレンジ色と白色の建物がある。

一棟に二部屋。
間にパンチャカルマの施術室をはさんで、一部屋に一人ずつ、たったふたりのための
パンチャカルマ棟だ。

ここには、5棟ある。

入院患者は2週間から4週間のパンチャカルマを受ける。

ハンスとニハリカは3週間の予定。

笑顔のニハリカに歓迎されて、彼女の部屋にアサンガの写真を飾る。

たまたま、日本から女性がひとり入院していたので彼女も誘う。

サダナンダ先生が他のドクターたちと一緒に入ってこられた。

アサンガのかかりつけのドクターがサダナンダ=サラデシュムク先生の父、マハラジだった。
ドクターといっても学校で学んだ知識ではなく、あらゆることを知っていて、
脈診から、音楽やいろんなことに才能があって多くの人に頼りにされていたそうだ。

晩年、このアーユルヴェーダ病院と大学をつくって、サマディに入った。
その後、サダナンダ先生がアサンガのかかりつけの医師となり、私が
アーユルヴェーダに興味をもつきっかけとなった。

現在、サダナンダ先生はここの大学、病院、それからエイズ、癌研究所にくわえて、
ボンベイの診療所の所長を兼任している。
そのうえ、日本、オーストラリア、ヨーロッパを訪れて、アーユルヴェーダの魅力を
多くの人に伝えている。

東京で初めてお会いしたのは、10年前。
その後、3年間、このアーユルヴェーダ大学に留学した。
本当にとてもお世話になった。

アサンガの写真に花を飾って、お線香をあげる。

わたしは日本からもってきたみかんをお供え。

先生がお経を唱えたあと、若いドクターや初めての人に、アサンガを紹介。

それから、アーユルヴェーダの”アーチャーリアラサヤナ”についての話を若いドクターが

古典を引用しつつ話してくれた。

”アーチャーリアラサヤナ”とは良い行い、良い考え、すばらしい人のことを心にとめておくこと
などが、精神的にもひいては、身体的にも健康を保つ秘訣である、、というようなことだ。

アサンガの亡くなったときの様子をニハリカが話す。
こうして、今日このような時間がもてたことは決して計画していたわけではなく、
ニハリカがパンチャカルマを受ける為にインドを訪れたのは、突然決まったことだった。
私がインドを訪れることもニハリカたちは知らなかった。
でもこのような場がもてたことは、いろんなことがおこることにオープンである
ことのおかげだ、と喜んだ。

 そのあと、先生からインドのおやつが振る舞われて、みんなでいただいた。

アサンガの話や、おたがいの近況など、のんびりとチャイをのみながら楽しんだ。

アサンガがいるときは、いつもみんなが打ち解けていろんな話をした。

甘いものも大好きだったので、チョコレートやクッキーをたべながら一緒にみんなで

楽しく過ごすことが多かった。

まるで、今もアサンガを囲んでいるような感じだ。

あっというまに、楽しい時間はすぎて、帰る時間になった。

 案の定、帰りの道は大渋滞。

夕飯を食べる時間もない。

とてもラッド先生のクリニックに間に合いそうにもなく、今日だけは、お休み。

昼2時をすぎても車が来なかったので、もうその頃から、今夜のクリニックは
無理かもしれないと覚悟をしていた。

無理をしようとするとイライラするけど何の助けにもならない。
あきらめることもインドで気持ちよくすごす一つの方法。


アラディカの家で夕飯をいただいた。

プネー市の位置するマハラシュトラ州は、辛い味つけが伝統的だが、

アラディカは辛くないカレーを用意してくれていた。

今日は、疲れると思ったから昼食を多めにつくっておいたの。

といって、プーラオというたきこみごはんにカレースープ。

手作りのヨーグルト、人参のピクルスをごちそうになった。

冬といっても昼間は半袖でもすごせるほど陽射しはつよい。

郊外まで行くとやはり疲れる。

夕食のあと、テレビをつけた。

今、インドではやっているという、呼吸法の番組をみた。

何百人もの人をまえに、白い服をきたひげ面の男性が呼吸法を紹介している。

毎日、テレビ体操ならぬテレビ呼吸法の番組は各地で収録されているらしい。
アラディカいわく、プネーにも来たことがあるそうだが、すごく大勢の人が
訪れたのだと言う。

ほかにもテレビで面白いことはあったのだけど、今日はこの辺で。。。