Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

「これがチェーホフ? これぞチェーホフ!」

2012-05-17 23:19:36 | 文学
三谷幸喜がチェーホフの『桜の園』を演出するそうですが、いよいよ来月ですね。やはり気になります。どんなチェーホフになるんだろう。

今日の夕刊の三谷幸喜のエッセイで、『桜の園』は喜劇である、という三谷氏の見解が述べられていましたが、一般的にはこれは議論のあるところです。『桜の園』というタイトルの傍には「喜劇」と銘打たれているにもかかわらず、「いやこれは喜劇ではない」とか、「喜劇の意味が違うのだ」とか色々言われていて、純粋なコメディーとは必ずしも見られていません。ところが、三谷氏はこれを「喜劇」だと言う。しかも「爆笑喜劇」だと。興味ありますね。ぼくも基本的にはこの戯曲は喜劇だと思っているのですが、しかし、それは「人間の滑稽な生き様」という意味での「喜劇」であって、観客をして腹を抱えて笑わせる類の「喜劇」とみなすには、躊躇してしまいます。三谷氏はぼくのような意見には首を傾げているみたいですね。そして、『桜の園』の戯曲には笑いの要素が山のようにあると主張するのです。喜劇作家の自分にはそれがよく分かる、と。さすがにすごいな。

もっとも、ぼく自身、躊躇するとは言いながらも、チェーホフの後期の戯曲には爆笑の要素がかなりあるのではないかと疑っています。それというのも、何年も前に観劇したチェーホフ『ワーニャ伯父さん』(佐藤信演出・柄本明主演)が、ぼくの中で強烈な印象を保持し続けているからです。『ワーニャ伯父さん』は「喜劇」とは書かれていないのですが、この劇、笑えたんですよね。人間が猛烈に怒る様が、なぜか笑えた。だからぼくは、チェーホフは他の戯曲でも「滑稽な人間喜劇」を描いているのではないか、と思ったのです。それと共に、作品には笑いの要素がまぶされているのではないかと疑い始めたのです。まだロシア文学を専攻する前の話です。2004年にチェーホフ戯曲の公演が相次いだとき、ぼくも足繁く劇場に通いましたが、当時も色々なチェーホフ像が提示されていて、その中には彼の喜劇作家としての面を強調したものもあったように記憶しています。でも、それは「爆笑」じゃなかった。

だからぼくは、三谷幸喜がチェーホフで爆笑を取るのを見てみたいのです。
・・・とはいえ、まだ劇場に足を運ぶかどうか決めていません。チケット9000円っていうのも高いよな。う~ん、迷う。迷う理由なんてないはずなのに迷う。チケット代なんて言い訳に過ぎないのにな。