あんまり更新しないのもナンなので、一応更新しておきますが、特に書くこともないのでした。否定的な言葉ばかりが浮かんできてしまう。でもぼくは、せめて今日くらいはそういう言葉を書きたくないと思いました。せめて今日くらいは。だからぼくは、始まりの台詞をここに載せる。
「歌えよ。知ってる曲だからさ」
ぽつりぽつりと喜ばしいイメージが湧いてくる。
自分にもとうとう故郷ができたんだなってこと。東京に住んでいるときから既に東京は故郷でしたが、モスクワに来てみて初めて、それは本当の意味で故郷になりました。
「歌えよ。知ってる曲だからさ」
もちろん、これは映画の始まりの台詞ではないし、物語が始まる台詞でもない。でも今日は、この台詞がぼくにとっての始まりの台詞だ。・・・いや、ごめん、自分でもたぶん来月読み返せば意味がさっぱり分からないと思う。けれど、それでもいい。今という時間を乗り越えるために、ぼくはこの台詞を選んだのだから。そしてこの台詞から、肯定的な思想が生まれたのだから、やはりこれは始まりの台詞なのだ。
「歌えよ。知ってる曲だからさ」
ぽつりぽつりと喜ばしいイメージが湧いてくる。
自分にもとうとう故郷ができたんだなってこと。東京に住んでいるときから既に東京は故郷でしたが、モスクワに来てみて初めて、それは本当の意味で故郷になりました。
「歌えよ。知ってる曲だからさ」
もちろん、これは映画の始まりの台詞ではないし、物語が始まる台詞でもない。でも今日は、この台詞がぼくにとっての始まりの台詞だ。・・・いや、ごめん、自分でもたぶん来月読み返せば意味がさっぱり分からないと思う。けれど、それでもいい。今という時間を乗り越えるために、ぼくはこの台詞を選んだのだから。そしてこの台詞から、肯定的な思想が生まれたのだから、やはりこれは始まりの台詞なのだ。