認知症の早期診断 介護並びに回復と予防のシステム

アルツハイマー型認知症は、廃用症候群に属する老化・廃用型の生活習慣病なので、発病を予防でき、早期治療により治せるのです

アルツハイマー型認知症の発病原因から見る意識の枠組み(その3 B-12)

2014-06-15 | 意識的な行為と脳の働き

    死すべきか 永らうべきか 自我意識

     人間のみが 選択をする (12)  By kinukototadao 

 

○ 「意識の座」の機能部位とその機能(「七つ道具」)の枠組み

私たちが考える「意識の座」とは、その活動により「意識状態」という能動的及び動態的で且つ状態的な認知を生み出す機能部位であり、機能要素として以下の7つの要素を備える「前頭葉」の中枢部位を構成している機能部位(具体的には、「前頭前野」)であると考えているのです。「意識の座」は、「前頭葉」(前頭前野のことを言うものとする。以下、同じ)の三本柱の機能と私たちが名付ける「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能に下支えられながら並びに「前頭葉」の「評価の物差し」と私たちが名付ける評価機能と協働して、更には「左脳」、「右脳」、「運動の脳」及び「記憶の倉庫」など外部の下部機構とも協働し及びそれらをコントロールしながら、「意識的に何かのテーマを実行する」世界を構成し及び支配している「前頭葉の中枢機能部位」だと考えるのです。

① 状況を理解し及び判断する能力としての機能が備わっていること

② 状況判断に基づいて、その判断に沿った「テーマ」を発想し、或いは複数のテーマの中から特定のテーマを主題として選択できる能力としての機能が備わっていること

③ 選択された 個別テーマ毎にそのテーマの実行内容を計画し、ケース・シミュレーションし、最終内容を選択し、その態様を含む実行の方法を組み立てる能力並びに計画、組み立て、選択及び統合するその過程で左脳、右脳及び運動の脳など外部の下部機構と協働し及びそれらを統合する能力としての機能が備わっていること

④  状況の変化が起きたと判断した時は、①~③についてその変化に対応する必要なやり直しを実行できる(修正することができる)能力としての機能が備わっていること

⑤  同時進行しながら並立して存在する複数の個別テーマを認識し、その目的を理解し、内容を把握し、進行状況を監視し、管理し及びコントロールする能力としての機能が備わっていること

⑥複数のテーマを同時に並行して把握し、監視し、処理し、状況の変化に応じてメインテーマの対象を別のものに変更する能力としての機能が備わっていること

➆各個別のテーマ及びその全体の進捗状況の把握及び管理並びに状況の変化に応じて全体を調整し、修正し、統合する能力としての機能が備わっていること

上述する7つの機能を備えていて、意識的に何かをしようとするとき、自分の置かれている状況を判断して、テーマとその内容を企画し、その実行の結果をシミュレーションした上で、どのような内容の行為をどのようにして実行するのかを最終的に選択し、実行の意思決定をし及び全体を統合している機能部位が、脳の最高中枢機能部位である「意識の座」だと考えるのです。

        

 ○ 「睡眠」とサーカディアン・リズムを獲得したその目的とは 

「意識の座」の活動により「意識状態」という能動的及び動態的で且つ状態的な認知が生み出されるとしつつ、そもそも人の生体では「意識の座」を含む「前頭葉」の中枢機能部位は活動する状態に在るのが本来的な機能としてのメカニズムとなっていて、「至上命題」である生存の確保という条件から、その活動が「睡眠」というメカニズムにより一時的に抑制され、或いは休止状態に入るという考え方を提案したいのです。

覚醒により継続的に高度に顕在化した「意識状態」を生じさせていた「意識の座」の活動が、一方で「睡眠」のメカニズムという調節機能が働くことにより潜在的な活動状態に入っていくことにより脳を休ませ(まどろみの状態に在って「意識状態」は生じているが覚醒していない段階を経て)、他方で「睡眠」から覚醒することによって再び高度に顕在化され覚醒した「意識状態」を生じさせる活動状態に入っていくというのが、サーカディアン・リズムのメカニズムの機能目的ではないかと考えるのです。

脳の中に組み込まれているそのメカニズムは、弱者であった人間の祖先が進化の過程で「生存を確保」するために不可欠の条件として獲得したものなのではないかと考えるのです。弱者である哺乳動物、特に身体自体も小さな草食系の哺乳動物が、「睡眠」の時間を極端に短くしていたり、例えば身体の大きな牛でさえ、立ったままで眠るというのも、同じ目的から獲得した似たようなメカニズムなのではないかと考えるのです。野生の動物を動物園で飼育していると、睡眠時間が長くなるというのも、私たちの考えを支持してくれているのではないでしょうか。

     

 私たちは、所謂「意識」とは、「意識状態」という状態的な性質を有する認知(以下、「認知状態」という)であると考えているのです。従って、「意識が有るのか無いのか」ではなくて、「意識状態に在るのか無いのか」というのが正しい視点だと考えるのです。更には「意識の座」の活動により生じてくる「意識状態」は、潜在的な「認知状態」又は顕在的な「認知状態」として人の生体には常に存在していて、「睡眠」により「意識の座」という脳機能が活動を抑制され或いは休止する間だけ、深くは休眠状態から浅くは夢を見る状態までの範囲で「意識状態」の覚醒が無いか又は「意識状態」の覚醒度が低く抑えられている状態に在るのではないかと考えるのです。

「睡眠」の抑制効果により「意識の座」の活動は、ノンレム「睡眠」とレム「睡眠」とを交互に繰り返すリズムの下で、「意識の座」の機能の休息を確保していて、最後のサイクルではノンレム「睡眠」からレム「睡眠」へとリズムを経由することで次第に「意識状態」の覚醒の度合いを高めていき、最終的に「睡眠」から完全に覚醒する時点で(覚醒することにより)高度に覚醒された「意識状態」という認知状態のレベル(「意識の座」の働き具合の程度)を獲得しているのではないかと考えるのです。                                       

言い換えると、「睡眠」から目覚めてくるのに従って、それまで抑制されていた「意識の座」の活動が次第に活性化してくるのに伴い「意識状態」の覚醒度が高まっていき高度な思考や活動が行えるようになる状態が確保されていくというメカニズムが「サーカディアン・リズム」というメカニズムの機能目的の中に存在しているのではないかと考えるのです。「睡眠」状態からの解放に伴う覚醒によって潜在的な機能レベルにあった「意識の座」の活動が顕在化してくること及びそれにつれて、「意識状態」の覚醒度も同時進行的に高まってくると考えるのです。更には、その「意識状態」の覚醒度を下支えする機能が「前頭葉」の三本柱の機能と私たちが名付ける「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能であり、「意識状態」の覚醒度も前回のこのブログで説明した「意識状態」の覚醒の判定基準にみるように、様々な段階があると考えるのです。

      

従って、世の中で所謂「無意識」とされている状態は、上述した「意識状態」が未だ覚醒していない状態の一部を占めていると考えるのです。その意味で、「無意識が全ての意識を支配している」とか「意識に先行する無意識が存在する」とかの議論は、この視点を欠いているが故の議論に過ぎないと考えるのです。

高度に覚醒されている状態下ではフル回転状態に在る脳、特に「意識の座」の活動を休止させるために、「睡眠」という仕組みがサーカディアン・リズムの下に組み込まれている。更には、そのことを確かなものにするために様々な神経伝達物質やホルモンを放出し、或いは分泌する機能機構が確保されている。そうした視点から私たちは、例えばレム睡眠時のように、「意識の座」による活動が抑制されている潜在的な認知状態であっても、「意識状態」は極めて低いレベルながらも創出されていると考えるのです。更に、「意識状態」が顕在化し覚醒されているレベルであっても、「前頭葉」の三本柱の機能の活性化の程度により覚醒度が高くもなり、或いは低くもなると考えるのです。

    

 ○ 「睡眠」のメカニズムとその意味についての雑考

 (私たちは「睡眠」のメカニズムについては門外漢なのですが)種の保存を最優先とした動物の進化の過程を考えてみるとき、種の保存という視点から天敵から生き延びる上で不可欠なのは、十分な「睡眠」をとることではなくて、究極的には24時間常に目覚めていることだと思うのです。しかしながら、「睡眠」を全くとらないと最終的には死んでしまうことになるので、必要最少限度の「睡眠」をとるメカニズムが確立されてきたのではないかと推測するのです。それが、生存の確保を最優先にし、且つ「覚醒」と「睡眠」との最適条件を得るためのメカニズムとしてのサーカディアン・リズムというメカニズムではないかと考えるのです。単に「睡眠」と「覚醒」との繰り返しをコントロールするというのではなくて、(「睡眠」中も、レム「睡眠」とノンレム「睡眠」とを繰り返している)という辺りが、極めてよく工夫されているシステムだと感心させられるのです。あの「忍者ダコ」が天敵から我が身を守るために天敵の天敵に姿や形を七変化させる技を進化の過程で獲得したように、人間もこのサーカディアン・リズムという技を獲得したのではないかと想像を膨らませるのです。

  種の保存というか、天敵から死を逃れる為の出来るだけ有効な手段としては、最低限2つの条件を充足していることが必要となります。1つ目の条件としては、「睡眠」とそれからの「覚醒」とがきちんとしたサイクルの下にコントロールされていること。2つ目の条件としては、より短時間で深い眠りにつくと共に、「睡眠」から出来るだけすばやく、且つきちんと「覚醒」できることがコントロールされていること。一方で「睡眠」は脳の活動の休止として不可欠のものであり、他方で「睡眠」から目覚めて「脳が活動」する時間帯では、食料を見つけたり天敵から我が身と家族とを守ったりする上で、複数のテーマを同時に並行して、且つきちんと処理出来るだけの「意識状態」のより高い「覚醒」が求められることになります。そうした目的を達成するシステムとして、「サーカディアン・リズム」(概日リズム)というシステムは進化の過程で私達人間が獲得した極めて有効なシステムなのではないかと、忍者ダコに或る種共感を覚えつつ考えるのです。

        

○ 「意識状態」の抑制と覚醒のメカニズム

「意識の座」の活動により生じる「意識状態」は、その活動のレベルが一定レベル以下である状態の下では「潜在的な認知状態」として、或いはその活動のレベルが一定レベル以上である状態の下では「顕在的な認知状態」として(「意識状態」が覚醒レベルにはない覚醒度が低い状態及び覚醒レベルにあって覚醒度が高い状態からなる)存在していると私たちは考えているのです。従って「意識状態」は、潜在的な認知状態である二つの段階、ノンレム「睡眠」時(「意識の座」の活動が「睡眠」効果により高度に抑制されて休止の状態に置かれている)及びレム「睡眠」時(「意識の座」の活動が「睡眠」効果により低く緩やかな抑制の状態に置かれているが、極めて低いレベルでの「意識状態」の覚醒が認められる)、或いは、顕在的な認知状態(「意識の座」の活動が「睡眠」の抑制から解放されて、高度に活性化されている状態。この状態下では、ドーパミンやノルアドレナリン等の神経伝達物質の分泌に伴う「前頭葉」の三本柱の機能の活性化の反射的効果により、「意識状態」の覚醒度が一定レベル以上に高くなっている)に区分されると考えているのです。

      

○ 「意識の座」に備わる人間に特有な「統合機能」

 「意識状態」を生み出す源である「意識の座」の機能は、自分の置かれている状況を判断し、その状況判断に基づいて目的となるテーマを発想し、テーマに沿った実行内容を計画し、テーマを実行するために必要となるケース・シミュレーションした上で最終的な実行内容を組み立て及び実行を決定するという機能を備えていて、「前頭葉」内部での情報のやり取り並びに「左脳」、「右脳」、「運動の脳」及び「記憶の倉庫」を含む「前頭葉」外部の機構との情報のやり取りをコントロールし、更には、それら全体の働きを統合し及び実行の指令を脳の各部に出す等、脳全体の「司令塔」としての役割を担っていると考えるのです。

       

○「意識状態」が覚醒した状態下での発現とその 「二段階」構造

言葉を話すときも或いは言葉を聞き取るときも、「左脳」だけでなく「右脳」も働いていて、運動するときだけでなく運動を認識するときも、或いは脳の中で運動をイメージするときも運動の脳が働いているのです。「評価の物差し」の機能部位を含む「意識の座」が核となって、下部機構である「記憶の倉庫」並びに「左脳」、「右脳」及び「運動の脳」との協働した働きにより、左脳がらみの言葉の表現も、右脳がらみの感情の表出も、運動の脳がらみの動作も全てが先行する「潜在的」な認知状態で形成され、且つ幾つかのケース・シミュレーションが行われて、その上で、「顕在化」した形での認知状態として各種の認知に基づく言葉や行為や行動の発現(例えば言葉の表出がなされ、感情の表出がなされ、動作を伴う運動行為)がなされるという「二段階」の発現構造(発現のシステム)になっているのではないかと考えるのです。

 「意識状態」の覚醒度が極めて低い「潜在的」な認知状態下で形成された認知が「意識状態」の覚醒度が極めて高い「顕在化」した認知状態として発現するまでのタイム・ラグが極めて短く瞬間的なものであるが故に現在開発されている機能レベルの機器ではその前段の「脳の活動による認知状態」が確認されていないだけなのではないかと考えるのです。その意味で私たちは、(「無意識」が全ての「意識」を支配している)という主張には与することができないのです。

       

○ 多重多層のテーマの進行をコントロールし、統合する「意識の座」の機能

「意識の座」の機能の発揮のレベルというか、発揮の度合いを考えるとき、「前頭葉」の三本柱の機能による下支え効果という視点が欠かせないのです。「前頭葉」の三本柱の機能は、「記憶の倉庫」及び「評価の物差し」並びに前頭葉の個別機能である各種の「認知機能」の認知度及び機能の発揮度、更には「意識状態」の覚醒度を左右し下支えする重要な役割を担っていると私たちは考えているからです。「前頭葉」の三本柱によるこの機能が働くことによって、多重多層の「意識状態」の併存が可能となり及び複数のテーマの併存が可能となっているのです。

前回のブログで例示したあの場面、私が、注意を僅かに分配して車を安全運転しながら、メインの注意は「意識」についての私見の第二弾(その2)の最終構成を頭の中で整理することに向けられつつ、更に脳の片隅では私の大好きなMariah CareyBGMを楽しみながら、もう温泉に入っているかのようなルンルン気分で車を運転し、更には、後になって「想起」することができない程の極めて低い認知状態(当該テーマに対し配分された「注意の分配力」が小さく、当該場面での思考と判断に関わる情報の「記銘度」が極めて低いことが原因なのです)の下で信号が赤だと停止するし、三叉路に出会っても正しい道をきちんと私の脳が選択できていたのも、このメカニズムが働いていたからこそなのです。

      

「意識」の構成を考えるというメインのテーマに対しては「注意の分配」機能による注意力が多く配分されていて当該テーマに対する「意識状態」の覚醒度が極めて高いのに対し、「車の運転」という小さなテーマに対しては「注意の分配」機能による注意力が僅かしか配分されていないので当該テーマに対する「意識状態」の覚醒度が極めて低いのです。複数存在するが「評価の物差し」に基づく評価が異なるテーマに対する注意分配機能の配分の仕方を、或いは関心や興味の変化、更には新たな発想による状況の変化に対応して注意分配機能の配分の仕方を、コントロールし、或いは統合する働きをしているのも「意識の座」なのです。

だからこそ、(信号が赤だと停止するし、三叉路に出会っても正しい道をきちんと私の脳が選択できていながらも)、その都度の状況を事務所に着いた後で全く想い出すことができないのです。それらのテーマに対しては、注意分配機能に基づく都度の注意力の配分が極めて少なく、「意識状態」も極めて低かったがために、当該テーマの記銘度が低くなり、その結果として想起することができなかったということなのです。意識というテーマに関わる情報の記憶は長期に保存する価値があり、信号の判断や三叉路の判断に関わる情報の記憶は短期に消滅しても構わないものと「海馬」が判断した訳ではないと私たちは考えるのです(ここを「クリック」してください)。

    

「前頭葉」の三本柱の機能である意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能の下支え効果が高まることにより上述した各種の個別認知機能の発揮度が高くなるし、「前頭葉」の三本柱の機能の下支え効果が低くなると上述した各種の個別認知機能の発揮度が低くなるという関係になっているのです。「アルツハイマー型認知症」の最初の段階、私たちの区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、この三本柱の機能が異常なレベルに衰えてきているため、「意識状態」の覚醒度が必要なレベルに高くならなくなったがための様々な症状(単なる老化現象ではなくて、認知症の症状)が発現してくるのです(ここを「クリック」してください)。

最近流行りの「軽度認知障害」という考え方を提唱し、主張し、或いは研究している人達は、「前頭葉」の機能、中でも、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の働きにもっと注意と関心を向ける必要があると言いたいのです。アミロイド・ベータとかタウ・蛋白とか脳の委縮とかにばかり目を向けていたのでは、何時まで経っても「アルツハイマー型認知症」の発病のメカニズムに肉薄することは出来ないことを指摘しておきたいのです。

       

私たちが意識的に何かの「テーマ」を発想し、その内容を組み立て、いくつかのケース・シミュレーションを経て、最終内容を決定し、それを実行しようとするとき、テーマを形成する要素が複雑で実行する条件が複雑で難しいものになればなるほど、「意識状態」の覚醒度が高くなることが不可欠の条件となり、それを下支えし可能にしているのが「前頭葉」の三本柱の機能なのです。

猶、詳細については後述するように、「前頭葉」の三本柱の機能には、加齢とともに機能が衰えていくという内因性の「正常老化の性質」があることに留意する必要があります(この性質は、極めて多数の「脳機能データ」の解析により私たちが最初に発見したものなのです)。又、「前頭葉」の三本柱の機能の一角をなす「意欲」の機能は、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能の発揮度を左右し、下支えしていることにも注意が必要です。

       

○ 三頭立ての馬車の「御者」の役割を担う「前頭葉」の機能

ところで、意識的に何かの「テーマ」を実行するための行動を起こすには、先ずは、考えることが先決となります。何をどうするのかそのテーマを考えて(色々な可能性のテーマをシミュレーションして)、その考えたテーマの中からこれと思うものを選択して、その選択したテーマの実行計画を立てて、立てた計画のやり方を工夫しつつ行動に移す。それが、私たち人間だけが獲得した特権なのです。

ここで、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」の機能、「意識的な世界」を支配している「前頭葉」の働き方について概説しておきましょう。私達人間だけに備わる「前頭葉」の機能を中核として(わかりやすく表現すると、三頭建ての馬車の「御者」の役割)、私たち人間は、意識的に何かの「テーマ」を考え、その内容を計画し、いくつかのケース・シミュレーションを経て、個々人ごとに異なる「前頭葉」の「評価の物差し」に照らして、最終的な判断による決断をして、左脳や右脳や運動の脳に対し指令を出して実行しているのです。

最終的な判断或いは決断に至る過程では、様々なケース・シミュレーションが必要となるので、「前頭葉」の三本柱の機能(意欲、注意集中力および注意分配力)の中でも「注意分配力」の機能が働くことで、「主題」となっているテーマを保持しつつ同時に、いくつかの選択肢であるシミュレーションの対象となる「副題」に対しても注意を分配し関係する機能を発揮することができるのです。その場合、「注意の分配機能」の分配された度合いに応じて当該副題に対する「認知度」及び「意識度」が高くも低くもなるということなのです(「認知及び意識の多重及び多層構造」の問題)。

       

○ 「前頭葉」の三本柱の機能に潜む「正常老化」の性質

意識的に何かの「テーマ」を実行する場面では、自発性、観察、分析、考察、洞察、推理、理解、興味、関心、発想、企画、計画、創意、工夫、予見、シミュレーション、比較、修正、整理、機転、抑制、忍耐、感動及び判断等、「前頭葉」を構成している各種の高度な個別の認知機能を正常に発揮する上で、一定レベル以上での「認知度」が確保されていることが不可欠となるのです。認知度が一定レベル以下だと、「前頭葉」の各種認知機能自体が必要なレベルで発揮されなくなるのです。そうした「認知度」の高さ或いは低さを左右しているのが、意欲、注意の集中力及び注意の分配力という「三本柱」の機能なのです(「認知度」と「発揮度」とがともに、「三本柱」の機能レベルと「リンク」しているのです)。

 「前頭葉」を中核の機能として、左脳や右脳や運動の脳も参加して、脳全体で何をどのようにするかを決めるには(テーマを選択し、実行計画を立て、実行に移す)、先立って且つ常に、必要な機能レベルでの「意欲」の継続的な発揮が不可欠になるのです。様々な状況を考慮し、いくつものケースシミュレーションを経た上で、最終的な内容を決定し、実行に移すには、「注意の集中力」と「注意の分配力」の機能の発揮も必要になるのです。上述のようにその「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の機能は、脳全体の司令塔としての「前頭葉」と言う脳の一角を担っている「意識の座」及び「評価の物差し」の機能に並ぶ三本目の矢としての機能と言えるのです。 

       

○ 記銘度が仕分ける短期記憶と長期記憶の区分

 短期記憶と長期記憶とを区分けているのは、世の中の識者たちが言うような「海馬」にその選択基準と選択の機能とが備わっているからではないと私たちは考えているのです。私たちが集積してきた「脳機能データ」の解析によると、記銘するときの記銘度が高い情報が長く「保存」され、よく「想起」されるということなのです。例えば、自身が高い関心があるテーマ、強い興味を抱いているようなテーマ、或いは関連する記憶があるテーマ(強い恐怖心を覚えたことがあるテーマやとても辛く悲しい思い出や記憶があるテーマなど)の記銘に際しては、(関係するニューロン群の発火の頻度が高く、活動範囲も広くなるのではないかと想像するのですが)「前頭葉」の三本柱の機能である、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能が高度に働くためにその情報の「記銘度」がとても高くなり、その結果として長い期間保存され、時間が経過してもよく想起されることになると私たちは考えているのです(ここを「クリック」してください)。

 私がTadの事務所に向かう途中で体験した、「信号の色の変化に対する認識と判断」や「三叉路での正しい道の選択」の状況を事務所についた後に全く覚えていなかった(想い出せなかった)という前述の例示のことを思い出してください。皆さんにも似たような体験は日常茶飯事だと思うのです。

    

○  「意識の座」の定義構築への挑戦とその動機

ダイニングテーブルを挟んで夫のTadと昼食をとりながら、私の「前頭葉」は、同時に内容が異なる3つの「テーマ」に関心を向けていたのです。1つ目のテーマは、目の先正面にあるテレビの画面で、南極大陸の地底深く氷の中に閉ざされた洞窟に棲む未知の微生物の活動を探っている研究者達の探検と探索の姿を追いかけ(脳の機能面からは、3頭の馬と協働している状態にある)、2つ目のテーマは、右目の右端の視野の先に入っていて私と同じテレビの画面を見ながら昼食をとっているTadの姿を追い(右脳と運動の脳の2頭の馬と協働している状態にある)、そして3つ目のテーマは、左目の左端の視野の先に入っていて柔らかい薄緑色の小さな若葉が伸びている最中でいくつもの枝が重なり合ったブーゲンビリアの細い枝に止まって餌をついばんでいる1羽の山雀(ヤマガラ)の姿を追っている(右脳と運動の脳と協働している状態にある)のです。

但し、目の前に居て餌をついばんでいるこの山雀の姿をどう捉えているのかということについて一言言及しておくと、私のそれとTadのそれとは全く異なるのです。それは、私たちの夫婦関係の在り様の問題でもなく、或いはその主張内容に対して私たちが根本的な疑義を抱く最近流行りの量子力学による意識の揺らぎのせいでもなくて、二人のそれぞれの「評価の物差し」(自分独自の物の見方、感じ方としての脳機能)の差異が原因なのだということを注意喚起しておきたいのです(ここを「クリック」してください)。

勿論のこと,私の味覚は、(時期的にはかなり遅いというか、時季外れなのですが)今日の早朝近くの竹林でTadが掘ってきてくれた、柔らかさの中にも歯ごたえのあるシャキシャキした筍の食感とフレッシュな若竹の香り(?!)と薄めでさっぱりとした醤油味とのハーモニーを十分に味わってもいたのです。私の「前頭葉」は、或るテーマについては左脳、右脳及び運動の脳の3頭の馬と協働しつつ、同時に或るテーマについては右脳という馬だけと協働し、更には、別のテーマについては運動の脳とだけ協働するという曲芸までやってのけるのです。

    

 脳が活性化する自分なりの「生活習慣」を日々それなりに楽しんで暮らしている私にとって、この程度のことなら齢66歳とはいえ、同時に追いかけて楽しむことが未だできるのです。その状況の中で、私の主たる「注意の分配力」の機能は(言い換えると、その時の関心は)、あるときはテレビの画面のほうに、ある時は山雀のほうに、そして稀には、Tadのほうに向けられていたのです。複数のテーマが同時に進行している状況では、その時もっとも「関心」があるテーマへと主たる注意を向けるように私の「注意の分配力」の機能は機能しているのです。関心の対象をこんな風に変えているのは、私の脳の中の誰なのか。この時私は、今まで世の中の(世界中の)誰一人として解明することができていないという、「意識」の定義の構築という特別に難解な「テーマ」に挑戦してみようと思い立ったのです。

 3回に分けて説明してきた「意識」という超難解な「テーマ」への私なりの考えに基づいたその定義の構築という挑戦を終わってみて、内容の稚拙さには、それなりに気恥ずかしさを感じているところなのですが、66歳というこの齢にしてこの「テーマ」に挑戦した意欲とその心意気とに対しては、それなりに拍手を送ってもいいのかなとも思うのです。

 次回からは、私の専門分野である「アルツハイマー型認知症」というテーマに戻ります。また、そこでお目にかかりましょう。

 最後まで読んでいただいて、有難うございました。謝 謝。

       

注)本著作物(このブログB-12に記載され表現された内容)に係る著作権は、(有)エイジングライフ研究所に帰属しています。

   エイジングライフ研究所のHPを「クリック」してください)

    脳機能からみた認知症(IEでないとうまく表示されません

    http://blog.goo.ne.jp/quantum_pianist

   http://blog.goo.ne.jp/kuru0214/e/d4801838dd9872301e0d491cd8900f1a

   

 

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