抜き足、差し足、忍び足 居眠る間に忍び寄る 脳の老化と認知症
問題は、「有識者会議」のメンバー全員が、アルツハイマー型認知症の発病原因については、世界的に通説の地位にある『アミロイドβ仮説』(アミロイドβという蛋白質が生成する『老人斑』が有する毒性により神経細胞の大量死を惹き起こすことが原因で、記憶障害を惹き起こすことに起因して「アルツハイマー型認知症」を発病すると主張する「仮説」)を支持していると考えられるのです。
(2) 会議をリードした権威が説明する内容、「アミロイドβ仮説を支持していて、『運動することや、家の外に出て行き、他人と交わることや、公民館での教育講座を受講することが発病を予防することになる』とする説明には、理解が不能というしかないのです(因果関係に無頓着)。
「4つの仮説」が想定するような原因で発病するのであれば、症状を治すことも発病を予防することも不可能なはずなのです。真実は、私たちが主張しているように、廃用症候群に属する老化・廃用型の生活習慣病であるが故に、早期診断により治せるし、症状の進行を抑制できるし、発病自体を予防することが出来るのです。
(3) アミロイドβ仮説、タウ蛋白仮説、更には、アセチルコリン仮説等の『3つの仮説』が提示されているだけなのです。それ等のどの「仮説」も、発病の原因と想定する内容と「アルツハイマー型認知症」の発病との間の因果関係(原因と結果の関係)を実証できていない、いわば、憶測の類でしかないのです(3つの仮説の全てが、末期段階に症状が進行していた高齢者の死後の脳の解剖所見を基礎に「原因を妄想」したもの、憶測と推測に基づいて主張内容を構想し構築しただけの内容で、裏付ける客観的な脳機能データさえも、存在しないものなのです)。
(1) 世界で最も権威があるとして信望されていて、主張内容に対して微塵も疑いがもたれていない米国精神医学会が策定した基準、『DSM-Ⅳ』の第一要件が確認を要求している『アルツハイマー型認知症は、「記憶障害」に起因して発病するとの設定なのですが、その設定条件自体が『重大な誤りである』ことも知らないで、権威が想定しただけの内容を正しいものと妄信し、追従して、「記憶障害」をもたらしそうな条件と憶測により想定しただけの原因要因を未だに追い求めているのです。『前頭葉』という脳機能も、『注意の分配力』の機能も備わっていない、齧歯類の「マウス」(ADマウスとて同じこと)や、マーモ・セット(やっとこさ、哺乳類)を研究の対象としているレベルなのです。
(3) 世界中の権威機関や専門家達とは異なり、別次元、私たち『二段階方式』は、私たち人間だけに特有な世界である『意識的な世界(目的的な世界)』を研究の対象にしていて、左脳、右脳および運動の脳という三頭の馬が牽引する三頭立ての馬車の『御者』、「意識」が覚醒した状態下における脳全体の司令塔の役割を担っている『前頭葉』(前頭前野の穹窿部に局在する複合機能体=「前頭葉の三本柱」の機能、「実行機能」、及び「価の物差し」の機能から構成される複合機能体を言う。以下、同じ)に的を絞り、「評価の物差し」の機能(意識の首座=自我)及び個別認知機能群(「実行機能」)並びに左脳、右脳及び運動の脳の働き具合(機能の発揮度)を左右し/下支えている機能である意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能(総称して、前頭葉の三本柱の機能と命名)就中、重層的且つ複層して存在している複数で多数の『意識』を構築し、統合し、分離し、統括し、コントロールする要となる機能であり、更に、異なる複数の「テーマ」を同時に並行して処理する上で不可欠の機能である『注意の分配力』の機能に焦点を定めて、『私たちが「意識的(目的的)」に何等かのテーマを発想し、実行しようとする際に起きてくる』様々な症状が発するメカニズム(発病の原因)の解明を主眼としてきたのです。
(4) 私たち独自の考え方と手技である『二段階方式』の主張は、北海道から九州に跨る全国的規模、452の市町村で、『アルツハイマー型認知症の早期診断による回復及び発病の予防を明確な目的とした住民参加型の地域予防活動』という先駆的な活動の実践指導により、主張内容が正しいことが、疫学的方法により実証されてきているのです(世界初)。
(5)『前頭葉』の機能レベルを精緻に判定できるのは、私たち二段階方式の『改訂版かなひろいテスト』しか存在していないのです。MMSEでは無理なのです(MRIやPET等の高額の機器を使用していても、医療機関には、小ボケ及び中ボケを精緻に判定する能力が無いのです。本当の意味での早期の段階である小ボケ及び中ボケを見落としている)。『アルツハイマー型認知症』を研究している学者達も、診断の専門医達も、意識的に何かを実行する世界を構築し、管理し、統括し、コントロールしている要の機能である『注意の分配力』の機能について余りにも無知に過ぎるのです。「デュアル・タスク」等の言葉を使用して、分かったような発言をしていても、実際には、殆ど何も分かっていないのです。
※ 車や人が往来する道路で車を運転するだけでも、5つを超える異なるテーマを同時に並行して処理することが要求されているのです。然も、車との離合や歩行者の往来、信号や景色や状況の変化等に即応し、ハンドルを切ったり、ブレーキを踏んだり、アクセルを吹かしたりといったスピードの調整について、或る時は、咄嗟に、3つ以上の複数の異なるテーマを、同時に並行して処理し、判断し、適切に対応することが要求されるのです。
(7) こうした状況及びその様々な変化に対し、適切に対応するには、『前頭葉』の機能が正常なレベルに在ること、就中、「実行機能」を駆使する要の機能である『注意の分配力』の機能が正常な機能レベルに在ることが不可欠の条件となるのです。『前頭葉を含む脳全体の機能レベル』から要求される、こうした問題点について、専門家とされる人達が何も分かっていないのです。
(8) アルツハイマー型認知症の専門家と言うと、世界中を見渡せば、星の数程もいるのです。とはいえ、『アルツハイマー型認知症』の発病の原因について、実証できていて、科学的で、客観的な脳機能データの裏付けを持っているのは、我が国だけでなくて、世界中を見渡してみても、私たち『二段階方式』(Kinuko とTadの二人だけのエイジングライフ研究所)の主張内容だけなのです。他は、全てが仮説であり憶測の類でしかないのです。
(3)『脳のリハビリ』の実施という方法により、『治す』/「症状の進行を抑制する」ことが可能な本当の意味での早期の段階(私たちの区分で言う、「小ボケ」及び「中ボケ」の段階)で発病を見つけるには、脳全体の司令塔の役割を担っている『前頭葉』の機能レベル(正常なレベルから、異常なレベルまで)を精緻に判定することが出来る『手技』の使用が不可欠となるのです。
※1 手足の機能である脳の後半領域の機能(左脳及び右脳)については、MMSE(MMS)という世界的に活用されている神経心理機能テストが存在している。他方脳全体の司令塔の役割を担っている『前頭葉』の機能については、私たちが独自に開発した神経心理機能テストである「改訂版かなひろいテスト」しか存在していないのです。
※2「改訂版かなひろいテスト」は、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能レベルを、個別に及び総合して判定することが出来るのです。私たち「二段階方式」の考え方は、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能が、『 前頭葉』 の「評価の物差し」の機能及び個別認知機能群(「実行機能」)の機能レベルを左右し/下支えているとする機能構造(機能発揮上の二重構造の存在)の発見と理解が評価及び判定の基礎となっています。
(4)『機能発揮上の二重構造の存在』に気づいたからこそ、『前頭葉』(「評価の物差し」に因る評価、関心、注意、観方に基づいて、「注意の分配力」の機能が「実行機能」を行使する先行的なメタ認知に連動し、随伴する形での「実体験認知」が行われる複合機構体)の機能レベルを精緻に判定することが出来る「手技」である『改訂版かなひろいテスト』の開発に成功することが出来たのです。
※ 今回は、あなた独自の『意識的な世界』の彩を決定している脳機能である『評価の物差し』について説明したいと思うのです。「評価の物差し」と意識的な世界との関わり方についての、私たち独自の考え方を提示したいと考えるのです。何故なら、この『評価の物差し』の働きなしには、意識的な世界における、あなた特有の認知は起きてこないのですから。
(5) 私たちの『意識的な世界』(意識的に何かのテーマを発想し、実行に移す世界)は、左脳、右脳及び運動の脳という三頭の馬が牽引する三頭立ての馬車を運行していく世界と言えば、分かりやすいでしょう。御者が居眠りしていたり、眠り込んでいたら、馬車の適切な運航は困難となるでしょう。脳全体の司令塔の役割を担っている『前頭葉』の機能が、異常なレベルにまで機能低下が進行してきたら、意識的な世界(目的的な世界)は、様々な程度及び態様に因る支障が出てくる、『アルツハイマー型認知症』の発病の世界が発現してくることになるのです。
(6)『アルツハイマー型認知症を発病するか/しないか』を区分ける真の要因は、アミロイドβの蓄積(老人斑の数)でもないし、記憶障害の有無や程度でもないのです。『アルツハイマー型認知症を発病するか/しないか』を区分ける真の要因、唯一の条件は、『仕事とは無縁となる第二の人生を送る上での、「脳の使い方としての生活習慣」の在り様、「生き方」が問われることになる』ことが条件、脳の機能面から説明すると、『前頭葉が活性化している日々の暮らし方の継続』が、『発病を予防する(発病時期を先送りする)唯一の条件』となるのです。
※ CTやMRIやPETまで持ち出し、高額な診察費を稼ぎながら、末期の段階で発病を見つけているだけの、「発病のレッテル貼り」の診断、末期の段階にしか目がいかなくて「ボケても安心な社会の構築」が目標とされているのが現状なのです。
(2) 川上対策であり、最も有効である『発病の予防対策』を棚上げにして(政府大綱の第一条で、発病の予防は将来的な検討課題と規定している)、新規発病者数が増加の一途を辿っていて、何等の有効な対策が為され無い儘に症状が進行して、末期の段階(大ボケ)の高齢者達が溢れてきた結果、「介護保険制度」が財政面から破綻しそうな状況が放置された儘なのです。
(3) 私たちが規定する『二つの要因』、1つ目は、『加齢』に起因した正常老化の進行という要因、2つ目は別の要因である『第二の人生を送る上で日々展開され、継続されていく脳の使い方としての生活習慣』、ナイナイ尽くしの単調な「生活習慣の継続」という要因、『異なるこの二つの要因が同時に存在し、充足される』ことに因り、その『相剰効果』に因って、『前頭葉を含む脳全体の機能』が、廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させていくことが唯一の原因となり、「アルツハイマー型認知症」を発病し、更には、症状が進行していくことになるのです(疫学的に実証済み)。アミロイドベータの蓄積も、タウ蛋白の蓄積も、アセチルコリンの不足も、「アルツハイマー型認知症」の発病原因とは無関係であり、発病との間には、「因果関係」が存在していないのです。
(4)『アルツハイマー型認知症』の初期(最初)の段階であり、私達の区分で言う「軽度認知症」(小ボケ)の段階は、左脳と右脳と運動の脳は未だ正常な機能レベルに在るのですが、脳全体の司令塔の役割を担っている「前頭葉」の働きだけが異常なレベルに衰えてきているのです。ナイナイ尽くしの単調な生活習慣が継続している中で、廃用性の加速度的で異常な機能低下が進行してきた「前頭葉の三本柱」の機能が、就中、その中でも核心をなす『注意分配力』の機能が、必要十分な機能レベルでの発揮が出来なくなってきていることの反映が、機能発揮上の二重構造により「評価の物差し」及び「実行機能」の機能発揮にも反映されていているのが、「小ボケ」の段階の特徴です(「中ボケ」以降は、左脳と右脳と運動の脳も異常なレベルに機能低下が進行してきて、そのことが症状に反映されてくるのです)。
(1) 発病及び症状が進行していく核心的な要因は、仮説が主張する「記憶障害」ではなくて『前頭葉』の機能障害なのです。
私たちが前頭葉の三本柱の機能と名付けている意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能が、一つには、『加齢』に起因した老化の進行による機能低下の進行により、もう一つは、ナイナイ尽くしの単調な『生活習慣』の継続に起因した廃用性の異常な機能低下の進行により、異なる二つの要因が同時に存在するその相剰効果に因り、機能発揮上の二重構造の関係にある前頭葉の『評価の物差し』及び『実行機能』が廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させていくこと(中ボケの段階からは、左脳、右脳及び運動の脳の機能低下の進行が加わることに注意)の直接の反映としての「アルツハイマー型認知症」の症状(『前頭葉』を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした症状)が、三段階(「小ボケ」、「中ボケ」及び「大ボケ」)に区分される「類型的な症状」として発現してくるのが、『アルツハイマー型認知症』の特徴なのです。
(2) 前頭葉の三本柱の機能が異常な機能レベルに衰えてきたこと及びその更なる進行の反映が、評価の物差し及び実行機能(中ボケ以降は、左脳、右脳、運動の脳が、且つ、その順番に)の発揮度に直接的に反映されて(機能発揮上の二重構造の反映)、複合機能体である『前頭葉』の機能レベル並びに左脳、右脳及び運動の脳の機能レベルに反映されるのです。前頭葉の三本柱の機能の機能レベルに厳密にリンクしたものとしての評価の物差し及び実行機能の発揮度が、状況の分析、理解、判断、テーマの発想や、実行の計画や、実行結果の洞察やケース・シミュレーションや、機転や感動や抑制或いは決断といった、個別認知機能の「発揮度」に直接影響する為に、対象となる情報の認知並びに記銘、保持及び想起、更には、処理の面でも、機能の発揮が不的確で不十分であった「小ボケ」の段階を出発点に、「中ボケ」の段階を経由し、殆ど働かないことの反映として、末期の段階である「大ボケ」の段階の症状が発現してくることになるです。
(3)『前頭葉』を含む脳全体の機能レベルに厳密にリンクした/反映としての三段階に区分される様々な症状が、最初に社会生活の面(小ボケ:回復させることが容易)に、次いで家庭生活の面(中ボケ:回復させることが未だ可能)に、最後にセルフケアの面(大ボケ:回復させることは、最早困難)における症状の段階的な発現を特徴としていて、思考、言動或いは行動の面に徐々に緩やかな進行という形で現れてくるのが「アルツハイマー型認知症」の症状の特徴なのです。
&5 脳全体の司令塔としての「前頭葉」の諸機能とその役割
(1) 額のところにある『前頭葉』(前頭前野に局在する複合機能合体)は、脳の最高次の機能です。運動の脳、左脳及び右脳を統括し、「脳全体の司令塔の役割」を担っています。
(2) 私達人間だけに特有な意識的な(自由で選択的な)意思や思考や行為や言動や行動の世界では、「左脳」が「デジタルな情報」の処理を専任的に行なうときも、「右脳」が「アナログな情報」の処理を専任的に行なうときも、「運動の脳」が「身体」を専任的に動かすときも、三頭立ての馬車の『御者』の役割をしている『評価の物差し』の機能による把握と評価と選択なしには、勝手には動けない仕組みになっているのです。
(3) 三頭の馬の、どれかが動こうとする際は、必ず事前に、司令塔である『評価の物差し(ホムンクルス=脳の中のもう一人の私)」による把握と評価と選択とが為されているのです(例えば、「右脳」の働きにより、樹上から下方に向かって、滝が流れ落ちるように、真っ盛りに咲いている眼前のブーゲンビリアの樹の風情を、あなた特有の切り取り方としての色や形で、あなた特有に感得するに際しても、『評価の物差し』が被った状態としての右脳の機能発揮でしかないのです)。
(4)『評価の物差し』の機能が最初に、且つ、最優先に働くという「傘の機能」の下、『評価の物差し』の機能による評価、関心、注意、観方に従い、『注意の分配力の機能』が『実行機能』を行使することに因り、「意識的な世界」(目的的な世界)での、人間の脳が働くメカニズムなのです。
※ 時間の経過を感じるにも、眼前の花の色の鮮やかさを感得するにも、相手が発する言葉や表情や態度から内に抱いている本心を窺い知るにも、それらのクオリアを感じ取るにも、『評価の物差し』の機能が核心の機能であり、不可欠の役割を担って、果たしているのです。彼と我の存在を区分けている最も核心的な要因であり、機能でもあるのです。
但し、『意識的な世界』には、意識に覚醒されてはいなくても脳機能としては選択的に働いている世界が存在することを注意喚起しておきたいのです。睡眠中に夢を見ている場合に代表される世界、一定の機能レベルにはあるが、意識の覚醒度が低い状態にある世界、即ち、「前頭葉」を含む脳全体の選択的な機能状態が存在しているのです(「無意識」ではないのです。意識について、意識の覚醒の度合い=覚醒度という視点を持たないが為に見落とされている世界が有るのです)。
(5) 気に懸かっている『心配事』が、何時もあなたの心を大きく占めている状態下で、そのとき手に持っていた「スマホ」を、その時目についた場所に置くのです。これは、その時、そのテーマ(スマホを目についた場所に置く)自体は、選択的で意識的な行為なのです。心配事に注意の分配量の大半が注がれていて、そのテーマに配分されていた注意の分配量が少なかった為に、記銘度が極めて低くなり、後で想起することが出来ない(どこにスマホを置いたのかが思い出せない)だけのことなのです。屡々、『無意識に・・・した』という言葉が乱用されるのですが、そのメカニズムは上述した通りであり、「無意識」が支配しての行為ではないのです。
(6)「前頭葉」の三本柱の機能である意欲、注意の集中力及び注意の分配力の機能の顕在的な発揮度を意識的に次第に下げて行くとき、(「前頭葉」の機能の発揮度と意識との関わりを調べていけばいく程)意識的な世界でありながら専門家とされる人達から「無意識」の世界と混同されている世界があることに私たちは気付いているのです。思考、行為、言動、或いは行動のいずれであるかを問わず、それ等を一定のレベルで行うには、「意識」が一定レベル以上の度合いで覚醒されていることが不可欠であり、その意識の覚醒の度合いは、意欲、注意の集中力及び注意の分配力の働き具合に左右されていると考えているのです。
(7) 肝心要の「前頭葉の三本柱」の機能には内在的な性質としての加齢に起因した機能の老化(「正常老化の性質」)が存在していることを私たちが「二段階方式」の手技を活用して集積してきた極めて多数の「脳機能データ」が証明していて、『アルツハイマー型認知症』を発病する対象が60歳を超える年齢の「高齢者」だけに限られることともリンクしているのです。
(8)「脳の機能の顕在的な発揮度とその機能の潜在的な機能レベル」という視点から言えば、「アルツハイマー型認知症」の最初の段階である「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、「左脳」も「右脳」も「運動の脳」も潜在的な機能レベル自体は未だ正常なレベルにあるのです。三頭の馬はどれも未だ正常なレベルにあって、脳全体の司令塔の役割を担っていて「三頭建ての馬車」の御者である「前頭葉」の潜在的な機能レベルとしての働き具合だけが「異常なレベル」に衰えてきている状態なのです。その為、『前頭葉』の機能の中で最も基礎的で且つ重要な働きであり、分析、理解、発想、計画、創意、工夫、洞察、推理等「前頭葉」の各個別認知機能による「認知度」及び「発揮度」を左右し/下支えている「三本柱」の機能である「意欲」、「注意の集中力」及び『注意の分配力』の機能の潜在的な機能レベル自体が異常なレベルに衰えてきている為に、様々な場面で、状況や目的に即しては(又は、状況や目的に十分には)「前頭葉」の各種個別認知機能を十分には発揮できなくなっているが故の「本当の意味でのアルツハイマー型認知症の初期症状」が発現してくることになると考えているのです。御者(前頭葉)の機能障害だけに起因した症状の発現という『極く初期の段階が存在する』のです。
(1)『第二の人生』を送っている60歳を超える年齢の「高齢者」(私たちが発見し、「正常老化の性質」と名付ける加齢に因る脳の老化が進行しているお年寄りであり、私たちが規定する発病の「第一の要件」)が、何等かを「キッカケ」として、立ち上がり/這い上がっていこうとする『意欲』を喪失してしまい、ナイナイ尽くしの「単調な生活習慣」を日々継続させる中で(私たちが規定する発病の「第二の要件」)、私たちが発見し、機能発揮上の二重構造と呼ぶ関係の機能であり、実行機能の機能の発揮度を左右し/下支えている機能である「前頭葉」の三本柱の機能である「意欲」、「注意の集中力」及び「注意の分配力」の潜在的な機能が、廃用性の加速度的で異常な機能低下を進行させていくその反映として『評価の物差し』及び『実行機能』の潜在的な機能が機能低下を進行させていくことが、「アルツハイマー型認知症」の発病及び症状の重症化を進行させていく上で(際し)の唯一で核心的な原因なのです。このメカニズムの存在は、二段階方式の手技を活用して集積した14689例にも及ぶ膨大で精緻な『脳機能データ』が証明しているのです(世界初で、私たち「二段階方式」独自の発見なのです)。
(2) 一つのデータは、『前頭葉』の機能が最初に異常なレベルに衰えていき、次いで、左脳、右脳、運動の脳という順番に異常なレベルに衰えていくという、衰えが進行していく厳密な順番が存在していること及びもう一つ別のデータは、MMSEテストを実施し発病者であることが確認された人たち(小ボケ、中ボケ、大ボケの全ての段階のお年寄りを含む14689例に及ぶ脳機能データの解析結果)の場合は、且つその場合に限り、MMSEの下位項目について出来なくなっていく厳密な順番である『MMSE下位項目の困難度』を示す客観的な「脳機能データ」が存在していること。その順番は、項目困難度が高い方から、想起、注意と計算、時の見当識、所の見当識、三段階口頭命令、図形の模写、文を書く、記銘、書字命令、復唱、命名となるのです(「アミロイドβ仮説」では、この順番を説明できない)。
(3)「アルツハイマー型認知症」の最初の段階である「軽度認知症」(小ボケ)の段階では、『前頭葉の機能障害』に起因した症状しか発現が確認されないのです。
自分が置かれている状況の分析と理解と判断も的確には/不十分にしか出来なくなるのです。自発的な発想も工夫も計画も出来なくなってくるのです。何をどうするのかという「テーマの発想と実行の計画や工夫」が、出来なくなってくるのです。
テーマを実行する上で不可欠である実行の態様や程度、自分が置かれている状況や相手との関係などのシミュレーションも、不十分にしか出来なくなります。その上、最終的な選択と決断も足元が揺らいでくるのです(何事に対しても他人を頼る『指示待ち人』が、『小ボケ』の段階の「お年寄り」の特徴となるのです)。
(4) 意識的に(目的的に)、何かの「テーマ」を発想し、実行を計画し、決断する上で必要不可欠の働きをしている「意欲」が不十分にしか発揮できなくなってしまうのです。何かの「テーマ」に取り掛かってみても、「注意の集中力」が続かなくて、「あれも遣り掛けこれも遣り掛け」という風に、中途半端になってしまうのです。『注意の分配力』が十分には働かないので、頭の回転が鈍くなってしまい、かつてのように『テキパキと用事を処理することができない』し、発想が湧いてこないので、『毎日をボンヤリと過ごして、居眠りばかりするようになる』のです。臨機応変とか機転が利くとかとは無縁の人となり、「あーしたらどうなるか、こうしたらどうなるか」と言った脳の使い方、『注意の分配力』の機能の出番が極端に少ない毎日を送る「生活習慣」が、日々繰り返されていくのです。最初の「小ボケ」の段階で、『これまでの本人を特徴づけていた「その人らしさ」が、日々の暮らし方の中から、消えて行ってしまう』のです。
(5) その人らしい、物の見方、感じ方、捉え方、考え方、或いはそれらの表出の程度及び態様を決定する「前頭葉」の評価機能である行動指針(「評価の物差し」)の反映としての生活態度が変化してしまうのです。『元は、こんな人では、なかった』と周りから言われるようにもなるのです。此処で注意すべきは、『そうした変化は、「評価の物差し」の基準内容自体が変化した訳ではないということなのです』。評価の物差しの働き方(機能の発揮の度合い)が変化したに過ぎないのです。
(6) 他人に対する言動や対応の仕方を含めて、あたかも「人柄の本質」自体が変わったかのような「特徴的な症状」を示してくるのですが、それは、「前頭葉」の三本柱の機能である意欲、注意の集中力及び注意の分配力の潜在的な機能レベル自体が、異常なレベルに衰えてきていることが直接の原因となり、「前頭葉」の『評価の物差し』としての顕在的な機能の発揮度が異常なレベルに低下していることを反映した認知症の症状なのです。『前頭葉の三本柱』の機能の潜在的な機能自体が異常なレベルに衰えているので、『その反映』として、日常の生活面での『前頭葉』の顕在的な発揮度それ自体が異常なものとなり、そのことが、『アルツハイマー型認知症』発病としての「初期症状」として発現することになるのです。
(7) 世界中の認知症研究の専門家達は、DSM4の第二要件が発病と診断する上で確認が必須と規定している症状、極めて重度の症状である失語、失認、失行(紛い)の症状が初期症状であると誤解している為に、本当の意味での早期の段階、私たちの区分で言う小ボケ及び中ボケの段階(両者ともに、脳のリハビリの実施により治すことが可能な段階なのです)を見落としているのです。重大な誤りである「DSM-4」の規定内容を妄信し、失語や失認や失行の(紛いの)症状が確認されて初めて発病と診断(誤解に基づく誤診)している為に、(脳のリハビリにより、最早治すことが出来ない段階)末期の段階である「大ボケ」の段階で初めて発病と診断していて、『アルツハイマー型認知症は、治すことが出来ないもの』と誤解しているのです。
&7(Tadが提示する『評価の物差し(意識の首座=自我)』の機能とは)
(2) なお、ここで私たちが言う『評価の物差し』とは、自分独自の物の切り取り方、見方、感じ方、受け止め方、考え方、或いは、それらの表出の程度及び態様を決定する評価、注意、関心、観察、感受、表現、表出、思考、言動及び行動指針のことを言います。言い換えると、意識的に何かの「テーマ」を実行していく上での、置かれている状況の分析、理解、判断、状況の判断に沿ったテーマの発想、テーマの実行内容の企画と計画、計画内容の実行結果についてのシミュレーション、或いは、計画内容の実行の仕方及びその実行内容の表出である言動や態度を選択するに際しての自分独自のやり方の選択及び決定と決断に非選択的に関わってくることになる「評価、観察、選択、行動規範」のことなのです。
※ なお、「非選択的に関わってくる」とは、程度のいかんに拘わらず意識が覚醒された瞬間に「評価の物差し」としての網が「前頭葉」の各種の個別構成機能全体を覆ってしまい、状況の分析、理解及び判断も、テーマの発想も、テーマに沿った実行内容の企画や計画も、結果のシミュレーションンも、或いはそれらの表出程度や態度の選択も全て、その「評価の物差し」による非選択的な評価が下された制約の下で実行されることになるという意味なのです。
(3) 通常のケースとしては、4歳児となる前の幼児期に形成されたその「原型」を基盤として、その色眼鏡をかけた状態で、その後の体験(実体験及び伝聞体験)により、加味或いは付加され、修正された規範(価値観)を自分なりに受け入れ、構築する中で、必要な修正や変更がなされていき、最終的には18才頃までに自分なりに確立された独自の『評価の物差し』(価値規範、評価規範、観察規範、或いは行動規範)を形成していくことになるのです。そうした自分独自の「評価の物差し」が形成され、確立されていく過程は、同時に、精神分析学や心理学の専門用語で言う「自我」の形成及び確立の過程と重なるものと言えるのです。
(4) なお、「三つ子の魂百まで」、或いは「頭禿げても浮気はやまぬ/産屋の風邪は一生つく/産屋の癖は八十までなおらぬ/漆剥げても生地は剥げぬ/噛む馬はしまいまで噛む/子供は大人の父親/雀百まで踊り忘れず/痩せは治るが人癖は治らぬ/病は治るが癖は治らぬ」等の古くから言い慣わされてきた諺が示しているように、全てを吸収する4歳以前の幼児期に形成された『評価の物差し』の「原型」は、4歳児以降の人生での様々な体験をもってしても、容易には変更できない程、最終的な自分なりの/或いは,自分独自の『評価の物差し』を形成し、確立していくことに対する影響が極めて大きいのです。
(5) 3つ子、4歳児以前の幼児というのは、「父母や祖父母や兄や姉の背中」を中心とした自分を取り巻く家族環境の中での体験に対して、それらを評価したり、批判したり、反発したりする能力を未だ持っていないので、それらの体験を何の疑いもなくそのまま、ただひたすらに受け入れるだけなのです。恐ろしいのは、「父母や祖父母や兄や姉の背中」が示す価値観が、そのままその子の「前頭葉」の『評価の物差し』の原型となってしまう、無抵抗に「前頭葉」に入り込んで「原型」を形成してしまうことなのです。
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