翌朝、松江ではにわか雨が降ったり止んだりという天気でした。宍道湖も白波が立つような風。いい夕日を見ることができて本当にラッキーだったと思いながら、9号線を西へ、高速道路並みに快適にクルマは走ります。出雲大社に向けてナビの案内するとおりに走ると、なぜか浜山公園の中を通るように指示が出ました。かつて、「中国04総体」(平成16年度全国高等学校総合体育大会)の総合開会式を、ここ島根県立浜山公園陸上競技場で行ったという記憶があるのですが、今日の浜山公園もなぜかにぎやかな様子。3連休でもあり、なにかの大会が行われるのかなと思っていたら、なんのことはない、翌日が「出雲駅伝」(出雲全日本大学選抜駅伝競走)ではありませんか。それくらい私はスポーツには縁遠い!どうりで道端に大学名を書いたのぼり旗が立っていたわけです。
出雲大社が近づくと、クルマは渋滞。徒歩の人もたくさん。ご縁広場にクルマを停めて、大社を目指して歩きます。堀川にかかる宇迦橋の上は、両側に大学ののぼり旗がいっぱい。一の鳥居もよく見えない。神門通りは渋滞のクルマの両側に参拝者の列。
通りの左右のお店は、ずいぶん様変わりした様子。今風のお店が並んでいます。由緒ある門前というよりは、たとえば嵐山のような小奇麗だけれどもありがたみの感じにくい(ごめんなさい)通りになっていました。極め付きは二の鳥居横のスターバックス。神門通りの中で、私が28年前と変わらないなと思えたのは、ゑびすや民営ホステル(かつてはゑびすやYHだった)と、竹野屋さんくらいかな。
でも、小奇麗になった出雲大社前駅には、名物のレトロ電車デハニ50形が鎮座していました。「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」を観た者としては、いや、ユーミンの「ダンスのように抱き寄せたい」を愛する者としてはうれしい演出。
それにしても界隈のにぎやかなこと。「ご縁」を求める善男善女の列。渋滞している車列の中のハイヤーには、白無垢の花嫁さん。声は聞こえないだろうけれど、「おめでとうございます」と言ったら、ハイヤーの中から軽く頭を下げて応えてくれました。幸せになってくださいね。例の駅伝の前日というわけで中継車がコースをぐるぐる。マラソン用の、スタジオ(ガラス越しに実況をする)がお尻に付いた中継車を生れてはじめて見ました。それも東京の局のと関西の局のを2台。うるさいなと空を見上げると、これも実況用と思われるヘリコプター。二の鳥居の横には中継用のカメラが据えられて、カメラマンが練習中のようです。
境内に入ると、宮参りの家族。北海道からやってきたというお神楽の奉奏あり、祭りの神輿あり、団体さんの参拝あり。さすが行楽シーズンの出雲大社、にぎやかなものです。
なんぼ出雲の神さんが立派な方でも、これだけたくさんの人が願い事をしたら、神さんの能力を超えてるやろと思い、さっさとお参りを済ませて、旧大社駅傍の「大梶」さんで蕎麦をいただき、次の訪問地を目指したのでした。
ひとつ、忘れていました。旧大社駅のD51。随分とサビが目だっていました。18歳でこちらに訪れたときには、大社の境内に鎮座していた、このD51。大社線が廃線になって、こちらに引っ越してきたものです。静態保存されてから少なくとも40年以上はたっているはず。痛々しくて、もう頑張らなくてもいいよと声をかけたくなるような蒸気機関車になっていました。
駅舎の前の丸い郵便ポストは今も健在。思い出すたびに、頬が緩む郵便ポスト。えっ、何の話?という方はこちらを。
(つづく)
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