論文冒頭では、木うその歴史的な文脈は江戸前期の貞享2年(1685)貝原益軒著の『太宰府天満宮故実』を紹介するところから始まり、現代への一大画期について昭和33年(1958)のブリュッセル万博でのきうその銅賞受賞を取り上げ、後段の現代製作者の血脈の解説へとつなげています。
太宰府での木うその製作は、伝統的に天満宮周辺の住人達の中で培われて来たもので、戦後では占部、高田、岡藤の三家が主体となって作品を供給していたとされていたが、今回の取材で初めてその実態が明らかにされています。この三家の供給体制が作者の老齢化などにより弱体化しつつあった頃に、天満宮の木村當馬氏がそれを引き次ぐように製作を始め、彼の教えを受けた市内の有志によって、現在、精力的に活動している木うそ保存会が結成された流れが明快に説明されています。
木うその形態も時代とともに変容していった様が、絵画資料やコレクションの写真を年代順に並べた編年的な図版が掲載されており、今の形に至る前の木うその姿がよく理解されます。
また、製作技法も形の変化に伴って変わってきたとおもわれますが、木うそ保存会での技法を写真をつけて解説し、御三家での製作の様子も紹介されています。
まさに本書ははじめての木うその概説書として、今後ますます利用されていくものとおもわれます。
太宰府での木うその製作は、伝統的に天満宮周辺の住人達の中で培われて来たもので、戦後では占部、高田、岡藤の三家が主体となって作品を供給していたとされていたが、今回の取材で初めてその実態が明らかにされています。この三家の供給体制が作者の老齢化などにより弱体化しつつあった頃に、天満宮の木村當馬氏がそれを引き次ぐように製作を始め、彼の教えを受けた市内の有志によって、現在、精力的に活動している木うそ保存会が結成された流れが明快に説明されています。
木うその形態も時代とともに変容していった様が、絵画資料やコレクションの写真を年代順に並べた編年的な図版が掲載されており、今の形に至る前の木うその姿がよく理解されます。
また、製作技法も形の変化に伴って変わってきたとおもわれますが、木うそ保存会での技法を写真をつけて解説し、御三家での製作の様子も紹介されています。
まさに本書ははじめての木うその概説書として、今後ますます利用されていくものとおもわれます。