ユッコ姉の日記

日々思うことをタリラリラン♪っと・・・。

コデブが事故を起こしまして・・・って

2019年05月05日 03時01分31秒 | 子供・・・
GWも後半に入りましたねえ~。
我が家はみんなそれぞれのお仕事やら用事やら入っていて、全然家族が揃いません。
ただ1人、10連休が取れたヒョロナガも、前半は友達と旅行に行っていて、後半になって漸く家に帰ってきましたが、
他の家族がそれぞれお仕事などで家におらず、ひとり留守番をしている日々でした。
さて、そんなGW真っ最中の出来事です。

その日、主人は朝から仕事に出掛けて、私は午前中自治会の用事で出掛けていました。
家には、ゴロゴロしているヒョロナガと、漸く休みが取れたコデブの二人が留守番をしておりました。
11時ごろになって私が自治会の用事から帰ってくると、家にはヒョロナガ1人。
コデブは「お天気も良いし、ちょっと走ってくるわ。」とバイクに乗ってツーリングに出かけたとの事。
私が家でコーヒーを飲んで一息ついた時、LINEの家族グループにコデブの書き込みがー

ヒョ 「え!コデブ、事故ったってよ!
私 「ウソ!マジで!

LINEのやり取りで分かった事は、とりあえずコデブの怪我は大した事ない事。事故現場は市内。
原因は、前を走っていた車が突然急ブレーキを掛けた為、慌ててコデブもブレーキを掛けたら、
バイクの前輪にブレーッキロックが掛かって、そのまま転倒。
前の車に衝突は免れたので、バイクによる単独事故。と言うことになりました。
私が「迎えに行こうか?」と聞くと「大丈夫」と返事。
暫くしてコデブが家に帰ってきました。
その姿を見てビックリ!
ジャケットは豪快に破れて傷だらけのボロボロ。ジーパンも穴が開いてるし、パンツや靴下にまで派手に破れていました。
  その時の写真 ↓

  
  

バイクでの単独の転倒とはいえ、走行中の事故。かなりダメージはあったようです。

その後、一応病院に行って診てもらった方が良いだろう。と、私がコデブを近くの総合病院まで連れて行きました。
医師の診察と首から下全部のCTを撮った結果、「とりあえず骨には異常無いでしょう。」との事。
その代り、細かい傷や打ち身などがアチコチにありました。
右側に転倒したらしく、怪我は殆ど右側。右親指・右ひじ・右太腿・右腰・左足の指。
あと、左腕を変な風に捻ったのか左肩の痛みと、首も少し痛みがありました。それと前歯が少しだけ欠けたようです。
医師曰く、単独の転倒とは言え、走行中の事故で怪我がこの程度で済んだのは、プロテクターのおかげだそうです。
実はコデブ、バイクに乗る時はいつもマジメにプロテクターを付けていました。
そのおかげで、この程度の怪我で済んだようです。
この日は物凄く暑い日だったし、よくメンドクサがらずにプロテクターを付けていてくれたものです。

コデブは、
コ 「あ~あ、このジャンパーお気に入りだったのにい~。
コ 「医者代がぁ~! バイクの修理代がぁ~
などと嘆いておりました。(救急扱いの休日診療でCTまで撮ったから、かなりの金額でした・・・)
でも同時に、
コ 「クソ暑かったけど、やっぱりプロテクター付けといて良かったわあ~。
コ 「厄払いは行っとくモンやなあ~。
そう今年は後厄のコデブ。いつも私が「お祓い行っときなさい。」と言っても全然行ってなかったんですけど、
今年はたまたま時間が出来たので、珍しく年明けにお祓いに行っていたのでした。

まあ、とにかく大した怪我が無くて本当に良かったです。
これ、もしプロテクター付けてなかったら、今頃は入院中だっただろうな・・・


☆ 医師からCT検査の結果の説明を受けている時言われました。
  医 「コレは肝臓です。かなり脂肪が付いていて、脂肪肝です。事故とは関係ないですが、痩せる努力をしてください。
  コ&私「・・・ハイ ・・・・

☆ 体中の擦り傷、最近は病院でも『傷パワーパッド』を使用するんですね。医師には「薬局などで購入して張り替えてください。」と言われました。
  湿布は沢山出してくれたのですが、どうせなら『傷パワーパッド』も出してくれたら良かったのにい~。
  病院の帰りにドラッグストアに寄って購入しましたが、本当に値段がお高い・・・

☆ 一見、ジーパンは穴が開いているだけに見えるのに、ナゼか中のパンツが破れていたり、
  靴下はビリビリに破れているのに、靴は殆ど無傷だったり、不思議です。

迷子の得意なオシメ・・・って

2018年08月16日 17時03分34秒 | 子供・・・
昨日の記事で昔の事をイロイロ思い出していたんだけど、
よくよく考えてみると、オシメはよく迷子になっていた。
九州の島で迷子になったのが1番大きな事件だとしたら、
2番目に大きな迷子事件は、デパート。

たぶん3歳くらいだったかなあ~?(もう幾つの時だったかしっかりと覚えていないー)
ある日、私の母と私と子供3人を連れて大きなデパートに行きました。
お目当ては、最上階の7階催事場でやっていたイベント
1階から5人一緒にエレベーターに乗りました。イベント中だったのでエレベーターの中は結構満員だった。
7階について押し出されるようにエレベーターを降りてイベントを見て回るー
少しして、フト気づいた!「アレ?オシメは?
母と二人で催事場内を探し回るも見つからない!
母と記憶を思い出し、まずエレベーターから降りた時、オシメはいたか?(??;)
という事になった。母も私も覚えがない・・・
そう、どうやらオシメはエレベーターから降りていなかった・・・

慌ててエレベーターに戻り中を見てみたがオシメはいない。
オシメは何処かの階で降りている・・・
この1階から7階まである大きなデパートの何処で降りたのか?!
スグに館内放送で迷子のお知らせをしてもらい、私と母も探して回る。
暫くして「見つかりました。」と連絡があり、急いで行くとー
オシメは迷子センターで椅子に座ってお菓子を貰ってご機嫌だった・・・
確かこの時は、3階で一人で歩いている所を発見されたんじゃなかったかな?

この他にも、ウチの市の大きなお祭りではトータル8回くらい迷子になっている。
ある時は、1回のお祭りの間に3回も迷子センターのお世話になったこともあるし、
普段の買い物でも、何回もショッピングセンターで館内放送をかけてもらった記憶がある。

オシメが迷子になって一番困るのは、泣かないコトだった。
「お母さあ~ん」と泣きながら歩いていれば、迷子と分かりやすいのだけど、
泣きもせず平然と歩いている。だから発見されにくい・・・

またこれは今でもそうなのだけど、オシメは気配を完全に消すことが出来る。
車に乗っている時も、一言も喋らず後部座席に座っていると、オシメの気配は一切感じられない。
その為、運転していても、「オシメ、乗ってる?」と聞くことがよくある。
自閉症から来るものなのか私には分からないが、
とにかく小さな頃から自分の気になる物があればそっちに行ってしまう。
親が傍にいなくても全然平気だし、周りの人間が心配するだろうーなんて事も思いもつかないのだろうー

そんな昔の事を思い出していたがー
結局、今もあまり変わってないかも?と気づいた。

私に怒られて腹を立てて、祖父母の家まで歩いて家出した小学生時代。
自分の興味があれば一人で自転車に乗って隣の県まででも行っていた中・高校生時代。
夜行バスの存在を知って、一人で東京や大阪のコミケに行っていた社会人初期。
暫くすると、新幹線も自分でチケット買って乗れるようになっていたー

社会人になって、もう8年目。
オ 「コミケはもう卒業したモン!
と言うオシメだが、
今でも自分が欲しい本など地元で買えない物があると、隣の県の本屋等でネット注文して、普通に一人で取りに行って帰ってくる。
小さな頃と違うのは、『とりあえず親にひと言連絡は入れておく。』と言うことを覚えたくらいか?
その連絡も、途中経過の説明はなく、「今日、〇〇行ってくる!」だけだしい~~~

今となっては笑い話ですが・・・って

2018年08月15日 16時50分03秒 | 子供・・・
山口の2歳の男の子が無事発見されました。本当に良かったです。
この行方不明のニュースを知ったのは12日。
ウチではちょうどオシメが家に戻ってきていました。
主人と私とオシメとコデブの4人でこのニュースを見ながら話題になったのはー

私 「オシメもこのくらいの年齢の頃、似たような迷子になったよね~。」
主 「そうそう、九州の爺さんちのある島でなあ~」
オ 「・・・。?」

オシメが2歳前後の頃、九州にある主人の祖父母の家に行きました。(九州にある小さな島)
舅・姑・主人・私・ヒョロナガ(3歳くらい)・オシメ(2歳くらい)・コデブ(生後3か月くらい)の7人で車に乗って、
岐阜県から九州の小さな離島まで日本半分縦断!片道10時間以上かけて、ようやくたどり着いた島にある家は、
この時には既に祖父母は亡くなっていて誰も住んでいなかった。
その為、到着するなりまず始めたのは、掃除ー
みんな長旅で疲れているトコロに、もうひと仕事。
まあ誰も住んでいないんだから、埃など半端なく、掃除しなければとてもじゃないけど泊まれる状態ではなかったしー
みんな「疲れたあ~」とボヤキながらもワイワイ言いながら掃除をしていたんだけど・・・
フト気が付いた。
私 「あれ?オシメは?」
家にオシメがいない・・・
近所をみんなで探してみたが、やはりいない・・・
そこで島に住んでいる親戚にも声を掛けて範囲を広げて探してみたが、やはり見つからない・・・
舅 「まさか海に落ちたんじゃ・・・」
大人達はもうみんな顔面蒼白・・・
すると姑が「島内放送かけて、皆に探してもらおう!」
そしてすぐに流れた島内放送ー
放送 「2歳前後の女の子が行方不明になっております。見かけた方は役場までご連絡ください。」
島内放送を流してから数十分後、連絡が入った。
 ”島内の1軒のお家で小さな女の子を保護している。”とー

大急ぎでそのお宅に向かうとー
そのお家では親戚が沢山集まって大きなテーブルで食事中だった。
オシメは、そのお家の家長らしき男性の膝の上に座って、ごちそうを食べさせてもらっていた・・・

こんな感じで、一番上座に座っているお爺さんの膝の上にいた。


私たちが掃除していた主人の祖父の家は海岸に近い場所にあった。
だからみんな海側を主に探していたんだけど、どうやらオシメは、山側の方へ道を上って行ったらしく、
そのお家の人の話では、
家の前の道を小さな女の子が一人でひょこひょこ坂道を登っていくのを見かけ、
どこの子だ?と思い声を掛けたが会話にならない。(このころオシメはまだしゃべれませんでした。)
そこでそのお家で保護してくれたらしいー
集まっていたのは大人ばかりだったので、小さな女の子だったオシメは皆にずいぶん可愛がられたらしいです。
お爺さんからオシメを受け取ろうとしたら、オシメはお爺さんから離れるのを少し嫌がる様子もあったほどー
迎えに行った私達はお礼を言って帰ってきたんだけど、オシメは沢山のお土産(お菓子)を頂いたのでした。
もしあの時、あのお家の方が保護してくれていなかったら、
今回の山口の男の子と同じような騒ぎになっていたかもしれません。

とにかく、山口の男の子が無事に見つかって良かったです。
いつか今回の事もオシメのように家族の笑い話になる事でしょう。
ただ、20年以上経っても話題が出るオシメ。(本人は全く覚えていないのだけどー
彼も、一生言われ続ける事だけは、覚悟が必要かも?

コデブ入院中です・・・って

2018年08月04日 10時53分46秒 | 子供・・・
え~、現在コデブは入院中です。
6月13日の記事に書いた、痔ろう。
内視鏡検査の結果、コデブはクローン病でも潰瘍性大腸炎でもない事が分かりました。
単なる痔ろう・・・

コデブの検査の結果が出るまでの間に、オシメの定期検診があったので、
念のためオシメの担当医にもコデブの事は話していました。
「もしもコデブも難病だったら、こちらでの治療をお願いします。」とー
オシメの担当医にも、コデブがかかっている病院の医師との”体重100キロ”の会話を話すと、
医 「ブッ!」と吹き出して、
医 「確かに、その先生の言ってるとおりだな。まあもし難病だったらいつでも私が診ますよ。
と言ってくれました。
その後、検査の結果コデブが難病でなかった事を伝えると、
医 「やっぱりなあ~(^^)」

まあ、痔ろうが出来る事自体が問題ありなのですが、とりあえず難病ではなかったので一安心。
と言うことで、今月初めに痔ろうの手術をして現在入院中です。
今回コデブがかかった病院の医師はなかなか優秀な人だったようで、
なんでも新しい手術方法だそうで、
手術自体は30分ほどで終了。麻酔も腰椎麻酔のみ。手術日も含めて入院はわずか5日間です。
退院後の職場復帰も、その4日後。
コデブが会社を休むのはトータル8日間だけです。

と言うことで、現在コデブは入院中です。
快適な病室で、毎日「暇だあ~。ああ、イテテテ・・・
とタラタラとしています。

まさか、ね・・・(・_・;) って

2018年06月13日 15時46分36秒 | 子供・・・
今月の初め、コデブがお尻が痛いと言い出した。
肛門あたりだったので、一人で近くの個人病院に行きました。
結果、痔ろう・・・
その日のうちに簡単な手術。膿んでいる所を切って膿を出してもらう。
ただ痔ろうは、根本的な痔ろうの管を取り除かないと同じ症状を繰り返すので、様子を見て手術するかどうか決める。とのこと。

病院から帰ってきたコデブに、そのことを聞いた私。
とっさに心に広がる不安・・・

まさか、クローン病じゃあないよね?・・・ 

ヒョロナガや英里奈の事もあり、この手の腸の病気については敏感になっている私ー
確かちょうど3年前にコデブに血便が出て、口から肛門まですべて内視鏡検査してもらった時は問題なかった。
でも、ヒョロナガだって高校生の時に何回かこんな風に個人病院で膿を出してもらってて、
東京に行ってから大きい病院で詳しく検査してみたら、クローン病が発覚した。と言う経緯がある。
コデブも3年前は大丈夫だったけど、それ以降に発症しない。という保証はない!

1週間後に術後の経過を見る為、また病院に行くというので、今度は私も同行しました。
 (だってコデブ、医師に兄姉のクローン病や潰瘍性大腸炎の事を話してない。って言うんだもの・・・

病院で医師に会い、兄姉たちの病気を伝える。
近所の個人病院だけど、知らない間に以前の高齢院長から息子の代に代わっていて、とっても爽やかな医師だった。
医師は「ええ~、そうなんですか!」とちょっと驚いていた。

私は、内視鏡検査を依頼。
その結果、もしクローン病とか潰瘍性大腸炎とかの可能性がありそうなら、
兄姉たちと同じ大学病院の医師に診てもらいたい事も伝える。
若い医師は気持ちよくOK♪

医 「分かりました。もしクローン病だったら痔ろうの治療法も変わってくるので、大学病院に紹介状を書きましょう。
私 「ありがとうございます。
医 「ただ・・・
私 「
医 「私の経験からして、その可能性は低いのではないか?と・・・」
私 「ああ~ まあ、そうですよねえ~」
医 「クローン病の方は、どうしても細い方が多いので・・・」
私 「そうですよね。栄養を吸収できないですもんね。実際お兄ちゃんもガリガリです。」
医 「そうですよね・・・
私 「コデブ、今体重どれだけある?
医師と私の目線がコデブに向かうー
コ 「う~ん、100キロくらいかなあ~?
医 「そこまでありますか!
私 「アンタ、また体重増えたの!
医 「まあ、まれにクローン病でも太っている方もいるとは思うので、とりあえず内視鏡検査はやりましょう。」
私 「はい。お願いします・・・

と言うわけで、今月末にコデブ内視鏡検査受けます。

帰りの車の中の会話。
コ 「検査の結果が潰瘍性大腸炎だったら嫌だなあ~。」
私 「なんで?クローン病の方が病気としては重いんだよ?」
コ 「だって潰瘍性大腸炎だったら、特定疾患受給受けられない可能性もあるじゃん。」
私 「まあね~。今厳しくなってきたからね~。でも、どっちでもないのが一番いいよ。」
コ 「そうだな。」

うん、ヒョロナガやオシメを見てるから、特定疾患にやたらと詳しくなったコデブでした。


☆ 家に帰ってきてからコデブが言った。
  コ 「俺、やっぱり神社にお祓い行って来ようかな~。
  私 「ああ、アンタいま厄年だったわね。

通院の日数が減りました・・・って

2018年04月03日 18時05分57秒 | 子供・・・
忙しい毎日の時間をぬって、先日オシメの定期診察に一緒に行ってきました。
大学病院を退院してから、ほぼ2週間おきに通院しています。
隣の隣の市にある大学病院まで通院するのは結構大変。
片道車で1時間近くかかるし、患者は多いしで、診察の日は丸々一日つぶれます。

オシメの仕事は、普段日曜と木曜がお休みなのですが、この通院の為に2週間おきに火曜日を休まなければならない。
有給を使ってたんだけど、有給日数が無くなるのは時間の問題。
これを何とかしようと、大学病院の担当医と今までイロイロ相談していたのですがー

① 大学病院の通院日を木曜に変えてもらう案。(これだとオシメは有給を使わなくて済む)
  担当医が木曜日だけは医師会があるので、どうしてもムリ。
② 通院病院を地元の病院にしてもらう。
  オシメに必要な薬を地元の病院では取り扱っていないからムリ。
  それに担当医が地元の病院に来るのが2週間に1回の火曜日しかないから、
  どちらにしてもオシメは火曜日の仕事を休まなくてはならない。
③ オシメの休みを日曜と火曜に変更する。
  出勤が月曜と水曜から土曜になるのでオシメが嫌がる。

さて、困ったねえ~
と頭を抱えていたのですが、先日の診察で、担当医から良いお話が

医 「血液検査の結果もかなり良くなってきているし、次からは4週間に1回にしましょうか?」

やったあ~! それくらいなら何とかなりそう~~~
オシメと二人で喜んでいたのですが・・・

医 「あ、ひとつだけ注意しておきます。体調が良くなってきたからといって、あまり食べ過ぎたいように!」

私 「
オ 「

私 「オシメ、アンタ体重増えてるの?」
オ 「ウン・・・
私 「どれくらい増えたの?」
オ 「3キロほど・・・・・
私 「 運動しなさい・・・。」

まあ体重の増加は問題だけど、それでも体調が良くなって、通院日が伸びたのは良かったわあ~。
こちらも一安心。

オシメの住民票・・・って

2018年03月21日 09時54分52秒 | 子供・・・
え~、実は先月に、オシメの住民票を移動しました。
今現在、オシメが住んでいるのは同じ市内のアパートですが、住民票は実家のまました。
それゆえに、時々問題もあった(NHK料金など)のですが、
今回ついに住民票の移動です。

少し前から住民票の移動を考えていた事はここの記事にも書きました。(2017年9月29日の記事
あれからオシメが入院などして、引き伸ばしになってはいたのですが、
退院して、漸く体調も生活も落ち着いてきた頃、決定的な出来事が!

私達家族が住む市は、療育手帳を持っていると医療費助成が受けられ医療費が実質無料になります。これはA1~B2まで全員受けられます。
近隣の市町村などでは、B1までは無料になってもB2は認められない所が多いです。
オシメもその医療費助成をずっと受けてきました。
なので、オシメが特定疾患の受給を受けられなくなった時も、市の医療費受給で助かりました。
本当にありがたい!と思ってきました。

しかし今年に入って、市がその方針を変えてきたのです。
今年の7月から、A1~B1までは今までどうりなのですが、
療育手帳B2の場合、
今までは、”本人が非課税である事” だけだったのが、”本人及び同一世帯の人間も非課税である事” に代わることになったのです。
つまり住民票が同じである場合、オシメだけではなく、主人や私、それからコデブも非課税でなければならない・・・

これを市の広報で知った時、「ついに来たか・・・」とつぶやいてしまいました。
正直、市の財政も厳しい中、いつこの制度が変わるか分からない!(><)と言う危機感は、ずっと持っていましたからー

まあ、それでもオシメが健康な子なら私も「まあ仕方ないか~」と思えるのですが、
オシメの場合は『潰瘍性大腸炎』という病気を持っています。
その為、病院の通院は欠かせないし、調子が悪くなると、高額の治療費も掛かります。
今までは、特定疾患受給と市の医療費助成で賄ってきたのでナンとかやってきましたが、
特定疾患受給を外されてしまった今、頼りは市の医療費受給だけだったのです。
もしコレが受けられなくなると、高額の医療費を自分で支払うことになる。
当然、オシメの収入では全然足りなくて、とてもじゃないけど一人暮らしを続けていく事は不可能になります。
一応、昨年の4回に及ぶ入院で、もう一度特定疾患の申請を出していますが、この時はまだ返事が来ていませんでした。
また、仮に特定疾患の受給が受けられることになったとしても、この特定疾患受給は毎年更新です。
潰瘍性大腸炎は、状態の良い時と悪い時を繰り返す病気です。またいつ、この受給が止まるか分からない。

前々から考えていたけれど、もうこうなっては仕方がない。
思い切って住民票を移動しよう!ということになりました。
いつにするか?とイロイロ考えたのですが、特定疾患の申請の結果を待とう。と言っていたのですが、なかなか結果の知らせが来ない。
でも、市のほうは期限がある。
そこで、特定疾患の結果が出る前に住民票を移動することにしました。
ちょうどオシメの誕生日が近かったので、「忘れにくいんじゃない?」という単純な理由で、
住民票移動の手続きはオシメの誕生日に行いました。
その場でNHK受信料の手続きやら、そのほか市役所で出来る住所変更の手続きは全て終わらせました。
他にもまだ住所変更の手続きをしなければならないことは沢山あるのですが、
とりあえずオシメと二人でホッとしていた翌日、皮肉なことに、特定疾患受給決定の通知が来ました・・・
で、次の日は保健所に行く羽目にい~(新しい住所で特定疾患受給者証が届くのは2週間先。)

オシメの会社にも住所変更の連絡と書類を提出。
ただ、新しい健康保険証はスグには貰えない。でもその間に病院での診察には行かなければならない。
同じ市内の病院ならまだ分かりやすいんだけど、これが別の市の大学病院だから、も~う、ややこしい(@@)
診察に私も付いて行って、医療事務の人に説明。
健康保険証は前の住所のままだけど、実際は既に住民票は移動してある事。
また、特定疾患受給者証も貰っているが、現在住所変更の為、手元にない事。
そのうえ、市の医療費受給者証の住所は現住所になっている・・・
医療事務のお姉さんも、少しの間首を傾げていた。
もしコレをオシメ一人で説明しろ。って言われたら、ムツカシイだろうなあ~

まあバタバタしましたが、とりあえず何とかおさまりました。
まだ、銀行口座やらその他モロモロの住所変更の手続きが残っていますが、後はユックリやっていこうと話しています。


☆ もともとパート勤めでボーナスも無い低所得のオシメですが、
  昨年4回も入退院を繰り返したオシメの年収は、笑ってしまうくらい少なかったです。
  これで医療費まで負担する事になったら、とてもじゃないけど生活できない!(><)
  以前記事にした『Gキャップ療法』。調べてみたらコレだけでも数百万円掛かるらしい・・・
  税金に頼るのは本当に、本当に申し訳なく心苦しいのですが、
  本人も出来る限り世の中に迷惑掛けないように頑張って生活しています。
  どうぞお許しください。

オシメ4度目の入院です・・・って

2017年12月14日 02時33分50秒 | 子供・・・
え~、今週の月曜日から、オシメが今年4度目の入院となりました。
いやもう、流石に4度目ともなると、もう何も言えない・・・

実は、先週の土曜日から調子が悪くてお仕事を休んでいました。
でも、病院が開いてないー
今ままでは、近くの総合病院に行っていたので、調子が悪くなると、
たとえ土曜日だろうがスグに行っていたのですが、
数か月前から担当医が変わった事はこのブログにも書いていると思うのですが、
その担当医が普段は大学病院の教授さんなので、
今月初めに内視鏡検査を受けた時に、
教 「これから、もし調子が悪くなるようなら、私の方に来るように。」
と言われていました。
普段の検診は、今までの総合病院に週1でこの教授が来てくれるので問題ないのですが、
それ以外となると、今までの総合病院に入院してしまうと教授が来れないからだと思います。
そう言われておよそ1週間後に調子が悪くなったオシメ。
でも、今までの総合病院と違って、大学病院は救急車ででも運ばれないと救急では診て貰えない。
だいいち、土曜日に行っても、おそらく教授はお休みでいないでしょう。

で、仕方なくオシメをウチに連れて来て、ウチで寝かせて様子を見ていました。
腹痛と吐き気と下痢。
これが、30~1時間おきくらいに来るので、オチオチ寝ている事も出来ません。
食欲も全く無し。せめて、薬だけは飲まないとーと、無理に飲むのですが、
水を飲むだけで腹痛に繋がり、吐いてしまう。
土曜、日曜の二日間、私もオシメの看病をしていたので、殆ど寝れませんでした。
それでもまあ、こんなカンジは今までにもあった事なのですが、
今回はコレの他に、ナゼか?右腕が腫れ上がって痛みが出ていました。

何処かでぶつけたって感じでもないし、何かにカブレたワケでもない。
見た目は傷らしい物も見当たらない。
とにかく、腕が倍くらいに腫れ上がって赤みが少し出て、固くなり熱を持ってる。
これが、持病の潰瘍性大腸炎と何か関連しているのか?
それとも薬の副作用なのか?(少し前から薬を変えていました。)
それとも、全く無関係で腫れ上がっているのか、さっぱり分かりません。
ただ、表面を撫ぜるだけでも「イタイ痛い!」と痛がりました。

待ちくたびれた月曜日、ようやく大学病院に行って教授に診てもらいました。
点滴を受けている、オシメの様子を見て、一言。

教 「入院しましょうか。
私 「ハハハ・・・やっぱりですかあ~

実は、いつもの総合病院と違って、この大学病院はウチから車で40~1時間ほどかかります。(隣の隣の市にある)
その為、オシメと話して、あらかじめ入院の準備をして来たんですよね~。
おかげで入院手続きがとてもスムーズに行きました。
ダテに3回も入院を経験してない?(自慢にはなりませんが・・・

教授にオシメの腕も診てもらったのですが、教授も原因が分からない。
教「皮膚科かも?」と、皮膚科の医師にも診てもらったのですが、やっぱり分からない。
シロウト目に見ると、皮膚より、血管かリンパじゃないか?と思えるのですがね?

まあ、まだ入院して日が浅いので、これからイロイロ検査していくようです。

オシメの入院が決まってから、オシメの仕事先やら私の仕事先やら連絡して、ちょつと忙しかったです。
2日間の寝不足の身には応えました・・・

それでも、一番辛いのはやっぱりオシメですよね。
ここ数日、ロクに物も食べてないし、腹痛と吐き気と腕の痛みとで、もうヘロヘロになってます。
教授に「いつからお腹痛い?」「最後にトイレにはいつ頃行った?」などとイロイロ聞かれるのですが、
意識も朦朧としているのか、殆どの答えが「わかりません・・・」でした。
で、土曜日から私が見ていたので、殆どを私が答えていました。
つくづく今回は、ウチに連れて来ておいて良かった~。と思いました。

オシメの仕事先から「いつ頃退院できるのか?」と聞かれましたが、今の時点では全然分かりません。
年末の忙しい時期に、オシメの仕事先には本当にご迷惑おかけしています。m(__)m

とりあえず今は、年内に退院できると良いなあ~と覆っています。



オシメの将来を考える・・・って

2017年09月29日 11時56分38秒 | 子供・・・
実は、NHKの一件があってから、私は考えるようになった。
オシメの住民票、今のまま実家でいいんだろうか?”とー

まず、なぜオシメの住民票を移動してないのかと言う私の考える理由を挙げてみた。
 ① 市役所や県や国などからの重要書類の対応がオシメひとりでは難しいから。
 ② 災害時、今住んでいる地域でオシメひとりでは対応できないから。

基本、この二つが理由だ。
では、なぜオシメを実家に戻すことをしないのか?
 ① 職場への通勤時間が2時間から30分になっているので、今更2時間に戻るのはイヤがるから。
 ② ウチに帰って来るとなると、部屋が空いてないし、今オシメの部屋にある家電家具などを処分しなければならないから。
 ③ 今現在、何とか1人でお金も遣り繰りして生活出来ているから。
 ③ 何より、一度自由な生活を知ってしまったオシメ自身が、実家に帰るのを嫌がるから。

今からおよそ20年前、オシメの障害が分かった時、私が一番に感じた事は、
 ”ああ、この子は私が経験してきた、友達と遊ぶとか、恋愛するとか、結婚するとか、
 そんな普通に当たり前の事を経験する事は出来ないんだなー
だった。
その翌年、療育手帳を貰う事になった時、
 ”いつか、「もう、この子には手帳は必要ありませんね」と言われるくらいに育てる!”だった。

数年して、オシメの将来を考えた時、
 ”私が年をとってオシメの面倒が見れなくなったり、死んだりした時、兄弟たちにオシメの面倒を見てもらうのか?
  そんな事は出来る限りしたくない!でも、全く頼らないと言うのは不可能。
  ならば、兄弟を頼るのが最低限で済むように、出来る限りオシメを1人で生きていけるように育てよう!
とりあえずこの頃の目標は、オシメが1人暮らしが出来るようにする事だった。

そして20歳を過ぎて、私の目標どうりオシメは何とか1人暮らしが出来るまでに育ってくれた。
正直私には、次の目標が見えなくなっていたー

でも、よく考えたら、オシメが1人暮らしを始めて、もう4年目に入っている。
今のオシメは、完全に1人で暮らして行けているのだろうか?
大事な書類の扱い、地域の人との付き合い方などは、1人で出来ていない。
それは、住民票が実家にあって、私が難しい事や面倒な事はやってるから・・・

そんな事を考えていて、私はハッとしました。
 ”自立するまで育った!って思ってたけど、私、間違ってたわあ~
  なんか、いつまでも子供の感覚でオシメを扱ってた。
  オシメももう24歳。私 24歳でヒョロナガを産んでるのよね。
  もう立派な大人だ。十分親の世話にならなくてもやっていける年齢だったんだー

それからイロイロ考えました。
オシメが今住んでいる場所は、本当に駅から徒歩5分の場所。交通の便は市内で最も良い。
いつも通っている大きな総合病院もすぐ近くにある。
目の前には大きなショッピングモールとスーパーがあるし、少し離れてもう一件ショッピングセンター。
市役所からも徒歩で30分ほど。
少なくとも、この辺りの地域では最も公私ともに利便性が高い場所。
今これだけ便利な場所に住んでいたら、もう他の地域には行けないだろう。
ならばいっそ、この辺りに小さな家を購入して、この地域で暮らして行ったらどうだろう?
で、不動産関係を調べてみましたが・・・・・
これだけ利便性が良い地域は、流石に土地代が高かった。
オシメひとり住む小さな家でいいから、土地も小さな物で良かったんだけど、
土地も中古住宅もマンションも値が高すぎて、とても手が出ないですう~~~
仕方なく考えを改め、今のままアパート暮らしでも良いかな?っと。
何しろオシメのアパートは、日当たりバツグン!ワンルームだけど12畳もある広さ!
唯一の欠点は、ユニットバスである事だけ!
本当ーに、ウチの家族の誰が見ても、「羨ましい・・・」と呟いてしまうくらい、良いカンジのアパートなんです♪
もうこのまま、10年でも住めばいいんじゃない?とー

今はまだ、オシメの病状が落ち着かないので、実行はしていませんが、
オシメにもこのことを話していて、
オシメの病状が落ち着いたら、住民票を移すことを考えていますー

オシメは、私の話しを聞いて、少し不安そうでしたけどね。
でも「住民票を移動しても、今までどうりフォローはするよ。」と言うと、
少し安心したようです。

☆ オシメの次のステップアップになりますようにー

オシメの病状・・・って

2017年09月27日 03時00分44秒 | 子供・・・
え~さて、病院から退院したばかりのオシメですがー
その2日後には、また炎症の数値が上がって、お腹の調子がよろしくなくなりました・・・
まあ丁度、診察日(大学病院の教授医師)だったので私も同行して診察を受けました。
そこで話していたんですけど、
とにかく入院した日に診てくれた医師は休日診療の若手の医師。
入院中の担当医は今まで長年診てくれてお世話になってきた医師。
そして今日は最近担当医になった大学病院の教授医師なので、ちょっと話がややこしかったー

血液検査の結果を見ながら、「う~~んどうするかねえ~」と唸っている教授医師。

教 「もう1回Gキャップ受けてみますか?」
オ 「まだ7月に受けたばかりだし、明日からお仕事に行くつもりなんですけど・・・」
私 「先生、私思うんですけど、オシメ、Gキャップ受けてスグは良くなるんですけど、それから少しすると体調が悪化してる気がするんです。
   もしかすると、Gキャップ受ける事で、体の抵抗力とか免疫力とか下がるんじゃないでしょうか?」
教 「ああ~、Gキャップでそういう事は無いけれど、う~ん・・・」
私 「先生、もしかするとお嫌いかもしれませんが、ステロイドとかはダメですか?
   オシメは今年に入ってから、かなり調子悪いです。食事もスゴク気を付けていても具合が悪くなる。
   正直、もう何を食べていいのか分からなくなって、疲れてきていますし体力も落ちて来ています。
   ステロイドを使う事で、一時的にでも良い状態になれば落ち着くと思うんですけど?」
教 「ステロイドですかあ~。まあ長期間使わなければ良いんですけどね。
   お母さんよくご存知ですね、使った事ありますか?」
私 「ヒョロナガが東京の病院にいた頃ガンガン出されてた!と言っていましたし、
   オシメも昔具合が悪かった時、一度だけ使用しているハズです。
   前の担当医が ”本当は使いたくないんだけど・・”と言いながら出されていたと記憶しています。」
教 「分かりました。それでは暫くステロイドを出して様子を見てみましょう。
   今日から1週間一日6錠を飲んでください。その次の週は4錠です。2週間後に様子を見ます。
   もしそれまでに症状が悪化したりする場合、原因は潰瘍性大腸炎ではなく、何か別のウィルスとかかもしれないので、
   その時はお兄さんと同じように、大学病院に入院してもらって調べてみましょう。
   ああ、お兄さんほど長くはならないと思いますから。
   お兄さんは長い事入院して頑張ってましたからね。まあそのおかげで随分良い結果になったし、今は元気ですけどね。
私&オ 「はい・・・」 

その後、何とかいう検査に出したい!との事で、検便を2種類とって提出させられました。

とりあえず、これから2週間は様子見ですね。
最悪、オシメも大学病院に入院!となる可能性もありますが・・・


☆ 今回の診察で思ったのは、担当医が変わるのも悪くないかも?という事。
  正直、長年オシメを診てもらっていた担当医が変わる事は不安でした。
  いくらお兄ちゃんの時にお世話になっていた教授とは言え、オシメを診るのは初めてですしー
  でも、新しい担当医になって感じたのは、人が変わると目線も変わる。という事。
  私も今まで気になっていたけど言えなかった事を言いやすい。
  前の担当医とは親密になりすぎて、遠慮していた部分があったんだなあ~と思いました。
  また、大学病院の教授という事で、今の総合病院では受けられない検査も受けられる。
  これは目から鱗でした!
  2週間後の結果がどうなるのかは不安ですが、
  イマイチ良く分からない事で何回も入退院を繰り返しているオシメ。
  もし原因が潰瘍性大腸炎でなかった!別の原因だった!となったとしたら、
  治療法も変わって今より良くなるかもしれない!
  だから、それはそれで良いかな~と思っている私です。