異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

あなたは、安倍首相、麻生副総理、稲田防衛大臣らが、カルト教の主要メンバーであることをご存知ですか?(思索の日記 武田康弘)

2016-12-25 23:57:32 | 昭和天皇 平成天皇 天皇制

http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/441bb59ef599d9311d882c71e8f00ce1より転載

思索の日記

あなたは、安倍首相、麻生副総理、稲田防衛大臣らが、カルト教の主要メンバーであることをご存知ですか?

2016-12-25 

 明治維新政府(少数派だった長州藩らの下級武士たちによる暴力革命の成功者たち)は、自分たちによる日本の支配を正当化し永続化させるアイテムとして、神武以来続く皇室の伝統という神話を用いて、【皇室は神の家系であり、天皇は現人神である】という新宗教(国体主義=靖国思想=政府神道)をつくり、その現人神の前に全国民を拝跪させたのですが、その思想の反省が極めて弱いために、未だに異様な言説が飛び交います。

 これは、【国家カルト】その総本山として明治2年に政府は「東京招魂社」をつくり、その10年後に靖国神社と改名し、「神社」にしてしまいました)と呼ぶほかない明治政府がつくった新宗教です。前後が逆ですが、政府が麻原のオウム教のような「生きている人間を神とし、その一族を神の系譜とする」カルト教をつくったのですから、言葉を失います。

 天皇教を作成した中心者は伊藤博文ですが、先輩の岩倉具視やエゲツナイ山県有朋らの集合意思により創られたこの新宗教は、それ以前の日本の歴史をすべて天皇史観に変えてしまい、壬申の乱以降、天武の時にはじめてつくられた「天皇」という言葉を、それ以前の大王と呼ばれた人びとにもあてはめ、126才の長寿をまっとうしたという神武(縄文後期~弥生初期)から受け継がれる「皇統の伝統」という神話を現実の歴史だとする小学生からの徹底したイデオロギー教育が断行されたのでした。

 明治の半ばにいったんは「個性教育」を打ち出していた文部省の方針は、山県らの意思で、「天皇主義教育」へと逆転し、それ以降無条件降伏による敗戦まで55年間、「日本の歴史は天皇が中心である」という神話による教育が続きました。そのため「個人」という概念は忌み嫌われ、天皇国家の中の日本人は「忠」(忠犬ハチ公はその象徴)の精神をもつべきで、公=天皇に仕える「滅私奉公」こそが最高の道徳とされたのでした。

 これは、一人ひとりの個人から生まれる内的世界の豊穣とは逆に、外なる価値に合わせて生きる国家主義の人間をつくることになり、個人の存在価値があらゆる価値の基盤である「フィロソフィー」とは無縁の大日本帝国のために日本臣民は存在するという強固な「国家主義」を生み、個人の内的宇宙は邪なものとされました。いまだに、「私の人生は私がつくるという」という人間の人間的な生を歩めない日本人が多いのは、その深い後遺症と言えます。


 壬申の乱後の律令政治のはじめと天皇家が南朝と北朝に分かれて戦争した時以外は、天皇は儀式を執り行う者であり、その意味でほんらい象徴的な存在であったのに、明治政府によりオドロオドロしい役割を担わされてしまったことを嫌悪する現天皇の明仁さんは、個人としての発言の自由がない現憲法下で精一杯の抵抗をしていますが、安倍首相らウヨク政治家は、天皇個人の意思などおかまいなく、天皇=皇室というシステムを利用してニッポン主義で国民を統一することに情熱を燃やしています。

 前置きが長くなりましたが、上記の事実と真実をよく踏まえないと、いまの安倍政権やそれと類似する多くの政治家の過ちと危険性を了解することができないので、最低限の説明を書きました。

 英仏ではだいぶ前から安倍晋三とその閣僚たちが所属するカルト教=「日本会議」という極右団体を危ぶみ、批判していますが、アメリカでも、元大統領特別補佐官のキッシンジャーが次期大統領のトランプと会談し、安部首相、麻生副総理らが特別顧問を務める「日本会議」を極右のカルトとし、危険視していると伝えられます。この「日本会議」の思想がどのようなものか、以下に少しご紹介します。

  中心メンバーの論客である藤原正彦 お茶の女子大学教授(数学者・ベストセラー『国家の品格』の著者)は、日本会議の宣伝誌(『皇位継承の伝統を守ろう!』=Amazonで買えます)16ページに以下のように書いています。

 「万世一系とは、神武天皇以来、男系男子のみを擁立してきたということである。男系とは、父親→父親→父親とたどると必ず神武天皇にたどりつくということである。・・・・これを変える権利は、首相の諮問機関にすぎぬ有識者会議にはもちろん、国会にも首相にもない。天皇ご自身にさえない。国民にもないことをここではっきりさせておく。飛鳥奈良の時代から明治大正昭和に至る全国民の想いを、現在の国民が蹂躙(じゅりん)することは許されないからである。」

 解説はいらないでしょう。ニッポン主義者は、このような気色悪い天皇カルト宗教を背後にもつことで、異常なまでの政治的情熱を持ち続けることが可能なのですが、これは、民主政とは二律背反で、とうてい西側諸国との思想的共通性をもつことはできません。こういう事実を国民みなが知らなければ、極めて危険です。この思想を現天皇の明仁さんが必死に食い止めようとしているわけが分かります。


 
武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員、国会職員に「日本国憲法の哲学的土台」を講義)
 
 
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内田樹「周到に用意された国会軽視とその先の絶望」 〔dot. 2016.12.24〕

2016-12-25 22:41:00 | 政治 選挙 

 

https://dot.asahi.com/aera/2016122200068.html

内田樹「周到に用意された国会軽視とその先の絶望」

by 内田樹 (更新 2016/12/24 16:00)

「国会は機能していない」と嘆く点では与党支持者も野党支持者も、右翼も左翼も変わらない

「国会は機能していない」と嘆く点では与党支持者も野党支持者も、右翼も左翼も変わらない

 

 思想家・武道家の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、哲学的視点からアプローチします。

*  *  *
 カジノ法案が審議らしい審議なしで猛スピードで成立した。このようなプロセスに国民の大方はもう慣れ始めた。国会は国民の代表が英知を結集して、国のかたちを議する国権の最高機関のはずである。けれども国会にそのような威信を認める人々は急速に減りつつある。

 特定秘密保護法、安全保障関連法、TPP、カジノ法案と国会審議の空回りと強行採決が繰り返されているうちに、私たちには「国会審議は『民主的な手続き』のアリバイ作りのための茶番であって、議員たちは執行部の指示に従って立ったり座ったりするだけのロボットのようなものだ」という拭いがたい印象が刷り込まれてしまった。

「国会は機能していない」と嘆く点では与党支持者も野党支持者も、右翼も左翼も変わらない。戦後71年、国会の威信が今ほど低下した時代を私は知らない。

 だが、この国会軽視は周到に準備されたものだ。委員会での安倍首相の投げやりな答弁やせせら笑いは、彼が国会審議をできればせずに済ませたい不愉快な義務だと感じていることを国民に周知させた。おかげで、日本国民は国会で何が起きようともそれに対して真剣な態度で臨むことに気後れを感じるようになった。質疑中に時間があまったので般若心経を唱え出した議員がいたが、それに本気で腹を立てる人がいなくなるほど国民の国会に対する「期待」は空疎なものになったのである。

 忘れている人が多いが、独裁と民主制は相性が良い。ヒトラーもムソリーニもペタンも、立法府が「私たちにはもう国家の重大事を議するだけの能力がありません」と自らの無能を宣言したせいで民主的手続きを経て独裁者になった。立法府が見識と威信を失えば民主制は自動的に行政府独裁に移行する。別に、ある日行政府の長が「私は独裁者だ。私に逆らうことは許さない」と芝居がかった宣言をしてから始まるものではない。議会が機能していないことを繰り返し誇示しているうちに、立憲民主主義は壊死するのだ。

 いま私は個別の法案の適否を論じているのではない。国会の存在理由が日々掘り崩されていることに当の議員たちの多くが進んで加担していることに絶望しているのである。(内田樹)

AERA 2016年12月26日号

 

 

 


自衛隊が南スーダン活動記録を廃棄!~なぜ?黒塗りより深刻!! 2016.12.24

2016-12-25 00:30:00 | 平和 戦争 自衛隊

自衛隊が南スーダン活動記録を廃棄!

http://79516147.at.webry.info/201612/article_202.htmlより転載

・・・・・・

 賢明なみなさんはもう、お分かりだ。安倍政権はルール違反を犯して無理やり自衛隊を派遣した。現地の自衛隊員たちが正直に、克明に「日々の活動状況」を書き連ねたらどうなるか。

 政権に不都合な記録もあろう。外部に漏れるとまずい。そこで気が付いたのが消し去ることだ。廃棄処分。証拠が無くなれば、どんな状況説明も可能だ。口から出まかせを言えばいいわけだから、これほど簡単なことはない。

 もう、なんでもあり。好き勝手に、やりたい放題だ。検証のしようがないのだから・・・。

自動代替テキストはありません。

 


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東京新聞 TOKYO Web http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016122490070206.htmlより転載

 

PKO部隊の日報廃棄 南スーダン7月の武力衝突 防衛省「目的終えた」

2016年12月24日 07時02分(東京新聞)

 アフリカの南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊部隊が、首都ジュバで七月に大規模な武力衝突が発生した際の状況を記録した日報が、廃棄されていたことが分かった。陸自の文書管理規則が定める三年間の保存期間に満たない。治安が悪化する同国でのPKOは派遣要件を満たしていないと疑問視する声が強いが、日報の廃棄でさらに批判が高まる可能性がある。

 南スーダンPKOは半年ごとに部隊が交代しており、七月に活動していたのは十次隊。ジャーナリストの布施祐仁(ゆうじん)氏が情報公開法に基づき、同月七~十二日の日報を九月末、防衛省に開示請求したところ、今月二日付で「既に廃棄しており、保有していなかった」とする通知を受けた。

 同省によると、陸自の文書管理規則では、PKO関連文書の保存期間の基準は三年間。一方で「随時発生し、短期に目的を終えるもの」や「一年以上の保存を要しないもの」は、例外的に一年未満で廃棄できる。

 同省統合幕僚監部の担当者は、廃棄の理由について「上官に報告した時点で、使用目的を終えた」と説明。これ以外の日報も、紙や電子データを含め、同様に廃棄しているという。

 陸自は、日報に基づき、後続部隊ヘの教訓をまとめた「教訓要報」を作成しており、当時の現地状況もこの中である程度記載される。しかし、原本に当たる日報が廃棄されてしまえば、治安の実態や自衛隊の行動について国民が正確に把握することが難しくなる。
 布施さんは「これが許されるなら、あらゆる報告文書はすぐに廃棄されてしまう。国民の検証のために公文書を保管する意識が欠如している」と批判する。

 

◆黒塗りより深刻

 日報廃棄の問題からあらためて浮かび上がるのは、活動継続への疑念が強い南スーダンでのPKOについて、国民に正確な情報を届けて理解を得ようという意識が、安倍政権に依然として薄いことだ。

 ジュバで最初の大規模衝突が起きた、二〇一三年十二月に派遣されていたPKO五次隊の「教訓要報」には、隊員らが防弾チョッキと鉄帽を着用したり、撤退経路を偵察したりという対応が記されている。

 これを作成する材料となった日報が存在していれば、国民は当時の状況をより詳しく知ることができた。

 まして今回、日報の廃棄が判明した六日間は、陸自の宿営地の隣にあるビルで銃撃戦が起きるなど、一三年に劣らず緊迫していた状況が明らかになっている。日報の廃棄が、検証を難しくした可能性は大きい。

 PKO関連文書の保存期間を原則三年間と定めた、文書管理規則が形骸化している事実も見逃せない。今回のように「上官に報告したから」という理由での廃棄がまかり通れば、組織にとって都合の悪い文書はすべて公開せずに済む「抜け道」になりかねない。

 南スーダンPKOを巡っては、これまでも現地報道を基にした地図を黒塗りにして公表するなど、情報公開に消極的な政府の姿勢が批判されてきた。黒塗りどころか、将来公開される可能性を摘む「廃棄」は、より深刻な問題だ。 (新開浩)