爺さんが伝えたいこと

寡黙に生きて来た爺さんが、一つの言葉ででも若い人達の役に立つならば、幸いです。

自分を知る

2022-01-12 22:08:32 | 日記
九州、四国を討ち、西日本を平定した秀吉は、次に関東の重鎮北条氏を傘下に加えるべく、使いを送り上京を促した。

しかし、北条氏政、氏直父子は天下の形勢を察せず、自分の力を頼み、秀吉を軽視し、言を左右してそれに応じなかった。

あまつさえ、秀吉に開戦の口実を与える様な事まで、したのである。

そしてひとたび戦端が開かれると、小田原城の要害を頼って、籠城の策を採った。

小田原城は天険の地で、かつての勇将上杉謙信が大軍を以て囲んでも、ビクともしなかった実績がある。

その夢を追った訳だが、天下の半ばの兵を集めた秀吉の力は、かつての謙信の比ではない。

それに対して、北条氏自身は早雲以来五代を数え名門化して、かつての質実剛健さがやや薄れつつあった。

したがって、戦いの帰趨はおのずと明らかで、北条勢も各所に善戦はしたものの、圧倒的な勢力差はいかんともしがたく、あたら関東に雄飛した北条氏も五代で滅亡してしまったのである。

孫子の有名な言葉に「彼を知り己を知らば、百戦して危うからず」とあるが、この北条氏政、氏直の場合は、その反対に相手を知らず、自分をも知らなかったと言えるだろう。

ちょうど大東亜戦争に於いて、日本がアメリカの勢力を低く見、みずからを過信した様なもので、これでは到底勝つ事は出来ない。

やはり、相手の力と言うものを的確に計った上で、戦うべきか、和すべきかを判断しなくてはならない。

しかし、実際には中々これが難しい。

ともすれば、希望的にものを見て、相手を軽視し、自惚れを持つ。

特に、相手を知る事も出来にくいが、それ以上に自分の力を正しく知る事は難しい。

自分の事は一番分かりそうなものだが、事実は反対で、いわゆるひいき目と言う事になってしまう。

だから指導者は、そういう事を十分考えた上で、自分の力、自分の会社、団体、国体と言ったものを客観的に眺めて、正しく把握する事に務めなくてはならない。

その様に自分を的確に知る事が出来る人は、相手についても誤りない判断が出来るであろう。

そうなれば、何事をやっても、殆ど失敗せずに、行けるのではないかと思ってしまうのだが。