爺さんが伝えたいこと

寡黙に生きて来た爺さんが、一つの言葉ででも若い人達の役に立つならば、幸いです。

良し悪しに捕らわれない

2022-01-15 22:05:27 | 日記
自分の考えや思想を大切に守っていく事は、大事な事には違いない。

ただし、それを大切に守っているだけなら良いが、他人に対してそれを主張し始めると、当然相手にも考えや思想がある筈なので、だんだん食い違いが出てきて、お互いが孤立し一人ぼっちの寂しさを味わう事になる。

自分の考えや思想を持っていても、それを振り回したり、相手に押し付けたりしなければ良いのであるが、真面目な人ほど勉強を積むごとに、考えや思想が固着してしまい、相手の考えや思想を受け入れる寛大さを失って、孤独感に拍車を掛けられる事になる。

他人と強調する事が出来なくなる。

そこで、もしみんなと和やかに仲良く生きて行きたいなら、たまには自分の考えや思想を、ポイッと紙屑みたいに捨ててしまう事だ。

「徳の脩めざる、是れ吾が憂いなり」と孔子は言う。

自分の命は、宇宙の生成力によって、育てられていると言う事実に目を転じれば、もやもやした頭の中に考えがすっと消えて、明るくなれる。

そして、あらゆる人と共鳴して生きて行ける。

禅語に「放下着(ほうげじゃく・従容録)」がある。

「捨ててしまえ!」「投げ捨てろッ」という意味である。

人は良いとか悪いとか、正しいとか正しくないとか、損だとか得だとか…と、いつも二つの考えを対立させ、そのどちらかをピンセットで摘まもうとして悩んでいる。

そういう損得の対立関係を捨て去ってしまえッ…と。

その代わり自分の居場所は、しっかりと守っていなくてはならない。

とんな事があっても、善悪を超越した大宇宙にどっかり座っている。