story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

親父との夏

2021年07月12日 23時00分37秒 | 詩・散文

あれはちょうど万国博覧会が大阪で開催されていた頃

わが家の白黒テレビには連日、万博会場の混雑ぶりが映し出されていて

でも、親父は息子を何処かへ連れていきたかったのだろう

「ハイキングに行こうか」と六人いる兄弟姉妹の

年長者である僕だけを誘って難波へ出た

当時、港区築港から難波へ行く市バスが結構あって

それに乗ったのだと思う

 

難波の高島屋、地下の食料品街でおにぎりをいくつか買ってくれた

 

難波から乗った近鉄電車だが上本町ですぐに乗り換え

大阪線の準急だったと思う

めったに乗らない海老茶色の電車に二十分ほど乗っただろうか

二上という駅で降りるとそこは

真夏の青空と濃い田んぼの緑、陽炎のような里山が目に入る田舎だった

 

都会で生まれ育ち田んぼなど見ることもない僕は

その景色だけで遠くへ来たという気がしたものだ

 

親父は道を知っているようで駅からまっすぐに歩き

里山の登り口についた

そこから山道に入る

「これはまさに獣道っちゅうやつや」

そう笑いながらも楽しそうに山を登る

大汗を掻き、山の頂上近くの岩場に着いた

 

「ここで昼にしよう」

そういって岩場に座り込み、おにぎりを手渡してくれる

自分はいつの間に買ったのか、日本酒のワンカップを持っていた

「おとうちゃん、ご飯は?」

僕がきくと親父はワンカップを高々と上げて

「これの原料は米や、つまり、ご飯と同じや」

と言って笑う

 

山の上から見る香芝・二上の里の風景は広く緑に染まり平和そのものだ

今いる山の右手にゆったりとした大きな山が見える

「あれが二上山や」と教えてくれる

二上山は当時住んでいた大阪市港区からでも高い建物に登ればよく見えた。

ただし、金剛・葛城山系の北端に

小さな二子山として可愛い不思議な姿で見えていて

そのすぐ隣から生駒山系の穏やかな姿が続いていた

「二上山って、うちらのほうから二子山に見える山やろ」

「そうや、ここからやったら重なるから一つの山みたいに見えるけどな」

「ここから見たら富士山みたいやな」

「ああ、二上山も元々は火山やさかいな」

火山という言葉に僕は驚き

「火山やったら噴火したら怖いな」と言うと

「とっくに死火山になっとるから、噴火はせん・・けど・・」

「けど?」

「ワシが子供のころ、あの山の向こうの空が真っ赤に染まった」

「空が燃えたん?」

「うん、大阪が燃えとった、そやから二上山が火を背負うとるみたいやった」

「なんで大阪が燃えたん?火事やったん?」

「空襲や、アメリカがなんも悪いことしとらへん大阪市民の上に爆弾を降らせたんや」

「あ、学校で聞いたことあるわ」

「ちょっと聞いただけか、この頃は学校でも、ちゃんと空襲を教えへんのかいな」

「うん、あったという事だけ教えてくれたわ」

「八回もB二十九 が飛んできたんやで」

「八回も?」

「それも一回に何百機もつらねてな」

「何百機って、ものすごいな」

「そや、でも、うちはその時はもう、ここに疎開してたからワシは空襲にはあってないんやけどな」

「普通の市民を狙うのは卑怯やな」

「それが戦争やからな」

当時、親父の家は八百屋をミナミの大和町で営んでいた

本土決戦では都市部が狙われる

ここ二上に親戚があった親父の家は

その年は明けてすぐにここに疎開していたという

「もうあかん、商売なんかしてられへんって、おじいちゃんが言うてな」

「おじいちゃんは日本が負ける、アメリカが空襲してくるって知ってたん?」

「いろいろ顔がきく人やったからな、そういう情報は掴んどったんやろ」

おじいちゃんと言うのは親父の母、つまりは僕の祖母が

満州から日本へ帰ってきてから再婚した相手で

もう病気がひどくて寝たきりになっていた

 

親父は二上山のほうをじっと見ている

セミが鳴いている

奈良盆地を渡る風が吹く

 

******

昭和二十年三月十三日

もはや皆が寝ようとするときに空襲警報がけたたましく鳴り

家族はそれぞれ防空頭巾を被って隣の家と共同の防空壕にいた

「あれ見てみい、大阪のほうがえらい空襲やで」

隣の家の爺さんが庭先で叫ぶ

さっきまで鳴り続いていて空襲警報はいつの間にか静かになっていた

「なんやて」ぞろぞろと一家は庭に出る

暗い空の下のほうがやや明るくなり

二上山のシルエットがくっきりと浮かんでいる

「ちょっと見てくる」

満男が家族から離れ外に飛び出した

だれも止める者はおらず

村のはずれで、やはり飛び出してきていた少年たちと会う

「おう、山に登ってみるか」

誰かが言い出し、少年たちは夜の里山に向かう

夜道だが、道に慣れている村の少年たちだ

迷うことなく山上の岩場に着く

 

時々、遠くで小さく花火のような光がいくつも落ちていく

花火と違うのは上から落ちていくという事だ

そのあと、細かな小さな光がもっと数えきれないくらいに落ちていく

「こっちにもけえへんかな」

満男が心細くなり口にすると別の少年が諭す

「アメ公、こんな田舎に爆弾落としても仕方ないやろ」

だが、それからは無言だ

大阪の街が焼かれている

雷のような音が遠くから響いてくる

 

どないなるんやろ、ミナミの友達も、学校も自分の家も

 

満男はこれまでも何度も不安を感じたことはあった

母が突然満州へ行くといなくなったとき

祖母と住んでいた栃木からいきなり大阪へ呼ばれたとき

この人がお父さんだよと母に怖い顔の男を紹介されたとき

その父親になった男に何度も殴られたとき

そしていきなり奈良へ疎開するといわれたとき

 

だが、遠くから見ているだけなのに

この夜の不安はそんなものとはかけ離れた恐怖そのものだった

大阪が焼かれていく・・

暗い空が下のほうだけ明るくなり二上山がくっきりと浮かび上がる

地獄とはこのことかと思った

 

******

 

親父は一通り話してくれると

僕を促して下山した

田んぼの中を歩き、一軒の農家の庭先に入り

「おばちゃん、元気か!」

と声をかける

 

出てきたのは年配の女性で

「おやおや、みっちゃんやないか、来てくれたんやな」

嬉しそうにそういい、僕を見た

「息子かいな、えらい大きな息子がおるんやな」

親父は照れ臭そうに笑いながら

僕を連れ、女性について農家の暗い土間へ入っていく

 

帰りの近鉄電車で僕は疑問に思ったことを親父に訊いた

「なぁ、お父ちゃんの家は大丈夫やったんか?」

「空襲できれいさっぱり焼けてしもたわ」

当たり前やろと言いたそうに親父は苦笑する

窓を大きく開けた近鉄の準急電車は

田んぼの風を思い切り吸い込みながら奈良盆地を走っていた

 

******

 

ふっと、夏の旅行に近鉄で名古屋へ向かった

特急はもったいないからと、急行のロングシートに身を任せカップ焼酎を舐める

冷房の良く効く空いた車内

電車が淡々と二上を通過する

 

あの里山はどれだろう・・

ロングシート故、向かいの窓に映る景色を眺めている

だが、宅地開発が相当進んでいるようで、親父と登ったあの里山は見つけられず

整備された住宅地が広がるだけだ

急行電車はさっさとその場を通過してしまった

「おとうちゃん、あの山はどこやったんやろ」

焼酎の酔いに朦朧となりながら

僕は自分の中にいる親父に語り掛けていた

 

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知惠子抄

2020年12月26日 06時23分16秒 | 詩・散文

 

今の上皇・上皇后陛下のすぐ脇に緊張した表情で

けれど何かを発言しようとしている若き日のあなたが写っている

両陛下は皇太子・皇太子妃時代のようだ

 

ほかにも紙袋や使いきった化粧品などのケースを片付けると

いろいろな写真が出てきて

それは、若き日のあなたがパレスチナへ行ったことの記録写真だったりする

 

若き日のあなたは面長で細身、美しい女性だったようだ

ようだ・・と書いたのは僕は生きているあなたに出会うことがなく

あなたが亡くなったことであなたの家の処分を巡り

困り果てた長野県小諸市の担当者が、唯一の血族である僕を探し出した

 

突然届いた固定資産税の督促状に驚いた僕はすぐさまその市役所へ電話を入れた

「お電話いただけると信じておりました」

実直そうな役場の担当者の声が聞こえる

そこからこの半年余りの僕の苦闘が始まった

 

正直、あなたの存在は知らなかった

僕にとって祖父である、あなたのお父さまのことは知っていた

だが、僕は本当の「じいちゃん」は栃木に居たものとばかり思っていた

それが突然の長野県だ

 

長野といえば鉄道ファンである僕の若き日

そこの電鉄を巡りに訪れたことがあって、この小諸を僕は通っていた

そのころ、まだ祖父は存命で

あなたは最も女性が輝く年代のキャリアウーマンだったのだろう

 

あなたの父親が亡くなり、数年して母親が亡くなり

そして六年前に父違いの兄が亡くなった

一人になったあなたはすでに定年を超え、十分すぎるほどの年金を受給して

何不自由ない暮らしをしていたと周りには見えていたのだろう

 

だが、ある頃から精神に変調をきたした

何かに追われている

何かが迫ってくるその恐怖

 

何も迫ってくるものなどない静かな町で、あなたは何かにおびえ

時折、近所の家に逃げ込んで助けを求めることもあったそうだ

 

それでも昼間のあなたは陽のあたるウッドテラスに出て

好きな花に囲まれ時にはすぐ近くに聳える浅間山に向かって背伸びをする

たまに、家の傍を走るローカル電車の音が響いたことだろう

好きな音楽、好きな英文学のCDが明るい部屋に流れ

自分で煎れたコーヒーの香りと味を楽しむ

パレスチナに単身乗り込んだほどの度胸のある・・あなた

誰しも周囲の人は強いあなたをイメージして

あなたの心のひだに気が付くことはなかった

 

この地方では朝晩には氷点下になることもある十月の下旬

何かから逃げようとクルマを走らせたあなたは

どんどん南へ下がっていき

高原別荘地で有名な小海、清里を越え

ウィスキー醸造で知られる山梨県白州の

小さな小学校の先の行き止まりにクルマを突っ込ませてしまった

すでに夜になっていたはずだ

 

スマホで助けを求めることも出来ぬくらいに精神が錯乱していたのだろうか

財布も免許証も置き去りにされたクルマの中だ

 

クルマを下りたあなたは現地では冬の始まる季節ゆえ

寒いはずの夜の藪に入り込んだ

そこは今は使われていない農業用の林道

藪に覆われ昼間だとたぶん誰も立ち入る勇気が持てないところ

あなたは何かから逃げようと必死でそこを歩いた

 

靴などすぐに脱げてしまったし、靴下も破れてしまった

それでも逃げよう、逃げなければとあなたは藪を歩いた

 

やがて広いところに出る

それは田圃であったが、そこはあなたには楽園の入り口に見えたのだろうか

逃げ切った

そう安心したあなたの目は

月齢二十六のか細い月を見つけることはできただろうか

 

そこは釜無川の清流にほど近く

川のせせらぎがあなたの耳に入ることはあったのだろうか

 

刈り入れのとうに終わった田圃にあなたは倒れ込んだ

あと少し、あと二十メートルも歩くことができれば

人の通る道だったというところで

 

だが、あなたはそこで安心して空を見たのかもしれない

ここなら誰も追ってこないと

 

我が叔母、知惠子様

なぜに僕がもっと早くあなたに出会うことがなかったのか

出会えればそれこそいろいろな面白いお話を伺えたのに

出会えればたとえ僕の様なつまらない甥でも

あなたの心の隅で冗談でも湧かせることができたのに

 

今、あなたの居宅の窓から

明るくそびえる浅間山を眺めている僕がある

 

*知惠子の母方親族の方々、隣保の方々、長野県小諸市役所の方々、山梨県警北杜署の方々にこの度のこと、深く感謝し御礼申し上げます。

(銀河詩手帖第303号掲載作品)

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秋の鬼無里

2020年11月18日 10時24分30秒 | 詩・散文

念願の、秋の鬼無里へ行く機会が作れた。
長野県小諸市での所用が続く中、信州との不思議な縁をくれた紅葉さんに、どうしてもお礼がしたかったからだ。

縁の始まりはこの拙作だ。
「鬼無里の姫(紅葉狩伝説異聞」
・・https://blog.goo.ne.jp/kouzou1960/e/024431232941a5be703d9203156ae500
・・https://blog.goo.ne.jp/kouzou1960/e/54632ee9e6a7ffc512a9edc8ddf51ef6

夜行バスで長野市に入り、11月とは言えすでに冬の気温の長野駅前の寒さに驚きながら・・・
始発バスを待つ。
鬼無里へのバス路線はアルピコ交通が運行しているが、ほぼ毎時一本と昨今のこの手の路線にしては、充実している。
7時過ぎの路線バスで鬼無里へ・・・
長野市街地は10分ほどで抜け、紅葉の盛りを過ぎた山の中へ・・・

だが、朝の光の中で見る山々は美しくため息が出る。
路線バスは狭隘な区間もある国道406号を走るが、時に新道を外れ旧来の街道筋の集落へも入り込んでいく。
長野からの乗客は男女一人ずつ、途中の山の中で女性が一人乗ってきて、先に乗っていた女性と親しく会話を始める。
どうやら、鬼無里中心部の施設へ通勤する人たちのようだ。

長野駅前からちょうど一時間、鬼無里の「町」にある「旅の駅・鬼無里」がこの路線バスの終点だ。
鬼無里資料館前だが、わざわざ始発バスに乗ったのはここから先に行きたいがため。

旧鬼無里村営バス→現長野市営バスがここから平日に限り日に3本、鬼無里のさらに奥と村の中心を結ぶ。
そのバスに乗りたいのだ。

バスは銀色のマイクロバスでほかの乗客はおらず、乗ってすぐ運転士さんに「加茂神社前まで行きたいんです」と伝える。
「あそこまで何か御用ですか?」
「いえ、東京・西京を散歩したいのですが、東京口から加茂神社の強烈な坂が・・・」
「なるほど、確かにそうですね~~」
そこから運転士さんとよもやま話をしながら山の中のマイクロバスの旅。

といっても距離的には5キロほどで、10分弱でバスは裾花川沿いに走り、強烈な坂を上って加茂神社前に着いた。
「30分ほどでもう少し奥で折り返すから、よかったら帰りにもどうぞ」と言ってくれたが、30分ではとてもみたいものを見ることができそうになく、「ありがとうございます!ただ、30分では時間が足らないのでたぶん歩くことになるかと」と答えた。
「調べたいもの、見たいものが全部見れればいいね」
愛想良く運転士さんは銀色のバスを走らせた。

鬼無里、加茂神社前から見た景色。
日本の里だ。

すぐ近くの加茂神社。
都を懐かしがる紅葉姫のために、村人たちが地名を京風に変えたと言われる一つでもある。

本殿。
村の文化財に指定されているそうだ。

「ねずこ」の木(右)。
ねずこと言うのは木の種類だが、今流行りの「鬼滅の刃」に出てくるヒロイン、竈門禰津子をイメージするという、しかもここは「鬼」無里であり、地元の放送局が飛びついたそうだ。
だが、大正時代を背景にしたアニメ作品とは異なり、こちらは平安時代が舞台、スケールが違うというものだ。

神社の氏子総代という人が話しかけてきた。
どうやら、朝早くからカメラを持っている人がうろうろしていると聞いて、様子を見に来られたらしい。
来意を説明し、神社のこと、貴女紅葉のこと、いろいろお話をした。
「今日、半日くらいは歩き回らせてもらいますね」というと「半日でも一日でも、好きなように歩き回って写真を撮ってくれ」と笑った。
すると通りがかった軽トラックの兄さんが「俺もを撮ってくれ」と・・・
お互い、笑い飛ばして兄さんはさっさと自分の仕事場へ向かう。

鬼無里の秋・・
東京(ひがしきょう)は一条から十六条まであるという。
そう言えば、先ほどのバスの運転士さんも東京出身だと言ってくれた。
心が澄み渡るような里の風景だ。

東京四条バス停。
名前からする印象と現実の景色の違いはすでに気にもならなくなっていた。
ここは鬼無里である。

黄色く色づく木があった。
鮮やかな黄色で銀杏かと思ったがよく見るとモミジか、いや、モミジに近いカエデの一種か。

先ほどのバスが南鬼無里で折り返してきた。
バスの運転士さんが軽く手を振ってくれる。
バスの乗客はいない。

裾花川を見下ろす。
紅葉姫、こういうところに住み着いたのは案外、彼女にとって良かったのかもしれない。
たぶん、姫の出身地である猪苗代よりずっと山深く見えただろう。

里の秋・・
鬼無里へ来るとこういう風景がごく当たり前に存在する。

内裏屋敷跡の遠望。
せめてもと、地元の人たちが植えたモミジが美しい。
だが、すれ違った女性には「先週来ればよかったのに、すごく綺麗だったわよ」と残念がられた。
こればかりは、ここを目的としての信州訪問ではないのでどうにもならない。

内裏屋敷跡。
ここで村の人たちに読み書きを教え、医師としても活躍したという紅葉姫、彼女は悪しざまに描く伝説よりずっとこの地を愛していたのではないだろうか。

ここは、もう一つ遺跡があり、「月夜の陵」と呼ばれている。
詩人、田中冬二の碑文。

碑が浸食され読みづらくなっているが、碑文はこうなっているという。
「信州戸隠や鬼無里は はやい年には
十一月に もう雪が来る 鬼無里に月夜の陵といふ古蹟がある
白鳳の世に 皇族某(なにがし)が故あって
此処に蟄居したが その墳墓(ふんぼ)と云はれてゐる
その史実はもとより伝説さヘ 日に日忘却されやうとしてゐる
月夜の陵 何といふ美しく また悲しい名であろう」

一説には紅葉姫の腰元とも言われる「月夜」という女性の墓がある丘で、夏に来た時は藪に阻まれ、そこへたどり着けなかった。
貴女紅葉の碑の後ろの山、数分歩いたところにひっそりと石の墓があった。


貴女紅葉供養塔そばのモミジを・・
盛りは過ぎているものの、かえって大人の風情ではないだろうか。

そのモミジを正面から。

ぶらぶらと西京、春日神社へ歩く。
鬼無里の空気を吸っていると、心底、ここが自分の故郷であったならとも思う。
春日神社、ここも紅葉伝説で社名を変えたと言われるところだ。


本殿、この控えめな感じがまたいい・・・

ここから「町」へ5キロを歩くことにした。
お天気は良いし、少し風は冷たいが歩くにはかえって都合がよい。

途中から国道を離れ、裾花川対岸のもう一本の道を行く。
十二平集落付近からの眺め。
白髭神社が有名だが、計算するとあまり時間がなく、今回は割愛した。

北アルプスが見えた。
穂高か、鹿島槍か・・

村の中心部(町、松尾あたり)の向こうに聳える山が「新倉山」で、紅葉伝説では「荒倉山」とされているところだ。
山の北側に紅葉のものとされる洞窟があり、一見の価値ありだそうだが、徒歩ではかなりきつい・・・

松厳寺もモミジが美しい。

本堂。

なにやらマンガチックな看板が・・・・
近づいてみるとまさに貴女紅葉の絵で、松厳寺はじめ村の方々で作り上げたキャラクターのようだ。
他所から持ってきた鬼滅の刃などよりこっちのほうがずっといい。
可愛い・・・

この寺院創建には紅葉の事件が関わっているのだが、ここは木曽義仲との縁も深い寺院で、次回にはきちんと訪問しようと思う。
今回はいきなりなので写真だけで失礼。

ここにはかの川端康成の碑もあり、大文豪も貴女紅葉の伝説に深くひかれていたそうだ。
惜しむらくは文豪の紅葉狩伝説記が日の目を見なかったことだろうか。

紅葉の墓所。
大禅定尼の戒名、途絶えない火や供物、土地の人の貴女紅葉への想いが感じられる。
ここで僕は信州との縁をいただいたことを感謝し、紅葉姫の名誉が挽回されるように祈った。
「まあ、古いお話ですから・・」紅葉さんが笑ったような気がした。

松厳寺の紅葉。
「来てくれてありがとう、またもっとゆっくりおいで下さいね」
ふっと、紅葉姫の声を聞いた気がした。
何度でも来たくなる場所、何度でも会いたくなる伝説の姫。

午後の光に裾花川が浮き上がって見えた。
まもなく午後のバスが出る。

 

鬼無里の姫には完全な創作の外伝もある。
会津の黄葉」https://blog.goo.ne.jp/kouzou1960/e/3c19aa773ef86a1e9d44ec2174780802

信濃の鬼武」https://blog.goo.ne.jp/kouzou1960/e/56cb76b62267a1bf36fb4e714fc3d4f6

前回訪問時の旅行記https://blog.goo.ne.jp/kouzou1960/e/416920eba478421df8a2d81d38692f74

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キハの音

2020年10月21日 22時29分12秒 | 詩・散文

小淵沢でレンタカーを返した。
それは長坂辺りで自分にとってどうしても無視できぬ事件があり、そのことを確かめるためにレンタカーの営業所のある小淵沢で借りたクルマだった。
長坂での用事を終え、時間が余ったからと武田氏最後の居城である新府城址までいったのが時間を押す結果となった。

クルマを返し、改札に上がると次の小海線列車は1時間半後と言うことになっていた。
思わず駅員に「小諸行きはこの列車までないのですが?」と尋ねた。
「まもなく発車する列車が小諸行きです。走れば間に合うと思います」
という答え。
乗車券はすでに神戸で手配したものがあるので改札を入って小海線ホームへ急ぐ。

そこに停車していた列車はキハ110系と呼ばれるJR東日本のいわばローカル線用の標準車両だ。
なんでもいい、僕が乗り込むと列車はすぐにドアを閉め、発車する。
どうやら駅員からの連絡で発車を少し待っていてくれたようだ。

車内は空いているというほどではないが、うまく二人向かい合わせの席が空いていた。
座ってホッとすると、列車はいきなり急こう配をどんどん上がっていく。

僕は一人で向かい合わせの席に座っているが、実は僕と一緒に長坂近くの白州で声をかけた叔母が僕の肩について乗っているはずだ。

初めて乗る小海線列車の旅ではあるが、発車してから驚愕の車窓風景が続く。
日本のローカル線でこのようにダイナミックに高原を走り続ける路線って他にあるのだろうか。
JR世代の気動車は、喘ぐことなく、淡々と坂を上っていく。
白樺林の中を抜け、お洒落なペンションの点在する場所を抜け、谷川を渡る。
時刻はすでに夕刻となり、国内鉄道最高地点を超えると、窓の外は完全に夜となった。

気動車はこの辺りからは緩い坂を下り、淡々と惰行していくようで軽やかなエンジンの音はアイドリングのそれに近い。

いつしかボックスシートの向かいに年配の女性が座っている。
「ありがとうね、迎えに来てもらって」
「いえいえ、それよりこうして向かい合って座ることができるのは嬉しいことです」
「こうちゃん、敬語はしんどいよ、タメ口で行こうよ」
「といっても叔母様、僕はあなたのちょうど一回り年下ですし」
「一回りかあ、ほんと、会いたかったね、生きているときにさ」
「僕も会いたかったですよ、なんで連絡くれなかったんですか」
「知っていたのよ、あなたがいることも・・でもなんだろ、気後れがしてね・・」

71歳だという叔母だが、見た目は美しい大人の女性というイメージだ。
細身、ラメの入ったルージュ、軽そうな絹のカーディガン。

エンジンの音が響く車内。
レールジョイントがゆったりと流れていく。

乗客は誰もエンジンとレールジョイントを子守歌に、ボックスシートの背もたれに身を任せている。

「でもさ、こうしてでも会えたってこと、嬉しいじゃない」
「うん、確かにそうですね。連絡がなければ僕は叔母様のことを知らないまま」
「でしょ、だからあなたを呼んだのよ」
「僕は呼ばれたんですか?」
「そう、純文学が好きなあなたを・・」
「文学は確かに・・特に小諸に縁のある島崎藤村などは好きですが、でも文学より鉄道がもっと好きですが」
「ははは、そうだったわね・・兄は鉄道員だったけど鉄道ファンではなかったわ」
「僕は鉄道ファンであるために鉄道員であることを捨てました」
「変わってるわね、あなたの生き方、きっと損ばかりしている」

窓の外はもう真っ暗だ。
キハのエンジン音に身を任せていると、いろんなことがどうでもよくなってくる。
そういえば、ずっと昔、国鉄のあちらこちらのローカル線にキハ20なる車両が走っていて、あるとき、それは高山線だったか舞鶴線だったか記憶が定かではないがそのキハ20の普通列車に乗っていて、それも夜、乗客の少ない列車、淡々とアイドリングに近い状態で座席の背もたれに身をゆだねて乗っていると、唐突に「もし、このまま人生が終わっても何の悔いもない」と思ったことを思い出す。

JR世代のキハ110系は乗り心地はキハ20よりずっといいし、座席もゆったりしていてとても良い。
真っ暗な窓の外、緩い下り坂を走るキハのアイドリング状態のエンジン音とレールジョイント。
あの時のキハ20に近いものを僕は感じた。
「ね、こうちゃん」
「なんですか?」
「まだ死んじゃ駄目よ」
「ええ、まだそのつもりではないですが」
「うそ、あなた今、このまま人生が終わってもって思ったでしょ」
「あ、それは確かに・・キハに乗って人生を終えれたら幸せかもしれない」
「駄目よ、いろんな人に迷惑をかける」
「それはそうですね、そう思うのはよしておきます」
「そう、それより「いま僕は至極の幸福の中にある」って思うのどうかしら」
「それいいですね、いただきます」
「じゃ、あげるね・・私の家と一緒に」
「了解しました」
僕はちょっと高圧的に叔母に答えた。
家なんてのは貰っても負担が増えるだけで困るものではある。

佐久が近づくと乗客が増える。
いつしか列車はワンマン運転ではなく車掌が乗務していて、車内検札に余念がない。

山の中の暗闇ばかり見てきた僕の目に、新しい佐久平の街が大都会に映る。
そして乗客がどっと乗り込んできた。

叔母が座っていたはずの向かいの席には若い女性が座った。
マスクをして一生懸命にスマホを弄っている。

列車はもはやローカルでもなんでもない通勤列車となりやがて小諸駅に滑り込んだ。
「叔母様、帰ってきましたよ」
「ありがとう、私は先に家に帰っておくね、あなたは明日の朝、ゆっくりでいいから来てね」
「ええ、温泉に入ってゆっくりしてから伺います」
「待ってるわよ」
「はい、それより明日は浅間山が見えるようにしてくださいね」
前回来たとき、雨模様で浅間山は見えなかった。
「そんなこと、私に頼まれてもなあ」
叔母はくすっと笑って空の上に消えていく。

大勢の乗客が降りた小諸駅のホームで、到着した列車を眺めながら僕はゆっくり跨線橋の階段を上る。
さてこの街、今から食事をするところなどあるのだろうか・・僕の心配事はこの時はその一点になっていた。
10月になったばかりなのに夜風が冷たく、寒いと思える小諸だ。

翌朝、ホテルを出るときには見えなかった浅間山は、家の二階の窓を開けた時に、目の前に聳えていた。

 

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助けてよ

2020年07月24日 22時14分42秒 | 詩・散文

秋が深まる深夜の山梨県道を一台のセダンが走る
運転している女性は還暦も過ぎていて
人生の様々なことを味わっている年頃のはずだ

クルマは一度、交差点で停まった
ナビは自宅の方向を直進として射しているはずだ

だが、女性は交差点を左にハンドルを切る
二車線の快適な道路が続く

助けて・・
呟きながら女性はクルマを走らせる
助けて・・
この頃、近所の人が私の悪口を言ってる気がするの
どうすればいい?
警察にも相談したわ
でも誰も味方になんかなってくれない

やがて二車線道路は一車線に
そしてだんだん狭くなってくる
クルマを停めて彼女は外に出てみた

冬近い満点の星だ
あの星の中に行きたい・・
自分で呟きながら
なんと夢みたいなことをと思い直す

でも、あの賑やかで明るい星たちのところへ行きたい
ね、従妹のマキ、ワタシこのままやってけるかな

昨日のメールにマキは優しく返してくれていた
だから怒るだろうなぁ
私が夜中にこうやって飛び出したことを知ったら

あの子、独身でさ、私と同じ道を歩いているの
不思議だよね、お兄ちゃんも独身だったし
私、もうきっと誰かいい人と出会うなんてないよね
マキは相手をみつけてよね
今からでも遅くないよきっと

不安なことがあると一人って駄目ね
自分で自分がコントロールできない
こうして山の中にきて星空を眺めても何も解決しないのに

彼女はまたクルマに乗り込み
深夜の山道を
本当は来た道を引き返すべきだったのだろうけれど
また前に向かって進みだした

お兄ちゃん、会いたいよ
何処で会える?
あの世?
でもまだ早いよね私
還暦過ぎたけれど、病気だって全然ないし

でも
心が壊れてる感じがするの
近所の人、本当は悪い人なんかじゃないんだろうけれど
なんだか気に障るの
そりゃ、お父さんが生きていた頃からのお付き合いだもの
悪い人であるはずないよね
でも、私にはダメなんだよ
あの賑やかさがさ

クルマはさらに細い道に入りやがて行き止まりになった

バックしなくちゃ
彼女は運転が上手だ・・本来は
だが真っ暗闇の行き止まりの山道での後退

気が付くとクルマは斜めになっている
だめ!
そう思ったとたん、クルマが横に滑り出した

ガシャガシャグシャ

どうやら道を外れて転落したようだ
彼女はクルマから外へ出た

黒い山々の間の空は満天の星だ

お兄ちゃん、助けてよ
ここから、今のところから救い出してよ

そういえば、私にはもう一人のお兄ちゃんがいたって
お父さんから聞いたな
そのお兄ちゃんも助けてよ

彼女はふらりと歩き出した

そこは山の中の棚田
すでに稲は刈り取られ雪を待つだけだ

歩いて歩いて
そして倒れ込んだ
仰向けになって見上げる空の星

満天の星が彼女の身体に覆いかぶさる
風が吹いた
何かが飛んできてあたる
葉っぱのようで、手に取ると夜目にもモミジとわかる

可愛い・・
その葉を握りしめ
彼女は星々に抱かれるように眠くなってきた

お兄ちゃん
そう声をかけるとつい5年前まで一緒に暮していた兄と
もう一人、優しそうな男が彼女を見つめているのに気が付く

あ、もう一人のお兄ちゃんだね
手を伸ばして二人の腕に抱きとめられる

お兄ちゃん、会いたかったよ
私、ずっと一人だったんだよ
本当は秋の真っただ中
冬が早いこの辺りでは気温は低く、彼女の身体は冷えていくはずだ
だが、彼女は身体が暖かくなり、心が満たされる気持ちになる

満天の星の下
甲州の山の中
一人の女性が静かに天に召された

彼女の免許証も携帯電話も
壊れたクルマの中に置いたまま

コメント
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