私的海潮音 英米詩訳選

数年ぶりにブログを再開いたします。主に英詩翻訳、ときどき雑感など。

自作詩 裏庭

2014-09-01 23:26:17 | 自作詩
  裏庭

 ひとときのなかに永遠をみていた子どもが
 かつてここにあったと
 わたしがどうして思い出せよう
 雨多い夏の終わりに
 雲間から光はふらず
 果てない荒れ野を夢みながら
 わたしは庭にいる
    そこはわたしの育った家だ
    石の垣にかこまれたみどり深い家だ
 わたしの庭に鳥は飛ばない ただどくだみの花が咲く
 赤く錆びた氏神のほこらの屋根に 黒い揚羽がくる

  わたしのけやきは枯れてしまった
  ひいらぎも枯れてしまった
  庭は小さく明るくせまい
  わたしはとてもさびしい
   わたしの足ふみおろすところに
   どくだみの白く開いて
   寂しい わたしの母たちの骨を
   ふくよかにおおいつくして

   赤い晴れ着をつけた子どもが
   石段をのぼってくる
   年よりに手を引かれて
    かつて多くをみていた目が
    じっとわたしをみる
   (おばあさん おばあさん)
    (わたしは七つのお祝いに)
   (おふだをおさめにまいります)
   そうかい ゆっくりいっておいで
   帰りは怖いだろうから

  だけど ねえ おまえは七つじゃないだろう
  春に学校へあがったなら
  七つになるにはまだ少し
  少し早くはないかい
   晴れ着の子どもは首をかしげる
   百とせを生きた仕草で
   そしてかなしくわたしをみる
   千とせにつかれたように

  荒れ野へふみだすおまえのあゆみを
  わたしはとどめられない
  おまえの幼く無慈悲な足が
  かろがろと草を踏むたび
  黒い揚羽が舞い出しては
  わたしをかすめてゆく
   おまえの足ふみおろすところに
   どくだみの白く開いて
   さびしいわたしの母たちの骨を
   ふくよかにおおいつくして

自作詩 魚の歌

2014-09-01 23:11:16 | 自作詩
  魚の歌

 水に棲む生きものなのに
 わたしにはえらがない
 息をつくすべをもたずに
 閉じるまぶたももたず

  澄みよどむ世界の色が
  映りながれ過ぎゆく
  影が落ち くもりが晴れて
  ときには光が射す

 水を貫きゆらぐ光の
 おびを芥がきらめく
 つばさめくひれをひろげて
 魚らの影がゆく

 流れゆく真水の底で
 わたしはながめている
 醒めながら 夢をみながら
 光をあおぎながら

自作詩 ナーシッサス/エコー

2014-09-01 22:54:11 | 自作詩
ナーシッサス/水仙の唄 

わたしの心の深くにあなたは住まっているのだ
輪郭を揺るがせにしながら
つねにわたしに背を向けて
あなたは住まっているのだ


 あなたは光だ
 あなたは花だ
 あなたは水のほとりのすがただ
 あなたのすがたを思うときわたしの心は震える
 するとあなたもともにおののき
 逃げ水のように消える


  あなたは黄ばんだ午後の日射しだ
  あなたは雨の音だ
  あなたは芝生に円く散る白いいばらの花だ


わたしは慕いつづける
あなたは眺めつづける
あなたのかなたに光るなにかを
わたしもときに眺める


 あなたは川面に光る入り日だ
 あなたは山吹の花だ
 あなたはよどんだ車窓の外を過ぎてゆく色とかたちだ
 過ぎてゆき 過ぎてゆき 過ぎてゆきなおとどまり
 わたしの心の深くに
 あなたは住まっているのだ



エコー/こだまの唄

あなたに会いたくて ずっと
夢をみてはまた醒めて
わたしは今日もねがう
醒めない夢をみたいと


 あなたの影が近づいても
 水面に映ることなく
 こだまだけが谷にひびいて
 ときおり胸をそよがす


  あなたはどこにいるのか
  わたしはつねに知らない
  ただ遠くすぎた春に
  ひとつの歌を聞いた


あなたは今も歌うか
わたしの聞けない歌を
谷にひびくこだまの澱が
水底に積もってゆく


 反歌
 ひとりたつ しじまに耐えず こだま乞う さけびを孤悲と 呼べばいとおし

自作詩 天球の音楽

2014-09-01 22:46:24 | 自作詩
天球の音楽

わたくしは久しく立ちつくしているのです 
この暗い地上に                  
そうして待っているのです         
星ぼしが歌いだすのを 

 水底に立つように星の下にたつとき    
わたくしの心は震えます         
あなたがたのあまねくおわすと  
けれど ああ              
それはただこの身の内からおこる     
ひとときの慄きにすぎません

  おおみおやとうやまいましょうか   
つくりぬしと仰ぎましょうか       
統べるきみとみかげを拝しましょうか   
わがあるじと呼ばわりましょうか    
あめつちに               
あなたがたのいましめを乞いもとめて   
わたくしはひさしく       
叫びつづけてきました  

  わたくしは歓びにこがれております    
この暗い地上で             
ときには悲しみにもこがれます      
怒りや いとしみなどにも        
わたくしの心は慄きに          
こがれ疲れております         
ああ きみよ              
あまねくこの世をいましめたもうかたよ  
あめつちにあなたのおわさないことを   
わたくしは知りたくはなかったのです
  

自作詩  東路のタケル 

2014-09-01 22:38:43 | 自作詩
  東路のタケル

あずまじの      
広く木枯れた 秋の野を
御子は久しく 歩みゆく
伴うものも すでになく
お手にこがねの 太刀もなく

いぬいの風の 吹きつけて
御子は心を 悩ませる
こもりくの 
まほろやまとの 青垣の
ひくさいとおし 水の音の 
細さいとおし たちばなの 
笑まいいとおし ときじくの 
かぐの乙女も 波に果て
おもざしも 
今ははや 
水のおもてに つかのまに
映るさゆりの 影と消え

み叔母のみことの 守なさる
かがみにおれは 映るのか
みことはおれを 嘆くのか
なんと老いたる わが御子と

 おれはこがねの 太刀を手に
 まつろわぬ 
 神を斬り伏せ むすめらも
 子らも翁も 足萎えも 
 あまさず弓の 的として
 あずまじの 
 道を平らげ おおみわの
 すめらみことの 誉れ名を
 伝え ひびかせ 怖じさせた
 ひととき休む こともなく

み叔母のみことよ ご覧じろ
 汝が若御子の いさおしを
 おれはあずまの たけると呼ばれた
 たけるのすめらみことと
 
おおみわの 
宮は敗れて 君は去り
御子は久しく 歩まれる
伴うものも すでになく
お手にこがねの 太刀もなく