素敵になるには、ステキな
相手から吸収するか、
自分磨きをするかの2通り、
ワンランク上の恋をしたいと
思ったら、今のランクのつき
あいを断ち切って独りになっ
て、自分を磨く勇気もいる。
教養を磨くのもいいしスポー
ツでも資格でもいいでしょう。
独り旅もいい。
大切なのは、自分を磨くため
には、独りにならなければ
いけないということです。
素敵になるには、ステキな
相手から吸収するか、
自分磨きをするかの2通り、
ワンランク上の恋をしたいと
思ったら、今のランクのつき
あいを断ち切って独りになっ
て、自分を磨く勇気もいる。
教養を磨くのもいいしスポー
ツでも資格でもいいでしょう。
独り旅もいい。
大切なのは、自分を磨くため
には、独りにならなければ
いけないということです。
ほんのささやかなものでも、
ごく小さなものでも、「うれし
さ」がたくさんある一日がい
い。
そんな気持ちで、朝、目を覚
まします。
小さい子どもが日々のことに
疑問を思い前にすすむように、
自分で問題を見つけ、答えを
考える「独学」です。
自分プロジェクトみたいな
一日に一つ何かを学ぼうとする
心持です。
たとえば、僕の自分プロジェク
トのその一は「おいしいハーブ
ティをいれること」。
日本茶、紅茶、お茶というのは
どんなものでも、雑に淹れるのと
ていねいに淹れるのとでは、まる
で別の飲み物になります。
朝、お茶を淹れるたった五分が
工夫と発見のひとときになりま
す。
自分は何を目的として生きて
いるかわからないのは、せつ
ないものです。
そんなとき、たくさんの「自分
プロジェクト」を持っていれば、
朝、起きる目的も見つかります。
すこし慣れてきたら、暮らしの
工夫や趣味ばかりでなく、仕事
や人間関係にも「自分プロジェ
クト」をつくってみてはどうだ
ろう。
するとやがては、自分の生き方を、
自分の手でコントロールできる
ようになるでしょう。
森の小道にはいると、落ち葉が
美しかった。「ほら」と公園のひ
とが、ミズキの落ち葉の柄を
折ってみせた。うまく折ると、
切れずに糸をひいてぶらさがる。
子供の遊びだ。
落ち葉一枚一枚の、黄から赤の
間、あるいは灰色から黒の間の、
色の変化の多さに驚く。
とりどりの落ち葉の色素が、これか
ら、ひと雨ごとに洗われて分解し、
化学変化を重ねて、やがて茶褐色
一色の冬の土の色にかえるのだ。
やわらかい葉だと一年で栄養だっぷり
な土壌になる。
森の公園も、午後4時半を過ぎると
家族連れや恋人たちが潮の引くように
帰っていき、5時には、ほとんど人影
もない。
暮色を一緒にカケスやカラスの群れが
足元近くまでおりてきて、
さわいだ。
かっこよく見られたいと思う
うちは、かっこ悪い。
かっこ悪くてもいいと思う人
が、かっこいい。
ルックスさえよくなれば、
幸せになれるでしょうか?
ハンサムであるとか、美人
であるとかいうことは、
表面的な形を表す「貌」でしか
ありません。
大事なのは、体全体からにじみ
出てくる「顔」のことです。
「貌」はルックスだとしたら、
「顔」はオーラです。
「顔」のオーラは、自信から
生まれます。
かっこよく見せようとしている
うちは、自信のある「顔」に
なります。
持ち物も不思議と少なくなります。
かっこ悪くても、これは自分の
顔なんだと力が抜けたときに、
初めて、自信のある顔になるのです。
「不透明なこれからの時代を
力強く生きていくには、五感
が敏感で、それでいて
コンピューターもジェット機
も自ら操れる、いわば知的
な野蛮人であることが必要
だ」とある人物が語っていま
した。
さて、「百聞は一見にしかず」
と昔から言いますが、ルソー
はこんな言葉を残しています。
「視覚は、五感のうちでいち
ばん当てにならず、間違い
やすいものだ。
たとえば、人間は一目で
地平線の半分を見渡せる。
このように、視覚の作用は
あまりにも早くかつ広大で、
他の感覚によって修正する
ことができない。だから、目
だけで事物を判断すると
必ず間違う」と。
視覚による早とちりな判断
を正すには、五感のうち
最も鈍感だが、最も判断
が正確で確実な触覚と
組み合わせるのがよい
そうです。
技師や測量士、建築家、
大工、画家など手を使う
人が、一般の人よりは
るかに的確に一目で
空間の大きさを見積もる
ことができるのは、その
ためだと言います。
視覚や聴覚だけでなく、
味覚、聴覚、触覚も
働かせて正しい判断を
したいものです。
「寒さに曇る窓のガラスを
指で磨いて
母の紅を差してみたころ
父の花嫁になることが夢だった
あなたは少し 父に似ている」
『冬の寒さが美しさを鍛える』
昔、口紅は紅花の花びらから作ら
れました。
紅花の花びらをぎゅっとしぼっ
て紅を抽出し、その紅を猪口や
小皿などに入れ、小指の先に
塗ったのです。
この紅の中でも、寒中に製造さ
れた紅は品質がよく、色が鮮や
かで美しかったので、特別に
「寒紅」と呼ばれました。
明治時代まで、寒紅が売り出さ
れると小間物屋は女客でにぎ
わったということです。
紅に限らず寒の製品は優れている
とされますが、きっと冬の凍てつ
くような寒さが品質を高めるで
しょう。
耐えることが美しさを作るのか
もしれません。