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群馬県前橋市のマンホール蓋(その3)旧勢多郡大胡町

2023-04-26 16:32:23 | マンホール蓋

※2023.04.26新規 投稿

旧大胡町の経緯は、明治22年に1町7村が合併して大胡村が誕生し、明治32年、町制施行で大胡町となりました。
そして、平成16年12月5日に、宮城村・粕川村とともに前橋市へ合併し大胡町は消滅となります。

旧大胡町は、上毛三山のひとつ赤城山の南麓、県都前橋市とは西と南を接する東方に位置し、東は粕川村・宮城村が接していました。
町の面積は19.76平方キロメートル、人口は平成12年時点で16.4千人、世帯数は4.9千世帯でした。

上野三碑の一つ「山の上碑」(681年建立)に大児(おおご)の名が刻まれています。
中世には広大な大胡郷の中心地として栄え、戦国期は大胡城主の大胡氏、江戸時代初期には牧野氏が居住し、牧野氏が長岡に移った後は前橋藩の支配下に入り、日光裏街道沿いの宿場町として発展しました。

旧町章は、大胡町の「大」の字を5つ組み合わせてデザインしたものです。

                                     (前橋市HPより)

旧大胡町は、公共下水道と農業集落排水施設として樋越地区が整備されているようです。

前置きはここまでとし、マンホール蓋の整理に入ります。
こちらの蓋は、町章を回りに配し、町の北にそびえる赤城山と町の木「けやき」、町の花「さつき」がデザインされているようです。

こちらは枠に模様があります。
 

こちらは小型蓋です。
いずれも汚水蓋です。
 
こちらは、上部に「エバタ」(エバタ㈱)の表記があります。

こちらはプラスティック製の蓋です。

こちらは、樋越地区に整備されている農業集落排水施設に係わる蓋です。
「大胡ぐりーんふらわー牧場」にあるオランダ型風車をメインにして、町の花「さつき」をデザイン化しているようです。
 

以降は、上水道関係の蓋です。
最初は、消火栓の蓋です。

こちらはマークが町章ではないようですが何のマークかは不明です。

こちらは防火貯水槽の蓋です。


こちらは制水弁の蓋です。

以上で、その3.旧勢多郡大胡町の蓋の整理は終了です。

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