この人生、なかなか大変だぁ

日々の人生雑感をつれづれに綴り、時に、人生を哲学していきます。

師匠の競馬Ⅲ

2021-02-02 05:55:55 | たかが競馬、されど競馬
師匠との競馬人生は初競馬が昭和49(1974)年11月17日以来になるから、今年で47年目になる。というより46年で終わったと言うべきか?
やはり天才的な人だったと思う。もちろんポカもあった。「加屋凡男の挑戦」の天皇賞のシンゲンなんか大ポカだ。しかし、あっと驚く閃きにはいつも驚かされた。
88kkやウイン5の共同購入など、ずっと一緒に競馬を歩んだが、ここ2、3年はちょっと疎遠になっていた。

最後に師匠から吉報が届いたのは、平成26(2014)年のJCのことだった。
エピファネイアを頭に、単勝、連複、3連複、3連単すべてを取ったというのだ。150万円くらいになったらしい。
調べてみたら、1着エピファネイア(スミヨン)、2着ジャスタウェイ(福永)、3着スピルバーグ(北村宏)、4着ジェンティルドンナ(ムーア)、5着ハープスター(川田)となっている。
単勝890円、馬単7,800円(または馬連4,120円)、3連複19,750円、3連単91,790円
福永はこのレースからエピファネイアに乗らずジャスタウェイを選んでいる。スピルバーグは前走天皇賞を勝っている。わたしはスピルバーグの複勝だけしか取れなかったが、エピファネイア狙いには取りやすい3連複、3連単だったのかもしれない。

師匠とはさまざまな競馬を体験した。
81年のアルゼンチン共和国杯の日だった。師匠が上京する際中山の旅館を予約してあった。わたしも同宿して翌朝競馬場に向かった。酒を飲んでダベって検討が疎かになっていたから8レースまでに資金が底を尽きかけた。帰ってテレビを見ることにしてふたりのお金をかき集めてメインレースの馬券を買って中山競馬場を後にした。これからメインを迎かう群衆に逆行して競馬場から帰っていくのはちょっと小恥ずかしかった。
JR西船橋から田園都市線の藤が丘までの1都2県をまたぐ強行軍である。メイン放送のギリギリだった。ホームに降りるやダッシュ。酒屋に寄って飲み物を買ってまた走る。カミさんが早い帰宅に驚いていた。結果?
ウェスタンジェット、リンドプルバンと決まり枠連4,510円を3万円の的中で大勝したのである。

その外にも驚くことはたくさんあったが、死んだ子の年を数えるような真似をしても仕方ないのでこの辺でやめよう。
終わり

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