≪囲碁の攻め~瀬越憲作『作戦辞典』より≫
(2024年10月13日投稿)
今回も引き続き、囲碁の攻めについて、次の事典(辞典)を参考にして、考えてみたい。
〇瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]
<注意>
・搦み(からみ)(137頁)
【瀬越憲作名誉九段のプロフィール】
※瀬越憲作(1889-77)
・広島県能美島。戦後に日本棋院理事長。
囲碁文化の普及に貢献し、『御城碁譜』(1952年)、『明治碁譜』(1959年)を編纂。
30年(1955)引退、名誉九段。
(平本弥星『囲碁の知・入門編』集英社新書、2001年、38頁)
〇秀哉と瀬越憲作
・明治7年(1874年)6月24日生まれで、昭和15年(1940年)の1月18日に亡くなっているから、数えどしの67歳。
満65年半の栄光に満ちた生涯だったようだ。
しかしながら、その少年時代は辛苦そのものの日常だった。
社会のどん底から這い上がって第一人者となり、それを維持したまま生を終えるまでの道のりは、文字通り一生を貫いた闘争史であった。
・二十一世本因坊秀哉。本名は田村保寿、徳川幕府の旗本だった父、田村保永の長男として生まれた。この親父殿は大局を見損じて、佐幕派の陣に走り、彰義隊に参加したりしたので、官員になったものの将来性は全くなく、失意の日常を好きな碁でまぎらわしていた。保寿は父の碁を眺めているうちに自然と碁を覚える。ときに数えの8歳だったという。
・10歳、近所の碁会所の席亭が勧めるままに方円社を訪ね、村瀬秀甫八段に十三子置いて一局教わり、直ちに入塾を許される。
・11歳で母を亡くし、17歳で父を失う。
孤高の名人と言われる秀哉は、一人で社会に放り出されて、少年時代から孤独だった。
頼りになるのは自分だけなのである。
・17歳のとき、方円社から二段格を許されたが、もちろんそれで一家を構えられるわけがなく、方円社の最底辺に在って心はあせるばかりだった。実業界に進出しようとしたが、失敗した。方円社にも顔を出さなかったこともあり、追放処分にされてしまう。ときに田村保寿二段、数えの18歳。
・房州の東福院というお寺さんの和尚に拾われ、自分には碁しかないのだということがわかる。保寿は麻布六本木に教室を開く。そこに、たまたま朝鮮から日本に亡命していた金玉均が入ってきた。金と本因坊秀栄七段は親友であり、時の第一人者秀栄に紹介されたのが開運の端緒になったそうだ。秀栄は保寿に四段を免許し、秀栄の門下生になった。
・ここからの保寿の奮闘ぶり、精進のさまがものすごかったとされる。
師匠の秀栄には定先で何とかしがみついている程度だったが、競争相手の石井千治をついに先二まで打込み、雁金準一を撃退し、秀栄の歿後に本因坊秀哉を名乗って第一人者となる。
・晩年には鈴木為次郎、瀬越憲作の猛追に苦しみ、最晩年には超新星、木谷実、呉清源の出現を見たが、ともかくも明治晩年から昭和初年に渉る巨匠秀哉だった。
亡くなる寸前まで、第一線で活躍した現役の名人本因坊秀哉だった。
(中山典之『昭和囲碁風雲録 上』岩波書店、2003年、192頁~195頁)
〇原爆下の対局と瀬越憲作
●原爆下の対局
・第11期棋聖戦第3局は広島で打たれ、立会人が岩本薫九段、解説は橋本宇太郎九段だった。
このときの碁盤と碁石は、歴史に残る「原爆下の対局」で両九段が使用した盤石である。
・第3期本因坊戦は昭和20年(1945)に行なわれた。
物資が窮乏して前年に新聞から囲碁欄が消え、「碁など打っている時局か」といわれるなかで、広島に疎開していた瀬越憲作(せごえけんさく)八段が本因坊戦の実現に奔走した。
やがて戦争は終わる。
囲碁復興のためには本因坊戦の灯を絶やしてはならないと、瀬越は考えたのであった。
・20年5月の空襲で溜池(ためいけ)の日本棋院が焼失。
焼野原の東京を離れ、広島市で7月23日に七番勝負第1局が開始された。
第6局までコミなしで3日制。
日本棋院広島支部長の藤井順一宅で打たれ、屋根に米軍機の機銃掃射を浴びながら、防空壕に入らず打ち終えたという。
挑戦者岩本薫七段の白番5目勝だった。
(平本弥星『囲碁の知・入門編』集英社新書、2001年、36頁~38頁、250頁)
【瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社はこちらから】
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・碁は布石、定石からはじまり、戦いに移り、ヨセに及んで終局するが、その過程でいちばん有利な点を打つことができれば、勝てる道理である。
・「作戦辞典」の編集にあたっては、次の両面に主眼をおいたという。
①戦術の面で、局面の焦点を適確にとらえる鋭い眼力の養成・戦略の面
②局面構成を理想形にみちびく広い視野の養成をと戦術、戦略の面
➡それが、各過程でいちばん有利な点を打つ道に適う、と考えたそうだ。
<本書の内容>
・著者が永い間、多くの人に教えた経験を生かしたけいこ碁とか、プロの打碁譜に現われたものを教材にとりいれた。
〇第1部「置碁必勝作戦」
・黒の立場でいうと、白の欠陥(ウス味)を衝く手段に気づかずに、しばしばチャンスをのがしてしまうケースが多いので、その弱点を改めてもらうよう、配慮した。
・つまり、白がここに打たれては困る、という“上手泣かせの戦術”を解いてある。
〇第2部「定石問答」
・盤上に描かれる定石が“生きているか死んでいるか”によって、布石戦略が決まる。
・そのポイントは、局面構成に応じた正しい定石の選び方とその運用にあることを解いてある。
〇第3部「打ち込みの破壊力」
・中盤戦のダイゴ味ともいえる華やかな打ち込み作戦で、ドカンと急所の一発が決まると、勝敗を左右する可能性をもつ恐さと、敵をギャフンといわせる壮快さを解いてある。
〇第4部「捨て石の怪」
・なるべく少ないギセイでもって、最大の効果をあげるのを理想とする高等戦術と上達するにともなって、その捨て石を巧妙に使いこなせる楽しさを解いてある。
〇第5部「タネ石の取り方」
・中盤戦で勝機をとらえる決め手は、敵のタネ石を取ることにあるので、第一感の急所はどの点か、推理と思考を働かすヨミの力が、問題解決に一番大切なことを解いてある。
※この「作戦辞典」によって、定石から布石、中盤にかけての攻防の要領を理解し、いつの間にか強くなっていることを感じられると、著者は信じている。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、i頁~ii頁)
・亡父が他界して、はや一年の歳月が過ぎた。
この一周忌にあたり、誠文堂新光社から「作戦辞典」が出版されることになった。
・思えば、亡父の若き日の処女出版「囲碁讀本」も当社の刊行にかかって、碁書のベストセラーとなり、多くの同好者の座右におかれているときいている。
また亡父の長い著作生活中思いもよらず、絶筆となったこの「作戦辞典」も、当社から出版されることに、奇しきご縁を感じる。
・さきに出版された「手筋辞典」は、長い年月をかけての労作であったが、年老いての久々の刊行の故か、文章、筆力など懸念していたが、予想外のファンから激励と絶賛の便りなどに、目を通しつつ、活力を顔に溢れさしたことは、終生忘れることはできない。
・いつも寸暇を惜しむように「碁」だけに明けくれた父の生活だったが、自己の一生を徹頭徹尾、心身共に一つの道に打ちこみ、生きぬき得たことの栄光、また苦難の日々をしみじみと想い返す。
・亡父は功成り名とげて、多くの栄誉に浴し、幸福にすごしながらも自らの生涯を自断の道を選んだことは、自分にきびしく生きて来た人故に、ただ暦の上に日を重ね盤面の黒白の識別もうすれ人の語らいにも次第に耳遠く、徒らに老醜をさらすようになることに、屈辱に感じたのではありますまいか、という。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、iii頁~iv頁)
・置碁は、碁の上達法に欠かすことのできないものである。
・著者の教えた経験によると、2子・3子の置碁は白が無理をしないで正しく打って位(くらい)でおしていけるが、4子からそれ以上の置碁では、布石時代に全局のバランスを保って、大勢に遅れないようにしなければならない。
たとえば、黒が五手も六手もかけて打っているところを、白は三手か四手で間に合わせていく、といったぐあいにボカシて打つ、そうすると自然のなりゆきで随所に欠陥(ウス味)が生じてくるのはやむを得ない。
➡このウス味を衝かれたら困るが、と思っていると、相手はそれに気がつかずに見のがして助かった、と思うことがしばしばある。
その白のウス味を衝いてくるようになれば、もうその手合は卒業した、といえる。
・「上手泣かせの戦術」とは、黒からここに打たれたら困るという題材である。
・置碁必勝作戦には、8子局を三局、6子局を五局、4子局を十七局、それに互先局を四局、収録した。
8子局は白の欠陥が多すぎるので少なくしたが、この作戦は9子局にそのまま応用できる。
互先局は、高級で有段者の研究資料に供するために、掲げた。
※4子局を中心にしたのは、この戦法をものにするのが、いちばん力の養成に効果的なるがゆえであるという。
➡すなわち、4子局を卒業すれば、もうアマチュアでは一人前として通用する。
専門棋士に4子で打てれば、アマチュアの有段者だからである。
※ここでは、碁譜を多くして、解説をなるべく簡易化したという。
この方が、頭に入りやすいと思うからであるとする。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、2頁~3頁)
第一部 置碁必勝作戦
【第19局 4子局・黒の作戦(A級)】
【第1図】
・左辺の六子の白を攻めて、上辺の白地を荒らそうというカラミの作戦である。
・黒が1とツケて攻めかかると、白6と進出する。
・そこで黒7、白8、黒9以下、13となるが、わずかに白二子を取り、これでは黒はさっぱり、つまらない。
【第2図】
≪棋譜≫第19局第2図、106頁
・黒は、まず白を攻める前提として、1とキッて、白の応手を探るのが手順である。
※黒1はaの打ち込みでもよろしい。
・白が2、4と受けると、黒は、5、7、9とキカしておいてから、11とツケ、以下15まで封鎖してあざやかに白を取ることができる。
※白は黒1のとき、この結果を読まなくてはならない。
そして、13にトンで、白を逃げる処である。
【第3図】
・白は下の六子にさわらぬようにと、2以下8までと受けたところ。
・黒はこれだけキカしておけばと、9とツケて取りかけに行った。
・白16のとき黒17がよい手で、以下黒23となって、白は窒息してしまった。
※さかのぼって、黒1とキッたとき、白は11にトンで、上の二子を捨てて、大石の安全をはからねばならない。
【第4図】
・黒1とオス手は、下の白六子を狙った手だが、実は1はaにキルか、15に打ち込む方がカラミの作戦としては、いっそうきびしい手である。
※白2は5にトンでいる方が、損害が少なくてすむ。
・黒3、5以下14までは必然で、黒15とトンで、上方の白地を荒らして、黒地とすることができる。
【第5図】
※前項までの説明によって、左辺の白六子は黒から攻められると、どのぐらいイジメられるかということが、おおよそわかったであろう。
・そこで、黒1ときたときに、白は関せずえん、と2とトンで逃げているのが上策で、黒3のとき、白4と軽く受け流していれば、白は損害を最少限度に止めることができる。
【第6図】
・この図は、黒の巧妙な搦み(カラミ)作戦を示した実戦譜であるが、黒は1と打ち込んで、白の応手をみるのがよろしい。
※或は1で3にキルのもよろしい。
※白は黒1に抵抗するほど、問題が大きくなるから、中央を2とトンで、黒3を許すことになる。
※搦みの巧妙な作戦の一例である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、106頁~3頁)
【第21局 4子局・黒の作戦(B級)】
【第1図】
・白1に黒2とツケて、以下白11となるのは、ツケノビの基本定石である。
・次に、黒の打つ手はaとbと二つあり、aは堅実で消極的、bは攻勢で積極的の手である。
※以下、この二つの黒の作戦を示す。
【第2図】
・黒12とオサエるのは、隅を完全に活きておいてから、次に左右の白に向かって、攻勢に出ようという狙いをもっている手である。
・白左辺を13と守れば、黒14と下辺の白を攻めている。
・白15、17と逃げると、以下26までとなって、黒は右方に勢力を作ることができる。
【第3図】
・黒24のハネに対し、白25とキッてくるのは、無理である。
・黒26から白29までは必然だけど、黒はひとまず屈したあと、30からの反撃に移る。
・勢いのおもむくところ、以下42までとなって、黒攻め合い勝となる。
※手順中、黒34は白の手数をちぢめる筋である。
※このあとは各自で確かめて欲しいという。
【第4図】
・第2図では、白15でaにツケる変化を示したが、白15を決めて、17とコスムとどうなるか。
・黒18にトビツケて、せっていく作戦が有力になる。
・白19のハネから以下黒24となったあと、bのキリが残るから、白はあと一手備えを要する。
※黒の方は▲印とあいまって、下辺が地域化してくる。
【第5図】
・白11のとき、黒12と打つのがきびしい筋。
・黒16がよい手で、自己を堅めながら左右の白を狙っている。
・白21と攻めてきたとき、黒22のハネが要領である。
・白23の方を受けると、黒24とハネて、以下黒30となるが、白21の手は失敗に帰した。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、111頁~113頁)
第27局 互先局・黒の作戦(A級)
【第1図】
・実戦にできた形をそのまま採用した。
・上と下の白の一団は、まだ連絡していない。
・黒は白を分離して、搦みの作戦にかけようとするには、何処から手を着けたらよいか、黒の打ち方いかんでは、一挙に勝形にみちびくことができる。
【第2図】
・黒1が上下の白に搦む攻めの狙い。
・白2は7の方にトブ手もある。
・黒3がきびしい狙いの筋になる。
・白4なら黒5、白6、黒7と手順を運んで、9と攻めていくと、白10以下黒17までのコウとなって、白は窮地に陥る。
※黒3のツケはうまい筋で、一気に大勢を決することになった。
【第3図】前図白4よりの変化 黒19ツグ
・白4と受けると、黒5、白6と交換して、黒7とコスムのがうまい手である。
・白8に黒9と受けて、白10には黒11、白12には黒13と平易に受ける。
・白14のとき黒15とキッて、黒21までは勢いで、黒はダンゴにシボられたけど、大石の白はちっ息して、活きが困難である。
【第4図】
・黒1に対して白2と一方の白を補えば、黒3、白4、黒5、白6とキカしておいて、黒7とトブ調子がよい。
・白8とワタリを打つよりない。
・そこで、黒9、白10、黒11とオサエて、白12とキッたとき、黒13とトベば、以下黒21となって、黒11と白12の交換があるために、白は外部に脱出することができない。
【第6図】
・黒1に対して白2とくれば、黒はどう打つのがよいかを考える。
・黒3、白4、黒5と打てば、白6と逃げる。
・黒9が攻めの急所である。
・白10以下18とこの大石は治まったが、黒19と打たれては、上の白がもたない。
※黒1と打ち込まれては、どう変化しても両方を凌ぐことはできない。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、137頁~139頁)
第28局 互先局・黒の作戦(A級)
【第1図】
・黒の方はどの石も治まっているが、白の方は一見して薄い形をしている。
・黒は上下の白を分離して、何れか一方をカラミ取ろうという作戦である。
【第2図】
・黒1が上下の白をカラミで攻める急所になる。
・白2、黒3、白4と切りむすべば、黒は5以下9まで手順を運んで、白を分離する作戦である。
・白10のとき、黒11、13が手順で、白の形をくずす呼吸。
・白14をまって、黒15と形につくのが冷静で、左右の白を狙ったきびしい手である。
・白16の方を用心すれば、黒17とカケる要領である。
【第3図】
・黒1のカケから前図の延長である。
・白2には黒3とユルめるのはヨミ筋で、白4のとき、黒5、7と切断を図る。
・白8はこの一手であるが、黒9のトビでうまくいかない。
・白10、12の出切りに対しては、黒13、15とダメをつめて、黒勝ちである。
※この形は、黒1のカケをくっては、白つぶれである。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、140頁~141頁)
・黒の作戦(C級)搦み(カラミ)
【第1図】
・白は上下に両分されているが、黒は三石とも治まっている局面である。
・黒は存分な攻めをかける立場にあるが、優位を決めるには、どのような作戦が適切かを考える。
【第2図】
・黒1と急所にノゾキ、白2、黒3、白4、黒5の運びがカラミの作戦である。
・白6をまって、黒7のトビが調子よく、次に9と8を狙った手である。
・白が8と逃げると、黒9、白10、黒11で、下方の白を取ることができる。
※下の白を取られては損が大きいから、白8では9と助け、黒8の封鎖を許すよりなかろう。
【第3図】前図黒9よりの変化
・黒9ときびしく封じこめようという発想は、白10のキリ筋が生じて、問題が生じる。
・黒は11とヒクよりないところで、白12、黒13、白14、黒15、白16というネバリがあって、コウになる。
※黒13が肝要で、単に15は白13で、白活きである。
【第4図】前図黒11よりの変化
・白△のキリに対して、黒1とかかえるのは第一感の手だが、これは白2から平凡なはこびで、白8までと、脱出する。
※いずれにしても、白△にキリが入っては、この白を無条件で取るわけにいかないから、失敗である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、149頁~150頁)
・「定石を知らぬ奴には敵わない」というのがある。
たいへんな皮肉な表現であるが、碁のもつ真理の一面を現わしているといえる。
定石を正しく理解せずに、中途はんぱに形だけで覚えていると、相手が定石はずれを打ってきたとき、それをとがめる力が伴なわないために、崩れてしまうのである。
・定石とは、広く浅く「形を記憶する」のではダメで、学ぶ心得は、少ない数でよいから、「一手一手」なぜこの黒と白の石は共によい手に当たるかを、徹底的に究明することである。
・次に、種々ある定石をその局面構成に応じて、正しく選択することが問題になる。
つまり、盤上に描かれた定石が、血の通った「生きている定石」であるか、形骸化した「死んでいる定石」であるかが、その一局の優劣を決める重要な意味をもってくる。
※布石戦略は、定石の運用によって、大きく変わってくる。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、152頁)
・両ガカリされた黒一子を動こうという訳である。
・この配置で、どの両ガカリ定石を選ぶのが適切であるかを考える。
・両ガカリもいろいろな組合わせがあり、本題では両方小ゲイマになっている。
【失敗図】
・黒1、3にツケノビても、周囲に白石が迫っていては、発展できない。
・白4、6と実利を占められ、黒は一方的に攻められる恐れがある。
※黒1でaも白bの3三で、同様である。
【正解図】
・敵の勢力範囲では、早く治まる定石を選ぶのが正しい作戦である。
・白は三間でそれ程広い間合いではないから、黒1、3のツケオサエが適切で、黒7まで隅で早く治まる。
【参考図1】
・黒5までとなったとき、白6のコスミなら、黒7、9と早く治まる要領。
※白6で9にすれば、黒7、白8、黒a、白bとなって、白からきびしい攻めは考えられない形である。
【参考図2】
・白6でサガリの場合は、黒7のキリが急所になる。
※次に白aは黒bがある。
※なお、白2で5にハネコムのは、黒a、白3の時、黒bまたはcと応じて、サバクことになる。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、157頁、159頁)
・実戦によくできる形。
・下辺の白の構えに対して、どういう作戦に出れば効果的であろうか。
・打ち込むべきか、消すべきか、その判断は周囲の配置から容易な筈である。
・余裕のある方は、白の手番も考えて欲しい。
【正解図】
・黒1のカケで惜しまず決めて、白地の拡大を制限する作戦が適切である。
※黒1で6に打ち込むのは、白の構えが堅いこの際は、白aにツケられて、攻撃目標になるから失敗である。
【参考図1】黒13劫トル
※黒3で6は、白14、黒3、白10の時、11の点が後手とはいえ、双方の好点になる。
・黒3のトビは軽いので、心おきなく先手がとれる。
・白4、6の手段も、図の進行となるから、恐れない。
【参考図2】
・黒1のカケに白2のトビで受けるのは、一見してウスイ手である。
※後に黒aから様子を見る手や、黒b、白c、黒dと手厚く打つ手段が残るから、白2のトビで打つ所ではない。
【参考図3】
・前図黒1のカケは、左辺に発展できない形では理想的ではないが、捨ておくと白1のケイマで下辺の地を盛りあげられる。
・で、打ち込む所でなければ、消しに先べんする要領。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、185頁、187頁)
・打ち込みは、相手が地を囲い切ってしまう形になる、最後の一瞬をとらえるのが最も効果的で、ドカンと急所の一発を決めて、敵の構えを攪乱してしまうのは、まことに痛快な戦法である。
・しかし、その囲い切る最後の瞬間ということになると、実際の局面で正確に判断するのは、至難といえる。
つまり、打ち込みの成否は、時機の選択によって決まるわけであって、それは実戦の経験と鋭い眼力を養うよりないのである。
・華やかな「打ち込み戦法」は中盤作戦のダイゴ味であって、急所の打ち込みは、真剣勝負で一気に敵のノド笛をつく威力をもって、勝負の決定打になる。
で、当然打ち込まなければならないところを、打ち込まないことが敗因になることは少なくないのである。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、222頁)
【中盤心得①】
・二カ所以上の弱石は、左右搦みとなって凌ぎ難いと知らねばならない。
・置碁によくできる型である。
・白1のボーシに黒2とケイマに受けたが、「ボーシにケイマ」の格言もこの際は疑問の形である。
・白3で“この一手”ともいうべき絶好の打ち込みを誘うことになる。
【正解図】
・白1の三々打ち込みが、この一手といえる急所。
・黒2と三間幅のある広い方からオサエるのが正しく、白3以下黒12までの進行は勢いだが、白△、黒▲の交換が白の利かした形である。
【参考図】
・白1の打ち込みに対し、黒2と狭い方からオサエるのは、逆方向になる。
※白7で10は、黒7が好手になる配置なので、図の分れが相場。
※やはり「ボーシにケイマ」が白の働き。
【失敗図】
・「ボーシにケイマ」の交換がある形では、白1のツケは、黒2と隅からオサエられて、苦しい戦いとなる。
※白1でaの打ち込みは、黒1または黒bと応じられて、適切でない。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、223頁~224頁)
<中盤心得④>
・堅い所は強く打ち、薄い所は戦いを避けるのが、中盤戦の条件
・黒は、下辺の白に対してどこに打ち込むのが急所であるかを考える。
・下辺の白は粗末な形で、黒から打ち込まれては、一局終りとなるかも知れぬ。
・白aの備えがあって、はじめて一局の碁になる。
【正解図】
・黒1の打ち込みが急所。
※この意味は白のサバキを封じながら、カラミの作戦になっている点がきびしい。
・白2とコスメば、黒3とカタをツキ、白を分離して攻める要領。
【変化図】
・黒1の打ち込みに対して、白2のツケは、黒3のハネから必然黒11までとなる。
※黒は手厚い形になったのに反し、白は分離されたうえ、両方とも不安定である。
で、黒の優勢は明らか。
【参考図】
・黒1の打ち込みは、白2、4のツケギリ、または白6のサバキを与えるので、一路下の2の方がきびしい。
※黒5でaは白bで、黒bなら白aで黒悪い。
・黒5とアテてaまたはbが手順。
【失敗図】
・黒1の打ち込みに白2は図の進行で黒好調となる。
・黒11までとなった姿では、白は両ガラミになって、一方はもちそうにない。
※前図のサバキの中から選ぶより他ない。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、235頁、238頁)
<中盤心得⑥>
・成算のない場合に、石は決してどんづめまで攻めてしまうのは悪い。
・下辺の白は大きく構えているが、弱点が残っている。
・黒からドカンと急所に打ち込まれると、白は裸同然になってしまう。
・で、この場合、黒aでは物が小さい。
※打ち込みの条件は自陣が堅いことにある。
【正解図】
・黒aのツケ味を見て、黒1とドカンと打ち込むのが急所である。
・白2なら黒3のハサミツケが手筋。
・黒7までとなれば、黒bからからcの利きがあり、黒は楽に治まり形になる。
【変化図】
・黒1、3に対し、白4と下ツギに変化した図である。
・黒5から9とトビだすことになれば、白は地を破られた上に、左右が弱くて守勢一方になる。
※黒成功の作戦である。
【参考図1】
・黒1、3に白4に下ハネで変化するのは無理。
・黒5のキリから勢い黒11までとなった時、白aのシチョウ関係が悪いから、下辺の白四子が落ちる。
※白4はシチョウ関係がポイント。
【参考図2】
・白2でワタリを止めるのは、黒3で次に黒a、b、cの味を見て、捕らえられることはない。
・白4なら黒5にコスミ、次に白a、黒dと中央へ進出する形が好調である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、243頁、245頁)
【第1題 黒先】
・直接助からぬ石は、捨て石にして活用する工夫が、生きた碁の真価である。
・隅に囲まれた黒四子を助けるのは、無理な相談。
・で、取られた石を捨て石にして得を図る工夫はないか、と考えるのが順序である。
【正解図】
・黒1と石を大きくして捨て石にするのがポイント。
・白2のオサエを待って、黒3のキリが狙いである。
・後は一本道で、白18まで、黒は巧みに外勢を張る要領。
※白地は減り、黒は厚い。
【参考図】
・正解図の捨て石作戦によるシメツケを嫌って、白2とユルメる手段は、黒3、5で隅に手が生じる。
・次に白a、黒b、白c、黒d、白eで部分的には、劫の形だけど、前図より白が劣る。
【失敗図1】
・正解図の黒1、3に対して、白が黒の捨て石作戦を嫌って、4からアテるのは無理である。
・黒7、9で追い落しが成立する。
※黒1に対しては、正解図が一筋道である。
【失敗図2】
・黒四子を捨て石にする手で、黒1の打ち込みにするのは、白2とオサエられて、次の手がない。
※周囲の堅い所へ打ち込むよりは、捨て石で外勢を築くのが理である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、285頁~286頁)
【捨て石の効用②】
・布石における場合の捨て石
・白石をしのぐための捨て石
【第5題 黒先】
・黒a、白b、黒c、白dとキメるのは、無造作過ぎて、妙味が生じない。
※そこで黒は、白の不備を衝く捨て石の手法によって、局面をひらいて欲しい。
※碁は常に捨て石にすることを惜しんではならない。
【正解図】
・黒1のツケ、白2のハネは当然として、黒3のキリが捨て石作戦になる眼目の筋である。
・止むなく白4にカカエた時、黒5のアテで決まる形である。
【参考図1】
・黒1以下5までとなった時、白6と△の要石を助けるのは、黒7、9で星下の一子を先手で分断される。
※白のたまらない姿であるが、それというのも黒3の効果によるものである。
【参考図2】
・黒1、3に対し、白4と応じるのは無理である。
・黒5以下の手順で21まで、白が落ちてしまう。
※白4で9は黒6。
※白4で7は、黒4があるから正解図の分れが相場である。
【例題図】
・黒1、3の筋で形をキメるのは実戦でもしばしば現われる。
※黒1でaはゆるみ。白2で3は利かされである。
※黒3は捨て石にして整形するポイントの一着。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、289頁、291頁)
【捨て石の効用⑤】
・先手を取るための捨て石
・ヨセにおける捨て石
【第15題 白先】
・右下隅ではげしい攻防戦が展開されている。
・で、白は包囲された六子を捨て石にして外勢を張る狙いを採るが、黒も安易な応手を考えると、逆に取られる恐れがある。
※捨て石作戦の醍醐味は。
【正解図】黒20ツグ
・白1のオサエが急所。
・黒2が最善の応手で黒の手数が延びる。
・白3で5を先にしてもほぼ同結果。
※白は捨て石を最大限に働かして、目のさめるような外勢を張っては成功である。
【失敗図1】
・白1に、黒2とハネるのは軽率である。
・白3のサガリを利かしてから、5、7とダメヅマリにみちびく。
・黒8の時、白9のカケが手筋で、ピタリとシチョウが成立する。
【失敗図2】
・前図の変化である。
・白1、3に黒4と応じるのは、白5以下の手順で黒が落ちる。
・経過中、白7、9がポイントの手筋である。
※黒10で12に出るのは、白aから簡単に落ちる。
【失敗図3】
・白1のハネで攻めるのは失敗する。
・黒2、4と首を出されて、白から封鎖する形がない。
※正解図に示された捨て石の醍醐味を実戦で味わいたいものである。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、301頁、304頁)
・よく人から、先生は何十手ぐらい先きが読めますか、と聞かれるが、実はこれには返答に困る。
・布石時代はもちろん中盤の戦いになってからでも、一手先がわからない場合もあるし、戦略の方針の岐路に立ったときなどは、どちらを採ったものかと、迷うことはしばしばある。
・ところが、シチョウとか或はこれに類する推理してゆける死活の問題においては、何十手先までも、心眼で読んでいけるのが、専門家の思考力である。
・心眼というのは、碁盤に並べて、置いたりハイだりして検討することなく、その盤上に並んでいる形をジッと見詰めて、頭の中で一手ずつ推理していくことをいうので、実戦ではすべてどんなむつかしいところでも、心眼で読むよりないから、この心眼で読む練習が実は絶対に必要なのである。
・戦いの筋を見つける勘の養成と推理力を養成されたい。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、306頁)
囲碁の狂歌① 作 本因坊算砂
石立は、相手によりて打ちかえよ さて劫つもり時の見合わせ
【第1題 白先】
・白石を切断している▲印の黒二子はタネ石である。
・白は当然黒のタネ石をねらうことになる。
・タネ石とは、石数の多少に関係なく、要(かなめ)の石に当り、その石を取られることは、勝敗に影響するほど大きい。
【第1題 白先】
【正解図】
・白1のキリから打つのが鋭い。
・止むなく黒2とツゲば、白3のアテが手筋で、手段が生じる。
※黒4で5にすれば、白4で黒五子が落ちるため、図の劫になる。
※白aから劫材は白豊富。
【参考図1】白7劫トル・白9ツグ
・黒は劫材が足りないので、黒8のアテから劫を避けるのは、下辺の損失が大きい。
・白11で確実にイキと見ても、中央の白に対する攻めがかなり緩和された形であり、白の成功である。
【参考図2】黒6ツグ
・正解図白5のアテまでとなった時、黒6にツグのは、白7のツギで黒一手負けになるから、黒は劫を争うよりない。
※白1のキリに黒2で4なら、白2で有難くタネ石を取ってよい。
【失敗図】
・白1にキルのは、黒2のサガリで、手にならない。
※白1で2とハサミツケるのも、黒aにツギがあり、失敗である。
※単にaとキル急所に注目されたい。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、307頁~308頁)
囲碁の狂歌④
・囲碁はただ下手と打つとも大事なり。小事と思う道のあしさよ。
・下辺中央で切り結んだ攻防が焦点である。
・黒は白の欠陥をとらえて、▲印の手数を延ばせば、タネ石の白四子を取れる。
・攻め合いの手法として実戦に多く生じるから、この機会にものにして欲しい。
【正解図】
・黒1のサガリはこの一手で、白2の時、黒3と出て、5のサガリがポイント。
・白6はつらいがしかたない。
※aとツメるのは、黒6、白b、黒c、白6、黒dが成立。
・黒7で一手勝となる。
【失敗図】
・黒1以下、白4までなった時、手拍子で黒5と当てるのは失敗である。
・黒7、白8で逆転する。
※なお、白2で3のツギは、黒7で攻め合い勝になる。
※正解図黒5に注目。
【例題図】
・問題図と類似の筋で黒のタネ石を取ることになる。
・白1のハネから3のツギが先手に利くのがポイントである。
※黒4でaは、白b、黒c、白dで黒四子が落ちる。
【参考図】
・白1に対し、黒2と応じれば、やはり白3のツギが正しい。
・次にaと5の点を見合いにして、黒のタネ石を取る要領である。
※初学者にも理解できる形なので、実戦応用が広い。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、319頁~320頁)
(2024年10月13日投稿)
【はじめに】
今回も引き続き、囲碁の攻めについて、次の事典(辞典)を参考にして、考えてみたい。
〇瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]
<注意>
・搦み(からみ)(137頁)
【瀬越憲作名誉九段のプロフィール】
※瀬越憲作(1889-77)
・広島県能美島。戦後に日本棋院理事長。
囲碁文化の普及に貢献し、『御城碁譜』(1952年)、『明治碁譜』(1959年)を編纂。
30年(1955)引退、名誉九段。
(平本弥星『囲碁の知・入門編』集英社新書、2001年、38頁)
〇秀哉と瀬越憲作
・明治7年(1874年)6月24日生まれで、昭和15年(1940年)の1月18日に亡くなっているから、数えどしの67歳。
満65年半の栄光に満ちた生涯だったようだ。
しかしながら、その少年時代は辛苦そのものの日常だった。
社会のどん底から這い上がって第一人者となり、それを維持したまま生を終えるまでの道のりは、文字通り一生を貫いた闘争史であった。
・二十一世本因坊秀哉。本名は田村保寿、徳川幕府の旗本だった父、田村保永の長男として生まれた。この親父殿は大局を見損じて、佐幕派の陣に走り、彰義隊に参加したりしたので、官員になったものの将来性は全くなく、失意の日常を好きな碁でまぎらわしていた。保寿は父の碁を眺めているうちに自然と碁を覚える。ときに数えの8歳だったという。
・10歳、近所の碁会所の席亭が勧めるままに方円社を訪ね、村瀬秀甫八段に十三子置いて一局教わり、直ちに入塾を許される。
・11歳で母を亡くし、17歳で父を失う。
孤高の名人と言われる秀哉は、一人で社会に放り出されて、少年時代から孤独だった。
頼りになるのは自分だけなのである。
・17歳のとき、方円社から二段格を許されたが、もちろんそれで一家を構えられるわけがなく、方円社の最底辺に在って心はあせるばかりだった。実業界に進出しようとしたが、失敗した。方円社にも顔を出さなかったこともあり、追放処分にされてしまう。ときに田村保寿二段、数えの18歳。
・房州の東福院というお寺さんの和尚に拾われ、自分には碁しかないのだということがわかる。保寿は麻布六本木に教室を開く。そこに、たまたま朝鮮から日本に亡命していた金玉均が入ってきた。金と本因坊秀栄七段は親友であり、時の第一人者秀栄に紹介されたのが開運の端緒になったそうだ。秀栄は保寿に四段を免許し、秀栄の門下生になった。
・ここからの保寿の奮闘ぶり、精進のさまがものすごかったとされる。
師匠の秀栄には定先で何とかしがみついている程度だったが、競争相手の石井千治をついに先二まで打込み、雁金準一を撃退し、秀栄の歿後に本因坊秀哉を名乗って第一人者となる。
・晩年には鈴木為次郎、瀬越憲作の猛追に苦しみ、最晩年には超新星、木谷実、呉清源の出現を見たが、ともかくも明治晩年から昭和初年に渉る巨匠秀哉だった。
亡くなる寸前まで、第一線で活躍した現役の名人本因坊秀哉だった。
(中山典之『昭和囲碁風雲録 上』岩波書店、2003年、192頁~195頁)
〇原爆下の対局と瀬越憲作
●原爆下の対局
・第11期棋聖戦第3局は広島で打たれ、立会人が岩本薫九段、解説は橋本宇太郎九段だった。
このときの碁盤と碁石は、歴史に残る「原爆下の対局」で両九段が使用した盤石である。
・第3期本因坊戦は昭和20年(1945)に行なわれた。
物資が窮乏して前年に新聞から囲碁欄が消え、「碁など打っている時局か」といわれるなかで、広島に疎開していた瀬越憲作(せごえけんさく)八段が本因坊戦の実現に奔走した。
やがて戦争は終わる。
囲碁復興のためには本因坊戦の灯を絶やしてはならないと、瀬越は考えたのであった。
・20年5月の空襲で溜池(ためいけ)の日本棋院が焼失。
焼野原の東京を離れ、広島市で7月23日に七番勝負第1局が開始された。
第6局までコミなしで3日制。
日本棋院広島支部長の藤井順一宅で打たれ、屋根に米軍機の機銃掃射を浴びながら、防空壕に入らず打ち終えたという。
挑戦者岩本薫七段の白番5目勝だった。
(平本弥星『囲碁の知・入門編』集英社新書、2001年、36頁~38頁、250頁)
【瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社はこちらから】
〇瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]
【目次】
序 瀬越憲作
父を想う 瀬越寿美子 1973年夏
第一部 置碁必勝作戦
第1局 8子局・黒の作戦
第2局 8子局・黒の作戦
第3局 8子局・黒の作戦
第4局 6子局・黒の作戦
第5局 6子局・黒の作戦
第6局 6子局・黒の作戦
第7局 6子局・黒の作戦
第8局 6子局・黒の作戦
第9局 4子局・黒の作戦
第10局 4子局・黒の作戦
第11局 4子局・黒の作戦
第12局 4子局・黒の作戦
第13局 4子局・黒の作戦
第14局 4子局・黒の作戦
第15局 4子局・白の作戦
第16局 4子局・黒の作戦
第17局 4子局・黒の作戦
第18局 4子局・黒の作戦
第19局 4子局・黒の作戦
第20局 4子局・黒の作戦
第21局 4子局・黒の作戦
第22局 4子局・黒の作戦
第23局 4子局・黒の作戦
第24局 4子局・黒の作戦
第25局 4子局・黒の作戦
第26局 互先局・白の作戦
第27局 互先局・黒の作戦
第28局 互先局・黒の作戦
第29局 互先局・双方の作戦
第二部 定石問答
問題と解答
第三部 打ち込みの破壊力
問題と解答
第四部 捨て石の怪
問題と解答
第五部 タネ石の取り方
問題と解答
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・瀬越憲作『作戦辞典』の序文
・父を想う 瀬越寿美子
〇第一部 置碁必勝作戦
〇第二部 定石問答
〇第三部 打ち込みの破壊力
〇第四部 捨て石の怪
〇第五部 タネ石の取り方
瀬越憲作『作戦辞典』の序文
序 瀬越憲作
・碁は布石、定石からはじまり、戦いに移り、ヨセに及んで終局するが、その過程でいちばん有利な点を打つことができれば、勝てる道理である。
・「作戦辞典」の編集にあたっては、次の両面に主眼をおいたという。
①戦術の面で、局面の焦点を適確にとらえる鋭い眼力の養成・戦略の面
②局面構成を理想形にみちびく広い視野の養成をと戦術、戦略の面
➡それが、各過程でいちばん有利な点を打つ道に適う、と考えたそうだ。
<本書の内容>
・著者が永い間、多くの人に教えた経験を生かしたけいこ碁とか、プロの打碁譜に現われたものを教材にとりいれた。
〇第1部「置碁必勝作戦」
・黒の立場でいうと、白の欠陥(ウス味)を衝く手段に気づかずに、しばしばチャンスをのがしてしまうケースが多いので、その弱点を改めてもらうよう、配慮した。
・つまり、白がここに打たれては困る、という“上手泣かせの戦術”を解いてある。
〇第2部「定石問答」
・盤上に描かれる定石が“生きているか死んでいるか”によって、布石戦略が決まる。
・そのポイントは、局面構成に応じた正しい定石の選び方とその運用にあることを解いてある。
〇第3部「打ち込みの破壊力」
・中盤戦のダイゴ味ともいえる華やかな打ち込み作戦で、ドカンと急所の一発が決まると、勝敗を左右する可能性をもつ恐さと、敵をギャフンといわせる壮快さを解いてある。
〇第4部「捨て石の怪」
・なるべく少ないギセイでもって、最大の効果をあげるのを理想とする高等戦術と上達するにともなって、その捨て石を巧妙に使いこなせる楽しさを解いてある。
〇第5部「タネ石の取り方」
・中盤戦で勝機をとらえる決め手は、敵のタネ石を取ることにあるので、第一感の急所はどの点か、推理と思考を働かすヨミの力が、問題解決に一番大切なことを解いてある。
※この「作戦辞典」によって、定石から布石、中盤にかけての攻防の要領を理解し、いつの間にか強くなっていることを感じられると、著者は信じている。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、i頁~ii頁)
父を想う 瀬越寿美子 1973年夏
・亡父が他界して、はや一年の歳月が過ぎた。
この一周忌にあたり、誠文堂新光社から「作戦辞典」が出版されることになった。
・思えば、亡父の若き日の処女出版「囲碁讀本」も当社の刊行にかかって、碁書のベストセラーとなり、多くの同好者の座右におかれているときいている。
また亡父の長い著作生活中思いもよらず、絶筆となったこの「作戦辞典」も、当社から出版されることに、奇しきご縁を感じる。
・さきに出版された「手筋辞典」は、長い年月をかけての労作であったが、年老いての久々の刊行の故か、文章、筆力など懸念していたが、予想外のファンから激励と絶賛の便りなどに、目を通しつつ、活力を顔に溢れさしたことは、終生忘れることはできない。
・いつも寸暇を惜しむように「碁」だけに明けくれた父の生活だったが、自己の一生を徹頭徹尾、心身共に一つの道に打ちこみ、生きぬき得たことの栄光、また苦難の日々をしみじみと想い返す。
・亡父は功成り名とげて、多くの栄誉に浴し、幸福にすごしながらも自らの生涯を自断の道を選んだことは、自分にきびしく生きて来た人故に、ただ暦の上に日を重ね盤面の黒白の識別もうすれ人の語らいにも次第に耳遠く、徒らに老醜をさらすようになることに、屈辱に感じたのではありますまいか、という。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、iii頁~iv頁)
第一部 置碁必勝作戦
・置碁は、碁の上達法に欠かすことのできないものである。
・著者の教えた経験によると、2子・3子の置碁は白が無理をしないで正しく打って位(くらい)でおしていけるが、4子からそれ以上の置碁では、布石時代に全局のバランスを保って、大勢に遅れないようにしなければならない。
たとえば、黒が五手も六手もかけて打っているところを、白は三手か四手で間に合わせていく、といったぐあいにボカシて打つ、そうすると自然のなりゆきで随所に欠陥(ウス味)が生じてくるのはやむを得ない。
➡このウス味を衝かれたら困るが、と思っていると、相手はそれに気がつかずに見のがして助かった、と思うことがしばしばある。
その白のウス味を衝いてくるようになれば、もうその手合は卒業した、といえる。
・「上手泣かせの戦術」とは、黒からここに打たれたら困るという題材である。
・置碁必勝作戦には、8子局を三局、6子局を五局、4子局を十七局、それに互先局を四局、収録した。
8子局は白の欠陥が多すぎるので少なくしたが、この作戦は9子局にそのまま応用できる。
互先局は、高級で有段者の研究資料に供するために、掲げた。
※4子局を中心にしたのは、この戦法をものにするのが、いちばん力の養成に効果的なるがゆえであるという。
➡すなわち、4子局を卒業すれば、もうアマチュアでは一人前として通用する。
専門棋士に4子で打てれば、アマチュアの有段者だからである。
※ここでは、碁譜を多くして、解説をなるべく簡易化したという。
この方が、頭に入りやすいと思うからであるとする。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、2頁~3頁)
第一部 置碁必勝作戦
第一部 置碁必勝作戦 第19局 4子局・黒の作戦~カラミ
【第19局 4子局・黒の作戦(A級)】
【第1図】
・左辺の六子の白を攻めて、上辺の白地を荒らそうというカラミの作戦である。
・黒が1とツケて攻めかかると、白6と進出する。
・そこで黒7、白8、黒9以下、13となるが、わずかに白二子を取り、これでは黒はさっぱり、つまらない。
【第2図】
≪棋譜≫第19局第2図、106頁
・黒は、まず白を攻める前提として、1とキッて、白の応手を探るのが手順である。
※黒1はaの打ち込みでもよろしい。
・白が2、4と受けると、黒は、5、7、9とキカしておいてから、11とツケ、以下15まで封鎖してあざやかに白を取ることができる。
※白は黒1のとき、この結果を読まなくてはならない。
そして、13にトンで、白を逃げる処である。
【第3図】
・白は下の六子にさわらぬようにと、2以下8までと受けたところ。
・黒はこれだけキカしておけばと、9とツケて取りかけに行った。
・白16のとき黒17がよい手で、以下黒23となって、白は窒息してしまった。
※さかのぼって、黒1とキッたとき、白は11にトンで、上の二子を捨てて、大石の安全をはからねばならない。
【第4図】
・黒1とオス手は、下の白六子を狙った手だが、実は1はaにキルか、15に打ち込む方がカラミの作戦としては、いっそうきびしい手である。
※白2は5にトンでいる方が、損害が少なくてすむ。
・黒3、5以下14までは必然で、黒15とトンで、上方の白地を荒らして、黒地とすることができる。
【第5図】
※前項までの説明によって、左辺の白六子は黒から攻められると、どのぐらいイジメられるかということが、おおよそわかったであろう。
・そこで、黒1ときたときに、白は関せずえん、と2とトンで逃げているのが上策で、黒3のとき、白4と軽く受け流していれば、白は損害を最少限度に止めることができる。
【第6図】
・この図は、黒の巧妙な搦み(カラミ)作戦を示した実戦譜であるが、黒は1と打ち込んで、白の応手をみるのがよろしい。
※或は1で3にキルのもよろしい。
※白は黒1に抵抗するほど、問題が大きくなるから、中央を2とトンで、黒3を許すことになる。
※搦みの巧妙な作戦の一例である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、106頁~3頁)
第21局 4子局・黒の作戦
【第21局 4子局・黒の作戦(B級)】
【第1図】
・白1に黒2とツケて、以下白11となるのは、ツケノビの基本定石である。
・次に、黒の打つ手はaとbと二つあり、aは堅実で消極的、bは攻勢で積極的の手である。
※以下、この二つの黒の作戦を示す。
【第2図】
・黒12とオサエるのは、隅を完全に活きておいてから、次に左右の白に向かって、攻勢に出ようという狙いをもっている手である。
・白左辺を13と守れば、黒14と下辺の白を攻めている。
・白15、17と逃げると、以下26までとなって、黒は右方に勢力を作ることができる。
【第3図】
・黒24のハネに対し、白25とキッてくるのは、無理である。
・黒26から白29までは必然だけど、黒はひとまず屈したあと、30からの反撃に移る。
・勢いのおもむくところ、以下42までとなって、黒攻め合い勝となる。
※手順中、黒34は白の手数をちぢめる筋である。
※このあとは各自で確かめて欲しいという。
【第4図】
・第2図では、白15でaにツケる変化を示したが、白15を決めて、17とコスムとどうなるか。
・黒18にトビツケて、せっていく作戦が有力になる。
・白19のハネから以下黒24となったあと、bのキリが残るから、白はあと一手備えを要する。
※黒の方は▲印とあいまって、下辺が地域化してくる。
【第5図】
・白11のとき、黒12と打つのがきびしい筋。
・黒16がよい手で、自己を堅めながら左右の白を狙っている。
・白21と攻めてきたとき、黒22のハネが要領である。
・白23の方を受けると、黒24とハネて、以下黒30となるが、白21の手は失敗に帰した。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、111頁~113頁)
第27局 互先局・黒の作戦
第27局 互先局・黒の作戦(A級)
【第1図】
・実戦にできた形をそのまま採用した。
・上と下の白の一団は、まだ連絡していない。
・黒は白を分離して、搦みの作戦にかけようとするには、何処から手を着けたらよいか、黒の打ち方いかんでは、一挙に勝形にみちびくことができる。
【第2図】
・黒1が上下の白に搦む攻めの狙い。
・白2は7の方にトブ手もある。
・黒3がきびしい狙いの筋になる。
・白4なら黒5、白6、黒7と手順を運んで、9と攻めていくと、白10以下黒17までのコウとなって、白は窮地に陥る。
※黒3のツケはうまい筋で、一気に大勢を決することになった。
【第3図】前図白4よりの変化 黒19ツグ
・白4と受けると、黒5、白6と交換して、黒7とコスムのがうまい手である。
・白8に黒9と受けて、白10には黒11、白12には黒13と平易に受ける。
・白14のとき黒15とキッて、黒21までは勢いで、黒はダンゴにシボられたけど、大石の白はちっ息して、活きが困難である。
【第4図】
・黒1に対して白2と一方の白を補えば、黒3、白4、黒5、白6とキカしておいて、黒7とトブ調子がよい。
・白8とワタリを打つよりない。
・そこで、黒9、白10、黒11とオサエて、白12とキッたとき、黒13とトベば、以下黒21となって、黒11と白12の交換があるために、白は外部に脱出することができない。
【第6図】
・黒1に対して白2とくれば、黒はどう打つのがよいかを考える。
・黒3、白4、黒5と打てば、白6と逃げる。
・黒9が攻めの急所である。
・白10以下18とこの大石は治まったが、黒19と打たれては、上の白がもたない。
※黒1と打ち込まれては、どう変化しても両方を凌ぐことはできない。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、137頁~139頁)
第28局 互先局・黒の作戦
第28局 互先局・黒の作戦(A級)
【第1図】
・黒の方はどの石も治まっているが、白の方は一見して薄い形をしている。
・黒は上下の白を分離して、何れか一方をカラミ取ろうという作戦である。
【第2図】
・黒1が上下の白をカラミで攻める急所になる。
・白2、黒3、白4と切りむすべば、黒は5以下9まで手順を運んで、白を分離する作戦である。
・白10のとき、黒11、13が手順で、白の形をくずす呼吸。
・白14をまって、黒15と形につくのが冷静で、左右の白を狙ったきびしい手である。
・白16の方を用心すれば、黒17とカケる要領である。
【第3図】
・黒1のカケから前図の延長である。
・白2には黒3とユルめるのはヨミ筋で、白4のとき、黒5、7と切断を図る。
・白8はこの一手であるが、黒9のトビでうまくいかない。
・白10、12の出切りに対しては、黒13、15とダメをつめて、黒勝ちである。
※この形は、黒1のカケをくっては、白つぶれである。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、140頁~141頁)
第29局 互先局・双方の作戦
・黒の作戦(C級)搦み(カラミ)
【第1図】
・白は上下に両分されているが、黒は三石とも治まっている局面である。
・黒は存分な攻めをかける立場にあるが、優位を決めるには、どのような作戦が適切かを考える。
【第2図】
・黒1と急所にノゾキ、白2、黒3、白4、黒5の運びがカラミの作戦である。
・白6をまって、黒7のトビが調子よく、次に9と8を狙った手である。
・白が8と逃げると、黒9、白10、黒11で、下方の白を取ることができる。
※下の白を取られては損が大きいから、白8では9と助け、黒8の封鎖を許すよりなかろう。
【第3図】前図黒9よりの変化
・黒9ときびしく封じこめようという発想は、白10のキリ筋が生じて、問題が生じる。
・黒は11とヒクよりないところで、白12、黒13、白14、黒15、白16というネバリがあって、コウになる。
※黒13が肝要で、単に15は白13で、白活きである。
【第4図】前図黒11よりの変化
・白△のキリに対して、黒1とかかえるのは第一感の手だが、これは白2から平凡なはこびで、白8までと、脱出する。
※いずれにしても、白△にキリが入っては、この白を無条件で取るわけにいかないから、失敗である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、149頁~150頁)
第二部 定石問答
・「定石を知らぬ奴には敵わない」というのがある。
たいへんな皮肉な表現であるが、碁のもつ真理の一面を現わしているといえる。
定石を正しく理解せずに、中途はんぱに形だけで覚えていると、相手が定石はずれを打ってきたとき、それをとがめる力が伴なわないために、崩れてしまうのである。
・定石とは、広く浅く「形を記憶する」のではダメで、学ぶ心得は、少ない数でよいから、「一手一手」なぜこの黒と白の石は共によい手に当たるかを、徹底的に究明することである。
・次に、種々ある定石をその局面構成に応じて、正しく選択することが問題になる。
つまり、盤上に描かれた定石が、血の通った「生きている定石」であるか、形骸化した「死んでいる定石」であるかが、その一局の優劣を決める重要な意味をもってくる。
※布石戦略は、定石の運用によって、大きく変わってくる。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、152頁)
【定石問答:第5題 黒先】
・両ガカリされた黒一子を動こうという訳である。
・この配置で、どの両ガカリ定石を選ぶのが適切であるかを考える。
・両ガカリもいろいろな組合わせがあり、本題では両方小ゲイマになっている。
【失敗図】
・黒1、3にツケノビても、周囲に白石が迫っていては、発展できない。
・白4、6と実利を占められ、黒は一方的に攻められる恐れがある。
※黒1でaも白bの3三で、同様である。
【正解図】
・敵の勢力範囲では、早く治まる定石を選ぶのが正しい作戦である。
・白は三間でそれ程広い間合いではないから、黒1、3のツケオサエが適切で、黒7まで隅で早く治まる。
【参考図1】
・黒5までとなったとき、白6のコスミなら、黒7、9と早く治まる要領。
※白6で9にすれば、黒7、白8、黒a、白bとなって、白からきびしい攻めは考えられない形である。
【参考図2】
・白6でサガリの場合は、黒7のキリが急所になる。
※次に白aは黒bがある。
※なお、白2で5にハネコムのは、黒a、白3の時、黒bまたはcと応じて、サバクことになる。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、157頁、159頁)
【定石問答:第26題 黒先】
・実戦によくできる形。
・下辺の白の構えに対して、どういう作戦に出れば効果的であろうか。
・打ち込むべきか、消すべきか、その判断は周囲の配置から容易な筈である。
・余裕のある方は、白の手番も考えて欲しい。
【正解図】
・黒1のカケで惜しまず決めて、白地の拡大を制限する作戦が適切である。
※黒1で6に打ち込むのは、白の構えが堅いこの際は、白aにツケられて、攻撃目標になるから失敗である。
【参考図1】黒13劫トル
※黒3で6は、白14、黒3、白10の時、11の点が後手とはいえ、双方の好点になる。
・黒3のトビは軽いので、心おきなく先手がとれる。
・白4、6の手段も、図の進行となるから、恐れない。
【参考図2】
・黒1のカケに白2のトビで受けるのは、一見してウスイ手である。
※後に黒aから様子を見る手や、黒b、白c、黒dと手厚く打つ手段が残るから、白2のトビで打つ所ではない。
【参考図3】
・前図黒1のカケは、左辺に発展できない形では理想的ではないが、捨ておくと白1のケイマで下辺の地を盛りあげられる。
・で、打ち込む所でなければ、消しに先べんする要領。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、185頁、187頁)
第三部 打ち込みの破壊力
・打ち込みは、相手が地を囲い切ってしまう形になる、最後の一瞬をとらえるのが最も効果的で、ドカンと急所の一発を決めて、敵の構えを攪乱してしまうのは、まことに痛快な戦法である。
・しかし、その囲い切る最後の瞬間ということになると、実際の局面で正確に判断するのは、至難といえる。
つまり、打ち込みの成否は、時機の選択によって決まるわけであって、それは実戦の経験と鋭い眼力を養うよりないのである。
・華やかな「打ち込み戦法」は中盤作戦のダイゴ味であって、急所の打ち込みは、真剣勝負で一気に敵のノド笛をつく威力をもって、勝負の決定打になる。
で、当然打ち込まなければならないところを、打ち込まないことが敗因になることは少なくないのである。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、222頁)
【中盤心得①】
・二カ所以上の弱石は、左右搦みとなって凌ぎ難いと知らねばならない。
【打ち込みの破壊力:第1題 白先】
・置碁によくできる型である。
・白1のボーシに黒2とケイマに受けたが、「ボーシにケイマ」の格言もこの際は疑問の形である。
・白3で“この一手”ともいうべき絶好の打ち込みを誘うことになる。
【正解図】
・白1の三々打ち込みが、この一手といえる急所。
・黒2と三間幅のある広い方からオサエるのが正しく、白3以下黒12までの進行は勢いだが、白△、黒▲の交換が白の利かした形である。
【参考図】
・白1の打ち込みに対し、黒2と狭い方からオサエるのは、逆方向になる。
※白7で10は、黒7が好手になる配置なので、図の分れが相場。
※やはり「ボーシにケイマ」が白の働き。
【失敗図】
・「ボーシにケイマ」の交換がある形では、白1のツケは、黒2と隅からオサエられて、苦しい戦いとなる。
※白1でaの打ち込みは、黒1または黒bと応じられて、適切でない。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、223頁~224頁)
<中盤心得④>
・堅い所は強く打ち、薄い所は戦いを避けるのが、中盤戦の条件
【打ち込みの破壊力:第12題 黒先】
・黒は、下辺の白に対してどこに打ち込むのが急所であるかを考える。
・下辺の白は粗末な形で、黒から打ち込まれては、一局終りとなるかも知れぬ。
・白aの備えがあって、はじめて一局の碁になる。
【正解図】
・黒1の打ち込みが急所。
※この意味は白のサバキを封じながら、カラミの作戦になっている点がきびしい。
・白2とコスメば、黒3とカタをツキ、白を分離して攻める要領。
【変化図】
・黒1の打ち込みに対して、白2のツケは、黒3のハネから必然黒11までとなる。
※黒は手厚い形になったのに反し、白は分離されたうえ、両方とも不安定である。
で、黒の優勢は明らか。
【参考図】
・黒1の打ち込みは、白2、4のツケギリ、または白6のサバキを与えるので、一路下の2の方がきびしい。
※黒5でaは白bで、黒bなら白aで黒悪い。
・黒5とアテてaまたはbが手順。
【失敗図】
・黒1の打ち込みに白2は図の進行で黒好調となる。
・黒11までとなった姿では、白は両ガラミになって、一方はもちそうにない。
※前図のサバキの中から選ぶより他ない。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、235頁、238頁)
<中盤心得⑥>
・成算のない場合に、石は決してどんづめまで攻めてしまうのは悪い。
【打ち込みの破壊力:第17題 黒先】
・下辺の白は大きく構えているが、弱点が残っている。
・黒からドカンと急所に打ち込まれると、白は裸同然になってしまう。
・で、この場合、黒aでは物が小さい。
※打ち込みの条件は自陣が堅いことにある。
【正解図】
・黒aのツケ味を見て、黒1とドカンと打ち込むのが急所である。
・白2なら黒3のハサミツケが手筋。
・黒7までとなれば、黒bからからcの利きがあり、黒は楽に治まり形になる。
【変化図】
・黒1、3に対し、白4と下ツギに変化した図である。
・黒5から9とトビだすことになれば、白は地を破られた上に、左右が弱くて守勢一方になる。
※黒成功の作戦である。
【参考図1】
・黒1、3に白4に下ハネで変化するのは無理。
・黒5のキリから勢い黒11までとなった時、白aのシチョウ関係が悪いから、下辺の白四子が落ちる。
※白4はシチョウ関係がポイント。
【参考図2】
・白2でワタリを止めるのは、黒3で次に黒a、b、cの味を見て、捕らえられることはない。
・白4なら黒5にコスミ、次に白a、黒dと中央へ進出する形が好調である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、243頁、245頁)
>第四部 捨て石の怪
【捨て石の怪:第1題 黒先】【第1題 黒先】
・直接助からぬ石は、捨て石にして活用する工夫が、生きた碁の真価である。
・隅に囲まれた黒四子を助けるのは、無理な相談。
・で、取られた石を捨て石にして得を図る工夫はないか、と考えるのが順序である。
【正解図】
・黒1と石を大きくして捨て石にするのがポイント。
・白2のオサエを待って、黒3のキリが狙いである。
・後は一本道で、白18まで、黒は巧みに外勢を張る要領。
※白地は減り、黒は厚い。
【参考図】
・正解図の捨て石作戦によるシメツケを嫌って、白2とユルメる手段は、黒3、5で隅に手が生じる。
・次に白a、黒b、白c、黒d、白eで部分的には、劫の形だけど、前図より白が劣る。
【失敗図1】
・正解図の黒1、3に対して、白が黒の捨て石作戦を嫌って、4からアテるのは無理である。
・黒7、9で追い落しが成立する。
※黒1に対しては、正解図が一筋道である。
【失敗図2】
・黒四子を捨て石にする手で、黒1の打ち込みにするのは、白2とオサエられて、次の手がない。
※周囲の堅い所へ打ち込むよりは、捨て石で外勢を築くのが理である。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、285頁~286頁)
【捨て石の効用②】
・布石における場合の捨て石
・白石をしのぐための捨て石
【捨て石の怪:第5題 黒先】
【第5題 黒先】
・黒a、白b、黒c、白dとキメるのは、無造作過ぎて、妙味が生じない。
※そこで黒は、白の不備を衝く捨て石の手法によって、局面をひらいて欲しい。
※碁は常に捨て石にすることを惜しんではならない。
【正解図】
・黒1のツケ、白2のハネは当然として、黒3のキリが捨て石作戦になる眼目の筋である。
・止むなく白4にカカエた時、黒5のアテで決まる形である。
【参考図1】
・黒1以下5までとなった時、白6と△の要石を助けるのは、黒7、9で星下の一子を先手で分断される。
※白のたまらない姿であるが、それというのも黒3の効果によるものである。
【参考図2】
・黒1、3に対し、白4と応じるのは無理である。
・黒5以下の手順で21まで、白が落ちてしまう。
※白4で9は黒6。
※白4で7は、黒4があるから正解図の分れが相場である。
【例題図】
・黒1、3の筋で形をキメるのは実戦でもしばしば現われる。
※黒1でaはゆるみ。白2で3は利かされである。
※黒3は捨て石にして整形するポイントの一着。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、289頁、291頁)
【捨て石の効用⑤】
・先手を取るための捨て石
・ヨセにおける捨て石
【捨て石の怪:第15題 白先】
【第15題 白先】
・右下隅ではげしい攻防戦が展開されている。
・で、白は包囲された六子を捨て石にして外勢を張る狙いを採るが、黒も安易な応手を考えると、逆に取られる恐れがある。
※捨て石作戦の醍醐味は。
【正解図】黒20ツグ
・白1のオサエが急所。
・黒2が最善の応手で黒の手数が延びる。
・白3で5を先にしてもほぼ同結果。
※白は捨て石を最大限に働かして、目のさめるような外勢を張っては成功である。
【失敗図1】
・白1に、黒2とハネるのは軽率である。
・白3のサガリを利かしてから、5、7とダメヅマリにみちびく。
・黒8の時、白9のカケが手筋で、ピタリとシチョウが成立する。
【失敗図2】
・前図の変化である。
・白1、3に黒4と応じるのは、白5以下の手順で黒が落ちる。
・経過中、白7、9がポイントの手筋である。
※黒10で12に出るのは、白aから簡単に落ちる。
【失敗図3】
・白1のハネで攻めるのは失敗する。
・黒2、4と首を出されて、白から封鎖する形がない。
※正解図に示された捨て石の醍醐味を実戦で味わいたいものである。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、301頁、304頁)
第五部 タネ石の取り方
・よく人から、先生は何十手ぐらい先きが読めますか、と聞かれるが、実はこれには返答に困る。
・布石時代はもちろん中盤の戦いになってからでも、一手先がわからない場合もあるし、戦略の方針の岐路に立ったときなどは、どちらを採ったものかと、迷うことはしばしばある。
・ところが、シチョウとか或はこれに類する推理してゆける死活の問題においては、何十手先までも、心眼で読んでいけるのが、専門家の思考力である。
・心眼というのは、碁盤に並べて、置いたりハイだりして検討することなく、その盤上に並んでいる形をジッと見詰めて、頭の中で一手ずつ推理していくことをいうので、実戦ではすべてどんなむつかしいところでも、心眼で読むよりないから、この心眼で読む練習が実は絶対に必要なのである。
・戦いの筋を見つける勘の養成と推理力を養成されたい。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、306頁)
囲碁の狂歌① 作 本因坊算砂
石立は、相手によりて打ちかえよ さて劫つもり時の見合わせ
【タネ石の取り方:第1題 白先】
【第1題 白先】
・白石を切断している▲印の黒二子はタネ石である。
・白は当然黒のタネ石をねらうことになる。
・タネ石とは、石数の多少に関係なく、要(かなめ)の石に当り、その石を取られることは、勝敗に影響するほど大きい。
【第1題 白先】
【正解図】
・白1のキリから打つのが鋭い。
・止むなく黒2とツゲば、白3のアテが手筋で、手段が生じる。
※黒4で5にすれば、白4で黒五子が落ちるため、図の劫になる。
※白aから劫材は白豊富。
【参考図1】白7劫トル・白9ツグ
・黒は劫材が足りないので、黒8のアテから劫を避けるのは、下辺の損失が大きい。
・白11で確実にイキと見ても、中央の白に対する攻めがかなり緩和された形であり、白の成功である。
【参考図2】黒6ツグ
・正解図白5のアテまでとなった時、黒6にツグのは、白7のツギで黒一手負けになるから、黒は劫を争うよりない。
※白1のキリに黒2で4なら、白2で有難くタネ石を取ってよい。
【失敗図】
・白1にキルのは、黒2のサガリで、手にならない。
※白1で2とハサミツケるのも、黒aにツギがあり、失敗である。
※単にaとキル急所に注目されたい。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、307頁~308頁)
囲碁の狂歌④
・囲碁はただ下手と打つとも大事なり。小事と思う道のあしさよ。
【第10題 黒先】
・下辺中央で切り結んだ攻防が焦点である。
・黒は白の欠陥をとらえて、▲印の手数を延ばせば、タネ石の白四子を取れる。
・攻め合いの手法として実戦に多く生じるから、この機会にものにして欲しい。
【正解図】
・黒1のサガリはこの一手で、白2の時、黒3と出て、5のサガリがポイント。
・白6はつらいがしかたない。
※aとツメるのは、黒6、白b、黒c、白6、黒dが成立。
・黒7で一手勝となる。
【失敗図】
・黒1以下、白4までなった時、手拍子で黒5と当てるのは失敗である。
・黒7、白8で逆転する。
※なお、白2で3のツギは、黒7で攻め合い勝になる。
※正解図黒5に注目。
【例題図】
・問題図と類似の筋で黒のタネ石を取ることになる。
・白1のハネから3のツギが先手に利くのがポイントである。
※黒4でaは、白b、黒c、白dで黒四子が落ちる。
【参考図】
・白1に対し、黒2と応じれば、やはり白3のツギが正しい。
・次にaと5の点を見合いにして、黒のタネ石を取る要領である。
※初学者にも理解できる形なので、実戦応用が広い。
(瀬越憲作『作戦辞典』誠文堂新光社、1973年[1986年版]、319頁~320頁)