≪漢文の句形~菊地隆雄『漢文必携』より≫
(2023年11月26日投稿)
今回のブログでは、次の副教材から、漢文、その句形などについて考えてみたい。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
目次を参照してもらえばわかるように、漢文の代表的な句形には、次のようなものがある。
1 単純な否定形・禁止形
2 部分否定形
3 二重否定形
4 疑問形
5 反語形
6 詠嘆形
7 使役形
8 受身形
9 仮定形
10 限定形
11 累加形
12 比較形
13 選択形
14 比況形
15 抑揚形
16 願望形
17 倒置形
中でも、解釈にかかわる、5 反語形、7 使役形などをみておく。
【菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)はこちらから】
菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
〇漢文と日本文の違いについて
・漢文とそれに対応する日本文を並べてみよう。
(漢文)夜行逢鬼
(日本文)夜行きて鬼に逢ふ。
※「夜」と「行」は、二つの文章とも語順は同じである。
しかし、「逢」と「鬼」は日本文では逆になっている。
その上「行」に「きて」、「鬼」に「に」、「逢」に「ふ」が付いている。
ここに挙げた日本文は漢文を訓読(漢文を日本の文語文で翻訳)したものである。
二つの文章の違いは、そのまま漢文を日本文に変換する方法を教えてくれる。
その方法を整理しておく。
①語順を日本文に合うように直す。
②助詞や助動詞に当たるものを補う。
③活用語は活用させる。
〇なぜ漢文を学ぶのか?
・「現代文」は「古文」や「漢文」をもとにして出来上がった文章である。
現在の日本の文章は、「古文」や「漢文」の語彙や構文に支えられている。
「漢文」は過去の遺物ではなく、現代の文章の基底に生きている。
・では、漢文はどのような過程を経て、日本に定着したのか?
日本と中国の間には、早い時期から交渉があり、文字のなかった日本に漢字で書かれた漢文が入ってきた。その漢文は、当初は中国大陸あるいは朝鮮半島からの渡来人の助けを借りて、中国語として音読されていたと考えられている。それが訓読という方法の発明によって、日本文として多くの人々に読まれるようになっていった。
やがて、中国の漢文を摂取するだけではなく、日本人自身が漢文を書くようになる。また、漢文の影響を受けた小説や随筆、日記なども漢字仮名交じりの文章で書き始められる。
こうして、中国の漢文の内容、文体双方の影響を受けて、日本の文章が形づくられてきた。
〇漢文学習の目標
①日本の文化に大きな影響を与えた中国の漢文を読み解けるようになること
(『論語』『史記』など)
②日本人の書いた漢文を読み解けるようになること
(江戸の漢詩や歴史上の各種の資料など)
③漢文の影響を受けて書かれた日本の古典をよりよく読めるようになること
(『源氏物語』『枕草子』など)
④さらに、訓読体を基調とした近代の文章(明治の文章や法律の文章など)を自由自在に読みこなし、漢文の語彙や言い回しを消化し、現代文の表現に活かせるようになること
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、8頁~9頁)
〇漢語の構造
・漢文を読むためには、漢語の構造についての理解が不可欠である。
それは語順に敏感になることが欠かせないからである。
・そこで、二字の漢語の構造を、日本文と語順が同じものと違うものに分けて、整理してみた。
※日本文と同じ語順のものはわかりやすいが、語順の違うものは間違えやすいので、注意しよう。
【日本文と同じ語順の構造】
①主語+述語
(ア)日暮(にちぼ)―日が(主) 暮れる(述)――日暮(ひくル)
(イ)地震(じしん)―地が(主) 震える(述)――地震(ちふるフ)
(ウ)心痛(しんつう)―心が(主) 痛む(述)――心痛(こころいたム)
②修飾語+被修飾語
(ア)高山(こうざん)―高い(修) 山(被)――高山(たかキやま)
(イ)蛇行(だこう)―蛇のように(修) 行く(被)――蛇行(へびノゴトクゆク)
(ウ)山積(さんせき)―山のように(修) 積む(被)――山積(やまノゴトクつム)
③並列
(ア)出入(しゅつにゅう)―出る 入る――出入(いヅルトいルト)
(イ)難易(なんい)―難しい 易しい――難易(かたシトやすシト)
(ウ)天地(てんち)――――――――――天地(てんトちト)
【日本文と異なる語順の構造】
④述語+補語
(ア)即位(そくい)―即く(述) 位に(補)――即位(つクくらゐニ)
(イ)登壇(とうだん)―登る(述) 壇に(補)――登壇(のぼルだんニ)
(ウ)就任(しゅうにん)―就く(述) 任に(補)――就任(つクにんニ)
⑤述語+目的語
(ア)読書(どくしょ)―読む(述) 書を(目)――読書(よムしょヲ)
(イ)飲酒(いんしゅ)―飲む(述) 酒を(目)――飲酒(のムさけヲ)
(ウ)行政(ぎょうせい)―行う(述) 政を(目)――行政(おこなフまつりごとヲ)
⑥否定語を上にもつ
(ア)無力(むりょく)―無い(否) 力が――無力(なシちから)
(イ)不屈(ふくつ)―不(否) 屈せ――不屈(ずくつセ)
(ウ)非凡(ひぼん)―非ず(否) 凡に――非凡(あらズぼんニ)
<修飾語>…主語・目的語・補語・述語の内容を詳しく説明する語。
「被修飾語」はその働きを受ける語。
<補語>…行為の行われている場所や原因を表す語。
「ニ・ト・ヨリ」などを送ることが多い。
<目的語>…行為の対象を示す語。
「ヲ」を送ることが多い。
【音と訓】
・漢語の読みには、音(おん)と訓(くん)がある。
音は中国から伝わった読みであり、訓はその漢語に相当する日本語を当てた読みである。
漢文を読むときには、一字の漢語は訓で読み、熟語の漢語は音で読むのが原則である。
音には、「呉音(南北朝時代の呉の地方の音)」~例 世間(セケン)
「漢音(隋、唐時代の長安地方の音)」~例 中間(チュウカン)
「唐宋音(宋代以降の音)」~例 椅子(イス)
・漢文を読むときは、呉音を用いることもあるが、原則として漢音を用いる。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、10頁~11頁)
〇漢文特有の構造
・漢文には語形変化がなく、語順によって語の品詞が確定し、文の意味が決定される。
したがって、「漢文特有の構造」とは、つきつめて言えば、語順のことである。
基本的には、「漢語の構造」の発展形である。
ただ、二字の熟語の場合と異なり、動詞の次にその補足語(「目的語」や「補語」に相当するが、漢文では便宜上分けているだけで厳密には分類しがたい)を二つ持つ場合がある。
・そしてまた、前置詞に相当する置き字を持つこともある。
・「補足の関係」においては、「S+V」の後に「O」や「C」が配置される。
つまり、漢文の語順は、英語の語順に似ている。
この構造をつかむことが、漢文読解の基礎となる。
【補足の関係】
①主語+述語+目的語
CBヲ(BヲC[ス])
越王好勇。<韓非子・二柄>
【書き下し文】越王勇を好む。
【意味】 越の王が勇士を好んだ。
※目的語の場合は、「ヲ」を付けて上に返る。まれに置き字を伴うことがある。
②主語+述語+(於・于・乎)補語
C(ス)於Bニ /C(ス)Bニ(BニC[ス])
(剣)墜於水。<呂氏春秋・慎大覧>
【書き下し文】(剣)水に墜(お)つ。
【意味】 (剣が)水に落ちた。
(荘公)問其御。<淮南子・人間訓>
【書き下し文】(荘公)其の御(ぎょ)に問ふ。
【意味】 (荘公は)御者に尋ねた。
※補語の場合は「ニ・ト・ヨリ」などを付けて上に返る。
補語の前には「於・于・乎」などの置き字がくることが多い。
③主語+述語+目的語+(於・于・乎)補語
C(ス)Aヲ於Bニ /C(ス)AヲBニ(AヲBニC[ス])
紀昌学射於飛衛。<蒙求・紀昌貫虱>
【書き下し文】紀昌射を飛衛に学ぶ。
【意味】 紀昌は弓を飛衛に学んだ。
(涓人)買之五百金。<戦国策・燕策>
【書き下し文】(涓人[けんじん])之を五百金に買ふ。
【意味】 (王の側近は)これを五百金で買った。
※目的語と補語の組み合わせでは最も多く見られる形。補語の前に置き字がくることが多い。
④主語+述語+補語+目的語
C(ス)AニBヲ(AニBヲC[ス])
操遣権書。<十八史略・東漢>
【書き下し文】操権に書を遣(おく)る。
【意味】 曹操が孫権に手紙を送った。
※述語に授与動詞(「与・贈・授・語・教・加」など)が用いられる場合には、この形になることが多い。
⑤主語+述語+補語+(於・于・乎)補語
C(ス)Aニ於Bニ /C(ス)AニBニ(AニBニC[ス])
(臣)見将軍於此。<史記・項羽本紀>
【書き下し文】(臣)将軍に此に見(まみ)ゆ。
【意味】 (私は)ここで将軍にお会いしました。
我乗舟江湖。<十八史略・春秋戦国>
【書き下し文】我舟に江湖に乗る。
【意味】 私は江湖で舟に乗った。
※補語を二つ伴う形で、それほど多くは見られないが、「ニ」を二度重ねる読み方に慣れること。
下の補語は場所を示す語であることが多い。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、24頁~25頁)
・内容の理解はひとまずおき、漢文を見ながら先生の読みの後について復唱することを「素読(そどく)」という。
江戸時代の寺子屋などでは、この方法によって入門期の漢文学習が行われていた。
いや、江戸時代ばかりではない。明治になってからも、漢文の手ほどきはこの「素読」によって行われた。鷗外も漱石も、大きな声を出して、「素読」に励んだことだろう。そして、いつの間にか、漢文の読解力を身につけた。
・ところが、今では、この方法はすっかり忘れ去られてしまった。
正しい読みを聞いて(リスニング)、音読する(リーディング)という方法は、すべての語学学習の基本であるはずである。もう一度「素読」を見直す必要がある。
しかし、そうはいっても、いつも先生の側で「素読」をするという環境を作ることは難しい。
でも、先生の代わりに訓点付きの漢文を用い、音読するというのであれば、いつでも、どこででも、一人でできる。そしてこうした音読は、「素読」と同じような効用があると考えてよい。
・漢文を句法や語法から攻めていくというのは、もちろん必要なことだが、それで最初から最後まで押し通すというのは難しいものである。漢文を読むには、音読によって漢文の口調に慣れるということがどうしても必要なのである。口調に慣れることによって、不自然な読みをチェックすることもできる。音読は文章をまるごと感じられる格好の方法といえる。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、15頁)
・音読のテキストとしては、初めは教科書が最適であろう。
訓点も付いており、字も大きく、授業で習ってすでになじみの作品もあるかもしれない。
慣れてきたら、まとまった作品にチャレンジしたいものである。
・高校の漢文の代表的な作品といえば、『論語』『唐詩選』『十八史略』ということになろうか。
よく知られた作品だけでなく、内容も多岐にわたっている。
その中から手に入れやすいものを、と考えると、『論語』と『唐詩選』が挙げられる。
この二つの作品は、安価な文庫本で求められる。
・では、さっそく『論語』から始めてみよう。
孔子とその弟子たちの言行録で短い文章が多く、また誰にでも知られた言葉がいくつもある。
吾十有五にして学に志す。
とか、
朋(とも)有り遠方より来たる、亦楽しからずや。
などという言葉なら、一度は耳にしたことがあるだろう。
また、どこから始めてもよいし、どこで終わってもよいという点でも、音読にはぴったりの本である。
・『唐詩選』は、文字どおり唐詩の選集であるが、本家の中国よりも日本で流行した本である。
牀前看月光 疑是地上霜
挙頭望山月 低頭思故郷 <李白「静夜思」>
(牀前(しやうぜん)月光を看る 疑ふらくは是れ地上の霜かと
頭(かうべ)を挙げて山月を望み 頭を低(た)れて故郷を思ふ)
などという詩なら、口ずさんだことのある人も多いのではなかろうか。
これも絶句や律詩の短いものから入ればよい。
ふと口をついて出るぐらいになるまで、音読してみよう。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、172頁)
漢文を日本語として訓読するときに二度読む文字がある。
これは、二度読んだほうが日本語としてわかりやすいからである。
そうした文字を再読文字という。
【再読文字を訓読するときの注意点】
①一度目の読みは返り点を無視して副詞的に読み、書き下し文では漢字にする。
②二度目の読みは返り点に従って助動詞や動詞として読み、書き下し文では平仮名にする。
③二度目の読みの送り仮名は再読文字の左下に付ける。
再読文字
未
将
且
当
応
宜
須
猶[由]
盍[蓋]
〇再読文字、読み・意味、例文・書き下し文、例文訳を挙げておく。
未
いまダ―[セ]ず
まだ―しない。
未聞好学者也。<論語・雍也>
未だ学を好む者を聞かざるなり。
(顔回以外に)まだ学問を好む者(がいること)を聞いていない。
将
まさニ―[セ]ントす
―しようとする。―するつもりだ。
将順江東下<資治通鑑・漢・献帝>
将に江(かう)に順(したが)ひて東に下らんとす。
(今にも)長江の流れに乗って東に下ろうとする。
且
まさニ―[セ]ントす
―しようとする。―するつもりだ。
高祖且至楚。<史記・淮陰侯列伝>
高祖且に楚に至らんとす。
高祖(劉邦)が(今にも)楚の国に到着しようとしている。
当
まさニ―[ス]ベシ
―すべきである。きっと―のはずだ。
及時当勉励<陶潜「雑詩」>
時に及びて当に勉励すべし
時機を逃さず努め励むべきである。
応
まさニ―[ス]ベシ
きっと―だろう。―すべきである。
君自故郷来
応知故郷事。<王維「雑詩」>
君故郷より来たる
応に故郷の事を知るべし。
あなたは私の故郷からやって来た、きっと故郷のことを知っているだろう。
宜
よろシク―[ス]ベシ
―するのがよい。
宜従仲兄之言。<近古史談>
宜しく仲兄の言に従ふべし。
二番目の兄の言うことに従うのがよい。
須
すべかラク―[ス]ベシ
―する必要がある。―すべきである。
行楽須及春<李白「月下独酌」>
行楽須らく春に及ぶべし
遊び楽しむのはぜひともこの春のよい季節にすべきである。
猶[由]
なホ―ノ([スル]ガ)ごとシ
ちょうど―のようだ
過猶不及<論語・先進>
過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし。
度を越すのはちょうど足りないようなものだ。
盍[蓋]
なんゾ―[セ]ざル
どうして―しないのか、―すればよい。
盍各言爾志。<論語・公冶長>
盍ぞ各(おのおの)爾(なんぢ)の志を言はざる。
どうして各人が自分の考えを言わないのか、言えばよいのだ。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、20頁~21頁)
5反語形
反語形とは、疑問の形を借りて、その文とは反対の内容を強調する句形。
疑問形と共通の表現と反語形にだけ用いる表現とがある。
文末に多く使われる「ン(ヤ)」の「ン」は推量の助動詞
①疑問詞を用いる形(文末の助字との併用もある)
何ヲカ[焉]―[セ]ン(や)
【読み方】なにヲカ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 何を―だろうか、いや、何も―ない。
夫何憂何懼。<論語・顔淵>
夫れ何をか憂(うれ)へ何をか懼(おそ)れん。
そもそも何を心配し何を恐れることがあるだろうか、いや、何も心配したり恐れたりすることはない。
何ぞ[胡・奚・曷・寧・庸]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】なんゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、何も―ない。
不有佳作、何伸雅懐。<李白「春夜宴桃李園序」>
佳作有らずんば、何ぞ雅懐を伸べん。
よい詩ができなかったら、どうしてこの風雅な気持ちを表せようか、いや、表すことはできない。
安クンゾ[悪・焉・烏・寧]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】いづクンゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、何も―ない。
燕雀安知鴻鵠之志哉。<十八史略・秦>
燕雀安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや
つばめやすずめのような小さな鳥にどうして白鳥のような大きな鳥の心が理解できようか、いや、できない。
安クニ(カ)[悪・何・焉]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】いづクニ(カ)―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どこに―だろうか、いや、どこにも―ない。
我安適帰矣。<十八史略・周>
我安くにか適帰(てきき)せん。
私はどこに身を寄せたらいいのだろうか、いや、どこにも寄せられない。
誰カ[孰]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】たれカ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 誰が―だろうか、いや、誰も―ない。
夫誰与王敵。<孟子・梁恵王上>
夫れ誰か王と敵せん。
そもそも誰が王に敵対しようか、いや、誰も敵対しない。
②疑問詞と他の語を組み合わせた形(文末の助字との併用もある)
何為レゾ[胡為・奚為] ―[セ]ン(ヤ)
【読み方】なんすレゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
何為無人。<晏子春秋>
何為れぞ人無からん。
どうして人がいないことがあろうか、いや、いないことはない(=いる)。
何以テ(カ)―[セ]ン(ヤ)
【読み方】なにヲもつテ(カ)―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
不然、籍何以至此。<史記・項羽本紀>
然らずんば、籍何を以て此に至らん。
そうでなければ、私(項籍)がどうしてこうするまでに至ろうか、いや、至りはしない。
如―ヲ何セン(奈何・若何)
【読み方】―ヲいかんセン
【意味】―をどうしたらよいか、いや、どうしようもない。
虞兮虞兮奈若何<史記・項羽本紀>
虞や虞や若(なんぢ)を奈何(いかん)せん
虞よ虞よおまえをどうしたらよいか、いや、どうしようもない。
如何ゾ―[セ]ン(ヤ)
【読み方】いかんゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】どうして―だろうか、いや、―ない。
対此如何不涙垂<白居易「長恨歌」>
此れに対して如何(いかん)ぞ涙垂れざらん
これに対してどうして涙を流さずにいられようか、いや、流さずにはいられない。
③文末に疑問の助字を用いる形
―乎[セ]ン(邪・耶・也・哉・与・歟・乎哉)
【読み方】―[セ]ン(ヤ)
【意味】 ―だろうか、いや、―ない。
食少事煩、其能久乎。<十八史略・三国>
食少なく事煩(わづら)はし、其れ能く久しからんや。
食事は少なく仕事は多い、長生きできようか、いや、できない。
④反語形特有の形
豈―[セ]ン(ヤ)(哉・乎・邪)
【読み方】あニ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
是豈水之性哉。<孟子・告子上>
是れ豈に水の性ならんや。
これがどうして水の本性だろうか、いや、本性ではない。
敢ヘテ―不ランヤ―[セ](乎)
【読み方】あヘテ―[セ]ざランヤ
【意味】 どうして―しないことがあろうか、いや、きっと―する。
敢不避大将軍。<杜子春伝>
敢へて大将軍を避けざらんや。
どうして大将軍を避けないことがあろうか、いや、きっと避ける。
独リ―[セ]ン乎[哉]
【読み方】ひとリ―[セ]ンや
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
独畏廉将軍哉。<史記・廉頗藺相如列伝>
独り廉将軍を畏れんや。
どうして廉将軍を恐れようか、いや、恐れはしない。
何[胡・奚・曷]不ル―[セ]
【読み方】なんゾ―[セ]ざル
【意味】 どうして―しないのか、―すればよい。
何不秉燭遊<文選・古詩十九首(生年不満百)>
何ぞ燭を秉(と)りて遊ばざる
どうしてともし火を手にして遊ばないのか、遊べばよいのに。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、52頁~57頁)
句形練習問題2
反語形に注意して、次の傍線部の漢字の読みを送り仮名も含めてすべて平仮名で書きかえなさい。
また、現代語訳の( )の中に適語を補って文を完成させなさい。
①君子去仁、悪乎成名。<論語・里仁>
(君子が仁の道を離れたなら、( )(君子の)名が成り立とうか、いや、成り立たない。)
②安能為之足。<戦国策・斉策>
(( )これ(=蛇)の足を描き加えることができようか、いや、できない。)
③豈望報乎。<史記・淮陰侯列伝>
(( )礼など望もうか、いや、望みはしない。)
④田園将蕪。胡不帰。<陶潜「帰去来辞」>
「(故郷の)田園は荒れ果てようとしている。( )帰らないのか、帰るべきである。」
⑤騅(すい)不逝兮可奈何<史記・項羽本紀>
(騅が行かないのを( )、いや、どうしようもない。)
⑥不仁者可与言哉。<孟子・離婁上>
(仁のない者は共に語ることが( )、いや、できない。)
⑦君子何患乎無兄弟也。<論語・顔淵>
(君子は( )兄弟のないことを心配しようか。)
解答
①いづくにか(どこに)
②いづくんぞ(どうして)
③あに・や(どうして)
④なんぞかへらざる(どうして)
⑤いかんす(どうしたらよいか)
⑥や(できようか)
⑦なんぞ(どうして)
【書き下し文】
①君子去仁、悪乎成名。<論語・里仁>
君子仁を去りて、悪(いづ)くにか名を成さん。
②安能為之足。<戦国策・斉策>
安んぞ能く之が足を為(つく)らんや。
③豈望報乎。<史記・淮陰侯列伝>
豈に報いを望まんや。
④田園将蕪。胡不帰。<陶潜「帰去来辞」>
田園将に蕪(あ)れなんとす。胡ぞ帰らざる。
⑤騅(すい)不逝兮可奈何<史記・項羽本紀>
騅の逝(ゆ)かざる奈何(いかん)すべき
⑥不仁者可与言哉。<孟子・離婁上>
不仁者(ふじんしゃ)は与に言ふべけんや。
⑦君子何患乎無兄弟也。<論語・顔淵>
君子何ぞ兄弟(けいてい)無きを患(うれ)へんや。
反語形に注意して、次の傍線部を現代語訳しなさい。
①豈不爾思。<論語・子罕>
②籍独不愧於心乎。<史記・項羽本紀>
③吾何為不予哉。<孟子・公孫丑下>
※不予ナリ…不愉快だ。
④敢不受教。<枕中記>
⑤割鶏、焉用牛刀。<論語・陽貨>
⑥孰能無惑。<韓愈・師説>
⑦対此、如何不涙垂。<白居易「長恨歌」>
解答
①豈に爾を思はざらんや。
どうしてあなたを思わないだろうか、いや、思う。
②籍独り心に愧(は)ぢざらんや。
どうして心に恥じないだろうか、いや、恥じないではいられない。
③吾何為れぞ不予ならんや。
※不予ナリ…不愉快だ。
どうして不愉快であろうか、いや、不愉快ではない。
④敢へて教へを受けざらんや。
どうして教えを受けないことがあろうか、いや、きっと受ける。
⑤鶏を割くに、焉くんぞ牛刀を用ひん。
どうして牛を裂く刀などを用いようか、いや、用いない。
⑥孰か能く惑ひ無からん。
誰が迷いがないことがあろうか、いや、誰しも迷いはある。
⑦此れに対して、如何ぞ涙垂れざらん。
どうして涙を流さずにいられようか、いや、流さずにはいられない。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、60頁~61頁)
7使役形
使役形とは、誰か(何か)に何かを「させる」ことを表す句形。
「―しム」と訓読し、「―させる」という意味を表す。
使役の助字を用いる形、動詞に直接「シム」を送る形などがある。
①使役の助字を用いる形
使ム(令・教・遣)AヲシテB[セ]
【読み方】AヲシテB[セ]シム
【意味】 AにBさせる
※使役の助字は書き下し文では平仮名「しむ」に直す。
Bが長くなったときは「Aに命じてBさせる」と訳すと文意がよく通じる。
使大夫二人往先焉。<荘子・秋水>
大夫二人(ににん)をして往き先んぜしむ。
大夫二人に(王に)先立って行かせた。
【重要】「使・令・教・遣」の違い
・江戸時代の学者伊藤東涯によると、この四つの使役語の発生には次のような違いがある。
使…人にものを言いつけてさせる。
令…上から下に命令してさせる。
教…教え命じてさせる。(俗語に多い。)
遣…派遣してさせる。
②使役を暗示する動詞がある形
命ジテAニB[セ]シム
説キテAニB[セ]シム
【読み方】AニめいジテB[セ]シム
AニときテB[セ]シム
【意味】 Aに命じてBさせる
Aを説得してBさせる
聊命故人書之。<陶潜「飲酒」序>
聊(いささ)か故人に命じて之を書せしむ。
ともかく親しい友人に命じてこれを書かせる。
説夫差赦越。<十八史略・春秋戦国(臥薪嘗胆)>
夫差に説きて越を赦(ゆる)さしむ
夫差を説得して越王を許させた。
③文脈から使役に読む場合
―[セ]シム
【読み方】―[セ]シム
【意味】 ―させる
(丈人)止子路宿。<論語・微子>
(丈人(ぢやうじん))子路を止(とど)めて宿(しゅく)せしむ。
(老人は)子路をとどめて(自分の)家に泊まらせた。
※述語(宿)の動作を行う者(子路)が文の主語(丈人)と一致せず、かつ主語が動作をさせる者の場合は使役に読む。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、62頁~63頁)
読解編
1 構文から読解へ(156頁~161頁)
〇句形や語彙の学習に加えて、構文(文の組み立て)を意識し、より的確な読解を目指す。
・漢文を読解するには、基本的な句形や常用される語彙に習熟することが必要。
しかし、それだけでは十分ではない。
平素の学習や読書を通して、語彙を増やし、歴史や地理などの漢文常識を身につけることも必要。
また、訓読とは漢文を日本の文語文法を用いて翻訳する方法なので、文語文法にも通じていなければならない。
漢文読解力とは、さまざまな分野の総合力なのである。
・そうした読解に結びつく行為の中でも、構文を意識し、文の構造をとらえることは、とりわけ大切。
ここでは、6例の構文を取り上げてみた。
頻繁に使われる語順の構文「C[ス]AヲBニ」、句形の区分に入りにくい構文として「A[スル]コトB」と「A[スル]ニ以テスBヲ」、文全体を見渡したときに必要な構文として、「有リ―[スル]者」と「A也、B/A者、B」、そして対句の構文である。
もとより、これだけで漢文が読解できるわけではないが、こうした構文に注意することで、構文から読解へという読解の道筋ができる。
・漢文を一読して、こうした構文をすばやく見抜き、さらに返り点や送り仮名を省いても読めるようになれば、読解は新たな段階へと一歩前進できる。
1「C[ス]Aヲ(於・于・乎)Bニ」
【読み方】Aヲ(於・于・乎)BニC[ス]
【意味】 AをBにCする。
先納質於斉、以求見。<十八史略・春秋戦国(鶏鳴狗盗)>
先づ質(ち)を斉に納れ、以て見んことを求む。
(秦の王は)まず人質を斉に送ってから、会見することを求めた。
立祠江上、命曰胥山。<十八史略・春秋戦国(臥薪嘗胆)>
祠(し)を江上に立て、命(なづ)けて胥山(しょざん)と曰ふ。
祠(ほこら)を長江のほとりに立て、胥山と名づけた。
徙武北海上無人処。<十八史略・西漢>
武を北海の上(ほとり)人無き処に徙(うつ)す。
蘇武を北海のほとりの人がいないところに移した。
【解説】
述語となる漢字の下にある二つの名詞が、目的語(-を)と補語(…に)の役割をしている構文。
AとBは、長短さまざまな形で現れる。
・「先納質於斉~」は、置き字「於」がある形。
「於」を挟んで、「…を…に」と送り仮名をつける。
・「立祠江上~」は、「於」がない形。
名詞の切れ目を見きわめる必要がある。
・徙武北海上~」は、Bの部分が長く、一見Bがどこまで続いているのか、わかりにくい形。※また、述語に「与・贈・授・語・教・加」などの授与動詞がくると、「C(ス)AニBヲ」(AニBヲC[ス])の形になる場合が多い。
2「A[スル]コトB」
【読み方】A[スル]コトB
【意味】①Aするのが(は)B。
②(主にBに数量・程度がきた場合は)B(の数量・程度だけ)Aする。
漢軍及諸侯兵囲之数重。<史記・項羽本紀(四面楚歌)>
漢軍及び諸侯の兵之を囲むこと数重(ちょう)なり。
漢軍と(それに従う)諸侯の軍が(項羽の軍が立てこもる)これ(=垓下)を幾重にも取り囲んだ。
大丈夫之志於相、理則当然。<能改斎漫録>
大丈夫の相(しやう)に志すこと、理としては則ち当に然るべし。
一人前の立派な男が宰相を志すのは、道理として当然のことだ。
何断裂之余、尚有霊如是耶。<閲微草堂筆記>
何ぞ断裂の余(よ)、尚ほ霊なること是(か)くのごときもの有らんや。
どうして砕け残った磁器のかけらにこのような(火器を避ける)霊験があろうか、いや、ありはしない。
【解説】
・「A[スル]コトB」の「A[スル]」の用言の連体形である。
それに「コト」を送り、その後に数量や程度・状況等を説明するBがくる。
・「漢軍及諸侯兵~」は、「囲ムコト之ヲ」と目的語を使ってAを作っている形。
Bも「数量」一語なので比較的単純な形である。
・「大丈夫之志於相~」は、「志スコト於相ニ」と置き字+補語を伴うAであり、Bの部分は説明の文となっている。
・「何断裂之余~」は反語形の中に、「A[スル]コトB」がはめ込まれている形。
訓点がなくても、この「A[スル]コトB」のさまざまなパターンが見抜けるようになるとよい。
3「A[スル]ニ以テスBヲ」
【読み方】A[スル]ニBヲ以テス
【意味】①AするのにBでする。BによってAする。
②BをAする。
策之不以其道。<韓愈「雑説」>
之を策(むち)うつに其の道を以てせず。
これ(=名馬)を鞭でうつのに名馬を扱うやり方でしない。
故賞以酒肉、而重之以辞。<柳宗元「送薛存義序」>
故(ことさら)に賞するに酒肉を以てして、之に重ぬるに辞を以てす。
わざわざ酒肉を与えてほめたたえ、それに加えて(送別の)言葉を贈る。
媼答以少年所教。<独異志>
媼(あう)答ふるに少年の教ふる所を以てす。
老婦人は少年が教えてくれたことを答えた。
【解説】
この構文では、「以」以下は手段方法や目的語を示す。
・「策之不以其道」では、「策ウツ」の手段方法が「其ノ道」で示されている。
・「故賞以酒肉~」では、「酒肉」が「賞スル」の手段方法、「辞」が「重ヌル」の手段方法として示されている。
・「媼答以少年所教」では、「答フル」ことの目的語が「少年ノ所教フル」として示されている。
・訳し方は、「BによってAする・BをAする」などと、「以」以下を先に訳した方がよい場合も多い。
この構文は、一文の骨格となって用いられていることが多く、頻出の重要構文である。
4「有リ―[スル]者」
【読み方】―[スル]者有リ
【意味】―する者がいる。
古之君、有以千金使涓人求千里馬者。<十八史略・春秋戦国(先従隗始)>
古の君に、千金を以て涓人(けんじん)をして千里の馬を求めしむる者有り。
昔の君主に、千金で使用人に千里の馬を求めさせた者がいた。
有婦人哭於墓者而哀。<礼記・檀弓下>
婦人の墓に哭する者有りて哀(かな)しげなり。
墓の前で大声で泣いている婦人がいて、哀しそうであった。
杞国、有人憂天地崩墜、身亡所寄、廃寝食者。<列子・天瑞(杞憂)>
杞の国に、人の天地崩墜して、身の寄る所亡(な)きを憂へて、寝食を廃する者有り。
杞の国に、天地が崩れ落ちて、身の置き所がなくなるのを心配し、寝食ができなくなった者がいた。
【解説】
・文の構造がつかみにくい長い文でも、「有リ―[スル]者」の形があると、「―する者がいる」という単純な構文として読むことができる。
・「―」にあたる部分は「者」にかかる修飾語であり、この箇所の述語になる語をしっかり押さえることが、ポイントである。
・「古之君、有以千金使涓人求~」は、「求めしむる」が述語。「~ニ有リ―[スル]者」の形。
「~に」には、人や場所が入る。
・「有婦人哭~」は「哭」が述語。
「有リ…ノ―[スル]者」の形で「―する…がいる」と訳すと間違えない。
・「杞国、有人憂天地~」は、「憂」「廃」と述語が二つある形。
5「A也(や)、B/A[ナル]者[ものハ](は)、B」
【読み方】Aや、B/Aは[ナルものハ]、B
【意味】①Aは、B。②Aすると、B。③Aするのは、B。
師也、過。商也不及。<論語・先進>
師や過ぎたり。商や及ばず。
師(=子張)は行き過ぎのところがある。商(=子夏)は不足しているところがある。
吾観呉之亡也、与秦之苻堅相類。<壮悔堂文集>
吾呉の亡ぶるを観るや、秦の苻堅と相類す。
私が呉の滅ぶ様子を観察してみると、秦の苻堅の場合と同じである。
彼汲汲於名者、猶汲汲於利也。<司馬光「諫院題名記」>
彼の名に汲汲たるは、猶ほ利に汲汲たるがごとし。
あの名声を得るために休まずつとめるのは、ちょうど利益のために休まずつとめるのと同じである。
【解説】
・この構文の用法は一つに限定できないが、まず主な用法として「―は」という主格の提示としてとらえるとよい。
・「師也、過。~」の「也」は「師」「商」を主格として提示している。
これは「Aは、B」と訳す。
Aに名詞がくることが多く、「也」は強調の働きを持つ。
・「吾観呉之亡也~」の「也」は「吾観ル呉之亡ブルヲ」を状況として提示している。
これは「Aすると、B」と訳す。
・「者」も多く主格の提示として用いられる。「彼汲汲於名者~」では、「者」が結果を示すA「彼ノ汲汲タル於名ニ」の後に置かれ、Bでそれについて説明する形になっている。
6対句:対応する語の字数が等しく、二つの句の文法的構造が同じで、意味のうえでも関連を持つ表現をいう。
数人飲之不足、一人飲之者余。<戦国策・斉策>
数人之を飲まば足らず、一人之を飲まば余り有り。
数人でこれ(=酒)を飲むには足りないが、一人でこれ飲むには十分である。
学人者不至、舎己者未尽。<初潭集>
人に学ぶ者は至らず、己を舎(す)つる者は未だ尽くさず。
人に(頼って)学ぶ人は(道に)到達できず、自己を捨てた者は(道を)究めることができない。
人非不霊於鼠、制鼠不能於人而能於貍奴。貍奴非霊於人、鼠畏貍奴而不畏人。<胡祭酒集>
人鼠よりも霊ならざるに非ざるも、鼠を制すること人に能くせずして貍奴(りど)に能くす。貍奴人よりも霊なるに非ざるも、鼠貍奴を畏れて人を畏れず。
人は鼠よりもすぐれていないわけではないが、鼠を制することは人にはできず猫にはできる。猫は人よりもすぐれているわけではないが、鼠は猫を畏れて人を畏れない。
【解説】
・対句は本来韻文で発達した修辞法であるが、散文においても多用される。
原則としては対応する語句の字数や構造が同じで、二句でワンセットとなる。
ただし文章においてはその対応に多少のずれが生じることが少なくない。
・「数人飲之不足~」は、「不足」と「有余」の、「不」と「有」、「足」と「余」の「対」が分かれば読むことができる。
・「学人者不至~」も、後半を見ると「不至」に対して「未尽」となっている。
「未」は再読文字であるが、役割は「不」と同じ否定語であり、「対」を成している。
・「人非不霊於鼠~」は相対する部分の字数や構造にずれがある。
しかし、「鼠」を用いて「人」と「貍奴」を説明し、「人は…」「貍奴は…」という「対」を形成している。
いわゆる「対句的な文章」である。
※文章の対句読解には、こうした「人非不霊於鼠~」のようなパターンに慣れることが欠かせない。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、156頁~160頁、174頁)
【「構文から読解へ」の練習問題】
〇現代語訳を参考にして、次の漢文を書き下し文に改めなさい。
(傍線部の返り点と送り仮名は省略してあります。)
①桓公毎質之鮑叔。<千百年眼>
※質…終止形は「質(ただ)す」
(これ(管仲の行うこと)を鮑叔に問いただした。)
②前人取之多、後人豈応復得。<清波雑志>
(先祖がこれ(名声)を多く獲得してしまえば、)
③老人笑而示以掌。<右台仙館筆記>
(老人は笑って手のひらを見せた。)
④非有異於向之黍稷者也。<焚書>
※黍稷(しょしょく)…キビ
(今まで食べていたキビと違ったところはありません。)
⑤公所病者陰也。日者陽也。<晏子春秋>
(あなた(=景公)が病気であるのは陰である。)
⑥遜者欲其謙退而如有所不能。敏者欲其進修而如有所不及。<金華黄先生文集>
(「敏」とは進んで学ぼうとして(それが)及ばないことがあるようだとすることである。)
【解答】
①之を鮑叔に質す。
②前人之を取ること多ければ、
③老人笑ひて示すに掌を以てす。
④向(さき)の黍稷に異なる者有るに非ざるなり。
⑤公の病む所は陰なり。(「公の病む所の者は陰なり。」も可)
⑥敏とは其の進修せんと欲して及ばざる所有るがごとくするなり。
【書き下し文・現代語訳】
①桓公毎(つね)に之を鮑叔に質す。
(桓公はいつもこれ(管仲の行うこと)を鮑叔に問いただした。)
②前人之を取ること多ければ、後人豈に応に復た得べけんや。
(先祖がこれ(名声)を多く獲得してしまえば、子孫はどうして再びそれを得ることができるでしょうか、いや、得ることはできません。)
③老人笑ひて示すに掌を以てす。
(老人は笑って手のひらを見せた。)
④向の黍稷に異なる者有るに非ざるなり。
(今まで食べていたキビと違ったところはありません。)
⑤公の病む所は陰なり。日は陽なり。
(あなた(=景公)が病気であるのは陰である。太陽は陽である。)
⑥遜とは其の謙退せんと欲して能はざる所有るがごとくするなり。敏とは其の進修せんと欲して及ばざる所有るがごとくするなり。
(「遜」とは謙虚であろうとして(それが)できていないことがあるようだとすることである。「敏」とは進んで学ぼうとして(それが)及ばないことがあるようだとすることである。)
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、156頁~161頁)
(2023年11月26日投稿)
【はじめに】
今回のブログでは、次の副教材から、漢文、その句形などについて考えてみたい。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
目次を参照してもらえばわかるように、漢文の代表的な句形には、次のようなものがある。
1 単純な否定形・禁止形
2 部分否定形
3 二重否定形
4 疑問形
5 反語形
6 詠嘆形
7 使役形
8 受身形
9 仮定形
10 限定形
11 累加形
12 比較形
13 選択形
14 比況形
15 抑揚形
16 願望形
17 倒置形
中でも、解釈にかかわる、5 反語形、7 使役形などをみておく。
【菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)はこちらから】
菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
【目次】
本書の特色・凡例
【基礎編】
1 漢文とは何か
2 漢語の構造
3 訓読のしかた
4 書き下し文
5 再読文字
6 返読文字
7 漢文特有の構造
8 漢文の読み方
【句形編】
1 単純な否定形・禁止形
2 部分否定形
3 二重否定形
4 疑問形
5 反語形
6 詠嘆形
7 使役形
8 受身形
9 仮定形
10 限定形
11 累加形
12 比較形
13 選択形
14 比況形
15 抑揚形
16 願望形
17 倒置形
【語彙編】
・<あ>悪・安~<わ>或
・「いフ」と読む字
・「つひニ」と読む字
・「すなはチ」と読む字
・「また」「まタ」と読む字
・繰り返し読む副詞
・所謂(いはゆる)など
・以是(これをもつて)など
【読解編】
1 構文から読解へ
2 読解へのステップ
①故事・寓話 ②漢詩 ③史伝 ④思想 ⑤文章
【資料編】
1 漢詩の修辞
2 史伝のエピソード
3 思想
4 文学
5 故事成語
6 漢文常識語
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・漢文と日本文
・【音読のすすめ】
・再読文字
・5 反語形
・7 使役形
・読解編 1 構文から読解へ
・「構文から読解へ」の練習問題
漢文と日本文
〇漢文と日本文の違いについて
・漢文とそれに対応する日本文を並べてみよう。
(漢文)夜行逢鬼
(日本文)夜行きて鬼に逢ふ。
※「夜」と「行」は、二つの文章とも語順は同じである。
しかし、「逢」と「鬼」は日本文では逆になっている。
その上「行」に「きて」、「鬼」に「に」、「逢」に「ふ」が付いている。
ここに挙げた日本文は漢文を訓読(漢文を日本の文語文で翻訳)したものである。
二つの文章の違いは、そのまま漢文を日本文に変換する方法を教えてくれる。
その方法を整理しておく。
①語順を日本文に合うように直す。
②助詞や助動詞に当たるものを補う。
③活用語は活用させる。
〇なぜ漢文を学ぶのか?
・「現代文」は「古文」や「漢文」をもとにして出来上がった文章である。
現在の日本の文章は、「古文」や「漢文」の語彙や構文に支えられている。
「漢文」は過去の遺物ではなく、現代の文章の基底に生きている。
・では、漢文はどのような過程を経て、日本に定着したのか?
日本と中国の間には、早い時期から交渉があり、文字のなかった日本に漢字で書かれた漢文が入ってきた。その漢文は、当初は中国大陸あるいは朝鮮半島からの渡来人の助けを借りて、中国語として音読されていたと考えられている。それが訓読という方法の発明によって、日本文として多くの人々に読まれるようになっていった。
やがて、中国の漢文を摂取するだけではなく、日本人自身が漢文を書くようになる。また、漢文の影響を受けた小説や随筆、日記なども漢字仮名交じりの文章で書き始められる。
こうして、中国の漢文の内容、文体双方の影響を受けて、日本の文章が形づくられてきた。
〇漢文学習の目標
①日本の文化に大きな影響を与えた中国の漢文を読み解けるようになること
(『論語』『史記』など)
②日本人の書いた漢文を読み解けるようになること
(江戸の漢詩や歴史上の各種の資料など)
③漢文の影響を受けて書かれた日本の古典をよりよく読めるようになること
(『源氏物語』『枕草子』など)
④さらに、訓読体を基調とした近代の文章(明治の文章や法律の文章など)を自由自在に読みこなし、漢文の語彙や言い回しを消化し、現代文の表現に活かせるようになること
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、8頁~9頁)
〇漢語の構造
・漢文を読むためには、漢語の構造についての理解が不可欠である。
それは語順に敏感になることが欠かせないからである。
・そこで、二字の漢語の構造を、日本文と語順が同じものと違うものに分けて、整理してみた。
※日本文と同じ語順のものはわかりやすいが、語順の違うものは間違えやすいので、注意しよう。
【日本文と同じ語順の構造】
①主語+述語
(ア)日暮(にちぼ)―日が(主) 暮れる(述)――日暮(ひくル)
(イ)地震(じしん)―地が(主) 震える(述)――地震(ちふるフ)
(ウ)心痛(しんつう)―心が(主) 痛む(述)――心痛(こころいたム)
②修飾語+被修飾語
(ア)高山(こうざん)―高い(修) 山(被)――高山(たかキやま)
(イ)蛇行(だこう)―蛇のように(修) 行く(被)――蛇行(へびノゴトクゆク)
(ウ)山積(さんせき)―山のように(修) 積む(被)――山積(やまノゴトクつム)
③並列
(ア)出入(しゅつにゅう)―出る 入る――出入(いヅルトいルト)
(イ)難易(なんい)―難しい 易しい――難易(かたシトやすシト)
(ウ)天地(てんち)――――――――――天地(てんトちト)
【日本文と異なる語順の構造】
④述語+補語
(ア)即位(そくい)―即く(述) 位に(補)――即位(つクくらゐニ)
(イ)登壇(とうだん)―登る(述) 壇に(補)――登壇(のぼルだんニ)
(ウ)就任(しゅうにん)―就く(述) 任に(補)――就任(つクにんニ)
⑤述語+目的語
(ア)読書(どくしょ)―読む(述) 書を(目)――読書(よムしょヲ)
(イ)飲酒(いんしゅ)―飲む(述) 酒を(目)――飲酒(のムさけヲ)
(ウ)行政(ぎょうせい)―行う(述) 政を(目)――行政(おこなフまつりごとヲ)
⑥否定語を上にもつ
(ア)無力(むりょく)―無い(否) 力が――無力(なシちから)
(イ)不屈(ふくつ)―不(否) 屈せ――不屈(ずくつセ)
(ウ)非凡(ひぼん)―非ず(否) 凡に――非凡(あらズぼんニ)
<修飾語>…主語・目的語・補語・述語の内容を詳しく説明する語。
「被修飾語」はその働きを受ける語。
<補語>…行為の行われている場所や原因を表す語。
「ニ・ト・ヨリ」などを送ることが多い。
<目的語>…行為の対象を示す語。
「ヲ」を送ることが多い。
【音と訓】
・漢語の読みには、音(おん)と訓(くん)がある。
音は中国から伝わった読みであり、訓はその漢語に相当する日本語を当てた読みである。
漢文を読むときには、一字の漢語は訓で読み、熟語の漢語は音で読むのが原則である。
音には、「呉音(南北朝時代の呉の地方の音)」~例 世間(セケン)
「漢音(隋、唐時代の長安地方の音)」~例 中間(チュウカン)
「唐宋音(宋代以降の音)」~例 椅子(イス)
・漢文を読むときは、呉音を用いることもあるが、原則として漢音を用いる。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、10頁~11頁)
〇漢文特有の構造
・漢文には語形変化がなく、語順によって語の品詞が確定し、文の意味が決定される。
したがって、「漢文特有の構造」とは、つきつめて言えば、語順のことである。
基本的には、「漢語の構造」の発展形である。
ただ、二字の熟語の場合と異なり、動詞の次にその補足語(「目的語」や「補語」に相当するが、漢文では便宜上分けているだけで厳密には分類しがたい)を二つ持つ場合がある。
・そしてまた、前置詞に相当する置き字を持つこともある。
・「補足の関係」においては、「S+V」の後に「O」や「C」が配置される。
つまり、漢文の語順は、英語の語順に似ている。
この構造をつかむことが、漢文読解の基礎となる。
【補足の関係】
①主語+述語+目的語
CBヲ(BヲC[ス])
越王好勇。<韓非子・二柄>
【書き下し文】越王勇を好む。
【意味】 越の王が勇士を好んだ。
※目的語の場合は、「ヲ」を付けて上に返る。まれに置き字を伴うことがある。
②主語+述語+(於・于・乎)補語
C(ス)於Bニ /C(ス)Bニ(BニC[ス])
(剣)墜於水。<呂氏春秋・慎大覧>
【書き下し文】(剣)水に墜(お)つ。
【意味】 (剣が)水に落ちた。
(荘公)問其御。<淮南子・人間訓>
【書き下し文】(荘公)其の御(ぎょ)に問ふ。
【意味】 (荘公は)御者に尋ねた。
※補語の場合は「ニ・ト・ヨリ」などを付けて上に返る。
補語の前には「於・于・乎」などの置き字がくることが多い。
③主語+述語+目的語+(於・于・乎)補語
C(ス)Aヲ於Bニ /C(ス)AヲBニ(AヲBニC[ス])
紀昌学射於飛衛。<蒙求・紀昌貫虱>
【書き下し文】紀昌射を飛衛に学ぶ。
【意味】 紀昌は弓を飛衛に学んだ。
(涓人)買之五百金。<戦国策・燕策>
【書き下し文】(涓人[けんじん])之を五百金に買ふ。
【意味】 (王の側近は)これを五百金で買った。
※目的語と補語の組み合わせでは最も多く見られる形。補語の前に置き字がくることが多い。
④主語+述語+補語+目的語
C(ス)AニBヲ(AニBヲC[ス])
操遣権書。<十八史略・東漢>
【書き下し文】操権に書を遣(おく)る。
【意味】 曹操が孫権に手紙を送った。
※述語に授与動詞(「与・贈・授・語・教・加」など)が用いられる場合には、この形になることが多い。
⑤主語+述語+補語+(於・于・乎)補語
C(ス)Aニ於Bニ /C(ス)AニBニ(AニBニC[ス])
(臣)見将軍於此。<史記・項羽本紀>
【書き下し文】(臣)将軍に此に見(まみ)ゆ。
【意味】 (私は)ここで将軍にお会いしました。
我乗舟江湖。<十八史略・春秋戦国>
【書き下し文】我舟に江湖に乗る。
【意味】 私は江湖で舟に乗った。
※補語を二つ伴う形で、それほど多くは見られないが、「ニ」を二度重ねる読み方に慣れること。
下の補語は場所を示す語であることが多い。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、24頁~25頁)
【音読のすすめ】
・内容の理解はひとまずおき、漢文を見ながら先生の読みの後について復唱することを「素読(そどく)」という。
江戸時代の寺子屋などでは、この方法によって入門期の漢文学習が行われていた。
いや、江戸時代ばかりではない。明治になってからも、漢文の手ほどきはこの「素読」によって行われた。鷗外も漱石も、大きな声を出して、「素読」に励んだことだろう。そして、いつの間にか、漢文の読解力を身につけた。
・ところが、今では、この方法はすっかり忘れ去られてしまった。
正しい読みを聞いて(リスニング)、音読する(リーディング)という方法は、すべての語学学習の基本であるはずである。もう一度「素読」を見直す必要がある。
しかし、そうはいっても、いつも先生の側で「素読」をするという環境を作ることは難しい。
でも、先生の代わりに訓点付きの漢文を用い、音読するというのであれば、いつでも、どこででも、一人でできる。そしてこうした音読は、「素読」と同じような効用があると考えてよい。
・漢文を句法や語法から攻めていくというのは、もちろん必要なことだが、それで最初から最後まで押し通すというのは難しいものである。漢文を読むには、音読によって漢文の口調に慣れるということがどうしても必要なのである。口調に慣れることによって、不自然な読みをチェックすることもできる。音読は文章をまるごと感じられる格好の方法といえる。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、15頁)
・音読のテキストとしては、初めは教科書が最適であろう。
訓点も付いており、字も大きく、授業で習ってすでになじみの作品もあるかもしれない。
慣れてきたら、まとまった作品にチャレンジしたいものである。
・高校の漢文の代表的な作品といえば、『論語』『唐詩選』『十八史略』ということになろうか。
よく知られた作品だけでなく、内容も多岐にわたっている。
その中から手に入れやすいものを、と考えると、『論語』と『唐詩選』が挙げられる。
この二つの作品は、安価な文庫本で求められる。
・では、さっそく『論語』から始めてみよう。
孔子とその弟子たちの言行録で短い文章が多く、また誰にでも知られた言葉がいくつもある。
吾十有五にして学に志す。
とか、
朋(とも)有り遠方より来たる、亦楽しからずや。
などという言葉なら、一度は耳にしたことがあるだろう。
また、どこから始めてもよいし、どこで終わってもよいという点でも、音読にはぴったりの本である。
・『唐詩選』は、文字どおり唐詩の選集であるが、本家の中国よりも日本で流行した本である。
牀前看月光 疑是地上霜
挙頭望山月 低頭思故郷 <李白「静夜思」>
(牀前(しやうぜん)月光を看る 疑ふらくは是れ地上の霜かと
頭(かうべ)を挙げて山月を望み 頭を低(た)れて故郷を思ふ)
などという詩なら、口ずさんだことのある人も多いのではなかろうか。
これも絶句や律詩の短いものから入ればよい。
ふと口をついて出るぐらいになるまで、音読してみよう。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、172頁)
再読文字
漢文を日本語として訓読するときに二度読む文字がある。
これは、二度読んだほうが日本語としてわかりやすいからである。
そうした文字を再読文字という。
【再読文字を訓読するときの注意点】
①一度目の読みは返り点を無視して副詞的に読み、書き下し文では漢字にする。
②二度目の読みは返り点に従って助動詞や動詞として読み、書き下し文では平仮名にする。
③二度目の読みの送り仮名は再読文字の左下に付ける。
再読文字
未
将
且
当
応
宜
須
猶[由]
盍[蓋]
〇再読文字、読み・意味、例文・書き下し文、例文訳を挙げておく。
未
いまダ―[セ]ず
まだ―しない。
未聞好学者也。<論語・雍也>
未だ学を好む者を聞かざるなり。
(顔回以外に)まだ学問を好む者(がいること)を聞いていない。
将
まさニ―[セ]ントす
―しようとする。―するつもりだ。
将順江東下<資治通鑑・漢・献帝>
将に江(かう)に順(したが)ひて東に下らんとす。
(今にも)長江の流れに乗って東に下ろうとする。
且
まさニ―[セ]ントす
―しようとする。―するつもりだ。
高祖且至楚。<史記・淮陰侯列伝>
高祖且に楚に至らんとす。
高祖(劉邦)が(今にも)楚の国に到着しようとしている。
当
まさニ―[ス]ベシ
―すべきである。きっと―のはずだ。
及時当勉励<陶潜「雑詩」>
時に及びて当に勉励すべし
時機を逃さず努め励むべきである。
応
まさニ―[ス]ベシ
きっと―だろう。―すべきである。
君自故郷来
応知故郷事。<王維「雑詩」>
君故郷より来たる
応に故郷の事を知るべし。
あなたは私の故郷からやって来た、きっと故郷のことを知っているだろう。
宜
よろシク―[ス]ベシ
―するのがよい。
宜従仲兄之言。<近古史談>
宜しく仲兄の言に従ふべし。
二番目の兄の言うことに従うのがよい。
須
すべかラク―[ス]ベシ
―する必要がある。―すべきである。
行楽須及春<李白「月下独酌」>
行楽須らく春に及ぶべし
遊び楽しむのはぜひともこの春のよい季節にすべきである。
猶[由]
なホ―ノ([スル]ガ)ごとシ
ちょうど―のようだ
過猶不及<論語・先進>
過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし。
度を越すのはちょうど足りないようなものだ。
盍[蓋]
なんゾ―[セ]ざル
どうして―しないのか、―すればよい。
盍各言爾志。<論語・公冶長>
盍ぞ各(おのおの)爾(なんぢ)の志を言はざる。
どうして各人が自分の考えを言わないのか、言えばよいのだ。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、20頁~21頁)
反語形
5反語形
反語形とは、疑問の形を借りて、その文とは反対の内容を強調する句形。
疑問形と共通の表現と反語形にだけ用いる表現とがある。
文末に多く使われる「ン(ヤ)」の「ン」は推量の助動詞
①疑問詞を用いる形(文末の助字との併用もある)
何ヲカ[焉]―[セ]ン(や)
【読み方】なにヲカ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 何を―だろうか、いや、何も―ない。
夫何憂何懼。<論語・顔淵>
夫れ何をか憂(うれ)へ何をか懼(おそ)れん。
そもそも何を心配し何を恐れることがあるだろうか、いや、何も心配したり恐れたりすることはない。
何ぞ[胡・奚・曷・寧・庸]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】なんゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、何も―ない。
不有佳作、何伸雅懐。<李白「春夜宴桃李園序」>
佳作有らずんば、何ぞ雅懐を伸べん。
よい詩ができなかったら、どうしてこの風雅な気持ちを表せようか、いや、表すことはできない。
安クンゾ[悪・焉・烏・寧]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】いづクンゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、何も―ない。
燕雀安知鴻鵠之志哉。<十八史略・秦>
燕雀安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや
つばめやすずめのような小さな鳥にどうして白鳥のような大きな鳥の心が理解できようか、いや、できない。
安クニ(カ)[悪・何・焉]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】いづクニ(カ)―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どこに―だろうか、いや、どこにも―ない。
我安適帰矣。<十八史略・周>
我安くにか適帰(てきき)せん。
私はどこに身を寄せたらいいのだろうか、いや、どこにも寄せられない。
誰カ[孰]―[セ]ン(ヤ)
【読み方】たれカ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 誰が―だろうか、いや、誰も―ない。
夫誰与王敵。<孟子・梁恵王上>
夫れ誰か王と敵せん。
そもそも誰が王に敵対しようか、いや、誰も敵対しない。
②疑問詞と他の語を組み合わせた形(文末の助字との併用もある)
何為レゾ[胡為・奚為] ―[セ]ン(ヤ)
【読み方】なんすレゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
何為無人。<晏子春秋>
何為れぞ人無からん。
どうして人がいないことがあろうか、いや、いないことはない(=いる)。
何以テ(カ)―[セ]ン(ヤ)
【読み方】なにヲもつテ(カ)―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
不然、籍何以至此。<史記・項羽本紀>
然らずんば、籍何を以て此に至らん。
そうでなければ、私(項籍)がどうしてこうするまでに至ろうか、いや、至りはしない。
如―ヲ何セン(奈何・若何)
【読み方】―ヲいかんセン
【意味】―をどうしたらよいか、いや、どうしようもない。
虞兮虞兮奈若何<史記・項羽本紀>
虞や虞や若(なんぢ)を奈何(いかん)せん
虞よ虞よおまえをどうしたらよいか、いや、どうしようもない。
如何ゾ―[セ]ン(ヤ)
【読み方】いかんゾ―[セ]ン(ヤ)
【意味】どうして―だろうか、いや、―ない。
対此如何不涙垂<白居易「長恨歌」>
此れに対して如何(いかん)ぞ涙垂れざらん
これに対してどうして涙を流さずにいられようか、いや、流さずにはいられない。
③文末に疑問の助字を用いる形
―乎[セ]ン(邪・耶・也・哉・与・歟・乎哉)
【読み方】―[セ]ン(ヤ)
【意味】 ―だろうか、いや、―ない。
食少事煩、其能久乎。<十八史略・三国>
食少なく事煩(わづら)はし、其れ能く久しからんや。
食事は少なく仕事は多い、長生きできようか、いや、できない。
④反語形特有の形
豈―[セ]ン(ヤ)(哉・乎・邪)
【読み方】あニ―[セ]ン(ヤ)
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
是豈水之性哉。<孟子・告子上>
是れ豈に水の性ならんや。
これがどうして水の本性だろうか、いや、本性ではない。
敢ヘテ―不ランヤ―[セ](乎)
【読み方】あヘテ―[セ]ざランヤ
【意味】 どうして―しないことがあろうか、いや、きっと―する。
敢不避大将軍。<杜子春伝>
敢へて大将軍を避けざらんや。
どうして大将軍を避けないことがあろうか、いや、きっと避ける。
独リ―[セ]ン乎[哉]
【読み方】ひとリ―[セ]ンや
【意味】 どうして―だろうか、いや、―ない。
独畏廉将軍哉。<史記・廉頗藺相如列伝>
独り廉将軍を畏れんや。
どうして廉将軍を恐れようか、いや、恐れはしない。
何[胡・奚・曷]不ル―[セ]
【読み方】なんゾ―[セ]ざル
【意味】 どうして―しないのか、―すればよい。
何不秉燭遊<文選・古詩十九首(生年不満百)>
何ぞ燭を秉(と)りて遊ばざる
どうしてともし火を手にして遊ばないのか、遊べばよいのに。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、52頁~57頁)
句形練習問題2
句形練習問題~反語形
反語形に注意して、次の傍線部の漢字の読みを送り仮名も含めてすべて平仮名で書きかえなさい。
また、現代語訳の( )の中に適語を補って文を完成させなさい。
①君子去仁、悪乎成名。<論語・里仁>
(君子が仁の道を離れたなら、( )(君子の)名が成り立とうか、いや、成り立たない。)
②安能為之足。<戦国策・斉策>
(( )これ(=蛇)の足を描き加えることができようか、いや、できない。)
③豈望報乎。<史記・淮陰侯列伝>
(( )礼など望もうか、いや、望みはしない。)
④田園将蕪。胡不帰。<陶潜「帰去来辞」>
「(故郷の)田園は荒れ果てようとしている。( )帰らないのか、帰るべきである。」
⑤騅(すい)不逝兮可奈何<史記・項羽本紀>
(騅が行かないのを( )、いや、どうしようもない。)
⑥不仁者可与言哉。<孟子・離婁上>
(仁のない者は共に語ることが( )、いや、できない。)
⑦君子何患乎無兄弟也。<論語・顔淵>
(君子は( )兄弟のないことを心配しようか。)
解答
①いづくにか(どこに)
②いづくんぞ(どうして)
③あに・や(どうして)
④なんぞかへらざる(どうして)
⑤いかんす(どうしたらよいか)
⑥や(できようか)
⑦なんぞ(どうして)
【書き下し文】
①君子去仁、悪乎成名。<論語・里仁>
君子仁を去りて、悪(いづ)くにか名を成さん。
②安能為之足。<戦国策・斉策>
安んぞ能く之が足を為(つく)らんや。
③豈望報乎。<史記・淮陰侯列伝>
豈に報いを望まんや。
④田園将蕪。胡不帰。<陶潜「帰去来辞」>
田園将に蕪(あ)れなんとす。胡ぞ帰らざる。
⑤騅(すい)不逝兮可奈何<史記・項羽本紀>
騅の逝(ゆ)かざる奈何(いかん)すべき
⑥不仁者可与言哉。<孟子・離婁上>
不仁者(ふじんしゃ)は与に言ふべけんや。
⑦君子何患乎無兄弟也。<論語・顔淵>
君子何ぞ兄弟(けいてい)無きを患(うれ)へんや。
応用問題~反語形
反語形に注意して、次の傍線部を現代語訳しなさい。
①豈不爾思。<論語・子罕>
②籍独不愧於心乎。<史記・項羽本紀>
③吾何為不予哉。<孟子・公孫丑下>
※不予ナリ…不愉快だ。
④敢不受教。<枕中記>
⑤割鶏、焉用牛刀。<論語・陽貨>
⑥孰能無惑。<韓愈・師説>
⑦対此、如何不涙垂。<白居易「長恨歌」>
解答
①豈に爾を思はざらんや。
どうしてあなたを思わないだろうか、いや、思う。
②籍独り心に愧(は)ぢざらんや。
どうして心に恥じないだろうか、いや、恥じないではいられない。
③吾何為れぞ不予ならんや。
※不予ナリ…不愉快だ。
どうして不愉快であろうか、いや、不愉快ではない。
④敢へて教へを受けざらんや。
どうして教えを受けないことがあろうか、いや、きっと受ける。
⑤鶏を割くに、焉くんぞ牛刀を用ひん。
どうして牛を裂く刀などを用いようか、いや、用いない。
⑥孰か能く惑ひ無からん。
誰が迷いがないことがあろうか、いや、誰しも迷いはある。
⑦此れに対して、如何ぞ涙垂れざらん。
どうして涙を流さずにいられようか、いや、流さずにはいられない。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、60頁~61頁)
7使役形
使役形
使役形とは、誰か(何か)に何かを「させる」ことを表す句形。
「―しム」と訓読し、「―させる」という意味を表す。
使役の助字を用いる形、動詞に直接「シム」を送る形などがある。
①使役の助字を用いる形
使ム(令・教・遣)AヲシテB[セ]
【読み方】AヲシテB[セ]シム
【意味】 AにBさせる
※使役の助字は書き下し文では平仮名「しむ」に直す。
Bが長くなったときは「Aに命じてBさせる」と訳すと文意がよく通じる。
使大夫二人往先焉。<荘子・秋水>
大夫二人(ににん)をして往き先んぜしむ。
大夫二人に(王に)先立って行かせた。
【重要】「使・令・教・遣」の違い
・江戸時代の学者伊藤東涯によると、この四つの使役語の発生には次のような違いがある。
使…人にものを言いつけてさせる。
令…上から下に命令してさせる。
教…教え命じてさせる。(俗語に多い。)
遣…派遣してさせる。
②使役を暗示する動詞がある形
命ジテAニB[セ]シム
説キテAニB[セ]シム
【読み方】AニめいジテB[セ]シム
AニときテB[セ]シム
【意味】 Aに命じてBさせる
Aを説得してBさせる
聊命故人書之。<陶潜「飲酒」序>
聊(いささ)か故人に命じて之を書せしむ。
ともかく親しい友人に命じてこれを書かせる。
説夫差赦越。<十八史略・春秋戦国(臥薪嘗胆)>
夫差に説きて越を赦(ゆる)さしむ
夫差を説得して越王を許させた。
③文脈から使役に読む場合
―[セ]シム
【読み方】―[セ]シム
【意味】 ―させる
(丈人)止子路宿。<論語・微子>
(丈人(ぢやうじん))子路を止(とど)めて宿(しゅく)せしむ。
(老人は)子路をとどめて(自分の)家に泊まらせた。
※述語(宿)の動作を行う者(子路)が文の主語(丈人)と一致せず、かつ主語が動作をさせる者の場合は使役に読む。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、62頁~63頁)
読解編 1 構文から読解へ
読解編
1 構文から読解へ(156頁~161頁)
〇句形や語彙の学習に加えて、構文(文の組み立て)を意識し、より的確な読解を目指す。
・漢文を読解するには、基本的な句形や常用される語彙に習熟することが必要。
しかし、それだけでは十分ではない。
平素の学習や読書を通して、語彙を増やし、歴史や地理などの漢文常識を身につけることも必要。
また、訓読とは漢文を日本の文語文法を用いて翻訳する方法なので、文語文法にも通じていなければならない。
漢文読解力とは、さまざまな分野の総合力なのである。
・そうした読解に結びつく行為の中でも、構文を意識し、文の構造をとらえることは、とりわけ大切。
ここでは、6例の構文を取り上げてみた。
頻繁に使われる語順の構文「C[ス]AヲBニ」、句形の区分に入りにくい構文として「A[スル]コトB」と「A[スル]ニ以テスBヲ」、文全体を見渡したときに必要な構文として、「有リ―[スル]者」と「A也、B/A者、B」、そして対句の構文である。
もとより、これだけで漢文が読解できるわけではないが、こうした構文に注意することで、構文から読解へという読解の道筋ができる。
・漢文を一読して、こうした構文をすばやく見抜き、さらに返り点や送り仮名を省いても読めるようになれば、読解は新たな段階へと一歩前進できる。
1「C[ス]Aヲ(於・于・乎)Bニ」
【読み方】Aヲ(於・于・乎)BニC[ス]
【意味】 AをBにCする。
先納質於斉、以求見。<十八史略・春秋戦国(鶏鳴狗盗)>
先づ質(ち)を斉に納れ、以て見んことを求む。
(秦の王は)まず人質を斉に送ってから、会見することを求めた。
立祠江上、命曰胥山。<十八史略・春秋戦国(臥薪嘗胆)>
祠(し)を江上に立て、命(なづ)けて胥山(しょざん)と曰ふ。
祠(ほこら)を長江のほとりに立て、胥山と名づけた。
徙武北海上無人処。<十八史略・西漢>
武を北海の上(ほとり)人無き処に徙(うつ)す。
蘇武を北海のほとりの人がいないところに移した。
【解説】
述語となる漢字の下にある二つの名詞が、目的語(-を)と補語(…に)の役割をしている構文。
AとBは、長短さまざまな形で現れる。
・「先納質於斉~」は、置き字「於」がある形。
「於」を挟んで、「…を…に」と送り仮名をつける。
・「立祠江上~」は、「於」がない形。
名詞の切れ目を見きわめる必要がある。
・徙武北海上~」は、Bの部分が長く、一見Bがどこまで続いているのか、わかりにくい形。※また、述語に「与・贈・授・語・教・加」などの授与動詞がくると、「C(ス)AニBヲ」(AニBヲC[ス])の形になる場合が多い。
2「A[スル]コトB」
【読み方】A[スル]コトB
【意味】①Aするのが(は)B。
②(主にBに数量・程度がきた場合は)B(の数量・程度だけ)Aする。
漢軍及諸侯兵囲之数重。<史記・項羽本紀(四面楚歌)>
漢軍及び諸侯の兵之を囲むこと数重(ちょう)なり。
漢軍と(それに従う)諸侯の軍が(項羽の軍が立てこもる)これ(=垓下)を幾重にも取り囲んだ。
大丈夫之志於相、理則当然。<能改斎漫録>
大丈夫の相(しやう)に志すこと、理としては則ち当に然るべし。
一人前の立派な男が宰相を志すのは、道理として当然のことだ。
何断裂之余、尚有霊如是耶。<閲微草堂筆記>
何ぞ断裂の余(よ)、尚ほ霊なること是(か)くのごときもの有らんや。
どうして砕け残った磁器のかけらにこのような(火器を避ける)霊験があろうか、いや、ありはしない。
【解説】
・「A[スル]コトB」の「A[スル]」の用言の連体形である。
それに「コト」を送り、その後に数量や程度・状況等を説明するBがくる。
・「漢軍及諸侯兵~」は、「囲ムコト之ヲ」と目的語を使ってAを作っている形。
Bも「数量」一語なので比較的単純な形である。
・「大丈夫之志於相~」は、「志スコト於相ニ」と置き字+補語を伴うAであり、Bの部分は説明の文となっている。
・「何断裂之余~」は反語形の中に、「A[スル]コトB」がはめ込まれている形。
訓点がなくても、この「A[スル]コトB」のさまざまなパターンが見抜けるようになるとよい。
3「A[スル]ニ以テスBヲ」
【読み方】A[スル]ニBヲ以テス
【意味】①AするのにBでする。BによってAする。
②BをAする。
策之不以其道。<韓愈「雑説」>
之を策(むち)うつに其の道を以てせず。
これ(=名馬)を鞭でうつのに名馬を扱うやり方でしない。
故賞以酒肉、而重之以辞。<柳宗元「送薛存義序」>
故(ことさら)に賞するに酒肉を以てして、之に重ぬるに辞を以てす。
わざわざ酒肉を与えてほめたたえ、それに加えて(送別の)言葉を贈る。
媼答以少年所教。<独異志>
媼(あう)答ふるに少年の教ふる所を以てす。
老婦人は少年が教えてくれたことを答えた。
【解説】
この構文では、「以」以下は手段方法や目的語を示す。
・「策之不以其道」では、「策ウツ」の手段方法が「其ノ道」で示されている。
・「故賞以酒肉~」では、「酒肉」が「賞スル」の手段方法、「辞」が「重ヌル」の手段方法として示されている。
・「媼答以少年所教」では、「答フル」ことの目的語が「少年ノ所教フル」として示されている。
・訳し方は、「BによってAする・BをAする」などと、「以」以下を先に訳した方がよい場合も多い。
この構文は、一文の骨格となって用いられていることが多く、頻出の重要構文である。
4「有リ―[スル]者」
【読み方】―[スル]者有リ
【意味】―する者がいる。
古之君、有以千金使涓人求千里馬者。<十八史略・春秋戦国(先従隗始)>
古の君に、千金を以て涓人(けんじん)をして千里の馬を求めしむる者有り。
昔の君主に、千金で使用人に千里の馬を求めさせた者がいた。
有婦人哭於墓者而哀。<礼記・檀弓下>
婦人の墓に哭する者有りて哀(かな)しげなり。
墓の前で大声で泣いている婦人がいて、哀しそうであった。
杞国、有人憂天地崩墜、身亡所寄、廃寝食者。<列子・天瑞(杞憂)>
杞の国に、人の天地崩墜して、身の寄る所亡(な)きを憂へて、寝食を廃する者有り。
杞の国に、天地が崩れ落ちて、身の置き所がなくなるのを心配し、寝食ができなくなった者がいた。
【解説】
・文の構造がつかみにくい長い文でも、「有リ―[スル]者」の形があると、「―する者がいる」という単純な構文として読むことができる。
・「―」にあたる部分は「者」にかかる修飾語であり、この箇所の述語になる語をしっかり押さえることが、ポイントである。
・「古之君、有以千金使涓人求~」は、「求めしむる」が述語。「~ニ有リ―[スル]者」の形。
「~に」には、人や場所が入る。
・「有婦人哭~」は「哭」が述語。
「有リ…ノ―[スル]者」の形で「―する…がいる」と訳すと間違えない。
・「杞国、有人憂天地~」は、「憂」「廃」と述語が二つある形。
5「A也(や)、B/A[ナル]者[ものハ](は)、B」
【読み方】Aや、B/Aは[ナルものハ]、B
【意味】①Aは、B。②Aすると、B。③Aするのは、B。
師也、過。商也不及。<論語・先進>
師や過ぎたり。商や及ばず。
師(=子張)は行き過ぎのところがある。商(=子夏)は不足しているところがある。
吾観呉之亡也、与秦之苻堅相類。<壮悔堂文集>
吾呉の亡ぶるを観るや、秦の苻堅と相類す。
私が呉の滅ぶ様子を観察してみると、秦の苻堅の場合と同じである。
彼汲汲於名者、猶汲汲於利也。<司馬光「諫院題名記」>
彼の名に汲汲たるは、猶ほ利に汲汲たるがごとし。
あの名声を得るために休まずつとめるのは、ちょうど利益のために休まずつとめるのと同じである。
【解説】
・この構文の用法は一つに限定できないが、まず主な用法として「―は」という主格の提示としてとらえるとよい。
・「師也、過。~」の「也」は「師」「商」を主格として提示している。
これは「Aは、B」と訳す。
Aに名詞がくることが多く、「也」は強調の働きを持つ。
・「吾観呉之亡也~」の「也」は「吾観ル呉之亡ブルヲ」を状況として提示している。
これは「Aすると、B」と訳す。
・「者」も多く主格の提示として用いられる。「彼汲汲於名者~」では、「者」が結果を示すA「彼ノ汲汲タル於名ニ」の後に置かれ、Bでそれについて説明する形になっている。
6対句:対応する語の字数が等しく、二つの句の文法的構造が同じで、意味のうえでも関連を持つ表現をいう。
数人飲之不足、一人飲之者余。<戦国策・斉策>
数人之を飲まば足らず、一人之を飲まば余り有り。
数人でこれ(=酒)を飲むには足りないが、一人でこれ飲むには十分である。
学人者不至、舎己者未尽。<初潭集>
人に学ぶ者は至らず、己を舎(す)つる者は未だ尽くさず。
人に(頼って)学ぶ人は(道に)到達できず、自己を捨てた者は(道を)究めることができない。
人非不霊於鼠、制鼠不能於人而能於貍奴。貍奴非霊於人、鼠畏貍奴而不畏人。<胡祭酒集>
人鼠よりも霊ならざるに非ざるも、鼠を制すること人に能くせずして貍奴(りど)に能くす。貍奴人よりも霊なるに非ざるも、鼠貍奴を畏れて人を畏れず。
人は鼠よりもすぐれていないわけではないが、鼠を制することは人にはできず猫にはできる。猫は人よりもすぐれているわけではないが、鼠は猫を畏れて人を畏れない。
【解説】
・対句は本来韻文で発達した修辞法であるが、散文においても多用される。
原則としては対応する語句の字数や構造が同じで、二句でワンセットとなる。
ただし文章においてはその対応に多少のずれが生じることが少なくない。
・「数人飲之不足~」は、「不足」と「有余」の、「不」と「有」、「足」と「余」の「対」が分かれば読むことができる。
・「学人者不至~」も、後半を見ると「不至」に対して「未尽」となっている。
「未」は再読文字であるが、役割は「不」と同じ否定語であり、「対」を成している。
・「人非不霊於鼠~」は相対する部分の字数や構造にずれがある。
しかし、「鼠」を用いて「人」と「貍奴」を説明し、「人は…」「貍奴は…」という「対」を形成している。
いわゆる「対句的な文章」である。
※文章の対句読解には、こうした「人非不霊於鼠~」のようなパターンに慣れることが欠かせない。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、156頁~160頁、174頁)
「構文から読解へ」の練習問題
【「構文から読解へ」の練習問題】
〇現代語訳を参考にして、次の漢文を書き下し文に改めなさい。
(傍線部の返り点と送り仮名は省略してあります。)
①桓公毎質之鮑叔。<千百年眼>
※質…終止形は「質(ただ)す」
(これ(管仲の行うこと)を鮑叔に問いただした。)
②前人取之多、後人豈応復得。<清波雑志>
(先祖がこれ(名声)を多く獲得してしまえば、)
③老人笑而示以掌。<右台仙館筆記>
(老人は笑って手のひらを見せた。)
④非有異於向之黍稷者也。<焚書>
※黍稷(しょしょく)…キビ
(今まで食べていたキビと違ったところはありません。)
⑤公所病者陰也。日者陽也。<晏子春秋>
(あなた(=景公)が病気であるのは陰である。)
⑥遜者欲其謙退而如有所不能。敏者欲其進修而如有所不及。<金華黄先生文集>
(「敏」とは進んで学ぼうとして(それが)及ばないことがあるようだとすることである。)
【解答】
①之を鮑叔に質す。
②前人之を取ること多ければ、
③老人笑ひて示すに掌を以てす。
④向(さき)の黍稷に異なる者有るに非ざるなり。
⑤公の病む所は陰なり。(「公の病む所の者は陰なり。」も可)
⑥敏とは其の進修せんと欲して及ばざる所有るがごとくするなり。
【書き下し文・現代語訳】
①桓公毎(つね)に之を鮑叔に質す。
(桓公はいつもこれ(管仲の行うこと)を鮑叔に問いただした。)
②前人之を取ること多ければ、後人豈に応に復た得べけんや。
(先祖がこれ(名声)を多く獲得してしまえば、子孫はどうして再びそれを得ることができるでしょうか、いや、得ることはできません。)
③老人笑ひて示すに掌を以てす。
(老人は笑って手のひらを見せた。)
④向の黍稷に異なる者有るに非ざるなり。
(今まで食べていたキビと違ったところはありません。)
⑤公の病む所は陰なり。日は陽なり。
(あなた(=景公)が病気であるのは陰である。太陽は陽である。)
⑥遜とは其の謙退せんと欲して能はざる所有るがごとくするなり。敏とは其の進修せんと欲して及ばざる所有るがごとくするなり。
(「遜」とは謙虚であろうとして(それが)できていないことがあるようだとすることである。「敏」とは進んで学ぼうとして(それが)及ばないことがあるようだとすることである。)
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、156頁~161頁)
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