≪終盤のヨセについて~坂田栄男『囲碁名言集』≫
(2021年10月20日投稿)
前回に引き続き、坂田栄男『囲碁名言集』(有紀書房、1988年[1992年版])の内容を紹介してみたい。
今回は、その終盤のヨセといったテーマを扱う。
ヨセは一局の総仕上げである。序盤で苦心の設計を凝らし、中盤で力いっぱい戦って、その努力を正確なヨセによって結実させる。
「序盤の十目は惜しむな、ヨセの一目は惜しめ」といわれる。
布石は一局の骨格を形成する時期であるから、部分にこだわらず、どんどん大場をめざす。しかし、ヨセはキメのこまかい仕上げの段階であるから、一目、半目もおろそかにしない緻密な神経が要求される。
だからであろうか、アマチュアはヨセが嫌いであり、不得手であることが多い。
だが、坂田栄男氏は主張している。ヨセの手はちゃんと大きさが計算できるから、大きいところから順に打てばいいので、合理的である。たとえば布石などで、強い人に「こう打つほうがいい」と教えられても、ピンとこないことがあるだろう。それは感覚が違い、力量に大きな差があるからである。
しかし、ヨセでは、強い人も弱い人も変わりはない。強い人が打っても、弱い人が打っても、十目の手は十目、五目の手は五目である。こう考えてみると、ヨセこそアマチュアにもっとも適した分野ともいえるというのである。
この言葉を頼りにすると、坂田栄男氏がどのようにヨセについて考えているのか、興味深いことであろう。
とりわけ、ヨセの順序、先手をとるくふう、逆ヨセといった点に絞って紹介してみることにする。
【坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房はこちらから】
囲碁名言集
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
「4 終盤編」に次のような名言を坂田栄男九段は載せている。
・ヨセの順序はまず「両先手」、次に「片先手」、最後に「両後手」。先手後手は形によって決まるのではなく、手の大きさによって決まる
ヨセについて、まとめてみる。
ヨセは一局の総仕上げである。
序盤で苦心の設計を凝らし、中盤で力いっぱい戦って、その努力を正確なヨセによって結実させる。
アマチュアはヨセが嫌いであり、不得手であることが多い。
(計算が地味で興味を持てないのも一因であろう)
しかし、みんなが嫌いで、不得手なのだったら、好きで得意になったらどうかと、坂田九段は提案している。
これはすごい戦力になるはずだという。劣勢な碁を、けんめいなヨセでじりじりと追いこみ、やがて抜き去る。地味でしんどい仕事だけれど、そこにはまたいうにいわれぬダイゴ味もあるという。
さて、ヨセの基礎知識の第一は、三つのタイプのヨセがあり、その順序にしたがって打つ、ということである。
①両先手
②片先手
③両後手
①両先手の場合
【1図:両先手のヨセ】
≪棋譜≫(217頁の1図)
棋譜再生
〇これが「両先手」のヨセ
・黒が1、3とハネツゲば白4が省けず、黒の先手である。
・逆に、白が3とハネるのも先手ヨセである。
※どちらが打っても先手だから、「両先手」
②片先手の場合
【2図:片先手のヨセ】
≪棋譜≫(217頁の2図)
棋譜再生
・白1、3のハネツギは先手
・しかし、黒が3とハネるのは後手になる。
※これが「片先手」である。
黒としては、白からヨセられることを、覚悟しておかねばならない。
③両後手の場合
【3図:両後手の場合】
≪棋譜≫(217頁の3図)
棋譜再生
※これは「両後手」
どちらがハネツイでも後手ヨセで、最後の段階で打つヨセである。
これらのうち、両先手はヨセの最高の大場だから、終盤では一番先に打つ。
(しばしば中盤、ときには序盤のうちで打ってしまうことさえある。それほどいそぐ)
ところで、「先手」とは何であろうか?
一般的には、「受けないと損をするという手」、それが先手であるといわれる。
しかし、その損は承知で、あえて受けないこともありうる。同じ先手でも、必然性の強いものとそうでないもの、いいかえれば、利きの強いところと小さいところがある。
たとえば、次のヨセは絶対の先手である。
【4図:絶対の先手】
≪棋譜≫(218頁の4図)
棋譜再生
※この形では、白1以下のヨセは絶対の先手である。
・黒が2、4、6のどの手を省いても、白6と打たれて死ぬからである。
【5図:利きが弱い】
≪棋譜≫(218頁の5図)
棋譜再生
・この白1も先手には違いない。
※しかし、「利きの強さ」という点では、前図よりやや劣る。
黒はおそらく手をぬかないけれども、絶対に受ける、とは限らない。
・手ぬきして、白イ(18, 三)とトビこまれても、黒ロ(18, 二)、白ハ(19, 二)、黒ニ(16, 一)で、かろうじて活きだけは、あるからである。
もし受けるより大きい手がほかにあれば、そっちへ向うこともできる。
⇒それだけ白1の利きが弱いわけである。
※先手といい後手といっても、それは形だけでは決まらない。
ことに先手は、その手の価値の大きさによって決まる。
4図と5図と、白1と打つ「形」はおなじでも、価値には違いがある。
⇒4図のほうが大きく、5図のほうが小さい。
だから、おなじ局面にこの二つの形があるとしたら、白はまず4図を打ち、それから5図に向うのが正しい順序になる。
次に、ヨセの手の大きさはどうやって計算するかについて、記しておこう。
ヨセはどんな手でも、かならず「何目」と計算できるのが特徴である。そして計算方法は「出入り計算」が用いられるのが普通である。
出入り計算をするためには、おなじ形を黒が打った場合、白が打った場合、それぞれの正しいヨセの手順を想定し、その得失を比べて数値を出すのである。
【6図:出入り計算~黒からヨセる場合と白からヨセる場合】
≪棋譜≫(219頁の6図)
棋譜再生
・この形では、黒からヨセるには、1、3とハネツグほかない。
⇒この結果、黒地は七目、白地は三目。
・一方、白からヨセるには、白3、黒イ(17, 一、つまり3の右)、白1と、やなりハネツギ。
⇒結果は、黒地六目、白地四目となる。
☆二つの結果を比べると、それぞれ一目ずつ地の増減があるから、出入りでは二目ということになる。
※黒1、3は「後手二目」と表現する。
やさしいヨセ計算を練習してみよう。
【7図:出入り計算~得失に関するところが四つある】
≪棋譜≫(220頁の7図)
棋譜再生
☆得失に関するところが四つある。
イ(15, 一)、ロ(15, 三)、ハ(15, 五)、ニ(15, 七)
これらはそれぞれ何目のヨセだろうか?
白から打ったとき、黒から打ったときの結果を比較して、出入り何目になるか計算せよ。
【8図:出入り計算】
≪棋譜≫(220頁の8図)
棋譜再生
〇白1は一目の手。
黒1と打てば一目できるが、白1でゼロとなるから、出入り一目である。
〇黒は三目。
黒2で二目の黒地ができ(取り石は倍にしてかぞえる)、白地がゼロになる。逆に、白2と打つと白に一目でき、黒地はゼロになる。出入り三目。
〇白3は四目の手。(説明不要)
〇黒4の三子取りは、ちょっとややこしい。
黒4、6と取って、六目の地、白地は一目。逆に白4とツグと黒はゼロになり、白地は九目。
⇒白から打つと黒地が六目減り、白地が八目ふえるわけで、差引き十四目というのが正しい計算。
以上のように、ヨセの手はちゃんと大きさが計算できるから、大きいところから順に打てばいいので、合理的である。
たとえば布石などで、強い人に「こう打つほうがいい」と教えられても、ピンとこないことがあるだろう。それは感覚が違い、力量に大きな差があるからである。
しかし、ヨセでは、強い人も弱い人も変りはない。強い人が打っても、弱い人が打っても、十目の手は十目、五目の手は五目である。
こう考えてみると、ヨセこそアマチュアにもっとも適した分野ともいえる。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、216頁~221頁)
ヨセの計算がどのようにして行なわれ、いかに正確な数値が出るものか、実戦的な例でみてみよう。
【9図】
≪棋譜≫(221頁の9図)
棋譜再生
☆白1から5までと一子を取る手は、次に白イ(19, 五)、黒ロ(19, 六)、白ハ(19, 四)、黒ニ(18, 六)の先手ヨセまで計算を含めて、二十二目の手である。
【10図】
≪棋譜≫(221頁の10図)
棋譜再生
・白イ(13, 九)と取るのは、あきらかに二十二目の手。
・したがって、白がイと十一子取るのも、ロ(17, 四)と一子を切り取るのも、価値が等しくなければならない。
☆盤面をこの部分だけに限って、結果がどうなるかを実験してみよう。
【11図】
≪棋譜≫(222頁の11図)
棋譜再生
・先に白1と切るほうから。
・黒は2、4と決めて、6とツギ。
・続いて白が7、9とハネツギ、黒10までとなって終局する。
※この結果、黒地十七目、白地十八目、白が一目勝ち。
【12図】
≪棋譜≫(222頁の12図)
棋譜再生
・次に白1と取るほう。
・黒は2とオサエ、以下6までで終局する。
※白地の三十目に対し黒地は二十九目と、白の一目勝ちに変りはない。
⇒したがって、前図の白1も本図の白1も、大きさはおなじという結論になる。
(10図を黒から打つということになると、話は違ってくる。黒は10図ではイ(13, 九)とツグほうが大きい。またヨセのテクニックからいえば、11図の白5では、6と取るほうが優る。11図と12図は、あくまでも「計算」のための模型図である)
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、216頁~222頁)
「序盤の十目は惜しむな、ヨセの一目は惜しめ」といわれる。
布石は一局の骨格を形成する時期であるから、部分にこだわらず、どんどん大場をめざす。しかし、ヨセはキメのこまかい仕上げの段階であるから、一目、半目もおろそかにしない緻密な神経が要求される。
ベニスの商人顔負けのドン欲さで、わずかな利害にも目を光らせなくてはいけないと、坂田栄男氏は強調している。
たとえば、次のような例をあげている。
【1図】
≪棋譜≫(223頁の1図)
棋譜再生
・白1と打たれて、アジが悪い。
・「まあ用心しておけ」と黒2とつなぐ。
※こういう荒っぽい神経では、とても総仕上げはできない。
すこし考えれば、ここにはなんの手段もなく、手入れなど不要なことがわかる。
⇒黒2はあきらかに一目の損をした上、貴重な先手を白に提供し、二重のマイナスになっている。
こんな「理由のない損」を続けていけば、いくらいい碁でも、しまいにはひっくり返されるだろう。序盤、中盤の苦労をフイにしないためにも、ヨセではこまかい神経を働かせたい。
理由のない損を、どうしてするのだろうか?
「理由のない損をする理由」を考えてみると、「まあいいや」というズサンな神経のほかに、ヨミの不足ということがいえると、坂田氏はいう。
力がなくてヨメないのか、めんどうだからヨマないのか。もし後者だったら、これは論外であるが、前者の場合、「損をすまい」「儲けてやろう」と、いつでも神経をピリピリさせていれば、失点はかなりくい止めることができるようだ。
さて、次のような形で、白からどうヨセるか?
取られた三子を利用して、どんな手順でヨセたらいいか?
正確に運ぶのとそうでないのとでは、すぐに一、二目の違いが出てくる。
【2図:白からどうヨセるか?】
≪棋譜≫(224頁の2図)
棋譜再生
【3図:拙劣な打ち方】
≪棋譜≫(224頁の3図)
棋譜再生
・白1とつめて、黒2、そして白3、黒4まで、としたらどうか。
☆この手順を見て、あなたはどう感じるか?
⇒この3図は、白も黒も、拙劣な打ち方である。
(もしこれを見てなんにも感じないようだと、ヨセ神経失調症だという)
つまり、白1は理由のない損をしようとする悪手である。そして、黒2はその非をトガめず、はっきり理由のない損をした悪手である。
それでは、どう打てばよかったか?
【4図:結果はおなじでも、内容には大きな差がある】
≪棋譜≫(225頁の4図)
棋譜再生
・白は1と、ここにツケなくてはならない。
・これなら、黒も2と受けるよりなく、白3、黒4となる。
※黒2で、イ(13, 一、つまり白1の左)は白ロ(15, 一、つまり白1の右)でつぶれである。
黒2で、ロ(15, 一)とオサエるのも白イ(13, 一)と引かれ、得失には関しない。
4図は結果において、3図とおなじになったが、その内容には大きな差がある。
【5図:黒のコスむ手筋】
≪棋譜≫(225頁の5図)
棋譜再生
・白が平易に1とつめたときは、黒には2とコスむ手筋があった。
・白3には4と受けて、三子はこのままで取れている。
※二つのダメがそのまま黒地となり、前図よりあきらかに二目トクである。
白は前図のようにツケるのが正しく、黒2があることを知っていると、前図の1という着想が生まれてくるという。
まんぜんと3図のような打ち方をしていたのでは、おもしろみもわからず、上達もしないと、注意を促している。
おなじような例を、もう一つあげている。
白からどうヨセて、黒地は何目になるか、という問題である。
ヒントをいうと、黒地は十二目になるのが正しいそうだ。
やってみて、そうならなかったとしたら、あなたはどこかで、理由のない損をしているという。
【6図:問題図】
≪棋譜≫(226頁の6図)
棋譜再生
【7図:白のハネ出し】
≪棋譜≫(226頁の7図)
棋譜再生
・白1とハネ出し、これを捨て石にする考え方は、たいへんいい。
・しかし、黒2と切られたあと、白3とアテてしまってはいけない。
・次いで黒8までとなる。
※しかし、3の一子がツグことができず、黒地は十四目になっている。
これは白3のアテが、理由のない損をしたからである。
【8図:白3と置くのが手筋】
≪棋譜≫(226頁の8図)
棋譜再生
・白1、黒2、そこで白3と置くのが手筋。
・黒4のツギが余儀ないのは、容易にたしかめられるはずである。
・これなら一本道で黒8まで。
※前図とは二目の差ができて、黒地は十二目に減ってしまった。
※なお、1で5とハネるのは、黒3と眼を持たれてつまらない。
また、はじめ白2、黒1と打ってしまうのは、一番の俗筋である。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、223頁~227頁)
つまるところ、ヨセは先手の争いである。
先手の意味を拡大して、先手すなわち主導権という解釈すれば、序盤から終盤に至るまで、碁はすべて先手をめぐる争いだということができるらしい。
とくにヨセの段階では、打つ個所がある程度限定されてきており、その限られた点を一つでも多く打とうとすると、先手がなににもまして貴重なものとなってくる。
後手で五のところを一つ打つよりも、先手で二のところを三つ打ち、きわどくプラス一を得るといった技術が要求されるという。
なんとかして先手をとるように、細心の注意をはらわなくてはならない。
たとえば、次のような形でのヨセを考えてみよう。
【1図:ハネツギで先手】
≪棋譜≫(227頁の1図)
棋譜再生
・この形では、黒1、3のハネツギは、まず問題のない先手である。
・次に2の左を切られてはかなわないから、白は4と受けてくれる。
⇒こんなときは問題ない。
【2図:ハネツギが後手に】
≪棋譜≫(228頁の2図)
棋譜再生
・前図と違って、この形ではそうはいかない。
・黒が1、3とハネツぐのは、完全な後手。
・後手とはいっても、白に3とハネられ、黒イ(18, 七)、白1となると、あとは白ロ(18, 八)のハサミツケが残って、黒地はだいぶ減ってくる。
※それを思えば、大きい手で、後手でも打っておく値打ちはあるが、もしここを先手に打つことができれば、それにこしたことはない。
⇒そこで、黒は先手をとるくふうをする。
【3図:先手をとるくふう~ハネずにサガリ】
≪棋譜≫(228頁の3図)
棋譜再生
・ハネずに黒1とサガリを打つ。
・白に2と受けさせ、それから3、5とハネツギ。
・これなら白6のツギが省けず、黒は先手にきりあげることができた。
※2図に比べると、白地は変らず、黒地が一目すくないだけである。
たった一目のことで先手がとれるなら、いうことはないだろう。
ところが、である。白としても、黒のいいなりになってはいられない。
黒の注文の裏をかいて、先手をとるくふうをする。
3図の白2は、絶対でない。
【4図:白の受ける筋】
≪棋譜≫(229頁の4図)
棋譜再生
・黒1のサガリに、白2と受ける筋がある。
・黒が3、5とくれば、白は手ぬきして先手をとる。
※だから、黒5はおそらく打たず、黒は他に転じるだろうが、それなら白から5とハウ手が、先手ヨセとして残される。
⇒わずかなことだけれども、このへんがヨセのおもしろさであるそうだ。
(こまかい神経の比べっこというゆえんである)
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、227頁~229頁)
一方が打てば先手だが、他方からは後手になる。そんなところを片先手と呼んだ。その片先手を、後手から打ってやるのが、「逆ヨセ」である。
【1図:黒のサガリが逆ヨセ】
≪棋譜≫(233頁の1図)
棋譜再生
・黒1のサガリが逆ヨセの一例。
・ここは白からは、いつでもハネツギが先手に打てるが、それを黒1と後手でサガってやる。
※現実にも大きい上に、相手に「しまった」と思わせる、心理的な効果もある。
⇒やがて黒は1の左に出、白オサエとなるのだから、白にハネツギを打たれた場合に比べると、黒地が二目ふえ、白地が一目減っている。
⇒黒1は「三目の逆ヨセ」である。普通の後手三目の手よりもずっと優っている。
※なんとかチャンスをつかんで、逆ヨセを打つよう心がけよう。
・白2も逆ヨセであるが、わずか一目、これは小さい手である。
さて、次の図の黒のサガリも、かなり大きい逆ヨセである。
チャンスがあれば、早期に打つ必要がある。
何目の手か計算してみよう。
【2図:黒1のサガリ】
≪棋譜≫(234頁の2図)
棋譜再生
☆黒1のサガリも大きい逆ヨセであるが、何目か?
【3図:白から打った場合】
≪棋譜≫(234頁の3図)
棋譜再生
・白から打つには1のハネ。
・黒2から6まで、たしかに白の先手である。
・黒地は十五目。白地は、白(17, 十一)からサガリを入れた線の中側だけかぞえて十二目ある。
【4図:黒がサガリの逆ヨセを打った場合】
≪棋譜≫(234頁の4図)
棋譜再生
・黒がサガリの逆ヨセを打つと、次に1とツケる手筋が生じている。
・むろん白3は打てず、白2、4の受けとなって、黒地は十九目、白地は九目。
※前図より、黒地は四目増、白地は三目減。
2図の1は「七目の逆ヨセ」となる。
※白としては、こんな逆ヨセを食ってはたまらないから、せめて3図の1、2だけでも決めておくべきである。
(あまり早く3、5まで打つと、黒6は手ぬきされるかもしれない)
また、逆ヨセを、しかも先手で打とうという、高度のテクニックもあるという。
【5図:白から打った場合】
≪棋譜≫(235頁の5図)
棋譜再生
・白が「二十二目の切り取り」を打った形で、1、3のハネツギは、いつでも先手で打てると考えていい。
※しかし、安心してあまり打たずにいると、黒に逆ヨセを喫する。
【6図:逆ヨセの黒のサガリ】
≪棋譜≫(235頁の6図)
棋譜再生
・黒1のサガリが逆ヨセ。
※これは単に白のハネツギを封じたばかりでなく、次に黒イ(18, 二)、白ロ(17, 二)、黒ハ(19, 三)の手段を見ている。
・それを嫌って、白が2と受ければ、黒は先手で逆ヨセを打てたことになり、こんなうまい話はない。だから、おそらく白2は手ぬきするだろう。
・そして黒イ(18, 二)以下を打ってきたら、また先手をとって他に向う。
・黒は1の手が後手、黒イ(18, 二)、白ロ(17, 二)、黒ハ(19, 三)でまた後手。
※いかに大きい手でも、こう後手ばかりではおもしろくない。
なにか先手をとれる方法はないかと考える。
【7図:マクリという手筋】
≪棋譜≫(236頁の7図)
棋譜再生
・サガリを打たず、黒1のマクリから行くのが手筋である。
・白2と取らせ、3、5と決める。
・白6のぬきまで、黒の先手。
※この結果、黒は6図の1に白2と受けさせたのと、まったくおなじ理屈で、しかも一目の損もしていない。
※7図の一連の手順は、逆ヨセであると同時に、先手をとるくふうにもなっている。
(考えてみると、思いがけぬ手があるものである)
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、233頁~236頁)
「小ヨセでは、二線のハネツギ、切り取りをいそげ。最低でも六目の手になる」について
説明しておこう。
大ヨセは中盤のあとしまつの意味があり、着手の範囲もひろいので、苦心が必要であるようだ。
(ときによると、大ヨセのいざこざから、また中盤へ逆戻り、ということもあるほどだという)
大ヨセが終って小ヨセに入ると、焦点は第二線に移る。
めぼしい大場がなくなったら、二線のハネツギか、切り取りか、これを打っておくのがよく、間違いもない。
最低でも六目、大きいときは十数目にもなるから。
【1図:黒からハネツグ場合】
≪棋譜≫(237頁の1図)
棋譜再生
・黒から1、3とハネツグと、
⇒白イ(19, 五)、黒ロ(19, 六)と見て、白地十二目、黒地七目。
【2図:白からハネツグ場合】
≪棋譜≫(237頁の2図)
棋譜再生
・おなじ形を白から1、3とハネツグと、
⇒黒イ(19, 八)、白ロ(19, 七)と見て、黒地四目、白地十五目。
※それぞれ三目ずつの増減があるから、六目の手である。
これが二線のハネツギの一番小さいものである。
ハネツイだあとの状態によっては、もっと大きい場合がいくらもある。
【3図:第二線の配石が少し違った場合】
≪棋譜≫(237頁の3図)
棋譜再生
・黒イ(19, 七)と取るか、白ロ(19, 六)と取るか、どちらも六目の手。
※切り取りとハネツギと両方あって、価値が等しいというときは、切り取りを選ぶ。そのほうが“厚い”。
もっと大きいハネツギの例もあげている。
【4図:黒からのハネツギ】
≪棋譜≫(238頁の4図)
棋譜再生
☆黒1、3のハネツギは何目だろうか?
・すこしヨセに関心を持ち、着手を計算する習慣がついてくると、「ざっと十目」ということが、直感でピンとくるようになるそうだ。
・このあと、黒イ(19, 三)、白ロ(19, 二)、黒ハ(19, 四)、白ニ(18, 二)まで、先手二目のヨセが約束されている。
【5図:白からのハネツギ】
≪棋譜≫(238頁の5図)
棋譜再生
☆おなじ形を白が1、3とハネツギ。
・このあと、白イ(19, 六)、黒ロ(19, 七)、白ハ(19, 五)、黒ニ(18, 七)の先手二目は、白の権利である。
そこで、4図、5図を比較してみよう。
5図は、4図より白の地が五目ふえ、黒の地が五目減っていることがわかる。
したがって、どちらのハネツギも、ちょうど十目の手ということになる。
(なお、もし白にコウ材が多ければ、5図の3では一路右にカケツグこともできる。
すると、あとの白イ(19, 六)のハネに、黒はニ(18, 七)とゆるめなければならず、白はロ(19, 七)のハイまで先手に打てる。黒地はさらに二目減って、このヨセは十二目につくことになる)
そして、次図になると、もっと価値は増大する。
【6図:実戦でもよく見られる手順】
≪棋譜≫(239頁の6図)
棋譜再生
・黒1から7まで、実戦でもよく見られる手順である。
【7図:白からのハネツギ】
≪棋譜≫(239頁の7図)
棋譜再生
・ここを白が1、3とハネツグと、あとに白イ(19, 五)、黒ロ(18, 六)から、白ハ(19, 六)、黒ニ(19, 七)、白ホ(19, 四)、黒ヘ(18, 七)まで、先手四目のヨセが残る。
そうなった場合の7図を、6図と比べると、白地が六目ふえ、黒地が七目減ることがわかる。
したがって、6図も7図も、後手十三目のヨセと計算される。
このように、ハネツギの意外な大きさがわかる。
相手の石を五個取るより、6図または7図のほうが三目もトクなのである。
なお、7図で、白3のあと、黒がイ(19, 五)とサガって受けるのは、白が先手でヨセを打ったことになり、おのずから問題が別である。
最後に、次のような問題を出している。
【8図:黒1とサガる手】
≪棋譜≫(239頁の8図)
棋譜再生
・黒1とサガる手。
☆第一感で、これは何目につくと思うか?
【9図:黒が大ザルにスベリ】
≪棋譜≫(240頁の9図)
棋譜再生
※黒のサガリに白が受けるのは、どう打っても白が利かされであるから、手ぬきするのが普通である。
・したがって、黒1と大ザルにスベリ、白8までの先手ヨセは、黒の権利と見なければならない。
【10図:白からのハネツギ】
≪棋譜≫(240頁の10図)
棋譜再生
・逆に白が打つには、1、3のハネツギ。
※これも黒イ(17, 二)と受けるのは後手であるから、黒はたいてい手ぬきする。
そして、白の先手ヨセが残る。
【11図:白の先手ヨセ】
≪棋譜≫(240頁の11図)
棋譜再生
・あとに、白1、3の先手ヨセが残る。
(黒2で3は、白4と切られていけない)
さて、このヨセの計算であるが、黒から打った場合の9図、白から打ったときの11図を比較する。
11図は、いずれ黒イ(18, 一)、白ロ(19, 二)となるとして、9図より黒地はなんと十目も減っている。
一方、白地は七目もふえている。つまり出入りは十七目。
8図で黒1とサガるのも、10図で白が1、3とハネツグのも、十七目の手ということになる。
※「めんどうくさい」などといわずに、着手の価値をよく見きわめ、たんねんなヨセを打ちたい。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、236頁~241頁)
(2021年10月20日投稿)
【はじめに】
前回に引き続き、坂田栄男『囲碁名言集』(有紀書房、1988年[1992年版])の内容を紹介してみたい。
今回は、その終盤のヨセといったテーマを扱う。
ヨセは一局の総仕上げである。序盤で苦心の設計を凝らし、中盤で力いっぱい戦って、その努力を正確なヨセによって結実させる。
「序盤の十目は惜しむな、ヨセの一目は惜しめ」といわれる。
布石は一局の骨格を形成する時期であるから、部分にこだわらず、どんどん大場をめざす。しかし、ヨセはキメのこまかい仕上げの段階であるから、一目、半目もおろそかにしない緻密な神経が要求される。
だからであろうか、アマチュアはヨセが嫌いであり、不得手であることが多い。
だが、坂田栄男氏は主張している。ヨセの手はちゃんと大きさが計算できるから、大きいところから順に打てばいいので、合理的である。たとえば布石などで、強い人に「こう打つほうがいい」と教えられても、ピンとこないことがあるだろう。それは感覚が違い、力量に大きな差があるからである。
しかし、ヨセでは、強い人も弱い人も変わりはない。強い人が打っても、弱い人が打っても、十目の手は十目、五目の手は五目である。こう考えてみると、ヨセこそアマチュアにもっとも適した分野ともいえるというのである。
この言葉を頼りにすると、坂田栄男氏がどのようにヨセについて考えているのか、興味深いことであろう。
とりわけ、ヨセの順序、先手をとるくふう、逆ヨセといった点に絞って紹介してみることにする。
【坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房はこちらから】
囲碁名言集
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・はじめに
・ヨセの順序
・理由のない損をするな
・先手をとるくふう
・逆ヨセをねらえ
・小ヨセの大場
ヨセの順序
「4 終盤編」に次のような名言を坂田栄男九段は載せている。
・ヨセの順序はまず「両先手」、次に「片先手」、最後に「両後手」。先手後手は形によって決まるのではなく、手の大きさによって決まる
ヨセについて、まとめてみる。
ヨセは一局の総仕上げである。
序盤で苦心の設計を凝らし、中盤で力いっぱい戦って、その努力を正確なヨセによって結実させる。
アマチュアはヨセが嫌いであり、不得手であることが多い。
(計算が地味で興味を持てないのも一因であろう)
しかし、みんなが嫌いで、不得手なのだったら、好きで得意になったらどうかと、坂田九段は提案している。
これはすごい戦力になるはずだという。劣勢な碁を、けんめいなヨセでじりじりと追いこみ、やがて抜き去る。地味でしんどい仕事だけれど、そこにはまたいうにいわれぬダイゴ味もあるという。
さて、ヨセの基礎知識の第一は、三つのタイプのヨセがあり、その順序にしたがって打つ、ということである。
①両先手
②片先手
③両後手
①両先手の場合
【1図:両先手のヨセ】
≪棋譜≫(217頁の1図)
棋譜再生
〇これが「両先手」のヨセ
・黒が1、3とハネツゲば白4が省けず、黒の先手である。
・逆に、白が3とハネるのも先手ヨセである。
※どちらが打っても先手だから、「両先手」
②片先手の場合
【2図:片先手のヨセ】
≪棋譜≫(217頁の2図)
棋譜再生
・白1、3のハネツギは先手
・しかし、黒が3とハネるのは後手になる。
※これが「片先手」である。
黒としては、白からヨセられることを、覚悟しておかねばならない。
③両後手の場合
【3図:両後手の場合】
≪棋譜≫(217頁の3図)
棋譜再生
※これは「両後手」
どちらがハネツイでも後手ヨセで、最後の段階で打つヨセである。
これらのうち、両先手はヨセの最高の大場だから、終盤では一番先に打つ。
(しばしば中盤、ときには序盤のうちで打ってしまうことさえある。それほどいそぐ)
ところで、「先手」とは何であろうか?
一般的には、「受けないと損をするという手」、それが先手であるといわれる。
しかし、その損は承知で、あえて受けないこともありうる。同じ先手でも、必然性の強いものとそうでないもの、いいかえれば、利きの強いところと小さいところがある。
たとえば、次のヨセは絶対の先手である。
【4図:絶対の先手】
≪棋譜≫(218頁の4図)
棋譜再生
※この形では、白1以下のヨセは絶対の先手である。
・黒が2、4、6のどの手を省いても、白6と打たれて死ぬからである。
【5図:利きが弱い】
≪棋譜≫(218頁の5図)
棋譜再生
・この白1も先手には違いない。
※しかし、「利きの強さ」という点では、前図よりやや劣る。
黒はおそらく手をぬかないけれども、絶対に受ける、とは限らない。
・手ぬきして、白イ(18, 三)とトビこまれても、黒ロ(18, 二)、白ハ(19, 二)、黒ニ(16, 一)で、かろうじて活きだけは、あるからである。
もし受けるより大きい手がほかにあれば、そっちへ向うこともできる。
⇒それだけ白1の利きが弱いわけである。
※先手といい後手といっても、それは形だけでは決まらない。
ことに先手は、その手の価値の大きさによって決まる。
4図と5図と、白1と打つ「形」はおなじでも、価値には違いがある。
⇒4図のほうが大きく、5図のほうが小さい。
だから、おなじ局面にこの二つの形があるとしたら、白はまず4図を打ち、それから5図に向うのが正しい順序になる。
出入り計算
次に、ヨセの手の大きさはどうやって計算するかについて、記しておこう。
ヨセはどんな手でも、かならず「何目」と計算できるのが特徴である。そして計算方法は「出入り計算」が用いられるのが普通である。
出入り計算をするためには、おなじ形を黒が打った場合、白が打った場合、それぞれの正しいヨセの手順を想定し、その得失を比べて数値を出すのである。
【6図:出入り計算~黒からヨセる場合と白からヨセる場合】
≪棋譜≫(219頁の6図)
棋譜再生
・この形では、黒からヨセるには、1、3とハネツグほかない。
⇒この結果、黒地は七目、白地は三目。
・一方、白からヨセるには、白3、黒イ(17, 一、つまり3の右)、白1と、やなりハネツギ。
⇒結果は、黒地六目、白地四目となる。
☆二つの結果を比べると、それぞれ一目ずつ地の増減があるから、出入りでは二目ということになる。
※黒1、3は「後手二目」と表現する。
やさしいヨセ計算を練習してみよう。
【7図:出入り計算~得失に関するところが四つある】
≪棋譜≫(220頁の7図)
棋譜再生
☆得失に関するところが四つある。
イ(15, 一)、ロ(15, 三)、ハ(15, 五)、ニ(15, 七)
これらはそれぞれ何目のヨセだろうか?
白から打ったとき、黒から打ったときの結果を比較して、出入り何目になるか計算せよ。
【8図:出入り計算】
≪棋譜≫(220頁の8図)
棋譜再生
〇白1は一目の手。
黒1と打てば一目できるが、白1でゼロとなるから、出入り一目である。
〇黒は三目。
黒2で二目の黒地ができ(取り石は倍にしてかぞえる)、白地がゼロになる。逆に、白2と打つと白に一目でき、黒地はゼロになる。出入り三目。
〇白3は四目の手。(説明不要)
〇黒4の三子取りは、ちょっとややこしい。
黒4、6と取って、六目の地、白地は一目。逆に白4とツグと黒はゼロになり、白地は九目。
⇒白から打つと黒地が六目減り、白地が八目ふえるわけで、差引き十四目というのが正しい計算。
以上のように、ヨセの手はちゃんと大きさが計算できるから、大きいところから順に打てばいいので、合理的である。
たとえば布石などで、強い人に「こう打つほうがいい」と教えられても、ピンとこないことがあるだろう。それは感覚が違い、力量に大きな差があるからである。
しかし、ヨセでは、強い人も弱い人も変りはない。強い人が打っても、弱い人が打っても、十目の手は十目、五目の手は五目である。
こう考えてみると、ヨセこそアマチュアにもっとも適した分野ともいえる。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、216頁~221頁)
ヨセの計算がどのようにして行なわれ、いかに正確な数値が出るものか、実戦的な例でみてみよう。
【9図】
≪棋譜≫(221頁の9図)
棋譜再生
☆白1から5までと一子を取る手は、次に白イ(19, 五)、黒ロ(19, 六)、白ハ(19, 四)、黒ニ(18, 六)の先手ヨセまで計算を含めて、二十二目の手である。
【10図】
≪棋譜≫(221頁の10図)
棋譜再生
・白イ(13, 九)と取るのは、あきらかに二十二目の手。
・したがって、白がイと十一子取るのも、ロ(17, 四)と一子を切り取るのも、価値が等しくなければならない。
☆盤面をこの部分だけに限って、結果がどうなるかを実験してみよう。
【11図】
≪棋譜≫(222頁の11図)
棋譜再生
・先に白1と切るほうから。
・黒は2、4と決めて、6とツギ。
・続いて白が7、9とハネツギ、黒10までとなって終局する。
※この結果、黒地十七目、白地十八目、白が一目勝ち。
【12図】
≪棋譜≫(222頁の12図)
棋譜再生
・次に白1と取るほう。
・黒は2とオサエ、以下6までで終局する。
※白地の三十目に対し黒地は二十九目と、白の一目勝ちに変りはない。
⇒したがって、前図の白1も本図の白1も、大きさはおなじという結論になる。
(10図を黒から打つということになると、話は違ってくる。黒は10図ではイ(13, 九)とツグほうが大きい。またヨセのテクニックからいえば、11図の白5では、6と取るほうが優る。11図と12図は、あくまでも「計算」のための模型図である)
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、216頁~222頁)
理由のない損をするな
「序盤の十目は惜しむな、ヨセの一目は惜しめ」といわれる。
布石は一局の骨格を形成する時期であるから、部分にこだわらず、どんどん大場をめざす。しかし、ヨセはキメのこまかい仕上げの段階であるから、一目、半目もおろそかにしない緻密な神経が要求される。
ベニスの商人顔負けのドン欲さで、わずかな利害にも目を光らせなくてはいけないと、坂田栄男氏は強調している。
たとえば、次のような例をあげている。
【1図】
≪棋譜≫(223頁の1図)
棋譜再生
・白1と打たれて、アジが悪い。
・「まあ用心しておけ」と黒2とつなぐ。
※こういう荒っぽい神経では、とても総仕上げはできない。
すこし考えれば、ここにはなんの手段もなく、手入れなど不要なことがわかる。
⇒黒2はあきらかに一目の損をした上、貴重な先手を白に提供し、二重のマイナスになっている。
こんな「理由のない損」を続けていけば、いくらいい碁でも、しまいにはひっくり返されるだろう。序盤、中盤の苦労をフイにしないためにも、ヨセではこまかい神経を働かせたい。
理由のない損を、どうしてするのだろうか?
「理由のない損をする理由」を考えてみると、「まあいいや」というズサンな神経のほかに、ヨミの不足ということがいえると、坂田氏はいう。
力がなくてヨメないのか、めんどうだからヨマないのか。もし後者だったら、これは論外であるが、前者の場合、「損をすまい」「儲けてやろう」と、いつでも神経をピリピリさせていれば、失点はかなりくい止めることができるようだ。
さて、次のような形で、白からどうヨセるか?
取られた三子を利用して、どんな手順でヨセたらいいか?
正確に運ぶのとそうでないのとでは、すぐに一、二目の違いが出てくる。
【2図:白からどうヨセるか?】
≪棋譜≫(224頁の2図)
棋譜再生
【3図:拙劣な打ち方】
≪棋譜≫(224頁の3図)
棋譜再生
・白1とつめて、黒2、そして白3、黒4まで、としたらどうか。
☆この手順を見て、あなたはどう感じるか?
⇒この3図は、白も黒も、拙劣な打ち方である。
(もしこれを見てなんにも感じないようだと、ヨセ神経失調症だという)
つまり、白1は理由のない損をしようとする悪手である。そして、黒2はその非をトガめず、はっきり理由のない損をした悪手である。
それでは、どう打てばよかったか?
【4図:結果はおなじでも、内容には大きな差がある】
≪棋譜≫(225頁の4図)
棋譜再生
・白は1と、ここにツケなくてはならない。
・これなら、黒も2と受けるよりなく、白3、黒4となる。
※黒2で、イ(13, 一、つまり白1の左)は白ロ(15, 一、つまり白1の右)でつぶれである。
黒2で、ロ(15, 一)とオサエるのも白イ(13, 一)と引かれ、得失には関しない。
4図は結果において、3図とおなじになったが、その内容には大きな差がある。
【5図:黒のコスむ手筋】
≪棋譜≫(225頁の5図)
棋譜再生
・白が平易に1とつめたときは、黒には2とコスむ手筋があった。
・白3には4と受けて、三子はこのままで取れている。
※二つのダメがそのまま黒地となり、前図よりあきらかに二目トクである。
白は前図のようにツケるのが正しく、黒2があることを知っていると、前図の1という着想が生まれてくるという。
まんぜんと3図のような打ち方をしていたのでは、おもしろみもわからず、上達もしないと、注意を促している。
おなじような例を、もう一つあげている。
白からどうヨセて、黒地は何目になるか、という問題である。
ヒントをいうと、黒地は十二目になるのが正しいそうだ。
やってみて、そうならなかったとしたら、あなたはどこかで、理由のない損をしているという。
【6図:問題図】
≪棋譜≫(226頁の6図)
棋譜再生
【7図:白のハネ出し】
≪棋譜≫(226頁の7図)
棋譜再生
・白1とハネ出し、これを捨て石にする考え方は、たいへんいい。
・しかし、黒2と切られたあと、白3とアテてしまってはいけない。
・次いで黒8までとなる。
※しかし、3の一子がツグことができず、黒地は十四目になっている。
これは白3のアテが、理由のない損をしたからである。
【8図:白3と置くのが手筋】
≪棋譜≫(226頁の8図)
棋譜再生
・白1、黒2、そこで白3と置くのが手筋。
・黒4のツギが余儀ないのは、容易にたしかめられるはずである。
・これなら一本道で黒8まで。
※前図とは二目の差ができて、黒地は十二目に減ってしまった。
※なお、1で5とハネるのは、黒3と眼を持たれてつまらない。
また、はじめ白2、黒1と打ってしまうのは、一番の俗筋である。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、223頁~227頁)
先手をとるくふう
つまるところ、ヨセは先手の争いである。
先手の意味を拡大して、先手すなわち主導権という解釈すれば、序盤から終盤に至るまで、碁はすべて先手をめぐる争いだということができるらしい。
とくにヨセの段階では、打つ個所がある程度限定されてきており、その限られた点を一つでも多く打とうとすると、先手がなににもまして貴重なものとなってくる。
後手で五のところを一つ打つよりも、先手で二のところを三つ打ち、きわどくプラス一を得るといった技術が要求されるという。
なんとかして先手をとるように、細心の注意をはらわなくてはならない。
たとえば、次のような形でのヨセを考えてみよう。
【1図:ハネツギで先手】
≪棋譜≫(227頁の1図)
棋譜再生
・この形では、黒1、3のハネツギは、まず問題のない先手である。
・次に2の左を切られてはかなわないから、白は4と受けてくれる。
⇒こんなときは問題ない。
【2図:ハネツギが後手に】
≪棋譜≫(228頁の2図)
棋譜再生
・前図と違って、この形ではそうはいかない。
・黒が1、3とハネツぐのは、完全な後手。
・後手とはいっても、白に3とハネられ、黒イ(18, 七)、白1となると、あとは白ロ(18, 八)のハサミツケが残って、黒地はだいぶ減ってくる。
※それを思えば、大きい手で、後手でも打っておく値打ちはあるが、もしここを先手に打つことができれば、それにこしたことはない。
⇒そこで、黒は先手をとるくふうをする。
【3図:先手をとるくふう~ハネずにサガリ】
≪棋譜≫(228頁の3図)
棋譜再生
・ハネずに黒1とサガリを打つ。
・白に2と受けさせ、それから3、5とハネツギ。
・これなら白6のツギが省けず、黒は先手にきりあげることができた。
※2図に比べると、白地は変らず、黒地が一目すくないだけである。
たった一目のことで先手がとれるなら、いうことはないだろう。
ところが、である。白としても、黒のいいなりになってはいられない。
黒の注文の裏をかいて、先手をとるくふうをする。
3図の白2は、絶対でない。
【4図:白の受ける筋】
≪棋譜≫(229頁の4図)
棋譜再生
・黒1のサガリに、白2と受ける筋がある。
・黒が3、5とくれば、白は手ぬきして先手をとる。
※だから、黒5はおそらく打たず、黒は他に転じるだろうが、それなら白から5とハウ手が、先手ヨセとして残される。
⇒わずかなことだけれども、このへんがヨセのおもしろさであるそうだ。
(こまかい神経の比べっこというゆえんである)
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、227頁~229頁)
逆ヨセをねらえ
一方が打てば先手だが、他方からは後手になる。そんなところを片先手と呼んだ。その片先手を、後手から打ってやるのが、「逆ヨセ」である。
【1図:黒のサガリが逆ヨセ】
≪棋譜≫(233頁の1図)
棋譜再生
・黒1のサガリが逆ヨセの一例。
・ここは白からは、いつでもハネツギが先手に打てるが、それを黒1と後手でサガってやる。
※現実にも大きい上に、相手に「しまった」と思わせる、心理的な効果もある。
⇒やがて黒は1の左に出、白オサエとなるのだから、白にハネツギを打たれた場合に比べると、黒地が二目ふえ、白地が一目減っている。
⇒黒1は「三目の逆ヨセ」である。普通の後手三目の手よりもずっと優っている。
※なんとかチャンスをつかんで、逆ヨセを打つよう心がけよう。
・白2も逆ヨセであるが、わずか一目、これは小さい手である。
さて、次の図の黒のサガリも、かなり大きい逆ヨセである。
チャンスがあれば、早期に打つ必要がある。
何目の手か計算してみよう。
【2図:黒1のサガリ】
≪棋譜≫(234頁の2図)
棋譜再生
☆黒1のサガリも大きい逆ヨセであるが、何目か?
【3図:白から打った場合】
≪棋譜≫(234頁の3図)
棋譜再生
・白から打つには1のハネ。
・黒2から6まで、たしかに白の先手である。
・黒地は十五目。白地は、白(17, 十一)からサガリを入れた線の中側だけかぞえて十二目ある。
【4図:黒がサガリの逆ヨセを打った場合】
≪棋譜≫(234頁の4図)
棋譜再生
・黒がサガリの逆ヨセを打つと、次に1とツケる手筋が生じている。
・むろん白3は打てず、白2、4の受けとなって、黒地は十九目、白地は九目。
※前図より、黒地は四目増、白地は三目減。
2図の1は「七目の逆ヨセ」となる。
※白としては、こんな逆ヨセを食ってはたまらないから、せめて3図の1、2だけでも決めておくべきである。
(あまり早く3、5まで打つと、黒6は手ぬきされるかもしれない)
また、逆ヨセを、しかも先手で打とうという、高度のテクニックもあるという。
【5図:白から打った場合】
≪棋譜≫(235頁の5図)
棋譜再生
・白が「二十二目の切り取り」を打った形で、1、3のハネツギは、いつでも先手で打てると考えていい。
※しかし、安心してあまり打たずにいると、黒に逆ヨセを喫する。
【6図:逆ヨセの黒のサガリ】
≪棋譜≫(235頁の6図)
棋譜再生
・黒1のサガリが逆ヨセ。
※これは単に白のハネツギを封じたばかりでなく、次に黒イ(18, 二)、白ロ(17, 二)、黒ハ(19, 三)の手段を見ている。
・それを嫌って、白が2と受ければ、黒は先手で逆ヨセを打てたことになり、こんなうまい話はない。だから、おそらく白2は手ぬきするだろう。
・そして黒イ(18, 二)以下を打ってきたら、また先手をとって他に向う。
・黒は1の手が後手、黒イ(18, 二)、白ロ(17, 二)、黒ハ(19, 三)でまた後手。
※いかに大きい手でも、こう後手ばかりではおもしろくない。
なにか先手をとれる方法はないかと考える。
【7図:マクリという手筋】
≪棋譜≫(236頁の7図)
棋譜再生
・サガリを打たず、黒1のマクリから行くのが手筋である。
・白2と取らせ、3、5と決める。
・白6のぬきまで、黒の先手。
※この結果、黒は6図の1に白2と受けさせたのと、まったくおなじ理屈で、しかも一目の損もしていない。
※7図の一連の手順は、逆ヨセであると同時に、先手をとるくふうにもなっている。
(考えてみると、思いがけぬ手があるものである)
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、233頁~236頁)
小ヨセの大場
「小ヨセでは、二線のハネツギ、切り取りをいそげ。最低でも六目の手になる」について
説明しておこう。
大ヨセは中盤のあとしまつの意味があり、着手の範囲もひろいので、苦心が必要であるようだ。
(ときによると、大ヨセのいざこざから、また中盤へ逆戻り、ということもあるほどだという)
大ヨセが終って小ヨセに入ると、焦点は第二線に移る。
めぼしい大場がなくなったら、二線のハネツギか、切り取りか、これを打っておくのがよく、間違いもない。
最低でも六目、大きいときは十数目にもなるから。
【1図:黒からハネツグ場合】
≪棋譜≫(237頁の1図)
棋譜再生
・黒から1、3とハネツグと、
⇒白イ(19, 五)、黒ロ(19, 六)と見て、白地十二目、黒地七目。
【2図:白からハネツグ場合】
≪棋譜≫(237頁の2図)
棋譜再生
・おなじ形を白から1、3とハネツグと、
⇒黒イ(19, 八)、白ロ(19, 七)と見て、黒地四目、白地十五目。
※それぞれ三目ずつの増減があるから、六目の手である。
これが二線のハネツギの一番小さいものである。
ハネツイだあとの状態によっては、もっと大きい場合がいくらもある。
【3図:第二線の配石が少し違った場合】
≪棋譜≫(237頁の3図)
棋譜再生
・黒イ(19, 七)と取るか、白ロ(19, 六)と取るか、どちらも六目の手。
※切り取りとハネツギと両方あって、価値が等しいというときは、切り取りを選ぶ。そのほうが“厚い”。
もっと大きいハネツギの例もあげている。
【4図:黒からのハネツギ】
≪棋譜≫(238頁の4図)
棋譜再生
☆黒1、3のハネツギは何目だろうか?
・すこしヨセに関心を持ち、着手を計算する習慣がついてくると、「ざっと十目」ということが、直感でピンとくるようになるそうだ。
・このあと、黒イ(19, 三)、白ロ(19, 二)、黒ハ(19, 四)、白ニ(18, 二)まで、先手二目のヨセが約束されている。
【5図:白からのハネツギ】
≪棋譜≫(238頁の5図)
棋譜再生
☆おなじ形を白が1、3とハネツギ。
・このあと、白イ(19, 六)、黒ロ(19, 七)、白ハ(19, 五)、黒ニ(18, 七)の先手二目は、白の権利である。
そこで、4図、5図を比較してみよう。
5図は、4図より白の地が五目ふえ、黒の地が五目減っていることがわかる。
したがって、どちらのハネツギも、ちょうど十目の手ということになる。
(なお、もし白にコウ材が多ければ、5図の3では一路右にカケツグこともできる。
すると、あとの白イ(19, 六)のハネに、黒はニ(18, 七)とゆるめなければならず、白はロ(19, 七)のハイまで先手に打てる。黒地はさらに二目減って、このヨセは十二目につくことになる)
そして、次図になると、もっと価値は増大する。
【6図:実戦でもよく見られる手順】
≪棋譜≫(239頁の6図)
棋譜再生
・黒1から7まで、実戦でもよく見られる手順である。
【7図:白からのハネツギ】
≪棋譜≫(239頁の7図)
棋譜再生
・ここを白が1、3とハネツグと、あとに白イ(19, 五)、黒ロ(18, 六)から、白ハ(19, 六)、黒ニ(19, 七)、白ホ(19, 四)、黒ヘ(18, 七)まで、先手四目のヨセが残る。
そうなった場合の7図を、6図と比べると、白地が六目ふえ、黒地が七目減ることがわかる。
したがって、6図も7図も、後手十三目のヨセと計算される。
このように、ハネツギの意外な大きさがわかる。
相手の石を五個取るより、6図または7図のほうが三目もトクなのである。
なお、7図で、白3のあと、黒がイ(19, 五)とサガって受けるのは、白が先手でヨセを打ったことになり、おのずから問題が別である。
最後に、次のような問題を出している。
【8図:黒1とサガる手】
≪棋譜≫(239頁の8図)
棋譜再生
・黒1とサガる手。
☆第一感で、これは何目につくと思うか?
【9図:黒が大ザルにスベリ】
≪棋譜≫(240頁の9図)
棋譜再生
※黒のサガリに白が受けるのは、どう打っても白が利かされであるから、手ぬきするのが普通である。
・したがって、黒1と大ザルにスベリ、白8までの先手ヨセは、黒の権利と見なければならない。
【10図:白からのハネツギ】
≪棋譜≫(240頁の10図)
棋譜再生
・逆に白が打つには、1、3のハネツギ。
※これも黒イ(17, 二)と受けるのは後手であるから、黒はたいてい手ぬきする。
そして、白の先手ヨセが残る。
【11図:白の先手ヨセ】
≪棋譜≫(240頁の11図)
棋譜再生
・あとに、白1、3の先手ヨセが残る。
(黒2で3は、白4と切られていけない)
さて、このヨセの計算であるが、黒から打った場合の9図、白から打ったときの11図を比較する。
11図は、いずれ黒イ(18, 一)、白ロ(19, 二)となるとして、9図より黒地はなんと十目も減っている。
一方、白地は七目もふえている。つまり出入りは十七目。
8図で黒1とサガるのも、10図で白が1、3とハネツグのも、十七目の手ということになる。
※「めんどうくさい」などといわずに、着手の価値をよく見きわめ、たんねんなヨセを打ちたい。
(坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]、236頁~241頁)
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