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東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

《「ミロのヴィーナス」その13 このシリーズのまとめ》

2019-12-18 17:44:39 | 西洋美術史
《「ミロのヴィーナス」その13 このシリーズのまとめ》
 



【このシリーズのまとめ】


「ミロのヴィーナス」シリーズのブログ・タイトル13回分を列挙しておく。


・「ミロのヴィーナス」とその時代背景――西洋美術史の中での比較――》その1
・「ミロのヴィーナス」考 その2 古代ギリシャ美術史の時代区分》
・「ミロのヴィーナス」考 その3 制作年代と復元案
・「ミロのヴィーナス」考 その4 制作年代にまつわるエピソード
・「ミロのヴィーナス」考 その5 高階秀爾氏の著作紹介
・「ミロのヴィーナス」考 その6 ハヴロック氏のアフロディテ(ヴィーナス)論
・「ミロのヴィーナス」考 その7 ハヴロック氏のアフロディテ論まとめ
・「ミロのヴィーナス」考 その8 ケネス・クラーク氏のヴィーナス論1
・「ミロのヴィーナス」考 その9 ケネス・クラーク氏のヴィーナス論2
・「ミロのヴィーナス」考 その10 ケネス・クラーク氏のヴィーナス論3
・「ミロのヴィーナス」考 その11 若桑みどり氏のヴィーナス論
・「ミロのヴィーナス」考 その12 中村るい氏の古代ギリシャ美術史
・「ミロのヴィーナス」考 その13 このシリーズのまとめ







「ミロのヴィーナス」は1820年に発掘され、現在、パリのルーヴル美術館にある。たとえ後期ヘレニズム期に制作され、2100年余りの歳月が経つにしても、長い眠りから覚めて、わずか200年にしかすぎない。来年は2020年だから、ちょうど200歳ということになる。
ヴィーナス像の歴史を考えてみた場合、「ミロのヴィーナス」は“新参者”にすぎない。長い眠りの中にいる間に、西洋美術史の上では、ルネサンスという画期を迎えていたことになる。この時代は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を見てもわかるように、「メディチ家のアフロディテ」像の方がルネサンス画家にインスピレーションを与えていたのである。現代人にとってこそ、美の代名詞的存在である「ミロのヴィーナス」は、ルネサンス人にとっては、知られていないヴィーナス像であった。ボッティチェリにも、レオナルド・ダ・ヴィンチにも、ラファエロにも、ティツィアーノにも。



さて、今回のブログを振り返ってみると、ブログ記事 その2~3では、1964年の図録によって、「ミロのヴィーナス」の制作年代と復元案に関して、学説史的に解説した。その5では、高階秀爾氏の著作にもとづいて、古代ギリシャの「美」の3条件を「ミロのヴィーナス」が満たしており、とりわけコントラポストというポーズに焦点を絞って、ヨーロッパの絵画史において、“ヴィーナス的女神”が具体的にどのように描かれているのかを説明した。
その6~7では、ハヴロック氏の著作、その8~10ではケネス・クラーク氏の著作を紹介した。
その11では、若桑みどり氏が、西洋美術史の主題をヴィーナスとマリアとの対立・統一という図式でわかりやすく、簡潔に論じていたので、紹介してみた。その12では、中村るい氏の古代ギリシャ美術史を概観しながら、「ミロのヴィーナス」を解説してみた。



そして、「ミロのヴィーナス」はもちろんのこと、「メディチ家のアフロディテ」をはじめとするヴィーナス像の源流を西洋美術史において遡ると、クニディアこと「クニドスのアフロディテ」に辿り着くことは、ハヴロック氏が論じた通りである。
こうして「ミロのヴィーナス」を西洋美術史の中に位置づけて、ルーヴル美術館を訪れたなら、また新しい見方ができるのかもしれない。新たな発見があることを期待している。
ルーヴル美術館を鑑賞する際に、このブログ記事が少しでもお役に立てれば幸いである。



ハヴロック氏は、「オリジナルかコピーかという考古学的な問答の対象ではなく、美術作品として偏見なしにミロのヴィーナスを評価したのは、ケネス・クラークただ一人と言ってよいだろう。彼は、この彫刻を、「小麦畑に立つ楡の木」のようだと感じた」と記し、クラーク氏の見識を高く評価した。
(ハヴロック、2002年、113頁。「第4章 その後:クニディアに触発された諸作品」より)
確かに、クラーク氏は、「ミロのヴィーナス」を「小麦畑に立つ楡の木」のようだと譬えたが、「ミロのヴィーナス」は「古代の作品を通じて最も複雑かつ技巧的な産物のひとつ」であり、建築に譬えて言えば、「古典的な効果をもったバロック的な構造物」であると理解した。このように、「ミロのヴィーナス」の後期ヘレニスティックな性格を読み取ったといえる。
そして、「カプアのヴィーナス」のモティーフを発展させて、「古代ギリシャの最後の偉大な作品」が「ミロのヴィーナス」であるともいう。ただ、「カプアのヴィーナス」と「ミロのヴィーナス」では、身体のパーツ間の距離の比例が異なる(クラーク、1971年[1980年版]、119頁~124頁)。
クラーク氏は、「ただ脚に衣を巻きつけてトルソをむき出しにした」ヴィーナス像の系譜として、「テスピアエ人のヴィーナス」、「アルルのヴィーナス」、「カプアのヴィーナス」、そして「ミロのヴィーナス」と想定しているように推察できる。

また、ハヴロック氏が紹介しているノイマー=ファウ氏は、「ミロのヴィーナス」がギリシャ時代のオリジナルだと断言しながらも、紀元前2世紀後半以降作られた他のアフロディテ像と同様に、新しく創り出されたものではなく、「カプアのアフロディテ」に基づいて形が作られたのだろうとしている。そして衣服で半分覆われた「ミロのヴィーナス」は、その前の時期に作られた赤裸々なヌードの「アフロディテ・アナデュオメネ(海から上がるアフロディテ)」に対する反発で、古典期のカプアの持つ引っ込み思案な感じや、内向的な控えめさへの回帰だろうと、ノイマー=ファウ氏は結論付けている(ハヴロック、2002年、112頁)。

また、中村るい氏は、「ミロのヴィーナス」について、美術史学上の様式を頭部はクラシック様式で、首から下はヘレニズム様式という折衷様式であるという。そして「ミロのヴィーナス」が至宝として扱われるのは頭部が残っているからであるとされる。クラシック期からヘレニズム期の、等身大か、それ以上のヴィーナス像の原作で頭部が残っているのは、この「ミロのヴィーナス」しかない。つまり、頭部が残った唯一のオリジナルとして7、稀少価値から評価されている(中村、2017年[2018年版]、200頁)。

中村るい氏は、古代ギリシャ美術の専門家だけあって、ヘレニズム期を代表する3点の彫刻として、「サモトラケのニケ」「ラオコーン」「ミロのヴィーナス」を挙げて解説していた。ということは、ルーヴル美術館の三大至宝とされる「モナ・リザ」「サモトラケのニケ」「ミロのヴィーナス」の3つのうち、2つがヘレニズム期の作であることが再確認できた。

このヘレニズム期に作られた「サモトラケのニケ」と「ミロのヴィーナス」は、ルーヴル美術館では、それぞれ別の展示場であるが、鑑賞のポイントの一つは、ドレーパリーであることが、今回のブログでわかってきた。
中村るい氏によれば、古代ギリシャの一般的な衣装として、麻製の「キトン」があり、その衣のひだは「ドレーパリー」と呼ばれる。「キトン」は麻という素材ゆえ、身体を繊細に包むので、美しいひだができる。「サモトラケのニケ」の場合は、全身をおおっているので、ドレーパリーの錯綜した動きがダイナミックである。「ミロのヴィーナス」の場合、下半身をおおっているので、衣が織りなすひだは、むしろ優雅さに近い。ちなみに、ヴァティカン美術館にある「クニドスのアフロディテ」の場合、向かって右側の壺の上に、穏やかに「キトン」がかかっている。

次回では、「「ミロのヴィーナス」をフランス語で読む」と題して、「ミロのヴィーナス」についてフランス語で書かれた文献を読んでみたいと考えている。なお、今後もケネス・クラーク氏の『レオナルド・ダ・ヴィンチ』『芸術と文明』『絵画の見かた』、中村るい氏の翻訳したJ.J.ポリット『ギリシャ美術史』など、機会があれば紹介してみたい。

今回の「ミロのヴィーナス」シリーズのブログ記事が、「ミロのヴィーナス」、ひいては古代ギリシャ美術史、西洋美術史をより深く理解するための一助となって頂ければ幸いである。


【このシリーズの写真】



【このシリーズの写真】
【ルーヴル美術館】
【「ミロのヴィーナス」】
【ブーシェ「ダイアナ」】

【ルーヴル美術館】
【「ミロのヴィーナス」】
【ブーシェ「ダイアナ」】





※ブーシェの≪ディアナの水浴≫(ルーヴル美術館) 2004年5月筆者撮影





【このシリーズの表】



【古代ギリシャ美術の発展の2つの体系】
【クラークのヴィーナス論のまとめ表】
【若桑みどりによるマリアとヴィーナスの関係】
【古代ギリシャ美術史に関する表】

【古代ギリシャ美術の発展の2つの体系】

(ハヴロック、2002年、51頁~52頁の記述をもとに筆者作成)












 



 







ギリシャ美術の発展の2通りの体系(枠組み)
項目 クセノクラテス(紀元前3世紀の彫刻家)(大プリニウスの著作『博物誌』に記載) ローマ時代のキケロとクィンティリアヌス
究極の理想 写実性(リアリズム) 威厳と美
作者 プラクシテレス リュシッポス フェイディアス ポリュクレイトス
作品 「クニドスのアフロディテ」 オリュンピアのゼウス像 パルテノンのアテナ像
下り坂の時期 紀元前4世紀後半リュシッポスと画家アペレスの後、ほどなくして停滞 紀元前4世紀


【クラークのヴィーナス論のまとめ表】










































































芸術 クラークの評価 作品
プラクシテレス 肉体の欲望を穏やかに甘美に形象化( 113頁) 脚に衣を巻きつけて彫像の足場を堅固にすることに成功( 119頁) 「クニドスのヴィーナス」「アルルのヴィーナス」(テスピアイのアフロディテ)
後期ヘレニスティックの芸術家 「美」のシンボル( 120頁) 「麦畑に立つ楡の木を想わせる」( 122頁)
最も複雑かつ技巧的な産物のひとつ( 122頁) 古典的な効果をもったバロック的構造物( 122頁) 最も輝かしい人体の肉体的理想のひとつ( 122頁)
「ミロのヴィーナス」
ボッティチェリ ヴィーナスの最大の詩人のひとり( 131頁) 「春」(ゴシック的) 「ヴィーナスの誕生」
レオナルド・ダ・ヴィンチ 生殖的な生命のシンボルとしての表現 生殖のアレゴリーの表現(159頁) 「レダと白鳥」
ラファエロ ヴィーナスの至上の巨匠( 122頁) 古典世界以後におけるプラクシテレスたるべき天分を賦与( 143頁) デッサンの「ヴィーナス」
ジョルジョーネ 古代彫刻「クニドスのヴィーナス」の地位に匹敵( 153頁) 「眠るヴィーナス」(ドレスデンのヴィーナス)
ティツィアーノ 官能の叙事詩人(ルノワールの主題を先駆) 矩形的なデザインに変更( 168頁) 「水から上るヴィーナス」
ルーベンス 「自然のヴィーナス」の巨匠(182頁) バロックの大家( 186頁) 「ヴィーナスとアレア」
アングル ヴィーナスを解放し「クニドスのヴィーナス」に返す試みを実現した画家( 1196~197頁) 「水から上るヴィーナス」「泉」(美術史上最も名高い裸婦のひとつ)
ルオー 肉体の醜さの探求における最も大胆な先駆者 「クニドスのヴィーナス」の究極的な対立物( 431頁) 「娼婦」




【若桑みどりによるマリアとヴィーナスの関係】

































芸術家 作品名 マリアとヴィーナスの関係

ボッティチェリ
「ラ・プリマヴェーラ(春)」「ヴィーナスの誕生」 聖母マリアとヴィーナスの一致

ティツィアーノ
「天上の愛と地上の愛」 天上と地上のヴィーナスを一つの画面に描く

ミケランジェロ
「勝利の群像」(アポロン像) ※独特の芸術観~ヴィーナスに興味なし

ブロンズィーノ
「ヴィーナスとアモール(愛の寓意)」 神性を剝ぎ取られたヴィーナス




【古代ギリシャ美術史に関する表】


















































彫刻家および時代 作品 作者・作品の特徴

フェイディアス(クラシック時代[パルテノン期] 紀元前5世紀)
パルテノン神殿の本尊アテナ像 手にニケ像を載せている(182頁)

ポリュクレイトス(クラシック時代[パルテノン期] 紀元前5世紀)
「槍を担ぐ人」(原作紀元前440年頃) クラシック期の男性立像の完成者(150頁) コントラポストのポーズ 『カノン』という題の理論書(151頁)

プラクシテレス(後期クラシック時代 紀元前4世紀)
「トカゲを殺すアポロン」(原作紀元前350年頃) 「ヘルメース」(原作紀元前4世紀半ば) 「クニドスのアフロディテ」(原作紀元前350~340年頃) 有名な主題をひとひねりする作家(123頁)~一種のパロディ(124頁) 少年アポロンは両性具有的(124頁、190頁)/ 紀元後2世紀の旅行家パウサニアス『ギリシャ周遊記』の記述(136頁) 正中線が逆S字(137頁)/ 全裸のアフロディテ像の出現は前代未聞(187頁) 美術表現への大胆な提案(188頁) 通称「カウフマンの頭部」がもっとも原作に近い(188頁~189頁)

リュシッポス(クラシック期末)
「アレクサンドロス大王の肖像」 アレクサンドロス大王の宮廷彫刻家(192頁)

ヘレニズム期(紀元前190年頃)
「サモトラケのニケ」 紀元前190年頃の海戦勝利記念碑 ドレーパリーの錯綜した動きがダイナミック(194頁)

ヘレニズム期(紀元前1世紀~紀元後1世紀
「ラオコーン」(1506年に発見) 「ヘレニズム・バロック」様式の名作(196頁)

ヘレニズム期(紀元前100年頃)
「ミロのヴィーナス」 ギリシャ彫刻の中でいちばん知られている彫刻(198頁) 正中線が逆S字、5つの復元案を紹介(199頁)







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【参考文献】
高階秀爾『ミロのヴィーナスはなぜ傑作か?――ギリシャ・ローマの神話と美術――』
小学館、2014年
C・M・ハヴロック(左近司彩子訳)『衣を脱ぐヴィーナス――西洋美術史における女性裸像の源流』すずさわ書店、2002年
若桑みどり『ヴィーナスの誕生―ルネサンスの女性像』(ジャルパック・センター、1983年)
ケネス・クラーク(高階秀爾・佐々木英也訳)『ザ・ヌード――裸体芸術論・理想的形態の
研究』美術出版社、1971年[1980年版]
ケネス・クラーク(加茂儀一訳)『レオナルド・ダ・ヴィンチ』法政大学出版局、1971年
朝日新聞社編『ミロのビーナス LA VENUS DE MILO』朝日新聞社、1964年
中村るい『ギリシャ美術史入門』(三元社、2017年[2018年版])
Félix Ravaisson, La Vénus de Milo, 1871.
Jean-Jacques Maffre, Que sais-je? L’art grec, Imprimnie des Presses Universitaires de France, 2001.
澤柳大五郎『ギリシアの美術』岩波新書、1964年[1998年版]
朽木ゆり子『パルテノン・スキャンダル』新潮選書、2004年
エルヴィン・パノフスキー(浅野徹ほか訳)『イコノロジー研究――ルネサンス美術における人文主義の諸テーマ』美術出版社、1971年[1975年版]
山岸健『レオナルド・ダ・ヴィンチ考――その思想と行動』NHKブックス、1974年
中山公男『レオナルドの沈黙―美の変貌―』小沢書店、1989年
高階秀爾『近代絵画史―ゴヤからモンドリアンまで(上)(下)』中公新書、1975年[1998年版]
高階秀爾監修『NHKオルセー美術館3都市「パリ」の自画像』日本放送出版協会、1990年
ウォルター・ペイター(富士川義之訳)『ルネサンス 美術と詩の研究』白水社、2004年
日本ペイター協会編『ペイター『ルネサンス』の美学』論創社、2012年
若桑みどり『世界の都市物語13 フィレンツェ』文芸春秋、1994年
Walter Pater, The Renaissance : Studies in Art and Poetry, Dover Publications, INC.,1893[2005].

 



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