[書籍紹介]
中山七里による
警察医療ミステリー、刑事犬養隼人シリーズ第5弾。
朝の犬の散歩に出かけた定年退職者によって、
雑木林に埋められた少年の死体が発見される。
異常だったのは、その遺体から臓器が奪われていたことだった。
身元確認を急ぐが、
近隣の中学高校からは該当する人物が特定されない。
行方不明者からも該当者が見つからない。
歯医者ヘの紹介も無駄だった。
やがて判明したのは、
死者は中国人の少年で、
10日ほど前に観光ビザで、一週間の予定で入国していた。
周という男が付き添っていたらしい。
事情を知るために、
犬養の部下、高千穂明日香が中国に飛ぶ。
そこで見たものは、
極貧の村で、
息子を養子縁組で日本に送った母親だった。
そして、2番目の死者が出る。
大田区羽田の路上で買い物帰りと見られる少年の死体が発見され、
その腹には縫合痕があり、
肝臓の3分の1が失われていた。
父母は貧困の中にいて、
借金があり、
その借金150万円が完済されていた。
一連の経過から判明したのは、
中国の少年は、養子縁組という名目で日本に送られたが、
それは臓器を売るためであり、
羽田で発見された日本の少年も臓器を販売して
親の借金を返していたという事実だった。
二人とも臓器の切除は熟練の医師がしたものだが、
縫合は、稚拙な技術の持ち主の仕業だった。
更に、今度は殺人事件が起こる。
中国人少年の件で事情聴取した不良で、
首を絞められての死だが、
その腹には、真新しい縫合痕があった。
不良は、賭けマージャンで借金があったが、
それが最近完済していた。
しかも「良い金づるをつかんだ」と言っていたという。
少年の葬儀を見にきた青年に職務質問をした結果、
その青年が中国人医学留学生で、
東朋大学で学んでいるという。
被害少年の写真を見た時の反応から、
犬養は、この青年が少年たちの腹の縫合をしたと目星をつける。
しかし、青年は証言する前に、殺されてしまう。
不良の時と同じ手口の扼殺だ。
更なる事件が起こる。
交通事故で脳死になった少年が、
病院に運ばれた際、
その死体が行方不明になったのだ。
ほどなく死体は発見されるが、
やはり内臓が取り出されていた。
その病院は東朋大附属病院。
事件の鍵はこの病院にあると見た犬養は、
医学部長に会い、
留学生の推薦状に、ある人物の名前が記載されていることに衝撃を受ける。
こうして、事件の余波は、高名な財界トップにまで波及していく・・・
というわけで、臓器移植、臓器売買にまつわる犯罪事件の話。
中国に行った明日香が中国の臓器売買について把握する内容がすさまじい。
中国では2005年の段階で年間1万2千件の臓器移植を行っており、
臓器移植大国だという。
日本と違い、臓器提供者が多いからだ。
その供給源は死刑囚。
中国では、死刑になる犯罪が多く、処刑数も莫大。
事前に死刑囚の承諾を得て、執行時に臓器を摘出する。
臓器提供死刑囚の遺族には、 謝礼が支払われる。
自国では移植手術のかなわない患者が、高い費用を払って中国にやって来る。
そして、臓器ブローカーが暗躍し、
その一つとして、日本に養子縁組という名目で少年を送り込み、
臓器を取って帰国させる方法がある。
養子縁組に名を借りた人身売買。
その根底にあるのは貧困だ。
日本での事件も、
根底にあるのは貧困。
売るものがないから、自分の体を売るのだという。
刑事の述懐。
「貧困は犯罪の巣窟だって話があるが、
こいつはその典型みたいなもんだ。
貧困を犯罪を生むが、
同時に犯罪につけ込まれる。
生活のために売るものがなきゃ、
本来売っちゃいけないものまで売らなきゃならなくなる」
明日香は反論する。
「それでも貧困家庭に生まれ育った全員が非行に走る訳じゃないんです。
貧困はあくまで外部要因の一つで、
少年を非行に走らせる直接の原因は家族です」
「ふた親揃っていても孤独だったんだと思います。
中学生では返しきれないような借金を背負っても、
誰にも相談できない。
本来道を示してくれるはずの大人が無軌道にその日暮らしをしている。
これじゃあ子供が道を誤っても本人を責められません」
貧困の結果自分の体を売る少年がいる一方で、
それを買う金持ちがいる。
そのことに犬養も明日香も義憤を燃やす。
その対象がどんな大物であろうと。
「わたしたちには捜査権が与えられています。
逮捕権も与えられています。
そのわたしたちが困難だとか
相手が経済界の重鎮だとかの理由で挫けてしまったら、
死んだ子供たちに申し開きができません。
与えられた武器は意味のないものになってしまう」
経済界の重鎮と犬養との対決は、この小説の白眉だ。
「先刻から聞いていれば、
あなたは貧乏人の臓器提供にえらく同情的だが、
いやしくも人間の身体いわんや生命はカネで売買できるものではないと
信じているのかね。
もうしそうなら、見識不足と言うより方にない」
「命は売買できないと考えていることが見識不足ですか」
「昨今は経済的格差が教育の格差を生むようになってきたらしいが、
同様に生命の価値すらもランクづけするのですよ。
貧乏人は短命になり、
金持ちは長命になる。
金持ちは資産を生む者でもあるから金銭的な存在価値がある。
対して、貧乏人が提供できるのは安価な労働力しかない。
もっと貧しい者は己の肉体を差し出すしかない。
富裕層と呼ばれる者たちはその供給に応えて
彼らの肉体及び健康を買う。
何のことはない、
需給バランスの問題だけなのですよ」
臓器ブローカーの周を追究する手段として、
中国に送還して裁いてもらう、というのを持ち出すと、
周は震え上がる。
中国での刑罰の苛烈さを知っているからだ。
その周は、臓器売買に対して何の罪意識も感じていない。
「彼らは無事に摘出手術を終えて帰国できたのだ。
報酬も得られて、彼らは幸せそうだった」
「臓器の斡旋は提供する側もされる側も幸福になれるシステムだ。
貧乏だからなけなしの臓器を提供し、
それを金持ちが高価で買い取る。
いったいどこに不都合がある。
ただ法整備が遅れているだけに過ぎん」
そして、周のようなブローカーの逮捕の結果は、貧乏人に及ぶと言う。
「俺たちブローカーを捕まえれば、
その間臓器を斡旋する者は不在になる。
いいかい、公認だろうがヤミだろうが、
ブローカーというのは市場の安定供給に寄与している。
今まで臓器が高値で取引できたのは、
俺たちブローカーが仲介して値崩れを抑えていたからだ。
俺たちがいなくなれば安定していた市場は必ずダンピングを起こす。
当然だ。この国には臓器を売りたい貧乏人がまだ山ほどいるからな」
「これから先、ヤミで取引される臓器の価格は暴落して、
貧困家庭は肝臓一個売ったくらいじゃ
にっちもさっちもいかなくなる。
それもこれも日本の刑事。
全部あんたの責任だ」
題名の「カイン」とは、
人類始祖のアダムとエバの息子の名前。
カインは弟アベルを殺し、
人類最初の殺人者となった。
その結果、神から不死を与えられた、
と著者は書くが、はて、聖書にはそんな記述はないが。
犬養と明日香が
少年の将来を奪った犯罪に、特に熱くなるのは分かる。
ラストで、なぜ被害者が少年ばかりだったかが明らかになり、
犬養は重い十字架を背負うことになる。
臓器売買という重過ぎる題材を扱った本書、
読みごたえがあった。
香が中国現地の新聞記者と会った時の会話。
「あの、安河内さん、実はわたし、
捜査一課に配属されてやっと2年なんです」
「ほう」
「だから上司がやっているような
腹の探り合いとか以心伝心とか、
ホント苦手なんです。
もし交換条件みたいなものがあるのなら、
いっそはっきり言ってくれた方が有り難いです」
「ストレートな人ですねえ」
「まだ変化球が投げられないだけです」
「いやいや、いざという時の決め球は
やっぱり真っ直ぐですよ。
そういう人は嫌いじゃありません」
それにしても、中国の貧困県の有り様や
臓器売買の現状に、
中国という国の奥深い不気味さを思い知った。
なお、本シリーズの第4作、
「ドクター・デスの遺産」は、
2020年、綾野剛・北川景子共演で映画化された。
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