「BABE」を書いたら、
どうしてもJohn・Lennon(ジョン・レノン)の
「ビユーティフルボーイ」を書かなくてはなりません。
ジョンレノンは私も好きなアーティストの一人ですが、
ジョンはやはり、ソロになってからの歌は、
よりシンプルに、
そして自己の内面に向かう精神性が
とても普遍的なテーマへと向かったように感じます。
「マザー」にしても、「孤独」にしても、
そして、オノヨーコと出会ってからの彼は、
より深く、人生で大切なテーマを直視し、
そして、
彼は人類愛と呼んでも良いような、
そういうテーマについて歌うようになった。
深い思索によるものだと思う。
また、
彼は歴史についてもよく理解があったようですね。
(それらは結果的に、《反戦》という行動に駆りたてた。
彼は、この世界は狂人たちが支配している、と言ったことがある。)
特に、横変死の因縁と密接な関係のある、
深層意識に巣食う抑圧意識のせいで、
彼の意識はとても苦しみました。
その意識は、ときに激しい嘔吐を催したり、
他者への嫉妬や中傷・憎悪感となって、
ジョン自身を激しく苛んだようです。
その彼がオノ・ヨーコとの出会いによって、
深い愛に目覚めて、本当の喜びを得ることができた。
その『ダブルファンタジー』は、
新たな彼の新境地を示したと言っても良い、
素晴らしいアルバムです。
彼は男性でありながらも、
愛息「ショーン 」のために、
家庭主夫を五年?ほど続けたというんですね。
毎日、息子の顔を見て、
深い愛情を覚えたのが、
その歌によくあらわれていると思います。
それはオノ・ヨーコに対する愛情とともに、
ともに居る二人の姿を映す、
そのアルバムにもよく出ていますね。
ジョンは『愛』について、
それも愛の自然性みたいなものを表現しようとしてたのかな?
と思ったりしますね。
男女の愛にしても、
父と子との愛情にしても、
なんら他の動物と、愛情自体は変わらない。
そんなナチュラルなものを、
歌やビデオやアルバムの表紙などからは感じられる。
つまり、
人間の持つ愛情は、すべて他の生き物と同じである。
つまり、平等である。
そんな真理に気づかされる。
動物と話せるハイジさんってご存知でしょう?
あの方の動画を見ていたら、
ある動けなくなった白猫に、
彼女(ハイジ)がテレパシーで聞くんですよね。
これまで生きてきて、
幸せだなと思ったことある?と。
そうしたら、
それは子供を産んだ時だと答えたのです。
子供を産んだ時、とても幸せだったのを覚えていると。
それを聞いて、
人間も猫もそのほかの動物も、
みんな同じなんだなあって。
この『平等性』に気が付かなきゃいけないんですね。
姿・形は、人間も猫も犬もそれぞれに違う。
でも、
それは形態が各々独自に違い変わっているだけであって、
心はみんな同じように備わっている。
例え、昆虫であっても、人間と同じ心を備えている。
それが大事なんだと思う。
殺生はいけないという。
全くその通りではないだろうか。
蜂だって、自分の家庭を攻撃されたら、
ものすごく怒りますよ。
そして、
破壊した人を攻撃します。
誰だって、大切なものを持っていて、
それを大切に守っていこうとする。
ジョンはアメリカがベトナムに侵入して、
他国の土地をめちゃくちゃにしていたころ、
そのアメリカの行動を非難して、
『war is over』(戦争は終わった)を書いて歌った。
オノヨーコとともに、《ベッドイン》を行った。
それらは、
ジョンレノンの『愛』を表現したものだった。
当時は、とても興味本位に、
マスコミからは見られていたものだった。
今、
時代は変わり、ようやく彼の意図したこと、
試みの本質に気が付けるようになった。
今にぴったりとマッチするものが、
彼の一連の作品にはある。
彼は一時的に、教祖的な風貌を現していたけれど、
まったく教祖としての資格のある人物だったと、
今でも思う。
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