初乗り
画像は昨日の続編
TV三昧から日曜の朝が始まった。
先ず6:00~短歌を見る。語彙を増やす為に。
そして、6:30~は本命の俳句。
今日の兼題は「初乗り」だった。
まだ私は一度も詠んだことがない。
初乗りかぁ・・・、早速作って今投句を済ましてきたばかり。
初乗りとは新年になって初めて乗り物に乗ること。
私の今年の初乗りは勿論マイカーだけど思いは三十年以上も前のことに馳せていた。
三十年前のこと。
新年を迎えたのは病室だった。
窓からはまばゆいばかりの初日の出。
それをベッドに横たわっている養母に見せたかった。
しかし、母はもう起き上がることさえも出来ない状態だった。
その二日後、三日に母は息をひきとった。
部屋は二人部屋から個室に変っていた。
ナースセンターのすぐ前の部屋だった。
入った瞬間、そこは看取りの最後の部屋であることは肌で感じた。
夜になると底冷えのする部屋に私は寝袋に包まって戸板のようなベッドに横になっていた。
31日には、松、南天の花などをあしらった新年の花を活けて窓辺に飾った。
母は判っていたようでそうでないようであった。
せめて母の好きな花で看とりの部屋を明るくしたいと思ったことだった。
それも新年を迎える花にしたのだった。
で、初乗りのことに話を戻しましょう。
母を泊まり込みで看取ることになったのは亡くなる1週間位前のことだった。
それまで毎日病院に通い、最初は娘も伴だっていたことだった。
母が個室に移ってからは、まだ二歳にもならない娘を夫に託してのこと。
暮れから風邪をひいていた娘のことが手に負えないから
一度帰ってきてくれと夫からの連絡が31日に入っていた。
・・・。
私としてはヒヨコが餅を踏んだような気持ちだった。
せめて、元旦の朝を迎えるまでは母と一緒にいなければ・・・。
夫を叱咤激励したのだった。
こちらが泣きたい気持ちをぐっとこらえた。
翌元旦、看護師さんに事情を話して急いでバスに乗った。
外へ出たときは余りの眩しさに立ちくらみを覚えた程だった。
バスの中で止めどもなく涙が溢れた。
娘は酷い下痢状態で夫が困り果てていたのも否めない状態だった。
でも私は戻らなければならいのである。
ヒヨコが餅を踏んでいるような気持ち・・。
娘を抱きしめるとまたバスに乗って病院へと向かった。
翌日また夫から電話・・・。
看護師さんに相談して、娘も入院させることにしようとなった。
それなら病室を行ったり来たりすることが出来るからだ。
三日の朝、娘を迎えに行った。
支度をして夫の車に乗り込もうとした時に電話がなった。
母が息を引き取ったと。
・・・。
「初乗り」
あの時のあの眩しい朝の陽を浴びた時に眩暈がしたことが思い出される。
今もカーテン越に眩しい光が差し込んでいる。