豊田真大のVOICE OF JOKER

僕たちはひとりではない

伊勢志摩旅行―朝熊山展望台編―

2015-11-25 16:27:55 | 小旅行
2015年11月21日、午後1時過ぎに金剛證寺の駐車場を出ます。

ちなみに、ここは無料です。

まあ伊勢志摩スカイラインの入場に1000円かかってますから、当然かもしれませんね。

駐車場を出て左折を2回くらいするとすぐに、朝熊山展望台到着します。

凄まじい、開放感。

風が気持ちいい。

眠っていた悠聖を起こして、車のそばで、みんなで絶景に喜びます。

悠聖を抱えて、凄い凄いとか言っていたと思うが、悠聖は分かっていたのだろうかww


ゆっくりと別の個所へ進むと『さんぽ道』の案内がある。

10分から15分と書かれているので、みんなで、手を繋いで歩いていきます。

喜んで猛ダッシュを繰り返す悠聖にヒヤヒヤする。

ここから落ちたら、助けられないぞとか呟く。

途中で、ハンモックがある開放的なスペースがあり、寝転んで遊びます。

今回の旅行で一番、楽しかったのは、この『さんぽ道』かもしれない、笑



★ハンモックで戯れる千鶴さんと悠聖



★同じくハンモックで悠聖を抱く僕


更に、ここに上にある『さんぽ道』の看板の前で記念撮影します。



★さんぽ道の看板前にて、僕と悠聖


しばらく歩くと柵が全くない、広々とした芝生スペースがある。

ハングライダーの降りる場所だと千鶴さんが言っていた。

すごい開放感で、飛んだりして、遊ぶ。

天国って、こんなところだろうかと思い、悠聖に「お前、こんなとこから降りてきたのか?」とか聞いてみるが無視して、じっと前を見る悠聖ww



★広々とした芝生スペースにて僕と悠聖



★同じく芝生スペースにて千鶴さんと悠聖


凄まじい開放感だったので、笑ったり、喜んだりしながらしばらく皆で戯れます。

ここは、誰もいなかったので、素晴らしかった。


しばらく歩いて、途中で、一枚。



★たぶん、さんぽ道の途中の僕と悠聖


歩き終えると展望台の建屋の上で、また風景を楽しみます。

やっぱり海が見えるのは、開放感が、すごいですね。

日常でたまっているストレスの凄さを感じます。

どんどんと、開放されると、新鮮な力が体中に満ちてくる。

高原の風の気持ちよさは、何物にも例えようがないほどだ。



★展望台の建屋の上にて、僕と悠聖


それから、展望足湯の方を、覗いてから、天空のポストを見る。

高いところにある赤いポストは、なかなか、おもしろい。

足湯の方は100円だったと思いますが、拭いたり大変そうなので入るのは見送ります。

結構、たくさんの人がいた。


屋上から降りて下の売店で、いろいろ見てからくじ引きをします。

これは、伊勢志摩スカイラインの入口でもらった。

悠聖に、回してもらったら入浴剤だったwww

まあ、外れです。

それで、店員さんと笑っていて、バイバイ。

悠聖もたくさんの人に、相手してもらえて、この展望台は期待以上だった!


実は、一番、期待していなかったのが、この伊勢志摩スカイラインだったのだがww

金剛證寺、展望台、ともに素晴らしい。


そのあとで、車に戻って、ナビで合歓の郷を設定して、次の目的地である『合歓の郷 エクシード』へ向かったのでした。


あ、駐車場の隙間が狭くてバックができなかったので、千鶴さんに見てもらったのだった。


≪たぶん、続く≫


朝熊山―ウィキペディア参照


朝熊山(あさまやま)は、三重県伊勢市・鳥羽市にある山。正式名称は朝熊ヶ岳(あさまがたけ)。

『三国地誌』では「岳(たけ)」とも記され、伊勢市近辺で「岳」は朝熊山を意味する。

南方に連なる「朝熊山地」を含めて「朝熊山」とする場合があり、この場合には志摩市まで跨がることになる。

山頂付近に臨済宗の金剛證寺があり、この寺を「朝熊山」と呼ぶ場合もある。

柔らかなるものは強い

2015-11-25 15:43:56 | 日記
初めましての方は、目次も見てみてね!
⇒⇒VOICE OF JOKER 目次

『ちぃ育児奮闘中♪GUN BIGLOVE♪』も宜しければ併せてお読み下さい。



こんばんは。

情緒の揺れ動きに左右されない内奥の静寂の在処を知る皆様。

ただいま、母親の家でブログの更新を始めました豊田です。

悠聖が寝たらしく、こちらへ遊びに来ている千鶴さん。

隣の台所では、父親と母親、親戚の伯母さんが、語っている。

「さあ、作ってこうかな」と千鶴さんが語りかけてくる。

首が痛いらしい。



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書いていたら「いちいち、書かんでもいいわ。リアルな状況報告いらんねん。誰が得すんねんそんなもん」と言い放つ。

それもまた書いている僕を見て、右腕を奪って「書かんでいいし」

そして、今、肩をもんでいる。

咳き込んでいる。

笑いながらキーボードとマウスで記事を削除しようとモクロム。

外は雨。

伯母さんたちの話は、まだ続いている。

「あはははは」と笑っている千鶴さん。

いろいろあって、最後はヘッドロックに発展したのだった。



さて本日は昼の12時半過ぎに起床しました。

今朝は調子に乗って7時過ぎまで起きていたので、不快感が凄い。

洗面をしていると千鶴さんが洗濯物の乾燥をしてくるように頼むので「それくらいできるやん」みたいに言う。

もちろん機嫌が激烈悪くなる。

なんか、いろいろと嫌味を言ってしまうのだが、その度に父方の祖母を思い出す。

ああ、この言い方!

おばあちゃんの、ぐちぐちした説教にそっくりだなあww


洗面を終えると座禅を40分です。

悠聖が、やってきて、僕の胸を押すので、ぐらついてしまった。

なかなか、力がついてきている。

しかし、幼児の手の柔らかさは、なんか、押されたりしても、痛くなくて、逆に、癒されるのだ。

老子道徳経の中に、赤子の握りこぶしの話があったが、柔らかなものは、強いとは、本当かもしれない。

座っている間は、妄念、不快感の誘導に、簡単にもっていかれるが、意識的に、スーッと力を抜くことができると、ここに帰ってくる。

静寂の中に、生まれてくる、リアルな世界。

本人の、この、心の思いや、不快感の奥にある、静寂さのポイントにスーッと移行することなのだ。

そこから感性を開くと、鈍っていた感覚が、また心が、澄んでくる。

この澄み切った感覚が、真新しい、本来の生を、感受する力を齎すのであるが、これは手に入れることではない。

抜ける事なのだ。

この想いと不快感の連携の中から、本来の自己の立ち位置へ。

力を抜くこと、リラックスすることである。

まあ、上手くいくわけではないが、この抵抗を見ていることで、意識を上手く、鍛えていくことができる。


座禅を終えると、読書です。

コーヒーを入れて、激烈機嫌が悪い千鶴さんを宥めながら玄関脇へ。

ところが、ここで悠聖くんの大暴走が始まります。

風邪をひいているのに、外で雨に当たって喜んでいるし、滑り台を薄着で滑って遊ぶ。

上着を着せると嫌がって脱ぐ。

しばらく読みながら、カレーせんべいをあげたりしていたが、千鶴さんもやってきてバタバタとしだす。

洗濯物を干している、名前はわかんないけど、色々、棒が出ているやつを折ってしまう悠聖。

中に入ると、今度は障子を破いたらしく、千鶴さんが絶叫して怒り倒している。

僕も、怒るww

しばらくバタバタしながら、なんとか、読書をします。


『奇蹟を求めて』は、不快感と良心のお話です。

良心は、自分が感じる事のすべてを感じている能力とありますね。

つまり、こちらと、こちらを分断しないということです。

意識の場合でも全体を見る意識と個別的視点から見る意識がありますが、それの感覚バージョン、感情バージョンですね。

意識は、見ているが、良心は、感じているという違いがあります。

そして、この感じている方は、第2のショック点への始発なのです。

つまり性のエネルギーの進展を推し進めるのが、この不快感と良心の葛藤による火なのですね。

そして、この火というのは『誠実さ』のことです。

この火が、心の、感情の部分に入ることで、プライドや虚栄心が、崩壊します。

崩壊することで、性のエネルギーの中和作用が体中に巡りだし、これが柔らかな感性を与えるわけですね。

だから、不快な感情を見たら、それを外に出さずに、崩壊させる、解消させるようにするわけです。

『不正』と言うキーワードが出ています。

これは、他人は、自分に対して、常に『不正』な行為をしている等々と思っていることですね。

自分は、プライド、虚栄心を満たそうとして、常に暴れているわけです。

それを見るのは、泣きそうになるくらいつらいはずです。

というか、一瞬ですら見てしまったら、速攻で打ち消そうとするでしょう。

俺は正しいというやつですね。

その打ち消している働きが、緩衝器と言われるもので、嘘、と恐怖という現れ方をします。

自分の不都合を見て、恐怖を感じて、嘘で隠すわけですね。

それを明らかにして、崩壊させ、統一させるのが、良心の火の役割なわけです。

ですから、常に、不快感に対して、この良心がぶち当たることで、忍耐というショックが始まるのです。

そして、常に、無欲が貪欲に勝利するように加担するならば、この現在は『自己』と誤って認識されている『自尊心』や『虚栄心』が崩壊して、誠実な、本来の感情、が、芽生えてきます。

それがあるかどうかは、本人にしかわかりません。


さて読書を終えると、納豆卵ご飯と、味噌汁で食事を済ませます。

それから、依頼されていた洗濯物を乾かしに、コンビニへと向かう。

放り込んでから、帰ってきて、ブログの訂正や、カテゴリ分けなんかをします。

そのあとで新着記事の更新をしていたのでした。


父親、母親、伯母さんの会話は、まだ続いている。

介護問題について。

どうも、施設の方でも負荷が凄いらしく、中々、丁寧な対応をしてもらうのは難しいらしいです。

特に宿泊なんかだと大変だそうですね。

デイサービスの方が、まだ、対応がやりやすいらしい。

難しい問題だなあ。


まあ、本日も一日、最高の一日を過ごしましょう!

ほいでは。