「熊岡悠子さんの歌集に酔う」 松井多絵子
9月末に刊行したばかりの歌集『鬼の舞庭』を頂いた。熊岡悠子さんの第二歌集である。20頁あたりまで読んだとき、私はもう歌に酔い始めていた。
✿ひとり旅のやうに線路はのびてをり草のまばらな渚にそひて
わたしが詠めないことを熊岡さんは易々と詠う。▴▴ガラスの魚が川のぼりゆく ▴▴わが影のびて木々にまじりぬ ▴▴盆地のふちを来る電車 ▴▴雪どけ水がふくらみて などなど魅力的なフレーズが、さりげなく詠み込まれている。熊岡さんは、角川賞次席、歌壇賞を受賞した「ヤママユ」の歌人である。昨日、ブログの予告で、40代半ばの新進歌人などと書いたが、私は熊岡さんにお目にかかったことがなく、調べてみると60代になられていることを知り驚いた。わたしだけが齢を取ったのではなく熊岡さんも、なのである。歳月に磨かれた歌の集うこの歌集が沢山の方に読まれることを願う。大阪岸和田出身の熊岡さんならではの「だんじり祭り」の歌を四首抄出。※地車(だんじり)
✿ 岸和田だんじり祭り 熊岡悠子
紀の山はしづもりゆきぬ地車となる大木を産み出ししのち
触れてみる、ほうと見上げる 地車にけやきの肌をもつ神がゐる
彫刻の眼もぎらり開きゐむ一番太鼓夜明けを打てば
あかるさの増せばくつきり影曳きて纏の少年先頭を行く
私はまだ「だんじり祭り」を見たことがありません。来年はぜひ見たいなどと言うと鬼に
笑われるかもしれませんね。 10月5日 松井多絵子