今日の言葉
くよくよするもんじゃない。肝腎ことは、ねえ、望んだり生きたりすることに飽きないことだ。
ロマン・ロラン
「ジャン・クリストフ」より
せまいながらも楽しい我が家
生まれ、育つたのは、四畳半、六畳、台所、汲み取り式便所の間取りのとたん屋根で風通しのよい家でした。かまどで薪で炊飯しました。 生家の話しを切り出したのは、二ホン人の暮らしの知恵を振り返りためです。特に、部屋使いです。ちゃぶ台を広げれば、食堂になり、勉強机を置けば学習室になり、布団を敷けば寝室に早変わり、狭い、一つの部屋を効率よく、用途に応じて使い分ける先人たちの知恵がありました。裸電球の下、家族で、朝晩の食事をいただく、一家団らんのひと時、ごちそうはなかったけれど、幸せな時間でした。
亭主の居場所がない令和の暮らし
カイシャから帰宅、玄関を開けると子どもの出迎え、お相手、休日は、家族サービスで振り回され、疲労感100%の亭主、そして、夜の寝室でのお勤めもあります。個人がゆったりする時間がありません。一方、奥様も目一で頑張り、お疲れモード、湯につかり、疲れをいやす、そんな日本人の標準家庭の一日の暮らしぶりです。そのような環境の中、「在宅勤務」をすることは難しいのではないでしょうか?亭主専用の書斎があれば別ですが、落ち着いて、業務をこなすのは難しい環境に置かれています。
落ち着いて仕事のできる場所を探して
流れ流れて、目指すところは、ドトール、スターバックス、ファミレス、マックです。亭主族の発想はみな同じ、パソコン、スマホを広げ、一斉に仕事開始、えさを必死で食べているにわとり小屋のようです。これから、その場所も閉鎖され、持ち帰り専門になり、席につくことはかなわなくなります。コロナ騒動が鎮まるまで我慢を強いられる企業戦士たち、どのように工夫をするというのでしょうか?
仕事の公とプライベートの私
仕事は勤務時間内で終了、それ以降は自由、このパターンで、亭主たちは稼いできました。外出規制になり、自宅にこもり仕事、気晴らしもできません。、一家団らんどころか、家族が、額を突き合わせての生活、息詰まることでしょう。コロナ禍により、家庭崩壊が社会問題になる可能性もでてきました。仕事は会社、それ以外は自宅、公私区別生活ができる日、早くくることを祈るしかありません。