大滝詠一が出演したラジオ番組を聴いていて驚くのは、50年代から60年代にかけての英米ポップス、いわゆるオールディーズ・ナンバーについての博識ぶりです。一つの楽曲、たとえばエルビスプレスリーの「ハートブレイクホテル」が、歴史的な流れのなかでどう位置付けられるのかが、どうやら彼の頭のなかでははっきりしているようなのです。
ということは、自分の楽曲がポップスの歴史のなかでどのように位置づけられるのかを、大滝詠一は、いつも気にかけていた、ということになるでしょう。だから、大滝ソングスは時の風化作用に極めて強い、つまり、いつまでも古びない、のですね。ちなみに、詳細は残念ながら忘れてしまったのですが、ある人が大滝詠一に面と向かって「お前の〇〇という楽曲は、AとBとCのパクリだ」と言って大滝詠一の鼻を明かそうとしたところ、大滝詠一は「いやあ惜しいなぁ。DとEもパクッているんだけどなぁ」と返したそうです。
その意味で、今回のアルバムのCD2は、とても興味深い。というのは、当CDで、大滝詠一はオールディーズ・ナンバーを全部で15曲歌っているのですから。ここからわれわれは、大滝詠一の好みやシンガーとして作詞作曲家として受けた影響のあれこれをくみ取ることができるでしょう。
では早速一曲目「Confidential」と二曲目「Blue Velvet」に触れましょう。
「Confidential」は、フリート・ウッズが六〇年十一月に発表した曲で、作詞・作曲はドリンダ・モーガンです。
原曲を聴いてみましょう。
The Fleetwoods - Confidential
「Blue Velvet」は、ボビーヴィントンが六三年八月に発表し、全米ナンバーワンヒットになった曲。もともとは、黒人ドゥー・ワップ・グループのクローヴァーズが五五年一月に発表し、全米R&Bチャートで一四位を記録しています。
OBBY VINTON-BLUE VELVET
ここで披露されているのは、いわゆるクルーナー唱法です。それは、マイクロフォン使用を前提として、声を張り上げず、滑らかに発声する唱法だそうです。大滝詠一が、彼らから影響を受けているのは明らかですね。山下達郎が「大滝さんは、クルーナーヴォイスだ」と言っていたのは有名ですから。ちなみに、クルーナー唱法のパイオニアはビング・クロスビーで、フランクシナトラはその継承者、との由。以上の2曲は、一九八一年十二月三日、渋谷公会堂で催された「HEAD PHONE CONCERT」から。当コンサートは、2チャンネル・ステレオにミックスされたライブの音源をFM電波にのせ、観客がヘッドフォンで聴くという前代未聞の試みでした。わが友人Sは、そのライヴを観に行ったそうです。うらやましい限りです。当ライブには、鈴木茂(元はっぴいえんどのギタリスト)と村松邦男(ギター)が参加しています。女性コーラスは、長万部キャッツです。
三曲目は「Secretly」、四曲目は「I Love How You Love Me」、五曲目は「Fools Rush In」、六曲目は「Shaila~シャックリママさん~Love’s Made A Fool Of You」です。
3曲目の「Secretly」は、ジミーロジャースが五八年四月に発表したナンバーで、全米三位を記録しました。大滝詠一が歌詞をトチッているのが愛嬌ですね。
Secretly - Jimmie Rodgers
四曲目の「I Love How You Love Me」は、パリス・シスターズが六一年八月に発表し全米五位を記録しました。バリー・マンとラリー・コルバーによる名曲です。プロデューサーは、大滝詠一が敬愛するフィル・スペクターで、原曲ではスペクターお得意のエコーが、曲に独特の輝きを与えています。
I LOVE HOW YOU LOVE ME ~ The Paris Sisters (1961)
五曲目の「Fools Rush In」は、リック・ネルソンが六三年九月に発表した曲で、全米一二位を記録しています。ジェイムズ・バートンのギター・ソロ・パートを村松邦男と鈴木茂が再現しているのは特筆ものです。もともとは四〇年にグレン・ミラー楽団が全米で全米一位を記録し、同年にトミー・ドーシー楽団をバックにフランク・シナトラが歌ったスタンダードナンバーです。
Ricky Nelson Sings Fools Rush In
六曲目のメドレー「Shaila~シャックリママさん~Love’s Made A Fool Of You」のなかの「Shaila」は、トミー・ロウが六二年八月二日に発売し、全米一位を記録した大ヒット曲です。大滝詠一がなかなか心地よいリズミカルなノリで歌っています。次の「シャックリママさん」は、七五年ナイアガラレーベル発売のアルバム『ナイアガラ・ムーン』収録曲です。レコーディング・メンバーだった鈴木茂のギターソロがライヴバージョンで聴ける点が貴重です。メドレー三つ目の「Love’s Made A Fool Of You」はバディホリー率いるクリケッツが五九年九月に発表した曲で、六六年三月にはボビー・フラー・フォーのカヴァ・ヴァージョンが全米二四位を記録しました。メドレーのところどころに織り込まれた、大滝詠一命名の「シャックリ唱法」が聴きどころのひとつです。
Tommy Roe - Sheila ( 1962 )
The Crickets - Love's Made A Fool Of You
以上は、一九八一年六月一日新宿厚生年金会館で催された『ロング・バケイション』の発売記念コンサートからナンバー。コーラスは、長万部キャッツです。
(次回に続く)