美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

食品偽装表示問題の根は、デフレ不況である  (イザ!ブログ 2013・11・6 掲載)

2013年12月26日 07時17分13秒 | 経済
食品偽装表示問題の根は、デフレ不況である
――朝日新聞の記事付き――


阪急阪神ホテルズ(本社・大阪市)がホテルのレストランなどでメニュー表示と異なる食材を使っていた事実が発覚したのが先月の二八日でした。その翌日、大津プリンスホテルが乳飲料を「低脂肪牛乳」と誤った表示で提供していたことが分かりました。このほかJR四国の子会社が運営するホテルのレストランも虚偽表示を発表。札幌市や浜松市のホテルでも、同様の事例が発覚しました。今日の報道では、食品の偽装表示は百貨店にまで広がり、大手百貨店「高島屋」が、店内のレストランや食品売り場で、表示と異なる食材を使っていたと発表しました。このように、食品偽装表示問題がどこまで裾野を広げるのか、見当がつかない状況になっています。

食品偽装表示した企業を個別にバッシングし、庶民の閉塞感をガス抜きするのはマスコミに任せておくことにしましょう。私たちはその沸騰した場から一歩退いて、この現象の根にあるものに視線を移してみましょうね。

しばらく、日本経済全般をざっと見渡すような話をします。アベノミクスの効果は、すぐに円安・株高という形であらわれました。それゆえ、輸出関連企業はその恩恵にたっぷりと浴しているといえるでしょう。その関連業界は、自動車・電気・インフラ・工作機械・精密機械など多岐に渡ります。

また、大胆な金融緩和は市中の資金量を増やし、各種金利の引下げ効果を持ちます。そのため、個人の住宅向けのローン金利も下がり、住宅・不動産業界にとっては追い風に働きます。住宅業界には来年四月の消費税増税実施前の駆け込み需要も期待されるでしょう。 異次元緩和は、銀行などの金融機関にとっても基本的にはプラスに働くと考えられます。

アベノミクスの目玉の一つに、東北の復興促進や老朽化した各種インフラの補修に向けた公共投資の活性化(財政政策)があります。それは、建設業などの関連業界に大きな波及効果をもたらします。

さらに、今年の一月の末、二〇一三年度税制改正大綱が決定されました。そのなかで、企業向けに、設備投資や試験研究費などに係る控除の拡大が行われています。 いわゆる国内投資減税措置です。これは、設備投資比率が高い企業にはプラスに働きます。なお設備投資の多い企業は製造業に多いため、この減税措置の恩恵に浴する企業の多くは、円安による恩恵も受ける可能性が高いと言えるでしょう。

これが、いまのところアベノミクスの恩恵に浴している業界の全リストです。その中に、「ホテル業界」が出てきたでしょうか。「外食産業」は?「百貨店」は?全然出てきませんね。つまり、これらの業界は、いまのところ、アベノミクスの恩恵の「蚊帳の外」なのです。言いかえれば、10数年来のデフレ不況に相変わらず苦しんでいるのです(日本がまだデフレから脱していない、ということまで煩わしい数値をあげて確認する必要はありませんね?)。

しかるに資本主義において、企業の拡大再生産は、至上命令です。それができない企業は、敗者として資本主義のバトル・フィールドから立ち去るのみなのであります。そうならないために、企業は、絶えざる売上アップを目指し続けるよりほかにはない。

ところが、デフレ経済下において、物価は下がり続けます。ひたすら下がり続けるのです。それがデフレということなのですから。それゆえ、ホテル業界や外食産業や百貨店業界は、全体として売上減の圧力に絶えずさらされることになります。それに抗して、個別企業は売上増を目指し続けるのですから大変です。

そこで次善の策として、当諸業界は、コスト・ダウンによる営業利益(=売上高-諸コスト)増を図ります。従業員にコピー用紙の使い方から何から細かく指導し、人件費をなるべく低く抑え、一人当たりの労働生産性をなるべく高め(要するに、従業員をコキ使い)、残業代はなるべく払わないようにします。つまり、デフレ下でその圧力に抗して生き残ろうとする企業は、おのずとブラック企業化するのです。

ブラック企業になり果てるほどのコスト・ダウンの実行にもやがて限界がおとずれます。なにせ、(企業側にとってはまことに残念なことながら)従業員はロボットではないのですから。

それでもなおも企業は利益率をアップさせたいと思います。そうしなければ、生き残ることができないのですから。しかし、デフレのせいで売上高は依然としてアップしない。コスト・ダウンは、従業員の消耗度から見て限界に来ている。

そのようなコスト・ダウンの限界状況が、自づからなる食品偽装表示を生むのです。つまり、食品偽装表示とは、対社会的な企業倫理を犠牲にした究極のコスト・ダウン戦略である、と言えるでしょう。むろん、企業トップがすべてを知っているのは当然のことです。社員教育の不備もなにもあったものではない。

安倍政権は、十月一日に消費増税を決定しました。それが、少なくともデフレ不況からの脱却を著しく遅延させることは確かです。それは、アベノミクスの恩恵の「蚊帳の外」にいる企業や業界のブラック化を促進し、偽装問題を深刻化させることを意味します。安倍政権はまったく困った意思決定をしてくれたものだと、あらためて思います。おそらく、近いうちにブラック企業問題や偽装問題に対処するための法案がでっちあげられることになるのでしょうが、そういう弥縫策の有効性は限定的なものでしかありません。デフレからの脱却の早急なる実現以外に、ブラック企業問題や偽装問題を解決する手立てはないのです。企業倫理の衰弱や、「おもてなし」文化の崩壊を嘆いてみても、何も益するところがない、ということでもります。

メディアがどこもはっきりとは言おうとしないので、あえて私が、「何をお前は当たり前のことを言うのだ」という非難を承知のうえで、申し上げた次第です。

〔付記〕朝日新聞が、当問題に関して、特集記事を組んでいます。その経済音痴ぶり、世間知の欠如ぶりの露呈した、ぬるま湯にどっぷりとつかった人間にしか書き得ない、微温的な、見るも無残な記事です。私の申し上げることが極論かどうか、できうれば、ご自分の目でお確かめください。digital.asahi.com/articles/TKY201311050618.html


〔コメント〕

☆Commented by murata19510321 さん

初めてコメントさせていただきます。今まで自称「熱心な読者」でしたが、今回の美津島さんのエントリーには、コメントせずにはいられなくなり、投稿させていただきました。

私は定年までの10年間、企業内で内部監査の仕事に就いていました。定年後も引き続き別な会社で監査業務に従事しております。

こうした私の業務経験から言えることは、まさに美津島さんが主張されるように、今回の食品偽装の淵源は、日本における15年来のデフレにあるということです。

美津島さんがおっしゃるように、今回の事件の表層を追いかけているだけでは、何の解決にもならず、また同じような事件が繰り返されるだけです。

企業収益の極大化を目指せば目指すほど、そのしわ寄せは、いかにコストを下げるかというところに行き着きます。その結果、こうした事件にいたるのです。そして結局は企業はそのしっぺ返しを受けることになるわけです。

よく、企業が利益を追求することは当たり前のことだと言われますが、その企業活動が成り立つには、よってたつ社会的な基盤がしっかりしていなければなりません。企業が自らの利潤を追求しすぎると、その基盤である社会の信用を失い、さらにはその基盤そのものを毀損してしまうというパラドクスに陥るわけです。

したがって、今回のような事件の解決策は、個々の企業におけるコンプライアンスの徹底だとか、コーポレート・ガバナンスの確立だとか、内部統制の仕組みの構築だとかではありません(もちろん大事なことではありますが)。

企業が無理をして利益を生みださなければならなくしている元凶であるデフレ状態からの脱却こそが最も有効な手段であると考えます。
そのためには、まずは政府がデフレ脱却政策に舵をきらなければなりません。

美津島さんのご主張はまさに翠眼です。


Commented by 美津島明 さん
To murata19510321さん

ハートのあるコメントを投稿していただいたことを心から感謝いたします。内部監査のプロによる、貴重なご意見、情報提供、とても説得力・迫力があります。こういう素晴らしいコメントをいただけただけでも、この文章を書いて本当によかったと思っています。

murata19510321さん のコメントに、私は同志愛を感じます。日本が少しでもより良きものになってほしいという思いが素直に共有できるような気がするのです。

自称「熱心な読者」などと遠慮をせずに、これからは、気が向いたらコメントをくださるようお願いいたします。

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